<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


魔竜のスピネル〜小さき守護者はすぐそばに


「火山の魔竜だぁ!?アンタ、死ぬ気かよ」
話を聞くなり呪具や呪札を専門に扱っている道具屋の店主は青ざめた表情で問いかけられ、シグルマは居心地悪そうに頬を掻く。
店内にいた他の客たちもこちらを見ながら、こそこそと囁きあうのを目の端で捕え、頭を抱えたくなった。

わがままお嬢様の依頼でありったけの旅道具を買い込んで王都を出て1週間。
ようやく目的地である火山の手前までやって来たシグルマは最後の買い出しとふもとの村に立ち寄った訳であるが、この手の反応はすでに10を超えていた。
というよりも、ここへ来るまでの村や町でも同じ反応をさんざん受け―数としてはシグルマの指の数を優に5往復はしている。
なにせ目的が火山に住む魔竜のスピネルといっただけで―生きて帰ってこられない。そんな依頼、聞かなかったことにして逃げちまえ、とこうなのだ。
戦いから縁遠い街の者や村人に言われたぐらいなんとも思わない。
だが、この手の情報に長けた連中や商人まで口を揃えて言うものだから、さすがのシグルマも躊躇することが結構続いていた。
「なぁ、そんなにヤバいのか?その……火山ってのは」
たまりかねて問いかけるシグルマに店主は大きく肩を落としながら、後ろの棚に置いてある道具を手に取りながら口を開いた。
「ヤバいもなにも……3日ぐらい前だったかな?あんまり知られていないが、相当な腕をした剣士が火山に出かけたまま戻ってこなくなっちまって、そいつの師匠っていう人がが心配してな。捜索隊を作ろうかって話が出てるくらいだ」
あらゆる呪具をカウンターに積み上げて、店主は黙りこくってしまったシグルマを案じるようなまなざしで見返した。
「大体こちらから手を出さなきゃ、あの魔竜は手を出さないと盟約をかけてくれているんだ。おまけに勝手に住み着いた炎の獣や魔物がふもとの村を襲わんようにしてくれているからな……お宝欲しさに魔竜を相手にするなんて正気の沙汰じゃない」
「じゃあ、なんだ?その魔竜は元々はおとなしい質で人語も理解するぐらい知能が高いってことなんだな」
そりゃ初耳だと感心するシグルマに店主はぐいと顔を近づけ、念を押すように言葉を重ねた。
「ああ。だから間違っても魔竜に手を出さんでくれ。魔竜は自分に刃を向けてくるもんには容赦しないからな」
いいな、と語気を荒げる店主にシグルマは小さくうなづくとやや急ぎ足で店を出た。

とにもかくにも、ほとんどの連中が魔竜と戦うのは及び腰だ。
まぁ、そうだろうとシグルマは思う。
魔獣・魔物と呼ばれるグループに置いて、竜―ドラゴンは特別な存在。
しかも今回の魔竜は古竜という部類―間違いなく最強クラスの存在で恐怖と畏敬の対象だ。やりあう事態、無茶なんだろう。
だが一旦受けた依頼は依頼だ。
このまま宿へ戻らず、荷物はあるのだから火山へ向かうかと考え込んだ瞬間、背後から涼やかな女の声がかかった。
「ねぇ、そこの人。火山へ行くっていうのは本当かしら?」
「は?」
振り返ると妙に威圧感たっぷりの微笑を浮かべた長い銀髪をなびかせた女がほぼ真後ろに立っていた。
「なんだ?あんた」
「さっき道具屋の店主が言ってた剣士の師匠で魔道彫金師レディ・レムというの」
「剣士?……火山で行方不明になったっていう?」
思わず距離を取って身構えるシグルマにレムはわずかばかり表情を引き締め、一歩前に足を踏み出す。
「あの子、毎回厄介なことに巻き込まれるのよ。いつもは放っておいても大丈夫なんだけど……さすがに今回は場所が場所だから」
「探してくれってか?」
「山へ向かう人が全くいなくて困っていたの……ちゃんと礼金を払うわ。お願いします」

