<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 甘い誘惑は誰の為に +



 ここは聖都エルザード。
 その中心に存在するのは当然エルザードを治める王族の住む王城である。そこには聖獣王と呼ばれる種族不明年齢不詳の王が存在し、種族関係なく暮らせるよう日夜国の事を考えている。――そんな彼にも娘が存在し、そんな娘が最近ちょっと冷たくて寂しいと感じてしまう辺りはやはり感情を持つものの性と言うべきだろうか。


 今回の物語はそんな聖獣王の娘――エルファリアを襲ったとんでもない出来事から始まる。



「今日も一日公務を頑張れましたわ。さあ、もうすぐ日が沈む……そうすれば、レピアが目覚めるわね」


 身に纏うドレスは最高級品。
 それは着こなす彼女の姿はまさに生ける至高の宝石。
 おっとりとした性格ではあるものの、民の為に説く言葉は心から純粋なものばかりで、その言葉を耳にしただけでどんな悪党でも改心してしまうさえ言われている。
 そんな彼女の友人の一人にレピア・浮桜という踊り子の女性が存在しているのだが、その相手がまた大変な人物だったりする。


 レピアはとても豊満な美しい肉体と美貌を持つ踊り子だ。
 しかし同時に不幸な運命を背負った人間でもある。
 起源はもはや数え切れないほど昔の話になる。彼女に心を奪われた一国の王が財を貢ぎまくった事がきっかけであった。そのあまりの王の寵愛と傾倒っぷりに国は多くのものを失って最終的には滅びてしまった。そうして結果的にレピアはその国の王妃に無実の罪を着せられて咎人にされてしまい、呪縛を掛けられてしまったのである。
 それは「不老不死」と「昼間は石化する」というもの。
 夜にしか踊れなくなってしまったレピアは絶望した。しかし彼女は『死ねない』。死ねないが為に昼は常に石化し続け、時として酷い扱いを受けてきた。
 友人であるエルファリアはなんとかしてレピアの呪縛を解けないものかと多くの書籍を読み、時として吟遊詩人を呼び話を聞いたりして彼女なりに努力してきたのだが……残念ながら未だ願いは叶わぬまま。


 だから彼女が心を動かされた事は仕方がないと言えよう。


「エルファリア様、レピアの石化の解除方法があるのです」


 そう、美しい魔女が別荘へと帰る途中、王女に話し掛けて来たこの言葉。この文章を聞いた瞬間、彼女の中の何かが揺れた。本来ならば不審者として疑うべきであった。しかし彼女の心は非常に純粋で、友人を思う心も大きい。その魔女が何かを企んでいる事など知りもせず、彼女はまんまとその口車に乗ってしまったのである。


「それは本当!? ならば教えて頂戴」
「では聖都エルザード郊外にある古びた塔へ一緒に来て頂けますか? もちろん、この秘密は重要機密ですので――エルファリア様お一人で」
「ええ、ええ、分かったわ」


 これでレピアを助けてあげられる!
 王女は心底喜び、その微笑みは美しかった。両手を組み満面の笑みを浮かべる彼女の姿を見れば、友人への思いもどれほどのものか察せよう。


 だがしかし、悲劇は起こってしまった。


「――きゃぁぁぁぁああ!!!」


 ああ、とても美しい美しい、お姫様。
 そしてとても美しい美しい、魔女。
 邪悪な魔女は純粋無垢な王女様に魔法を掛けた。
 それはそれは恐ろしい魔法を掛けた。


「ほーほっほっほっほっ!! エルファリア様、貴方様のどんな悪党でも改心させる純真な心こそ聖獣王の力に違いない。私は今その力を手に入れたのよ!!」


 美しかった肌は見る見るうちに硬い石へと変化し、麗しい王女の瞳には徐々に涙が溜まり始める。しかしその涙が伝う頃には王女は完全に石の魔物――ガーゴイルの姿へと変えられてしまった。


 しかし悲劇はこれから始まるのだった。



■■■■■



「くそぉ! この魔物めが、よくも、よくも俺の仲間をッ――!!」


 ガーゴイルは魔女の思うがままに動く。
 塔の入口を守らされ、魔女を倒しに来た冒険者達を撃退する。その本体、エルファリアの意思とは関係なく血は無残にも散った。


―― ああ、やめてっ……!


