<東京怪談ノベル(シングル)>


帰らない踊り子

1.塔へ

夜はレピアの時間である。
というより、昼は呪いで石化しているレピアなので、夜にしか時間は無い。
咎人とは、そのように何かしらの呪いをかけられているものなのだが、おかげで最近数百年程、レピアは太陽を見ていない。
今日も、レピアが居るのは夜の街外れだった。
…さて、塔に来てみたけど、どうしようかしらね?
暗闇に紛れて、レピアは街外れに建つ円筒状の塔の前までやってきた。
塔の持ち主は、あまり評判が良くない魔女と呼ばれる娘。
だが、エルザードで行方不明になった若い娘らしき姿が塔周辺で見られたとあっては、最早、悪い噂だけでは済まなかった。
黒山羊亭の依頼は、『魔女が街で悪い娘をさらっているので退治してくれ』というものだった。
それだけなら、特にレピアが心を動かす事も無かったのだが、彼女が気を止めたのは、さらわれた娘達の目撃情報だった。
ある娘はメイドの姿をして街を徘徊している所を目撃された。またある娘は、彼女とよく似たストーンゴーレムの姿を塔内で目撃された。
もしも、人を石化するだけでなく、その上でゴーレムとして使役する事まで出来るとしたら、それは普通の魔法ではない。
…石化の呪いを解く方法も、何か知っているんじゃないの?
かなり危ないが、レピアは魔女の塔へ行く事にしたのだ。
というわけで、レピアは塔の足元で見上げている。
窓は上の方の階にしか見当たらない。明かりが付いているのかは、外からではよくわからない。
目を正面の入り口に戻してみると、入り口の扉に鍵は…かかっていない。
押してみると、すんなりと扉は開いた。
…開いてるなら、入れてもらおうかしらね。
少し背筋に寒気を覚えながら、レピアは塔の扉を開けた。

2.魔女の塔

入り口の部屋に、人気は無い。
壁に掛けられたランタンの明かりは、窓が無い塔内を薄暗く照らしている。
なるほど、こんな所に住んでいたら、怪しい事をしていると思われても不思議ではない。
レピアは入り口の扉から手を離し、部屋へ足を踏み入れた。
念のため、入り口の扉がちゃんと開く事を確認する為、もう一度、扉に手をかけた。
だが、外からは開いた入り口は、中からでは開かなかった。
…帰してはくれないわけね。
レピアがため息をついて、改めて室内を見渡すと、上へと登る階段だけが見えた。他には室内を照らすランタン以外に何も無い。
塔から出る事は出来ないようなので、レピアは階段を登り始めた。
次の階も…その次の階も、同じ様な部屋が続く。
ただ、違っているのは、石像が置かれている事だった。
塔の二階以降には、他には何も無い室内に、メイドの姿をした女の子の石像が数体ずつ置かれていた。
メイドらしく微笑んだ顔の石像の表情は、逆に嫌悪をレピアに感じさせた。
しばらく、レピアはメイドの石像が置かれた塔を登っていった。
変化があったのは、確か塔の8階辺りだった。
その階には、窓があった。小さなテーブルと椅子があり、ベッドがある。
人が生活している気配がある部屋だ。
さらに、この部屋には住人も居るようだ。
「いらっしゃい、咎人のお姉ちゃん。待ってたよ?」
部屋に居た、レピアよりも若い娘が言った。
部屋の中だというのに三角帽に黒ローブ姿の娘は、レピアに笑顔を見せた。
「あたしが咎人だってわかるの?」
少し驚いた様子で、レピアは答える。
「うん。わかるよ?
 だって、私、魔女だもん」
魔女は、うんうんと頷いた後に言葉を続けた。
「じゃ、どうせだったら、みんなで遊ぼうよ。
 ちょっと待っててね、みんなを呼ぶから」
魔女の言葉に応じるように、静かな振動が塔を襲った。
足音…
だが、一つや二つの足音ではない。
何人、何十人もの人間が行進するように、足音が重なりあっている。
大勢の足音が、塔の下から登ってくるようだ。