焼き尽くすような熱風が頬を撫でる。
わずかに歩いていくだけでじんわりと汗がにじみ、視界が歪むのを感じた。
荒涼とした砂と岩の大地。焼けただれた木々が殺伐とした光景をさらに強くする。
軽く肩で息をつくとシグルマは首からかけた青白い宝玉の護符に手を触れた。
途端に柔らかく清涼な空気が周囲を包み、うっとうしい熱気が霧散していく。
「こりゃ便利だな」
レムから礼金の一つとして渡された冷気を封じ込めた護符を見て、シグルマはしみじみと思う。
今も激しく活動している火山だけあって、あちこちから吹き上げる炎と桁外れな熱気がひどく、ある程度の武装をしていないと五分と持たない。
だからといって重武装をすると山に住みついた魔獣たちの機敏な攻撃に対応できない。
そういった事態に備えたほうがいいと半ば強引に押し付けられたのだが、役に立ちまくっている。
かちゃりと小さな金属音が響く。
次の瞬間、シグルマの4本の腕に握られた4種の武器が閃き、左右から襲い掛かってきた炎を纏った魔狼たちが一刀両断される。
そのまま身体をひねり、片膝をつきながら前後から伸びてきた火トカゲ―サラマンダーを切り裂いた。
「ったく、護符がなかったら丸焼きだったな」
うっすらと武器が纏ってた冷気が消え失せるのを見ながら、シグルマは苦笑を隠しきれなかった。
この護符がもっとも高い利点はこれだ。
炎系の魔物に対して自動で反応し、攻撃用に手にした武器にまで冷気を纏わせてくれる。
そのお蔭でほぼ一撃で全ての魔物を倒せた。
このペースなら魔竜のところまでは楽に進めるな、と立ちあがったシグルマの視線の先に新雪のように真っ白な小さな小動物が岩山の上にいるのに気づいた。
「またお前か……こんなところまでよくついてくるな」
呆れと賞賛の入り混じったシグルマの声に興味ないとばかりに大きな碧玉の目をそらし、小動物はひらりと岩陰に消えてしまう。
乱雑に後頭部を掻きながら、立ち上がるとシグルマは魔竜のいると思われる岩屋に向かって歩き始める。
岩場からそろりと顔を出した小動物は耳をしばし小刻みに震わせると、猫のような小さな身体をしなやかに生かしてシグルマの後を追いかけていく。
距離を置いてついてくる小動物の気配にシグルマはとっくに気づいていた。
火山の入り口あたりで洞穴から様子をうかがっていた真っ白な山猫のごとき小動物。
魔獣だらけな上に魔竜の住処という物騒極まりない火山であんな小さな獣がちょこまかと動いているのは意外な驚きで、持っていた干し肉の欠片を投げてやり―それ以上の興味もなく進んできた訳なのだが。
なぜか小動物の方が興味を持ったらしく、ここまでつかず離れず追いかけてきている。
餌をやったことに恩義でも感じているのかは分からないが、とりあえず放っておきながら、再び武器を構える。
先ほどの倒した同じサラマンダーよりも大型のサラマンダーが三匹、岩から炎の息吹を零して同時に飛びかかってきた。
軽く地を蹴って背後に飛び下がって、初撃をやり過ごすとそのまま勢いを殺さないように全身を前のめりにして四本の腕を素早くひらめかさせる。
青白い光がサラマンダーを切り裂き、その傷口から氷のツタが伸び、その身を覆い尽くしていく。
全身を凍りつかせたサラマンダーたちはゆっくりと崩れ落ち、炎の大地の上で砕け散った。
「しっつこいたらねーな、こいつら」
うっとうしそうに砕けたサラマンダーを見ながらシグルマが誰ともなしに愚痴る。
いくら住処とはいえ、ここまで襲ってくるとは思ってもみなかった。
行方不明となっているレムの弟子とやらも、こいつらに襲われてるんじゃないかと頭の隅で思ったシグルマの耳に低い―だが面白がるような声が届いた。
「いやいや……やるじゃないか、多腕族の戦士」
強い風が一瞬吹き抜けたと同時に巨大な影が地にさした。
顔をあげ、呆然となるシグルマの前にばさりと大きな風切り音を立てて現れたのはルビーよりも紅い鱗にシグルマの背より数倍はある翼をもった優美で巨大な竜だった。
「我がこの山に住まいし魔竜。我に用があってここに来たのかは察しがついておる……下らぬことで命を危機にさらすなど愚の骨頂。さっさと戻るがよい」
穏やかだが怒りを押し殺さぬ低い声音が空気を震わせ、あたりをうろついていた魔物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていくのをシグルマは感じながら武器を構える。
ようやく目的の竜に会えたというのに、強そうでさっさと帰れと言われて帰りましたでは話になる訳がない。
何よりも戦士としての誇りが許さない。
「こちらも依頼だからな……お前の持っているスピネルを頂く」
「無謀な真似を」
いうが早いか切りかかってくるシグルマに魔竜はやや呆れたように翼を羽ばたかせ、その巨体が軽々と舞い上がらせる。
強烈な風圧が全身を襲い、岩壁にまで吹っ飛ばしそうになるのを何とかこらえるとシグルマは手にしていた武器の一つである鉄球を翼目がけて投げつけた。
勢いよく旋回して、魔竜はその攻撃をかわして岩場に降り立つとシグルマに狙いを定めて炎を吐き出さんと口を開く。
だが、降り立つ岩場に察しをつけていたシグルマは攻撃の死角である岩陰まで走り込むと、身軽に岩場を駆け上がり、魔竜の懐まで一気に攻め込む。
一瞬反応に遅れた魔竜が反撃態勢を整えるよりも先にシグルマは眼前にさらされた―あらゆる竜の弱点たる逆鱗に向かって刃を突き立てんとする。
「ちょっとまったぁぁぁっぁぁぁ!!」
突然耳元に響いた甲高い―子供のような声にシグルマはびくりと身を凍らせ、刃が逆鱗に届く寸前の態勢で止まった。
その隙に魔竜はばさりと翼を広げ、宙へ飛び去るとやや後方の岩場へと移動し、中途半端に止まったシグルマと真っ白い小動物だけがそこに残された。