 心の悲鳴が彼らに届けばどれだけ救いになっただろう。
 それこそエルファリア自身にも冒険者達にも、だ。しかし本物のエルファリアはガーゴイル化し、塔に来た冒険者達を傷付ける。加えて魔女はそれだけでは飽き足らず、聖都で美少女や美女を攫わせた。エルファリアと知らない者達は当然ガーゴイルを憎み、塔へと足を踏み入れる。しかし結果は――。


―― もう止めて、私はこんなことしたくないの……!


 血に染まり穢れていく肉体。
 心もまた傷付き、内なるエルファリアの心は己を必死に護る為に涙を零す。しかし石化した肉体では本物の涙など零れやしない。その非情さが悲しくてエルファリアは嘆き悲しんだ。
 しかしそれすらも魔女の計画の内。
 魔女はエルファリアの純真な心を結晶体として抽出する事に成功させ、それを飲み込む事で力を得るのだ。その甘美なる味は一度味わったら二度と止められやしない。まるで麻薬。魔女は高らかな声を塔に響かせ、命を散らせた冒険者達を嘲笑い、王女を心から愛でた。


「エルファリア様の心はとても美味しいわ。――さあ、もうすぐ一週間が経つ。そうすればエルファリア様は完全に魔物化し、私のもの!」


―― ……誰か。


「お行きなさい、私の手の上で踊る愛しい石人形よ」


―― …………誰か、この魔女を……。


 エルファリアは願う。
 魔女が伸ばす手が石化した彼女の頬を撫で、命令を下す。その心によってまた結晶がガーゴイルから零れ落ち、魔女は唇へとその欠片を舌の上へとイヤらしく乗せた。



■■■■■



「お前はあたしの知っているエルファリアではないわね」


 一方、魔女がエルファリアの失踪を誤魔化す為に送り込んだエルファリアの影武者はレピアによって暴かれていた。影武者と言ってもその者自身も攫われた美女の一人、つまり『犠牲者』であった。幻影と催眠の魔法を掛けられエルファリアのふりをさせられていたに過ぎない。
 その能力の強さは秀でており、エルファリアを良く知っているものですら騙されていた。
 しかしレピアはどうしても違和感が拭いきれず、それが何なのか数日悩み続けたのだ。だが魔法に関しての知識、そしてなにより自身が暗示や催眠術に掛かりやすい体質である事が幸いし、彼女がエルファリアでは無い事を見抜くことに成功した。


 幻影の魔法が解ければ後は暗示を解くだけ。
 それもレピアの力を持ってすればなんてことはない。正気に戻った影武者の美女は己が一体何をしていたのか全く分からないと言った表情でおろおろと立ち尽くすのみ。
 だがレピアがせめて最後の記憶を思い出すよう叱咤すると彼女は言った。


 「とても美しいガーゴイルにある塔に攫われたのだ」と。


 それからのレピアの行動はとても早かった。
 なんせ夜の間しか動けないのだ。長年身を蝕む石化の神罰<ギアス>は今も有効で、日が昇ってしまえば彼女はまた己の意思に関係なく石像に変わってしまう。必要なものは情報。それも有効な目撃情報であればあるほど意味がある。
 ここ数日何者かによる美少女・美女誘拐事件は冒険者宿でも当然噂されていたし、その謎に立ち向かう者がいた事も彼女は突き止めた。時期的にも一致するそれは間違いなくエルファリアに関係するものだろう。
 そしてレピアはこう考える。「誰よりも美しい彼女は真っ先に攫われたに違いない」……と。


「待ってて、今助けに行くわ!」


 目撃情報を頼りにレピアはやがて郊外にある古い塔へと辿り着く。
 そして鍵の掛かっていない扉を開き、エントランスホールへと踏み込んだ瞬間、「うっ」と表情を歪める。転がる冒険者の死体に一瞬寒気が走り、その付近に散る血や彼らに刻み込まれた傷から酷い戦闘が行われた事を知った。


