<東京怪談ノベル(シングル)>
一夜の冒険
MTS作
0.旅立ち
エルファリアの別荘。持ち主である、彼女の自室である。
部屋に並ぶ調度品を眺めてみると、彼女の高い身分と裕福度がよくわかる。
聖獣王の娘であるから、エルファリアは、お姫様である。なるほど、それに相応しい部屋だ。
だが、そんなお姫様の部屋には、似合わない物が壁際に並んでいる。
青髪の若い女性の石像だ。
レピア・浮桜 (れぴあ・ふおう)という、踊り子の姿によく似ている。
踊り子の石像は屋敷の広間に飾るには客の目を引いて良いかもしれないが、自室に飾るには大きすぎるし、違和感があった。
ある、夕暮れの出来事である。
エルファリアは、今にも沈みそうな夕日と石像を交互に眺めながら、一人で呟いていた。
「235…234…233…」
何やらカウントダウンをしている。
よっぽど待ちきれないのか、3桁からのカウントダウンだ。
エルファリアの長いカウントダウンは、静かに進んでいく。
「3…2…1…0!」
彼女のカウントダウンは、日が完全に沈むと同時に0を数え、さらに同時に、薄い明かりがレピアの石像を包んだ。
つい先ほどまで灰色だった石の塊が徐々に柔らかくなり、生き物のように温かい色へと変わっていく。
「エルファリア…あなた、またカウントダウンしてたの?」
もはや、レピアは石像では無かった。
青い石針のようだった髪は、彼女が呆れたように首を振るのに合わせてなびいていた。
「はい、カウントダウンしてました」
エルファリアは、うんうん。と頷いた。
「いや、まあ別にいいけどね」
よくもまあ、石化の呪いが解けるタイミング…日が沈んで夜が訪れる瞬間…を、一秒も間違えずにカウントダウン出来るものだ。
その能力と努力を、もっと別の事に使えば良いのにと、レピアは思う。
だが、それが不快というわけではない。
石化から目覚めたばかりとは思えない軽やかな足取りで、レピアはエルファリアの方へと足を進めた。
エルファリアは何も言わずに目を閉じて、唇を突きだす。
レピアは彼女の後頭部に手を回し、髪を撫でると同時に彼女の唇に自分の唇を重ねた。
ほんの数秒、二人の唇は重なったまま、お互いの感触を確かめあっていた。
「目覚めのキスは、これで満足?」
少し落ち着いた後、レピアがエルファリアに言った。
「はい、満足です」
文字通り、満足そうにエルファリアは頷いた。
2人の目覚めのキスは、いつも目覚めた方のレピアが行う事にしていた。秘密の約束である。
「それでね、レピア?
今日は、冒険に行きたいのです」
「…冒険?」
不思議そうにレピアは首を傾げる。
今のレピアとエルファリアには、縁が無い言葉である。
昼間は石化の呪いで身動き取れないレピアはもちろん、お姫様のエルファリアも、冒険どころか、お買いものですら、なかなか遠出をする事は出来ない身だ。
「うんうん、図書館から行くのです。
大丈夫、一晩で終わりますから」
エルファリアは、にっこりと微笑んだ。
魔本…と呼ばれる本が、エルファリアの屋敷の図書館にある。
本の内容を疑似体験出来る魔法がかけられていて、普段冒険とは縁が無い、特にエルファリアのような身分が高い女の子には人気が高い玩具だそうだ。
エルファリアの図書館にあるのは、勇者が魔法にかけられたお姫様を助けて魔王を倒すお話。それを、体験できるとの事だ。
エルファリアが勇者。レピアがお姫様の役である。
「ふーん、そういうのも、たまには面白そうね」
レピアは興味を持った。
疑似体験の中とはいえ、久しぶりに明るい空を見れるかもしれなかった。
1.小国の姫レピア
空は暗かった。
…何だ、青空は無いのね。
