<Dream Wedding・祝福のドリームノベル>
祝福の鐘
その教会はひっそりと人気のない場所に建っていた。
いや、元教会――と言った方が正しいのかもしれない。
今ではこの教会で挙式を行う者などおらず、建物は朽ち果てているのだから。
だけど、そんな教会に1つの噂話があった。
『教会に願いの紙を届ければ、その願いは必ず叶う』
誰が言い始めたのかわからないけれど、人から人へ伝わり、この教会を訪れる者が増えつつあるらしい。
願いが叶うならば、帰り際に祝福するように鐘が鳴り響くのだという。
人気もなく、夜に訪れれば不気味ささえ感じる教会にあなたは何を願いますか?
視点→フィール・シャンブロー
(どう考えても結婚は無理よねぇ‥‥)
小さくため息を吐きながら、フィール・シャンブローは心の中で呟いた。
彼女はここ数日、同じ悩みに憂鬱な毎日を送っていた。
その悩みというのは‥‥『結婚』についてだった。
普段は年上のフィールに将来の旦那――現在は彼氏である男性がフィールにドキドキ翻弄されっぱなしなのだが、実際はフィールの方が彼に首ったけの状態なのかもしれない。
「‥‥占いも何も教えてくれないし、私はどうすればいいのかしら」
テーブルの上にカードを放り、フィールは二度目のため息を吐いた。
(知りたい時に何も教えてくれないなんて、占いって本当に意地悪よね‥‥)
彼はフィールとの結婚を望んでくれている。
(本気で私との結婚を考えてるとか言ってくれてるし、その気持ちは嬉しいんだけど‥‥)
フィールを悩ませている事、それは年齢や種族についてだった。
外見的には20代に見える彼女でも実年齢は100歳を超えている。それに比べて彼はまだ20歳にもなっていないのだ。
(彼が年齢を重ねて老いていっても、私はこのまま――‥‥)
彼はこの事を知らないし、自分から知らせたいとも思わない。
(これから一緒にいれば、いずれはわかっていく事なのにね‥‥)
だけど、言ってしまえば彼が去っていくんじゃないかと不安になる。
(まさか私がこんな気持ちになるなんて‥‥)
ふと、フィールはテーブルの上に置かれている紙を見つめる。
(願いの紙か。そんなのがあったら占い師なんて廃業しなくちゃいけなくなるわね)
彼が嬉しそうに持ってきた紙。この紙を捧げる教会の事はフィールも占い客から聞いた事があった。
(‥‥行っても無駄だって分かってるけど、暇だし行ってみてもいいかな)
バッグの中に紙を入れ、フィールは『本日休業』のプレートを下げ、夜の教会へと向かい始めた。
(夜の教会って不気味だけど、空気が澄みきっていて少し気持ちいいわね)
月明かりを浴びてたたずむ教会はとても神秘的に見えて、フィールは教会の鐘を見上げる。
「願いが叶う時は鐘が鳴るって話だけど、あの鐘が鳴るのかしら?」
錆びて軋むドアを開けて、教会の中に入るとやはり手入れなんてされてなく、埃っぽいし、色々と壊れている。
「‥‥綺麗」
その中で、月明かりがまるでスポットライトのようにピアノに注がれていてとても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「‥‥綺麗な場所、荒れ果てたところも雰囲気を出しているし、こういうところで結婚式を挙げるっていうのも良いかもしれないわね」
フィールが微笑みながら呟く。
(でも、私の願いは絶対に叶わない。だって彼とは色んな事が違いすぎるもの)
今まで自分の生まれなどを恨んだり呪ったりした事はない。
もちろん今でもそう言う気持ちにはならないけれど――‥‥。
(彼と結婚出来るなら、これ以上ないくらい幸せな気持ちを噛みしめれたんだろうな)
「‥‥‥‥」
フィールは持ってきた紙を見つめる。
『彼と結婚できますように』
それはフィールの心からの願いだった。
(‥‥馬鹿馬鹿しい、帰ろう)
ぐしゃりと紙を握りしめようとした時、教会のドアが大きな音をたてて開かれた。
「フィールさん!」
「‥‥何で、ここに‥‥」
ドアを開けてやってきたのは、フィールが最も愛している彼だった。
「最近、フィールさんの様子がおかしいし気になってたんです」
「僕が教会の話をした時から、フィールさんは悲しそうな顔ばかりする」
「‥‥‥‥」
「そんなに僕はフィールさんを悩ませるような事を言ったの?」
違う、と言いたいけれどフィールは俯いたまま言葉を返す事が出来なかった。
「それとも、まだ先の未来の事を言う僕の事が重かった?」
「そんなわけじゃないわ、あなたの言葉も気持ちも凄く嬉しかった」
「‥‥だったら何でそんな悲しそうな顔をするの?」
「‥‥私は、あなたと結婚出来ないから」
「―――!」
フィールの言葉を聞き、彼の表情が強張るのがわかる。
「私は、あなたとは違うの。あなたが老いていってもあなたと私では時も流れが違うから私はこの姿のまま――」
「いつかあなただって不気味に思って私から去っていく」
「僕はそんな――」
「優しいあなただから気にしないって言ってくれるかもしれない」
「だけど、私と結婚すればあなたは世間から逃げる毎日を繰り返さなければならない」
人間は自分と異質なものを嫌い、迫害する。
私と彼が結婚しても、同じ場所に数年といる事はできない。
引っ越しから引っ越し、いつか優しい彼だって嫌気がさすに決まってる。
「僕はあなたが本当に好きだよ」
「え――あっ‥‥」
言葉と同時に優しいキスが降り注いで来る。
「あなたと一緒にいられるなら、僕は周りなんてどうでもいい」
「あなたさえいれば、僕は周りからどう思われようと、逃げる毎日だとしても大丈夫」
「‥‥‥‥」
「だから、僕と結婚しよう」
偽りを感じる事のない真っ直ぐな瞳。
(彼は、本心からそう言ってくれている‥‥)
「――――うん」
フィールが頷きながら答えると、彼から強く抱きしめられる。
(あ‥‥)
その時、鳴るはずのなかった鐘が綺麗な音を響かせているのをフィールは涙混じりに聞いていた。
―― 登場人物 ――
3783/フィール・シャンブロー/24歳(実年齢124歳)/女性/異界職
――――――――――
>フィール・シャンブロー様
こんにちは、いつもお世話になっております!
今回もご発注いただき、ありがとうございます!
納品が遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした!
内容の方ですが、気に入っていただける物に仕上がっていればよいのですが‥‥!
それでは、今回も書かせて頂きありがとうございました!
2012/7/12
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