<東京怪談ノベル(シングル)>
海賊と人魚
「エルファリアが帰ってこない」
夜になり、レピアが生身を取り戻すが、ここ最近、エルファリアが別荘へやってこない事に疑問を持った。
いつもは暇を見つけてやって来てくれたのだが、ここ最近はとんと姿を見せない。
「まさか変な事件に首を突っ込んでるって事は……」
ありえなくもない、と考えてしまうあたり、二人の付き合いの長さが窺える。
エルファリアのやる事は八割方予想は出来てしまう。
だとすれば、今回は何の事件に首を突っ込んだのだろう?
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別荘のメイドに話を聞いたところ、どうやら昨今は聖都の近海で海賊行為を行っている連中の話をよくしていたらしい。
そしてちょっと前に出かけていった後、聖都にも帰ってきている様子はないそうだ。
一応、城の方でも事を大事にしないようにエルファリアを探している様だが、あまり成果は出ていないそうな。
だとすれば、海賊関連で何かあったのだろう、と当たりをつけて、レピアは夜の街に繰り出した。
港は停泊中の船が幾つも並び、沿岸にある酒場からは船乗りの豪笑が聞こえてきた。
港の様子にはあまり変わりはなさそうだが、この辺りで海賊が横行しているのは本当なのか、まずはそこから調べなくてはなるまい。
レピアは酒場に入り、情報収集から始める事にした。
「ちょっと良いかしら?」
カウンターに近付き、マスターらしき人物に話しかける。
「いらっしゃい、何にする?」
「お酒はいいから、話を聞かせて。ここ最近、近海で海賊が出回ってるって聞いたんだけど?」
「ん? ああ、確かに。だがありゃ可愛いモンだぜ」
そう言ってマスターは豪快に笑う。
思ったより深刻な話でもないのだろうか?」
「詳しく聞かせてくれない?」
「ああ、いいぜ。って言っても、聞いた話だけどな」
マスターが言うには、その海賊船の概要はこうだった。
海賊の船長はどこぞの海から追放された妖精で、女性の姿を取ったニンフだとか。
そのニンフが自分より美しい女性を捕まえては洗脳し、海賊の手下として使っているそうだ。
今ではその噂を聞きつけて、捕まえられるどころか、自ら乗船を志願する女性まで現れ、海賊団は一気に肥大化したらしい。
「まぁ、駆け込み寺みたいなモンだぁな」
「そんなもんなの? 海賊行為を行ってるなら、迷惑なんじゃない?」
「おいおい姉ちゃん。船乗りってぇのは腕っ節がなきゃやってられねぇ仕事だ。女ばかりの海賊団くらい、逆に手篭めに出来ないんじゃやってられねぇぜ。がっはっは」
豪胆な海の男たちはマスターの言葉に賛同し、『そうだぜ!』とか『海の女神に乾杯!』とか囃し立てている。
まぁ、そこまで深刻な話でもないのなら、レピアがやる事はエルファリアを探すだけでいいだろう。
解決は海の男たちか、今以上に問題になるようなら聖都の兵士がやってくるはずだ。
「じゃあ、前に同じ様な事を聞いた女性がいなかったかしら?」
「ああ……確かちょっと前にいたな。偉い別嬪だったが、アンタの知り合いか?」
「まぁね。その娘、どこに行ったか知らない?」
「さぁ、何も聞いちゃいないな。もしかしたら、その海賊のニンフに洗脳されてたりな! がっはははは!」
マスターは冗談として笑ったが、レピアとしてはありえない話ではないので、ちょっと笑うに笑えなかった。
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数日の後、別荘のメイドから例の海賊船が近くの港に停泊している事を聞き、レピアは改めて港へ向かった。
近くにいた船乗りに話を聞きながら、やっと海賊船を発見する。
あたりを注意しながら乗船すると、確かに中からは女性の声ばかり聞こえてくる。
「間違いなさそうね。エルファリアはいるのかしら?」
エルファリアが別荘に戻った様子はまだない。とすれば、本当に海賊に洗脳されている可能性もある。
レピアは船室の中へと入るため、ドアに手をかけた。
その時、
「お待ちなさい!」
背後から声をかけられる。
驚いて振り返ると、そこにはエルファリアが居た。
「え、エルファリア! ホントにここに居たのね!」
「当たり前です。私はこの船の副船長なんですから!」
「……はぁ?」
どうやら洗脳によって、エルファリアは副船長となっているらしい。
大抜擢だが、人選ミスのような気もするから不思議だ。
「何をされたか知らないけど、とりあえず帰りましょう。その洗脳を解く方法だってきっと見つかるから」
「何を言ってるかわかりません。私は副船長としてこの船を離れるわけにはいきませんし、侵入者を見過ごすわけにもいきません!」
そう言って、エルファリアは持っていた笛をプーと鳴らす。
すると船室から海賊がワラワラと集まり、あっという間にレピアを取り囲んだ。
「どうしたんですか、副船長!?」
「こいつ、侵入者ですか!?」
「ええそうよ。捕らえなさい!」
「アイアイマム!」
多勢に無勢とは正にこのことで、レピアはあっという間に縄でグルグル巻きにされてしまった。
捕縛されたレピアはすぐに船長であるニンフの前へと突き出される。