レピアは、小国の姫だった。
衣装こそ、いつもと余り変わらない踊り子の服であるが、お城から街を見下ろす姫君には違いない。
「ていうか、あたしの国、いきなり滅亡なのね?」
レピアはお城の外壁から周囲を見渡しながら、自嘲気味に呟いた。
空が暗いのは、黒雲のせいである。
比喩表現ではなく、本当に雲が真っ黒だった。何かの魔法としか思えない。
城下を見渡すと、赤い目をした人型の魔物の群れが押し寄せていた。お城の兵士達と戦っているようだ。
人型の魔物達の赤く光る目は、空が暗くても周りを見る為なのだろうか? 黒雲に光を遮られていても、魔物達は俊敏に動き回っていた。
一方、お城の兵士達は暗闇の中で混乱して、一方的に魔物達に蹂躙されているように見えた。
素人目に見ても、こりゃだめだという感じである。
…ま、刺激があるオープニングも悪くないわね。
多分、このまま魔王に捕まれという事なのだろう。
予想以上にリアルな景色と感覚を感じながら、それでもレピアはお城の中へと逃げ込む事にした。
「ねぇ、ちょっとそこの大臣の人?」
適当にお城の大臣に聞いてみる。
「お姫様…面目ありません。
もうダメでございます」
あっさりと、通りすがりの大臣は滅亡を認めた。
「いや、ダメとか言わないで、がんばってよ…」
このお城に、役に立つ奴は居ないのかしら?
レピアはため息をついたが、大臣は言葉を続ける。
「お姫様、せめてこれをお持ち下さい。
邪悪な呪いを打ち払う指輪でございます。
この指輪の力を使えば、どんな邪悪な呪いをかけられても解く事が出来ます」
…あ、何かくれるんだ。
「それ、ゲームの中じゃなくて、実際に欲しいな」
まあ、くれる物はもらっておこう。
レピアは大臣から解呪の指輪を受け取る。
赤目の魔物達が城の内部へと押し寄せて、レピアが捕えられたのは、そのすぐ後の事だった。
レピアは乱暴に取り押さえられ、魔王の元へと運ばれる。
「ったく、痛いわね…」
かつて、お城の玉座があった場所に、今は魔王が座っていた。
文句を言いながら、レピアは魔王を睨みつける。
「良い目をしているな。そういう娘は嫌いでは無いよ」
黒いマントに身を包んだ魔王は、静かに言った。
…ふーん、割といい男じゃない。
美青年と言っても差支えが無い風貌の魔王である。なるほど、さすが若い女の子に人気の魔本だ。
「で、あたしをどうするつもり?」
だが、レピアは魔王を睨みつけたまま言った。木の強い姫である。
「そうだね。
その姿、未来永劫、みんなに見てもらうとしようかな」
魔王は静かに微笑んだ。
途端に、レピアは体が動かなくなるのを感じた。
息をする事さえ出来ない。
「石になった気分はどう? お姫様」
動かなくなったレピアを眺めながら、魔王は涼しい声で言った。
「と聞いても、答えられないよね。石なんだから」
小馬鹿にするように笑う魔王。
…むかつくわね、こいつ。
レピアは美青年の魔王に怒りを覚えたが、体が動かない。
なんでゲームの中でまで、石にならないといけないのよ。と、静かに怒りを胸に貯める。
「広場に飾ってあげるよ。
これから、みんなが君の姿を見るんだよ、可愛い踊り子のお姫様?
はは、もうちょっと厚着をしていれば、肌をみられずに済んだのにね」
冷たく笑う魔王に怒りを覚えるレピア。
だが、ここは身を任せる事にした。
…そのうちエルファリアが助けに来てくれるってわけね。ここは様子を見させてもらうわ。
動かない体を、魔王の身に任せるレピア。静かに意識も遠くなっていく。
それから、レピアは無残な石像として王都の広場へと飾られる事になった。
2.勇者エルファリア
…あれ、こんなはずじゃなかったんですけど?
