<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
魔竜のスピネル〜お山のスピネルは呪いあり
いきなり街の外に放り出された途端、無表情な使用人たちに有翼人の少年・チコが抗議の声をあげた。
「頼まれた……スピネル?だっけ、取ってきてあげる。だから弓は返してよね!でなきゃ、引受けないよ」
荷物をすべて取り上げられた上に大事な武器まで巻き上げられては話にならない。
大体、こんな無茶な話あってたまるか、とチコは思うのは無理もない。
―失われた王国の遺産を守る魔竜からスピネルを取ってきてほしいですの。
絵にかいたような成金豪商が溺愛する超絶わがまま世間知らずのお嬢様の依頼にチコは返答するよりも先に左右を使用人たちにがっちりと腕を掴まれるが早いか、そのまま引きずり出され―冒頭に至る。
別に引受けないとは思っていなかった。
けれど、こんな無茶苦茶なやり口には腹が立つ。
なんとか取り戻した弓を手にチコは澄み切った大空へ翼を広げ、魔竜の住むという火山へと飛翔した。
「行方不明の剣士?そんな人、まさか竜に襲われたの!?」
王都を飛び立って数日。
空で行き交う鳥や王都周辺に住む人たちから魔竜についての情報を集めていたチコはその話を聞いて思わず大声をあげ―食堂に居合わせた人々の視線を一斉に集めたのに気づき、慌てて口を両手で塞ぐと向かい合って座る銀髪の女性―レディ・レムは少しばかり苦笑を零す。
火山のふもとにある小さな村で火山に向かう人を探している人がいるよ、と鳥たちに教えてもらったチコが出会った魔道彫金師を営む女性・レム。
3日前に彼女の弟子である剣士が火山へ出かけたきり戻ってこないから、できれば探してきてほしいという話だった。
腕も相当立つし、無茶な真似はしない子がいきなり戻っていないと聞いて、チコは最悪のことを想像して青ざめてしまったのである。
―竜に襲われて、火山に!!
いくらなんでもそれは怖いよ、と思ってしまうチコをレムはなだめるように口を開いた。
「それはないわね。あの山の魔竜がそんな馬鹿な真似はしないわ。まぁあの子も放っておいても平気でしょうけど、さすがに場所が場所だから……でも、火山へ行ってくれる人なんていないから困ってたのよ」
ため息交じりに悩めるレムの姿にチコは腕を組んで考え込む。
ここへ来る途中、火山へ向かうことをやめるように会う人全てに説得された。
―あの山は危険だ。炎の魔物がいたるところに住み着いて、備えもなしに踏み込めば命をなくすぞ。
―こっちから手を出さない限り、魔竜は攻撃してこないんだ。それどころか、魔物たちが村や町を襲わないようにしてくれてるんだよ。お宝欲しさに馬鹿な真似はしないでくれ
道具屋の店主や宿屋の旦那さん、同族である鳥たちもそう教えてくれた。
だが、一度引受けたからにはきちんとやり遂げておきたい。
それにレムたちの話を聞く限り、山は危険でも魔竜は高い知能を持っているらしく、そんなに攻撃的ではないようだ。
魔物たちが暴れないように防いでくれているなら話し合えば分ってくれると思う。
冷静に考えを巡らせて、チコはぱっと顔をあげるとレムに向かって大きくうなずいた。
「うん、わかった。その人の事探してきてあげるよ。わがままお嬢様のお願い事よりそっちのが大事だもん」
「わが……って、まさか魔竜のスピネルがほしい人がいるの?バカバカしい」
力強くうなずくチコの言葉にレムは心底呆れたようにつぶやいた。
荒涼とした大地に炭化して焼けただれた木々。
肌を焼けつくすような熱気とあちこちから吹き上げる炎が砂と岩しかない山を一層殺伐とさせる。
じわりと額に滲む汗をぬぐうと、チコは首からかけた青白い宝玉の護符に触れる。
すると淡い光が零れ落ち、清涼な空気が熱でほてり切ってしまったチコの身体を包み―心地よさが駆け抜けていった。
「うわ〜これ、ホントに助かるな」
一瞬にしてうっとうしい暑さが霧散したのにチコはレムから礼金の一つとして渡された護符を手のひらに乗せると感嘆の声をあげる。
薄い護符にはめ込まれた宝玉に氷の魔法が封じ込められ、触れると適温まで下げてくれるという優れた道具だ。
こういった火山帯へ行く場合はかなりの重武装を強いられるのでチコの機敏な動きがかなり制限されるのだが、この護符のお蔭でそういった制限がなく、魔物たちから逃げやすくなっていた。
「けど、こんな殺風景なところで人が迷ったりするのかな?」
ぐるりと首を巡らせてあたりを見回すが、砂と岩に炎が色を添えるという―本当に殺伐とした光景しか見えず、レムの弟子という剣士の姿どころか手がかりは全く掴めないまま、山の中腹へと差し掛かっていた。
護符で熱気を防ぐとはいえ、炎の吹き上げ、空気の薄い山を飛んでくると体力がなくなるのは当然であり、チコは魔物たちの目の届きにくい岩場を見つけるとそこに飛び込んで座り込む。
