<東京怪談ノベル(シングル)>
内なる相棒
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聖獣界ソーン……エルザード城内。
これまでの世界とは違う世界。いろいろな勝手も違う世界。
ただ一つ同じ事と言えば、あたしがあたしであるということだけだ。
まあ、そこが違わなければ大丈夫。同じ夢なら悪夢を過ごすより楽しく行こう…… ――
「―― ……そして、貴女は守護聖獣様の恩恵を賜っているはずなのです」
優しげな語り口の美しき王女の名はエルファリア。場所は、異世界からの訪問者を迎え入れる巨大な扉が存在する一室。
白神空は王女の一挙手一投足から目を離さず、じっと見詰め、今後空がこの世界で困り迷うことのないようになされる懇切丁寧な説明に耳を傾けていた。
「え、守護、聖獣……」
聞き慣れない単語に、空の頭には疑問符が浮かぶ。
「内なるものに宿るのです。意識を、内側へ内側へ……」
瞑目し自身の胸に片手を添え告げると、
「その身の内へと向かわせて下さい」
そう続けて顔を上げると、綺麗に整えられた指先をそっと空の胸元に添えた。ふわりと甘く上品な香りが鼻孔をくすぐる。エルファリアの香水か何かだろうか? ああ、美味しそうな香りとばかりに、沸き立つ感情を抑え、空は言われたとおり、先ほどエルファリアが触れた胸元に手を置き、静かに双眸を伏せた。
意識を内側へ……
とくん、とくん、とくん、とくん
規則正しい心音が響いてくる。あたしは生きている。
やはり死んだわけではないようだ。心地良い胸の音。
とくん、とくん、とくん、とくん……
『―― ……』
白く皇かな頬の上で、空の長い睫毛がふるりと震えた。
「え……」
刹那、何かに呼び掛けられたような気がした。慌てて目を開けると、無愛想な騎士と見目麗しい美姫がいるだけだ。僅かに戸惑った空に、エルファリアは静かに微笑み頷いた。
それに後押しされて、もう一度空は目を閉じる。
今度は自身の血潮の熱に混じって何かがあるのが感じ取れる。
―― ……これは、何?
内側でその黒く大きく……何より力強いもの。
空は意識の中でそれに手を伸ばした。そして、それに……触れ、る……
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「うわぁっ!」
ぐぅっっと強い力で引かれたのか、突き放されたのか、相反する力なのに、どちらなのか分からない。ただ分かるのはとてつもなく強い力に、触れてしまったこと。
そしてそれが…… ――
「これ…… ――」
驚きに目を見開いた空の両手の中には黒々と美しく光る巨大な斧。
「それが貴女に託された聖獣装具です」
「……アサルトアックス」
ぽつりと空は呟いた。誰に聞いたかと問われたら、分からない。そう答えるところだ。しかし、内なる声はミノタウルスと名乗った。
柄を握りしめる両の手に、ぐっと力を込める。
沸々と熱いものが内側から沸き上がり、高揚し好戦的な気分だ。
ちらと立っていたエルファリアへと視線を向けると、エルファリアは特に表情を変えることなく、一歩後退する。それと同時に、一歩騎士が王女の斜め前へ出た。やって良いということだろう。
そのことに、にやりと口角を引き上げた空は、ぐんっと斧を振り回し両腕を交差させる。
そして片手に持ち替え、力強く振るう。ぐんぐんと幾度となく振り回せば、ごぅっと風を切る音すらメロディーの様に聞こえてくる。
両刃の斧などこれまで使ったことはない。けれどそれは空の腕に、身体に馴染み、まるで抱いて生まれてきたような感覚さえ覚えた。
気持ち良いっ
血湧き肉踊るというのはこういう高ぶりを指すのだろうか。
「―― ……その一部は、貴女の身を守る鎧ともなります」
エルファリアの声は不思議だ。
風の音に掻き消されることなく、空の耳に届く。
空が、鎧……? と脳裏に浮かべた瞬間、手の中の斧の一部が、パァン……ッと弾けた。
「うわっ」
斧と同色の風が光の粒とともに巻き上がり、足元からせり上がってくる。
空の柔らかな曲線を描く肢体は、次々と艶やかな装具で飾られ、最後に繊細な装飾の施してあるサークレットへと変貌して収まった。
美しい銀糸が残った風になびき、指の間からはらはらと零れ落ちるように、元の位置に戻る。最後のひと束がふわりと背に落ちると、しゃらりと光が散った。
「すご、」
思わず空は息をのんだ。
繊細で美しく艶やかな装身具。密着性伸縮性、細部の装飾に至るまで、空のためにあつらえたように馴染んでいる。巨大な斧も手足に刃として身につき、より接近戦向きな物へと変化していた。
「ルーンアームナイトの特色ですね」
と微笑んだエルファリアに、なるほどーと納得し、とん、とんっと身体を動かし、軽く型のようなものをとっていると、空は、ふとあることに気がつく。
まだ何か変わる気がするんだけど……そう思ったところで、どくんっ! と胸の内がざわついた。
どくん、どくん、どくん
激しく胸を打つ音が痛い。
身体中を巡る血が熱い。燃えたぎるようだ。
全てを破壊尽くしそうな勢いの自分の熱さに困惑する。ここまで暴虎馮河な気になったことはない。
「……っ、は…………ぁ………」
嫌な汗がじわりと額に浮かぶ、浮かんだところで……
「そこまでです」
「っ」
ぱんっとエルファリアが一度だけ手を打った。ただそれだけなのに、空はふっと軽くなった気がして、数度瞬きしたあと、エルファリアを見つめる。
王女は笑みを崩すことなく、空が武器を振るえるように取っていた距離を縮めた。
「聖獣と心を通わせるにはまだ少し早いです」
「えーっと、何?」
「更に強い力を得ることも出来ると言うことです。その代償が今の物だと考えて下さい」
徐々に慣れてくれば、その境目が分かってきますよ。と王女は事も無げに口元を緩める。その余りにも、柔和な笑みに
「なるほどー……」
と空も釣られて笑い、ふっと集中を解くと装具は元通り身の内へと戻った。
出し入れ簡単超便利。
ではあるけれど、境目とやらを知るのはまず必要なことのようだ。
【内なる相棒:終】
■□ライターより□■
こんにちは、汐井サラサです。再度ご指名ありがとうございます。
続きをご指名いただき感謝です。
今回は空さんの、艶やかな姿を思い浮かべ執筆させていただきました。
少しでも楽しんでいただきご納得していただけるものに仕上がっていると嬉しいです。
重ねましてありがとうございました。
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