<東京怪談ノベル(シングル)>


簡単なお仕事


 天気には恵まれた。
 空は高く、吹いてくる風は心地よく頬を撫でる。

 わいわい、ざわざわと賑わっている。
 折り重なる話し声は、騒音と言うよりは場に響くBGMのようなもので、ここの雰囲気に溶け込んでいる。
 その中で、忙しく動き回っているのはルディア・カナーズ。豊かなみかん色の髪を元気に揺らしてごった返す店内を縫うように歩く。
「あ! 空さん。お仕事どうでした?」
 場に相応しい、木製のジョッキを傾けていた白神空に気が付いて、ルディアは足を止めにこりと人懐っこい笑みを向けた。
 空は手にしていたジョッキを卓上に戻して、組んでいた長い足をゆるりと組み直し紅く縁取られた唇を軽く引き上げる。ルディアは、それを成功の証だと受け取って、破顔すると「おめでとうございます」と告げて、そのキラキラした瞳は好奇に揺れ、自然と続きを促す形になっていた。
「安価でとても簡単な依頼よぉ、失敗する方が難しいわ」
 机上に着いた肘の先をゆっくりと揺らして空はそう答える。

 ―― ……そう、至極簡単な依頼内容だった。失敗のしようもないほどに……


 のんびりと聖都をあとにして、目的の地を目指すのは白神空。
 本日、初めてのお使いならぬ初めての冒険。冒険者としてのシステムを学び依頼を受け、行動開始した初日だ。
「ん〜……」
 ぐーーんっと大きく背伸び一つ。仕舞い込んでいた依頼書を開く。
 ごわりとした手触りの羊皮紙には、依頼の詳細と地図。及び採取対象となっている、薬草の図が載っていた。
 地図通りに進んで、薬草を引っこ抜いて戻ってくる。簡単なお仕事。ちょっとした散歩……遠足気分だ。
 しばらくの間は道らしい道を行くことが出来たのに、煉瓦道から土を押し固めたもの。そのあとは文字通りの獣道。
 それすら終わりを告げると、広がる荒野。
 人っ子一人見あたらない。生き物の陰もない。そんな場所だからこそ、気軽に足を運ぶ場所でもなく、依頼が成り立つというものなのだが。
 ―― ……タイクツ……
 平穏無事に進むのは良い。間違っていない。けれど、こうも何もないと、退屈すぎる。欠伸の一つも出ようというものだ。
 ごつごつと岩肌を晒したところを、一箇所ずつ丁寧に覗き込んでいけば、目的の薬草を無事に発見することが出来た。
 枯れてしまっては意味がないらしく、専用のケースを持たされている――ボックス型のバッグみたいなものだ。
 その中に、ごっそり根っこ土ごと採取して納めて終了。
 これであとは聖都に戻るだけって、本当に簡単すぎないか?


 行きはよいよい帰りは怖い。
 ―― ……怖い? 誰が?
 それはもちろん対峙してしまった相手に決まっている。
「待っていたぞっ!」
 そう声を上げて、ぷらぷらと帰り道を歩いていた空の前に立ちふさがったのは、黒衣を纏った数人の男たち。
 荒々しく声を張り上げる男たちに怯むどころか、空が「お♪」と好奇に胸を躍らせたことは秘密だ。
(退屈、してたのよねぇ……)
 空が、艶のある笑みを浮かべ、やっと面白いことが舞い込んできたとばかりに瞳を細めたことに気がつかない彼らは愚かだ。
「白神空っ! その首貰い受けるっ!」
 唯の野盗かと思ったら、どうやら違うようだ。
 大方、先日小規模な裏組織を殲滅させた女としてでも、どこかで聞き知ったのだろう。そして、女一人くらいどうということはないと、粋がったのがこいつら……なわけだろうなと、行き着いた空は、やれやれというように軽く肩を竦める。
(かかる火の粉は払わないとねぇ)
 にぃっと好戦的に口角を引き上げた空が、肩に引っ掛けていた薬草入のボックスを空高く放り投げたのと、どこぞの裏組織絡みだろう男たちが黒衣を脱ぎ捨て、声高に襲い掛かってきたのは、ほぼ同時だった。
 振り下ろされる湾曲刀を軽く交わし、重心を下げた位置から拳を振り上げる。
「がはっ!」
 鳩尾に深く入り込んだ拳は内部を抉り圧迫して、一撃にて相手を伏した。まずは、一人。
 それに怯むことなく、もう一人躍り出てくると同時に背後からもう一人が空の首に両腕を掛け、ぐっと締め付ける。
「あたしの好みじゃないのよねぇ……」
 空は聖獣装具を鎧化させただけだ。
 それでも空は余裕の表情で、日に焼けてごつごつした男の腕に片手を掛けて、勢い良く身体を丸くする。普通ならその程度のことで、空より一周りも二周りも巨大ではないかという男が、持ち上がるはずはないだろう。
 しかし、彼女はこともなくそれをなす。
「う、うをぁっ!!」
 鈍い悲鳴を上げて、弧を描いた男は、無残にも正面から襲ってきた男を巻き込んで地面に沈んだ。
 ずんっと重たい振動が足元を軽く震わせる。
「はい、おしまい」
 ―― ……ぱしっ
 それとほぼ同時に放り投げた箱が落ちてきた。落下までの時間、地点まで予定通りというように、空は受け止めて、それまでと同じように、ひょいと肩に引っ掛けた。
 完全に伸びてしまっている男をもう一度蹴り上げて上向かせ、顔を確認しても特に見知ったものではない。
(これでも幾らかにはなるかしら?)
 こんな連中持ち帰るのも面倒だが、今回の依頼報酬では少々心許ない。裏組織の手のものなら、僅かでも懸賞金が掛かっている可能性がある。衛兵に突き出せばいくらかにはなるだろう。折角だし…… ――


「本当に行って帰ってきただけ?」
「えぇ、何事もなくお仕舞い」
 ふふっと笑いを零してそう締め括ってしまう空に、ルディアは少々物足りなさそうな顔をしたが、直ぐにカウンターからお呼びが掛かって
「はーい!」
 と元気良く返事を返すと、もう一度空を見てにこり。
「お疲れ様」
 ひらひらと愛嬌たっぷりの仕草で手を振って、人ごみを割りカウンターへと戻っていった。
 ―― ……お駄賃。が少し増えただけよ。
 空はそんなルディアの姿を見送って、ジョッキの中に残った麦酒をぐいと呷った。



【簡単なお仕事:終】

■□ライターより□■
 いつもありがとうございます。
 汐井サラサです。今回は初めてのお遣い、ではなくて、初めての冒険? お仕事。ちょっぴり邪魔が入ったけどそんなのは退屈な道中のちょっとしたスパイス♪ 的で、無敵な雰囲気の空さんを書かせて頂きました。ご満足、お楽しみいただけると嬉しいです。