「へぇ、これが侵入者ね」
「アンタが船長のニンフね? すぐにエルファリアを解放しなさい。あと、ついでに洗脳された人間も全員!」
「自分の立場がわかっていないようね。アンタ、人に命令できる様な状態じゃないわよ?」
確かにレピアは絶体絶命の状態だ。
命乞いならともかく、命令なんて出来るはずもない。
「さぁ、哀れな侵入者にはどんな罰を与えてやろうかしらね?」
「船長! すぐに錘を抱かせて沈めちゃいましょう!」
「もしくは洗脳して仲間入りさせましょう!」
外野から色々と意見が飛ぶが、ニンフは企み顔でレピアに近付いた。
「これ以上船員を増やしたところで囲いきれないし、単に沈めるだけじゃ芸がないわね」
「何をするつもりよ?」
「どう、人魚として生きてみるってのは? 第二の人生、そんな風に生きるのも悪くないんじゃない?」
そういいながら、ニンフは自らの持つ魔力を操る。
彼女の魔法は単に人を洗脳するだけでなく、ニンフと同じ海の魔に変化させる事も出来るのだ。
その上で記憶も弄ってやれば、立派な人魚が出来上がりだ。
「さぁ、海へ帰りなさい。もう会うこともないでしょう」
ニンフが合図するとレピアは海賊たちに担がれて船の外へと放り投げられた。
海へと投げ出されたレピアは自分の身体の異変に気付く。
まだ夜だというのに、何故だか身体が石化を始めているのだ。
どうやらニンフの魔力と呪いが不思議な作用を及ぼし、終日石化するようになったようなのだ。
レピアは大して泳ぐことも出来ず、そのまま重くなった身体に引きずられて海底へと沈んでいった。
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それから半年が経った頃、船乗りの間で一つの噂が持ち上がる。
それは聖都近海の海底に、よく出来た人魚の像が沈んでいる、と言う噂だ。
ニンフ率いる女性海賊団は偶然にもそれを引き上げる事に成功した。
というのも、海の妖精であるニンフにかかれば、海底まで素潜りというのも楽勝なのだった。
「これが噂の人魚像、ね」
ニンフは引き上げた像をしげしげと眺める。
何か思うところあったようだが、
「じゃあこれの始末はアンタらに任せるわ」
と、船員に石像を任せ、自分は興味なしと言った感じで船室へと戻っていった。
「どうします、副船長?」
判断を仰がれたエルファリアは、少しの間悩んだあと、とりあえずお金に換える事を思いつく。
海賊といえばやはり、財宝を手にし、富を得てこそだ。
ならばお金になりそうなものは換金してしかるべき。
だが、なんだかこの石像には不思議な感覚を覚える。
「売っちゃいますか? 売っちゃいますか?」
「え? ええ……」
船員に煽られて、エルファリアは頷く。
なんとも言えない不思議な気分を抱えたまま、エルファリアは回頭を指示、海賊船は最寄の港へと向かうのだった。
その夜、エルファリアと船員数名で石像を運び、それを古美術商へと持っていく。
「やぁ、こりゃ見事な石像だね。ふむ……」
古美術商は石像をルーペで眺め、ため息を漏らしていた。
「私にはよくわからんが、どうやら多少エンチャントが施されているようだね。出来も良いし、高値で買おう」
「やりましたね、副船長!」
「これで船長にも自慢できます!」
船員は口々に歓喜の声を上げるが、やはりエルファリアにとっては微妙な気分だった。
何故か、この石像には心を引っかかれる。
「……待ってください」
「うん? どうしたんですか、副船長?」
無意識の内に声を上げていた。
エルファリアは石像に近づき、顔をよくよく見る。
「どこかで見た顔。……何故かしら、貴女にすごく親近感を覚えるわ」
息づく様な石像を見て、エルファリアは自然と顔を近づけていた。
唇が石像に触れる。
すると、その瞬間からエルファリアは全ての記憶を取り戻す。
改竄されていた記憶は正しく戻され、レピアの事もちゃんと思い出す。
「ああ、貴女、レピアなのね!」
石像の顔を見て、やっと理解する。
あの心の引っかかりはこれだったのだと。
そして、石像であったレピアの呪いも少しずつ解け始める。
石化が解け、姿も人魚から普段の踊り子姿へと。
「レピア! 元に戻ったのね!」
「え、エルファリア? ここどこ? 私は一体……?」
抱きつくエルファリアに困惑しつつ、レピアは周りを確認し、記憶を掘り起こす。
「そうだ、海賊の奴らをどうにかしないと……って、エルファリアは大丈夫なの? 元に戻ったの?」
「ええ、だからもういいのよ。あの海賊団も、大した悪事も働いていないし、お父様にも進言してみるわ」
「放っておくの!? それはそれでどうかと……」
「ううん、いいの。あの人たちならきっと、大丈夫だと思うから」
エルファリアにそう言われて、レピアも渋々ながら納得した。
その後、その海賊団は聖都を離れ、どこか別の海で活動し始めたそうな。
活動も海賊団から貿易船に変わり、真っ当な仕事をしているらしい。
「ね、言ったでしょ?」
「確かに……エルファリアの見る目も侮れないって事か」
こうして海賊騒動は幕を閉じたのだった。
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