日よけになるように突き出した岩は一見危なく思えるが、四方を溶岩で完全に固められているようでちょっとやそっとでは崩れそうになかった。
「あ〜も〜手がかりが全然ないけど、大丈夫なのかな?お弟子さん」
背負っていた革袋から水の入った筒を取り出して口をつけながら、ひとり心地つく。
もう少し登れば魔竜が住むという岩屋にたどり着き、当初の目的であるスピネルは何とかなりそうだ。
けれど行方知れずであるレムの弟子が見つからないのが不安である。
「一回戻って探してこようかな」
「何を探してるんだ?」
ふいに甲高い―子供のような声が聞こえ、チコが驚いて周囲を見回すと新雪のように真っ白な山猫のごとき小動物が小首を傾げて座っていた。
この姿に覚えがあった。
山の入り口で岩場の影からこちらをじっと伺っていた碧玉の大きな目を持った小動物。
なんとなく興味があったが深入りすると危険な目に逢いそうだと思い、放っておいたが、まさか後をつけていたとは思ってもいなかった。こうして間近で見るとかなりかわいらしい。
「あ、あれ?キミ……お話できるんだぁ」
「一応な。で、お前は何を探しているんだ?」
照れ隠しとばかりに前足で耳のあたりを掻く小動物の問いにチコは居住まいを正す。
「この山で行方不明になった剣士を探しているんだけど、何か知らないかな?あ、あとついでにここに住んでる魔竜が持ってるっていうスピネルを取りに来たんだ」
「その剣士なら一昨日まで一緒にいたぞ」
「……ほ、ホント!!今、どこにいるの?その剣士さん」
意外な答えにずずいと迫るチコに小動物はしっぽを立てると、何かをしばらく考え込む。
「帰った……と思ったんだけどな。まだ戻ってないのか」
ぼそりとつぶやくと、小動物は身近な岩場を軽く飛び上がると首を向ける。
「岩屋にいるあいつならなんか知ってると思う。聞いてやるからついてこい」
「岩屋って……ええええええ!?キミ、魔竜を知ってるの?」
驚愕の声をあげるチコを放っておいて、さっさと先に進んでしまう小動物。
しばらく呆然となるチコだったが、ようやく掴んだ手がかりをなくすわけにはいかないと慌てて後を追いかけた。
歩きづらい岩場を軽々と渡っていく白い小動物を離れないように飛んでいたチコはあれほど襲い掛かろうとしていた魔物たちが完全にいなくなっているのに気づき、首をひねる。
なんせこの山は炎の魔狼や火トカゲ、おまけに炎の魔鳥までいて、どうしても逃げ切れなくなって弓を使うことは数十回。
状況が状況だけに戦いは極力避けたかったから、少しばかり安堵した。
「ねぇ、魔竜って人語を話すことできるの?」
「う〜ん?そりゃお前、あいつは竜の中でも古竜と呼ばれるやつだからな。人語なんぞ軽く」
「できるぞ。有翼人の少年」
突然、耳元で巨大な何かが羽ばたく風切り音と地に大きな影が差す。
それにつられるようにチコが顔を見上げた先には真紅に輝く鱗に覆われた―巨大な翼をもつ竜の姿があった。
魔竜はゆっくりと旋回しながら、チコと向き合うように岩場に降り立つと静かに身を横たえた。
「キミが魔竜?思っていたよりも怖くないですね」
良かったと胸をなでおろすチコに魔竜は探るように声をかける。
「それはなにより……で、何用だ?少年。だが、一つだけ警告しておく。我が持つスピネルを欲しているのなら早々に引き揚げていただくぞ」
わずかに滲ませた殺気などお構いなくチコは困ったように頬を掻き、さてどう説明しようかと押し黙ってしまう。
人探しが重要なのだが、できればスピネルの方もどうにかしたいのも確かだ。
しかし下手に交渉して魔竜を怒らせるのは得策ではない。
何より言葉が―話し合いができそうな相手を怒らせるなんて必要はどこにもなかった。
「それはどうでもいいみたいだぞ?魔竜。この有翼人―ウインダーはあの剣士の行方を知りたいんだと……で、スピネルはついでみたいだからな」
ふいに割り込んできた甲高い子供ような小動物の声に魔竜は物珍しそうな目をした。
「お前が気に入るとは珍しい……そうか、あの剣士なら一度ここへ顔を出して、そのまま山を下りた。今頃、村に帰り着いているだろうから心配ないと思うが?」
「えええええっ!!もう帰ったっていうよりも、魔竜もその人のこと知っていたんですか?!」
親しげに話す小動物と魔竜にも驚いたが、それ以上に剣士の事を知っているにチコは思わず絶叫してしまう。
ここへ来る途中でさんざん聞かされた魔竜は恐ろしいという想像が一気に崩れ落ちていくのを感じた。
「我らは滅びた王国の魔導師よりスピネルの封印を任された者だ。獣が訪れる者の性質を見極め、魔竜が裁定を下すという役割を追っている」
魔竜と小動物は顔を見合すと、居住まいを正してチコに語り出す。
かつて繁栄を極めたある王国の魔導師は敵国を滅ぼすために呪いをかけた美しく巨大なスピネルを生み出した。
持つ者を不幸―どうでもいいような小さな災難が襲い掛かるという、どうでもいいような呪いだが、際限なく不幸を与え続ける代物で大いに期待が寄せられた。