3.魔女の遊戯

レピアが階段の方を振り返ると、メイド姿の美少女達が階段を上がってくるのが見えた。
規則正しく、行進をするかのように、メイド達は階段を登ってくる。
彼女達の姿は、塔の途中に居た石像によく似ていた。
…一体、何人居るのよ?
もしも塔の途中に居た石像が、このメイド達だとすれば、この部屋に入りきらない程の人数になる。
メイド達は何人かが魔女の横に並び、他の者達は階段を登ってくると、レピアを取り囲むように整列し始める。
10人程のメイド達が登ってきたが、まだまだ無数のメイドが下の階には残っているようだ。
そこで、魔女が口を開いた。
「じゃ、第一回、大勢で寄ってたかって踊り子さんの服を脱がそう大会開始!」
魔女は威勢良く手を上げて言った。
「わかりました、ご主人様」
合唱のように、レピアを取り囲むメイド達、下の階で待っているメイド達の声が響いた。
笑顔を浮かべるメイド達は、魔女に従順なようだ。
メイド達の人数と、寸分たがわぬ合唱のような声に、レピアは気おされしてしまう。
彼女を取り囲むメイドの美少女達が一斉に近寄ってきた時も、レピアは呆然としていた。
メイド達の無数の手は、乱暴では無いものの、確実にレピアの手足を掴んだ。
「それでは、少し失礼致します」
言いながら、5人のメイドがレピアの体を抱え上げて、優しく床へと寝かし、他のメイド達と一緒に押さえつける。
レピアは抵抗して手足を動かすが、メイド達はレピアの手足に腰を下ろして、しっかりと押さえつけた。
「お姉ちゃんも、踊り子さんじゃなくてメイドさんになりなよ。
 私、そっちの方が好きだな」
メイド達が寄ってたかってレピアを押さえつける様子を、魔女は椅子に座ったまま眺めていた。
その目が細くなり、レピアを見下ろしている。
…メイドさんになりなよ?
その声が、レピアの頭に響いた。
「…あれ?
 軽く言っただけなのに、お姉ちゃん、催眠術よく効くね」
少し不思議そうに魔女は言った。
メイド達は魔女の命令に従い、丁寧だが大勢の力で、有無を言わさずにレピアの服を脱がし、代わりにメイド服を着せていく。
「じゃ、今日からお姉ちゃんも、私のメイドさんだよ。
 咎人同士仲良くしようね」
メイド服に着せ替えられたレピアを見て、魔女は満足そうだった。
…メイド…私はメイド。
メイド服を着せられたレピアからは、目の光が無くなっていた。

4.咎人達

今夜のレピアは、メイド服すら着ていない。
魔女のベッドの前で四つん這いになっている。
「レピアちゃん、色んな呪いかけられてて面白いね。
 塔から出られないだけの私とは大違い」
黒ローブを着た魔女は、ベッドに腰掛けたまま、足元のレピアに声をかける。
「昼間は石になって、暗示に弱くて。
 後、もしかして、レピアちゃんの気持ちって周りに移っちゃうの?
 レピアちゃんが笑うと笑いたくなっちゃうし、怒ってると怒りたくなっちゃう。
 …覚えたよ、もっと研究してあげる」
言いながら、魔女は何も履いていない足で、レピアの顔を撫でてあげた。
レピアは嬉しそうに、魔女の足指に顔を押し付け、舐めまわす。
「あはは、くすぐったいよ。
 大して強い催眠術かけてないのに、こんなに犬になっちゃう子は初めて」
舐め回すレピアの舌を押しのけるように、魔女は足指を彼女の口に押し込むが、レピアは子犬のようにじゃれつくだけだった。
「可愛いね、レピアちゃん。
 さ、ベッドに上がってらっしゃい。
 そんなに舐めたかったら、私の身体を舐めさせてあげるよ。
 一晩中…休まず舐めてね?」
言われるままに、レピアは犬の身のこなしでベッドに上った。
子犬の手つきで、不器用に魔女のローブをめくり、その身体に舌を這わせ始めるレピア。その舌も、子犬のように激しく、魔女の身体を舐め回し、楽しませた。
多数の呪いを抱える彼女は、呪いを操る魔女にとっては丁度良い玩具だった…

5.目撃されたメイド

レピアが行方不明になってから、一月が過ぎた。
黒山羊亭には新しい依頼が増えていた。
『レピアという踊り子を探して欲しい。情報を探している』
エルファリアが出した依頼である。
一件だけ、情報が寄せられた。それも、レピアという踊り子は見当たらないという情報だった。
正確には、レピアという『踊り子』は居ない。但し『メイド』なら、夜に見かけた事がある。
単なる見間違いかもしれないが、それでもエルファリアは情報を元に街へ出た。
夜、そろそろ店も閉まりかけた高級衣装店の前である。
エルファリアが待っていると、確かにレピアが現れた。
「私はレピアという名前のメイドですが?」
不思議そうに首を傾げる、レピア。
確かに、レピアという『踊り子』は、もうどこにも居なかった。
魔女のメイドとなったレピアが、そこには居るだけだった。

(完)

遅くなってすいません、MTSです。
なるほど、続きが気になるお話ですね。
続きがあるようでしたら、発注頂ければと思います。
今回はありがとうございました。