「これが例のガーゴイルの仕業ね」


 ごくりと唾を飲み込み、レピアはここから先訪れるであろう戦闘を覚悟しながら塔を登り始める。途中寄った部屋では暗示に掛かった美女達がそれはもううっとりと蕩けた表情でソファーの上で崩れていたり、幸せそうに微笑み立っていたが、彼女達を今この場から助けるだけの力はレピアには無い。
 逆に彼女達を先に動かせば塔の持ち主に自分が忍び込んだ事が悟られてしまう危険性があった。それだけは絶対に避けたい出来事だったため、彼女はエルファリアが見つかるまでは犠牲者と思われる美少女、美女はそのままにしておくことにした。


 やがて到着したのは今までとは違った雰囲気を持つ扉の前。
 それは煌びやかに装飾を施されており、確実に「主」の気配を感じさせた。きっとこの向こうには恐ろしい魔物がいる――それが誘拐犯のガーゴイルなのか、それともそれを使役しているより強大なモンスターなのかは時間が無かったレピアには想像が付かなかったが。


「――ぁああ!!」


 突入しようと覚悟を決めたレピアの耳に届いた一人の女性の声。
 それはまさに悲鳴。迷っている暇は無いと覚悟を決めたレピアは扉を蹴り飛ばす勢いで中に侵入した。
 ところがそこで彼女が見たものは。


「ごめんなさい、ごめんなさい。エルファリア様、ごめんなさい……っ」


 両手を己の顔にあて、涙を零す一人の美女。
 そしてその前に居たのは「美しい」ガーゴイルの姿だった。


 ぽろぽろと大粒の涙を流す美女。それは魔女と呼ばれる女性なのだが、それをレピアが知るわけが無い。彼女はその美女の肩に手を掛け、一体何事なのかと問いただす。
 すると麗しき魔女は恐ろしい真実を口にし始めた。


 自分がエルファリアを騙し、ガーゴイルの姿に変えた事。
 ガーゴイル化したエルファリアを利用し、美少女・美女を誘拐した事。
 そんな犠牲者を追い掛けてきた者達をエルファリアに処理させて穢していた事。
 そしてそれに対して苦しむエルファリアの純真な心を結晶化し、力を得ていた事。
 あと一歩遅れていれば――エルファリアは完全な魔物と化してしまっていた事。


「だけど、でも、エルファリア様は……」


 幼女のように泣きじゃくりながら魔女は話を続ける。


「エルファリア様は……こんな私を憎まず、『救って』、と祈って下さったの……!」


 その想いを結晶化した欠片を知らずに飲み込んでしまった魔女。
 王女の神聖なる願いは魔女の腐食しかけていた心を一気に侵食し、彼女はただただ懺悔の言葉を口にする。
 そんな彼女を前にしてこれ以上何も言葉は必要ないと感じたレピアはガーゴイルへと視線を向けた。ガーゴイルの無機質な目もまたレピアを見る。しかしそこの宿る柔らかなものを感じ取ったレピアはふっと力を抜いて微笑み、そして片手を差し出した。


「さあ、帰りましょう。――でもその前にその姿をなんとかしてからね」


 すでに魔女の支配下から逃れることに成功したエルファリアガーゴイルはこくんっと頷く。
 魔女から大量の聖水を分け与えてもらうと、それを使ってレピアは彼女を隅々まで綺麗に洗う。やがてエルファリアは純真な心を取り戻し、また美しい至高の宝石へと戻るだろう。
 硬かった石は柔らかな肌へ、封じられていた声はまた鳥のさえずりよりも美しく発せるようになる。
 魔女が皆を解放し罪を贖う事により誘拐事件も解決し、国はまた平和を取り戻す。


「おかえり、エルファリア!」


 そしてレピアは彼女を取り戻せた事が嬉しくて、彼女が本当の姿を取り戻したその瞬間力いっぱい相手を抱きしめ、エルファリアもまたレピアの背中に腕を回し互いに喜びを分かち合った。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1926/レピア・浮桜 (れぴあ・ふおう)/女性/23歳/傾国の踊り子】

【NPCS002/エルファリア/女性/24歳/王女】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座いましたv
 お久しぶりすぎて思わず懐かしくなってしまいました。
 NPC中心のプレイングを希望との事でしたのでこのような形とさせて頂きましたが、どうでしょうか?
 どこか一つでもお心に残るシーンが有れば幸いです。ではでは^^