「な……なんだぁぁぁぁ??!!お前、しゃべれたのかよ!」
「ああ、あいつ……魔竜と同じくスピネルを託された獣だ。魔竜を倒されたら、いろいろと困ることがある……剣を収めてくれればお前が知りたいことに答えるから」
いきなり人語をしゃべりだした大きな碧玉の目の小動物に呆気にとられるシグルマに魔竜は翼をたたみ、そのままこちらの様子をうかがうように身を横たえる。
一見おとなしくなったようだが、実際には小動物が傷つけられたらいつでも攻撃できる態勢であるのは一目瞭然。
不利を悟ったシグルマはめんどくさそうに武器を収めると、胡坐をかいて小動物とサシで向き合う。
その姿にほっとしたのか、小動物は耳の後ろを少しばかり前足で掻くと、小指の先にも満たないほどの大きさをした素焼きの瓶を取り出して、ちょこんと前に置く。
すると軽い破裂音が響き、瓶は気づくとシグルマの腕ほどの大きさに代わっていた。
「少しばかり前に来た剣士がくれた酒だ。よかったら飲むと良い」
「おい!その剣士ってのはちゃんと帰ったのか?そいつの師匠から探してくれって頼まれんだ」
「一昨日まで俺たち一族が住んでる岩屋にいたんだ。で、目的を果たしたから今日、山を下りた。今頃、帰り着いてるさ」
首を巡らせて魔竜と顔を見合わせた小動物はシグルマに向き合うと、きょとんとした様子で甲高い声をあげる。
要約すると、レムの弟子と思われる剣士は怪我をして動けなくなった小動物の子供たちを助けてくれ、動けるようになるまでいてくれたために山を下りるのが遅くなっただけで、何かの事件に巻き込まれたわけではないということだ。
「腕も立ったが博識で無謀な真似はせんかったからな……そうか、騒ぎになっていたならすまんことをした」
「いや、無事ならいいんだ。で、俺はお前らの持つスピネルって宝石がいるんだよ。そいつを頂けるなら戦うことはしない」
申し訳なさそうに頭を下げた魔竜だったがスピネルになるとあからさまに嫌そうな態度になって黙り込む。
小動物も目を細めつつも前足で頭を掻きながら、仕方なく魔竜を見返した。
「悪い奴じゃないのは分かってるんだ。あの石のこと話して、ちょっと分けてやったらどうだ?欲に目のくらんだ馬鹿どもにはちょうどいいだろうしな」
「なんだ?その話ってのは?」
怪訝な表情を浮かべるシグルマに小動物は小さく肩を落とすと甲高い声でゆっくりと話し出した。
彼らが託された真紅の石―スピネルの因縁を。

ベルベットのビロードに乗せられた真紅の宝石に依頼人であるわがままお嬢様は目を輝かせ、礼も言わずにシグルマの手から奪い取るとくるくると回りながら楽しそうに応接間を出て行ってしまう。
予想通りの行動に唖然としながらもシグルマは何も言わずに王都から追い立ててくれた使用人から依頼料と『もの質』にされていた荷物を受け取ると、さっさと屋敷を後にした。
のんびりと残っていたら、どんな目に合うか分かったもではない。
あの小動物と魔竜の話を聞いてからシグルマは長くスピネル―正確には欠片を持ってるつもりは全くなかった。
確かにあの宝石は呪われていた。
ただし、歩いていると何もないところで転んで顔面打ち付けた挙句に動物の群れに踏みつぶされるとかどっかの危ない職業の人や寄付を求める団体に取り囲まれて持ち金全部取られるといった―せこいが悲惨な不幸が際限なく続いていくという代物。
滅びた王国の魔導師が敵国を滅ぼすために生み出した巨大なスピネルだったが、敵が滅びるよりも先に作り出した本人が不幸に逢い続け―困った挙句、この山に住んでいた魔竜と当時神聖動物としてあがめられていた小動物の一族に頼んで封じてもらったという―なんとも情けない話だ。
もっとも単純に力試しとか純粋な目的を持った者には効果がないので、たまに砕いて分けてやったこともあるという。
なので、シグルマも拳大ほどの大きさのスピネルを分けてもらい、お嬢様に持ってきたというわけである。
「けど、持ち主が変わった瞬間から呪いが始まるってんじゃ、無事じゃいられないんじゃないだろうが……まぁ、いい薬だろう」
渡された依頼料を懐に仕舞い込むとシグルマは風に乗って聞こえてくるお嬢様の悲鳴を聞き流して嬉しそうに酒場へと歩き出したのだった。
FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0812/シグルマ/男性/29歳/戦士】

【NPC:レディ・レム】

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■       ライター通信            ■
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ご無沙汰しております、緒方智です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
なんだかいろいろと詰め込みすぎましたが、無事依頼は完了。
この後、お嬢様がどうなったかは……想像にお任せします。

また機会がありましたらよろしくお願いいたします。