だが、持つ者に不幸をもたらすという力ゆえに作り出した魔導師本人が不幸に逢い続け―結局、手に負えなくなってしまった。
「何ですか、そのふざけた話は」
「そう思うだろうな、だれでも」
呆然と聞いていたチコの率直な感想にうんうんとうなづく小動物に魔竜はがっくりと翼を落として話を続ける。
「困り果てた魔導師たちに神聖動物としてあがめられていた―この小動物と古竜にして魔竜である我に封じてほしいと懇願されてな。今まで封じておったんだ。お蔭で物好きな連中が狙ってきて困ったりもしたがな」
「そんなこと引受ける必要はないと」
遠い目をする魔竜にチコは身勝手な古代の魔導師に憤慨するが、小動物がいやいやと首を振りながら前足で軽く背を叩いて落ち着かせる。
「あの無駄にプライドの高い魔導師連中が恥も外聞もかなぐり捨てて、ズタボロ状態で土下座だぞ?あれほど笑えることはなかったからな〜それにたいていの連中はここの自然魔物たちにやられて岩屋までたどり着けん」
そういわれてチコはあ、と納得して手を打った。
確かにここへ着くまでかなりの数の魔物が待ち受けているし、何よりもこの桁外れな熱気と炎が障害となっている。
チコのように護符を持っているならともかく、そんな便利な物を手に入れられる者は滅多にいない。
万一ついても魔竜の方が圧倒的に力が上。あっさり返り討ち合うのが関の山だろう。
「ところで少年。お前、何を生業としておる?」
思いっきり納得してうなづくチコに魔竜は何かに気づいたらしく、問いかける。
チコはわずかばかり魔竜に顔をあげると笑顔で答えた。
「吟遊詩人をしております。得意なのは横笛とヴァイオリンです」
良かったら一曲引きましょうか、とチコが懐から横笛を取り出そうとするのを魔竜は小さく制すると、わずかに翼を広げた。
「少年、スピネルが必要というなら分けてやろう。だが代わりに頼みを聞いてもらえるか?」
魔竜は新緑の翠を思わせる目を細めて笑いかけた。
「なんですって!このままスピネルをどこかの湖に沈めてしまえ……とは、どういうことですの!!」
怒り心頭とばかりに睨みつける依頼主のお嬢様にチコは痛ましそうな表情を浮かべて、テーブルに置かれたスピネルを見た。
「このスピネルには恐ろしい呪いがかかっているそうです、お嬢様。手にした者全て、ありとあらゆるこの世の不幸をもたらす宝石。しかも『若く美しい乙女』には口に出すのもおぞましい禍をもたらすものです。どうかお願いします」
深々と頭を下げるチコの言葉など意に反さず、お嬢様はさっさと出て行けとばかりに使用人を顎で使い、依頼を受けた時と同じように左右をがっちりと固めらて、チコを外に追い出した。
しばらく大声をあげて屋敷に訴えたチコだったが、やがてあきらめをつけて大通りに向かって駆け出した。
だが、チコの口元にわずかな笑みを浮かべていたことに誰も気づくことはなかった。
数日後
「呪いのスピネルって、知ってますか?」
王都の酒場でヴァイオリンを片手に語り出すチコの姿があった。
居合わせた客たちも興味深々とばかりに身を乗り出して、耳を傾けている様子にチコは内心、よしと小さく拳を握る。
スピネルを譲り受けた時、魔竜から『ものすごく大げさで構わないからスピネルの呪いを広げまくってほしい』と頼まれ、二つ返事で日受けた。
最初は誰も耳を傾けなかった。
だが、ある豪商の娘が件のスピネルを手に入れて以来、何もないところですっころんだ挙句、セール狙いの奥様軍団に踏みつぶされるわ、出かけた先で危ない商売の方々に目をつけられて有り金全部取られるわという災難に見舞われ―今では部屋から一歩の出られなくなったという話が広がっていた。
お蔭でチコの話は大うけである。
―このまま話が広がれば、スピネルを取りに行く人はいなくなるだろうね
にっこりと笑顔を浮かべながら、チコは今日も(ちょっぴりねつ造含んだ)スピネルの呪いを広げていくのだった。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3679/チコ/男性/19歳/吟遊詩人】
【NPC:レディ・レム】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、緒方智です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
いろんな要素を詰め込みましたが、どうにか依頼完了となりました。
魔竜は話が分かるようで、戦いを避けたいと思うチコに応えて戦わないでくれました。
このまま噂が広がって、火山に無謀な人がいかなくなるように願います。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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