<東京怪談ノベル(シングル)>
逆転と勘違い
MTS作
0.魔本と姫
エルファリアは、聖獣王の娘である。という事は、お姫様である。
お姫様というのは、お部屋で本を読むのが好きな場合が多い。
…さて、次はどの魔本にしようかしら?
お姫様のエルファリアは図書館で本を漁っていた。
『最も愛しい者』『子を授かる』。
本の概略を伝えるキーワードが、彼女の目に入る。
エルファリアは本の内容を思い浮かべて、一人で微笑む。
彼女は普通の本に興味は無かった。
興味があるのは本の中の物語を追体験出来るという魔本。
エルファリアは、カップルで楽しめる魔本を探して図書館に居た。
1.魔本とカップル
ある夜の、エルファリアの寝室である。
部屋には寝室の主であるエルファリアと、一人の踊り子が居た。レピアである。
「…というわけで、今度はカップル向けと思われる魔本を探してきたのです」
エルファリアは自慢気に言う。
前回、魔本で遊んでから、まだ数日しか経っていないが、早速次の本を探してきたのだ。
「何でも、今度は女王様になって子供が出来ちゃったりするみたいです」
言いながら、エルファリアの手がレピアの胸へと伸びる。
自分のと似てはいるけれど、形も大きさも少し違うそれを撫で回して、感触を確かめている。
「ふーん、子供ね。
確かに物語の中じゃないと、出来ない事よね」
積極的に体を寄せてくるエルファリアにレピアは抵抗する様子も無く答える。
レピアは女の子だが、こうして女の子に体を寄せられる事が嫌いではない。
それが好意を寄せている相手なら尚更だ。
「でしょ?」
自分の言いたい事がレピアに伝わったので、エルファリアは嬉しそうだ。
「こればっかりは、女同士じゃ無理だものね」
言いながら、レピアはエルファリアの下腹部に手を伸ばし、軽く撫でた。
「あん…」
ただ撫でられただけで、エルファリアは反応してしまう。
それから、レピアは少し力を込めて衣服越しにエルファリアの下腹部を掴んだ。
「ちょ、これから遊びに行くのに、そんな…」
エルファリアは悶えるが、逃げようとはしない。
男だったら逃げ出してしまう程度の力を、レピアは込めている。
だが、女の子の下腹部は力強い弾力を持ってレピアの手を受け止めた。
…これだから女の子は良いわね。ひ弱は男とは違って。
悶えるエルファリアを見るのが、レピアは楽しかった。
「男の役を演じて、エルファリアに子供を産んでもらうのも楽しそうね」
レピアの声にエルファリアは悶えるばかりだった。
こうして、今回の冒険の役割は決まったはず…だった。
2.女王と誤算
とある小国での出来事である。
…うーん、予想と違うのですね。
女王兼聖巫女のエルファリアは、いきなり誤りに気づいた。
それでも、あまり悪い気はせずに、不自然に膨らんだ自分のお腹を撫でた。
彼女は、すでに妊婦だった。
女王様の大事な世継ぎが、いきなり産まれる寸前の状態である。
てっきり、物語の末に相手と結ばれて王女が産まれるのかと思っていた。
だが、それは、単なる思い込みだったようだ。
エルファリア…小国の女王に王女が産まれる所から物語は始まる。
…ていうか、誰の子供なんでしょう?
苦笑するエルファリアだったが、自分の中に宿る命は何より愛しいと思えた。
…誰が父親だかわからなくても、こんな気持ちになるのですから、子供って良いものなのですね。
さてさて、どんな王女が産まれてくるんだろう?
楽しみに待つエルファリアが、王女を産んだのはすぐ後の事だった。
たくさんの痛みと、同じ位の喜びを感じた。
王女を得たエルファリアは、本当の女王となったのだ。
心身共に疲れ果てたエルファリアは、休みながら我が子を確認する。
じーっ…
まだ産まれたばかりの王女は、何かを言いたそうにエルファリアを見つめている。
…はぁ。そういう事ですか。
エルファリアは理解して苦笑した。
もしもレピアが赤子だったら、こんな風になるだろうなーと妄想していた姿が、そこにあったからである。
『最も愛しい者』『子を授かる』。
魔本のキーワードを思い出す。
確かに、嘘はついていない。
…レピアが大きくなるまで、面倒を見ろという事ね。
それはそれで、楽しそうではあった。
だが、魔本の物語はそんな平和な日々を用意してはいなかった。
隣国の帝国が攻め寄せてきたのだ。
出産に女王がより、一時的に力を失った隙の事である。
まだ、魔力どころか体力する怪しいエルファリアだが、抱いている赤子の存在が彼女を動かした。
片時も離さずに居た、布で包まれた赤子…レピアを、エルファリアはメイドに託す。
「しばらくすると、私が捕まって騒ぎになると思いますので、それまで隠れていて下さいね」
女王エルファリアはメイドに告げる。
それから、目立つ女王の装束のまま城を歩き、城の抜け穴へと向かい、帝国の兵士に捕まった。
…これでいいのよね?