エルファリアは剣を落とし、跪いたまま考える。
「なんだ、勇者というのは、そんなものか?」
魔王も、少し不思議そうにエルファリアに尋ねた。
レピアが石像と化してから120年後の出来事である。
勇者エルファリアが魔王城と化した、レピアの城へとやってきたのだ。
やってきて、5秒と持たずに、敗北したのである。
「邪悪な魔力から身を守る力とか、何か無いの? 君は…」
様子見に放った魔力の一撃で、あっさり戦闘不能になった勇者を見て、魔王の方もどうして良いかわからないようだ。
「そ、そうですね…
何かあったら、頂けないですか?」
…私に勇者役は似合わないのでしょうか?
あっさりと戦闘不能になったエルファリアは戸惑う。
レピアを格好良く助けるはずだったのに。
「まあ、いいや。君は、そのまま犬のように這いつくばってるのがお似合いだ。
そう…野生の犬みたいに…ね」
魔王の目が怪しく輝いた。
「わん?」
『それは一体、どういう事ですか?』
と尋ねようとしたエルファリアの口から出たのは犬の鳴き声だった。
身体が思うように動かない。きちんと立つ事が出来なかった。
「君は人間で居るに値しないな。そのまま野生の犬で居ると良い。
大丈夫、エサはあげるから。
ほら、骨でもしゃぶるといい。」
そう言って、魔王はエルファリアに骨を放った。
エルファリアは犬としての野生の要求に逆らう事が出来ず、それに前足…手を伸ばした。
そうして、勇者エルファリアは人の姿のまま、野良犬として魔王城を徘徊する事となった。
3.姫と勇者
「僕の言う通り、撫でて、舐めて、噛んで、喘ぐんだ。いいね?」
無防備にベッドに横たわる魔王が言った。
レピアは言われるままに従う。
夜は、石化の魔力が解ける。解ければ、こうして魔王の夜の玩具としてご奉仕する。
それが、囚われた姫としてのレピアの役割だった。
…なるほど、こういうのが好きな娘には、たまらないわね。
美青年と呼べる魔王の命令を聞きながら、レピアは思った。
だが、残念ながらレピアは興味が無かった。
…そろそろエルファリアは助けに来ないの?
あれから120年過ぎたらしい。そろそろ来てくれても良さそうなものだが…
「そうだ、今日はレピアにご褒美だ。新しい玩具をあげるよ。
人の姿をした犬だよ。骨をあげると、何でもいう事を聞くんだ」
魔王はレピアに夜の奉仕をさせながら、彼女にご褒美をあげると言った。
彼が手を鳴らすとやってきたのは、四つんばいになって駆けてくる人影…エルファリアだった。
「どうだ、可愛いだろ?
君と同じで、元は人間の女の子だよ」
自慢げに、魔王は言った。
…そう、ここで使えっていう事ね。
エルファリアの姿を見たレピアに迷いは無かった。
自らの石化の呪いは我慢する事が出来たレピアだが、ここは迷わずに解呪の指輪を使った。
薄い光が辺りを包む。
野良犬と化した娘の姿は無くなり、剣を手に凛然と立つ勇者の姿がそこにはあった。
「すいません、お手数をおかけしました」
エルファリアは、レピアに向かって、ぺこりとお辞儀をした。
「いいから、さっさと殺っちゃいなさい」
レピアは苦笑しながら首を振った。
もう、魔王の魔力はエルファリアに影響を及ぼす事は出来なかった。
「こら、踊り子! 何で、最初からその指輪を使わなかったのだ!」
魔王の抗議の声と同時に、エルファリアの振った剣が、魔王の姿を切り裂いた。
…そりゃ、勇者エルファリアが来るまで待つのが、お姫様の仕事だし。
悪くない。こういう遊びも、悪くない。
勇者エルファリアの活躍を見ながら、レピアは悪い気はしなかった。
その後、レピアとエルファリアが元の世界に戻ると、程無くして朝が訪れた。
レピアは、また静かに眠りにつく…
(完)
(追記)申し訳ありません、名前を見間違えておりました…
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