恐怖はあった。
だが、彼女に騒ぎが集中する間に王女レピアは逃げ出せたようだ。
喜びは恐怖を越えた。
攻め寄せた帝国の帝王の前に引き出されても、エルファリアは意外と落ち着いていた。
「女王よ、貴方の本来の魔力を以ってすれば、このような事にはならなかっただろう」
帝国の帝王は女王エルファリアに言葉をかける。
「貴方には魔力があるが武力が欠けている。
我らには武力があるが魔力が欠けている。
我らの武力と貴方の魔力が一つになれば、帝国の臣民はより幸せになれると思うのだが、どうか?」
帝王の言葉に、しかしエルファリアは迷わずに返事を返す。
「確かに仰る通りかと思います。
でも、それで幸せになるのは帝国の臣民だけだと思うのです。
このようなやり方で、犯された他国の人々は幸せになるのでしょうか?」
「世界が全て我らの帝国となれば、世界の全てが帝国の臣民。
それで良いではないか?」
「違う文化、風習を持つ者同士が一つになるには、もっと手順が必要だと思うのです。
少なくとも、それは力づくではないのでは?」
女王エルファリアは、毅然として答える。
たとえ、これが魔本の物語でなくても、彼女は同じように答えただろう。
そうして、話は決別した。
「では、貴方の力のみを頂く事としよう」
皇帝は不機嫌そうに言うのみだった。
それから、エルファリアはその体を石に封印され、身体を引き裂かれた。
女王としての強い魔力が篭った彼女の体の一部は、それぞれが強力な媒体として利用される事となったのである。
3.王女と女王
それから23年の月日が流れた。
王女レピアは23才となり、魔本の外…現実世界と同じ姿となった。
…ここからは私の出番ね。
魔本の力で、大体の事情をレピアは理解している。
それに、赤子として実際に目の辺りした光景も覚えていた。
無力な赤子として、愛しい相手に身を委ねて守られるのも悪くない。
だが、守る方の立場も、もちろん嫌いではない。相手がエルファリアなら、尚更だ。
ようやく大人になったレピアは、動き始めた。
それからの夜の事である。
エルファリアの破片が奉じられている帝国の拠点に、一振りの剣を持った踊り子が現れるようになった。
踊り子は、どこからともなく現れてはエルファリアの破片を奪い、去っていった。
頭部、胸部、腹部に四肢と、エルファリアの身体の大半が踊り子によって持ち去られた。
最後に残ったのは、女王の魔力を最も宿している下腹部だった。
…あと少しね。
レピアは隠れ家に安置しているエルファリアの石像を眺める。女性の象徴となる部位だけが足りなかった。
コンコン。
何故か、レピアの隠れ家のドアがノックされる。
レピアは反射的に剣に手をかけ…
それから、数日が過ぎた。
帝王は、奪われたエルファリアの破片が見つかったとの報告を受け、安堵していた。
エルファリアの下腹部が収められた、最も重要な拠点、かつてエルファリアの居城だった城である。
帝王は近衛兵達と共にエルファリアの破片が届くのを待っていた。
ある夜、エルファリアの破片が届けられる。
だが、それにはおまけが着いていた。
「なんだ、この女の石像は?」
エルファリアの破片を自ら検分していた帝王は、一緒に届けられた女の石像に目をやった。
「はい、これは23年前に消えた、王女レピアだそうです。
母親と同じように封印したとの事でした」
「ほぅ…」
そんな報告は初耳だが…?
帝王が疑問に思うのと、
「別に封印されたわけじゃないわよ?」
レピアの石像が動いたのがほぼ同時だった。
冷たい石の塊の口元が動いた。
帝王と近衛兵達の目が石像に注がれる。
「エルファリア…お母様の魔力を使わせてもらったの。
動く踊り子の石像のってどうかしら。冷たくって気持ち良いかもよ?」
数日前に隠れ家を訪れた仲間達と、レピアは一芝居打ったのである。
「帝王様にまで会えるとは思わなかったけどね」
レピア達の狙いは、警戒が厳重なエルファリアの下腹部が収められた城に潜入する事だった。
だが、帝王まで居たのは誤算ではあった。
母親もろとも、本当に封印してしまえ!
帝王の怒声が響く。
それが、戦いの合図となった。
レピアを運んできた兵士を始め、城内にはレピアの手の者も多い。
各地で剣戟が響く。
石像の姿から戻ったレピアが目指したのは、残ったエルファリアの破片だった。
近衛兵達の剣がレピアへと伸び、そして、空を切り裂いた。
幻…実体が無いレピアの幻しか、彼らは切る事が出来なかった。
やがて、レピアは残ったエルファリアの破片を手にする。
…これで、終わりね。
「わざわざ、エルファリアの下腹部を切り取って保管するなんて変態さんね。
まあ…保管場所を私達のお城にしたのは間違いだったわね」
幻で攻撃を避けながら目的の破片を手にしたレピアは、勝ち誇った顔で帝王達を見渡した。
その声を聞いて、帝王は過ちに気づいた。
「さ、抵抗するのをおやめなさい」
淡々とレピアが言うと、帝王達は彼女の声に逆らうことが出来なかった。
女王が納める小国…
少なくとも、その城内にある限り、女王の声は絶対だった。
その魔力を受けつぐ王女の声も、同様に絶対なのである。
「可愛い女の子だったら許してあげても良かったけど、男に用は無いわね」
女王の魔力に逆らう事が出来ない男達に、レピアは冷たく言い放った。
4.復活と終焉
後は、石化の呪いを解くだけ。
レピアは集めたエルファリアの身体を、聖なる泉で洗い清める。
「石になった気分はどう?」
「あんまり良くないですね」
いつもとは逆の立場だ。
それでも、言葉とは裏腹に、エルファリアはそんなに悪い気はしていないようだった。
その後、小国は女王と王女によって、平和に治められたという…
(完)
再度の発注、ありがとうございました。
MTSは色々と補足して書く方ですので、
その辺りが意にそぐわなかったら、申し訳ありません…
前回は気に入って頂けたようなので良かったです
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