<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


なんでも屋ギリアン

「蒔いた、よ……」
 ぼろぼろの毛皮を小脇にふらりと訪れた、やけに埃まみれな客に見覚えはあったが、その唐突な言葉にはさしもの“なんでも屋”も記憶をフル稼働させざるを得ない。
 呪符を織り込んだ包帯、長身、紅い瞳、黒髪の──
「ああ。君か」
 案件を思い出せた安堵をおくびにも出さず、ギリアンはストールの成れの果てを受け取る。かつて薬草園の希少植物が移動手段に選んだ娘・千獣(せんじゅ)だ。
 ……と、いうことは。
「もしかして、経過報告かね?」
 頷いて「今、これくらい」と手振りする千獣に、驚き八分、呆れ二分でギリアンの片眉が上がる。
 あれは発芽条件も複雑なら、生育環境もうるさい厄介な植物だ。かの薬草園でさえ、入手した成木を定着させ、僅かに成長させるだけで半世紀近い試行錯誤を経たと聞く。後学のため首尾を聞かせてほしいとは言ったものの、正直、話半分であった。よもやそこまでの適地に辿り着くとは……
 これは儲けものだ。
「僕一人では解釈ミスが起きるやもしれん。大至急専門家を呼ぶから、少々待ってもらえないだろうか」
「うん……いい、よ……」
 すぐにでも報告を始めようとする千獣をやんわり遮って、ギリアンは薬草園へと使いを走らせる。そもそもの発端が園内の警備任務なのだ、仕事がらみでつきあいのある職員もいるし、迅速な対応が望めると踏んでいた。
「とりあえず、お茶でもあがってくれたまえ。ちょうど、造作はあやしいが味は折り紙付きの菓子が届いたところだ」
「あや、しい……?」
「なに、こちらの話だ」
 例によって主に沈黙が支配する茶会が粛々と進む中、待ち人が馬車を飛ばしてやってきた。
「来たぞ! どういうことだね! 君かね! 本当かね! ほ、本当にあ、あれが──うぐっ」 
 学究の徒というより職人めいた風貌の男が、入ってくるなりがなりたて、挙句むせた。
「わざわざご足労願って申し訳ないが、落ち着いてくれないか」
「大丈、夫……?」
 たしなめられても気づかわれても平気の平左、男は手近なティーカップを奪って飲み干すと、ポケットから筆記具を取り出した。
「よし! さあ、聞こうか!」
「あいかわらずの男だな……」
「おまえさんだって聞きたかろう!」
 返事のかわりに眉間を揉み、ギリアンも資料を広げペンを手にする。
「では、頼む」
「うん……」
 一言も聞き漏らすまいと構える研究員、我知らず身を乗り出しているなんでも屋を前に、千獣は訥々と語りだした。


 オナモミに似たルビー色の種子三粒が、その棘を食い込ませた毛皮のストールを抱え、千獣はソーンをさまよっていた。
 身の内に数多の生命を宿している千獣といえど、植物の、ましてや種子の意思を推し量るのは困難であった。
 けれど、この植物は他でもない“自分”を選んだのだ。
 ならば、応えねばなるまい。
 微弱な電流に似た声なき声を頼りに、うまずたゆまず、千獣はひたすら歩き続けた。
 聖都を離れ、砂漠を渡り、平野を進み、各地に点在する遺跡を訪れ──とある山岳地帯に分け入ったとき、かつてない反応が現れた。
 敢えて表現するなら“高揚”であろうか。
 かすかな兆候も見逃さぬよう全神経を研ぎすまし、道なき道に分け入って、ようよう辿り着いたのは、水量豊かな滝を抱え込む険しい崖下の一角であった。どうどうと轟音を鳴り響かせる滝壺が濁流となって流れ行く岸辺に、落雷でもあったか焼け焦げた枯木が、低い幹だけとなってなおその偉容を示しており、近づくにつれ種子の“叫び”が強くなる。ストールを広げてみれば、三粒とも棘を毛皮に残し、なめらかな状態になっていた。
「ここ、なん、だね……? わかった……」
 千獣は黒ずんだ木の根元に膝をつき、ためらいもせず掘りだした。土がじゅうぶん柔らかくなったところで、そっと種を蒔く。
「ん、まだ……終わりじゃ、ない……?」
 泥だらけの両手をはたいていた千獣の動きが止まる。同時に、あたりの薮や木立に多くの気配を感じ取った。いずれも小動物らしい。
 うん、とひとつ頷くと、
「安心、して……守る、よ……」
 声をかけ、千獣は芽吹きまで留まろうと決めた。
 それから数日、ことによると数週間──
「……!」
 ある朝、浅い夢から覚めた千獣は息をのんだ。
 まどろむ前には平らだった地面に、独特な形の双葉が三つ、きらめく陽光を浴びていた。
「生まれ、たんだ、ね……」
 自分でもよくわからない、ほのぼのとした温かいものが、千獣の胸に沸き上がる。次いで感じた、もうしばらくこの命の傍らにありたいという欲に戸惑いつつ、今度は若い芽に惹かれた鳥や草食獣を追い払い、ときに糧として、彼女はなおも植物を守り続けた。
 更に時は巡り──
 死して久しい大木に寄り添った三つの苗は、焦げた幹に沿って伸びゆくほどに互いに絡みあい、遂には一本の若木になった。いつだったかなんでも屋で見た絵よりも生き生きとして、すこやかだ。
 ふと気づけば、ながらく発せられていた“信号”が絶えていた。
「もう、大丈夫……?」
 折しもにわか雨の後、滝にかかる虹を背に、その植物は立っていた。
 ゆるやかな三つのうねりに淡紅色の模様が刻まれた幹は、紫がかった漆黒。薄緑の蝶の羽を思わせる葉を茂らせたしなやかな枝が、風に揺れた。
 どこか金属的な響きを帯びた葉ずれを答えと受け取って、千獣は踵を返した。


「……君の忍耐力には敬意を表するよ」
 内容を総合、再編成し、かの植物を蒔いた場所と観察期間を割り出したギリアンはペンを置き、感嘆のため息をついた。
「うむ、実に! いや、まったくもって! 緑の親指!」
 まだ凄まじい勢いでペンを走らせている研究員も、賞賛を惜しまない。
 もっとも、当の千獣は特に耐え忍んだおぼえはなかったので、怪訝そうに指を眺めるのみである。
 薬草園に成長した個体しかない現状において、もたらされた情報は非常に興味ぶかいものであった。件の巨木と種子の関連性の調査だけでも一大研究テーマになるだろう。研究員からの矢継ぎ早な質問をギリアンが噛み砕いて千獣に説明し、その答えをまとめては研究員に返す、という地道な作業は二時間に渡った。
「感謝する! 戻って整理だ!」
「本当にあいかわらずだな……」 
 来たとき同様、猛スピードで去る馬車の音を聞きながら、ギリアンは勝手に飲まれた茶をいれ直した。
「文献によれば、あれは発芽時は虚弱だが、一定期間を生き延びるととてつもなく頑丈になるらしい。仮に、補食の脅威がなくなるまで庇護欲をかきたてるような何らかの物質を分泌していたとして……む、どうかしたかね?」
 新たに置かれた茶器に手をつけず、沈黙を守っている千獣は、なにか考え込んでいるようだ。
「少し、話しても、いい……?」
「ああ、構わないが」
「……植物は、生きている、土地、環境、に、とても……とても、適、した、姿……生き方を、する……植物、だけじゃ、なく……生き物は、それぞれ、生きて、いる、そこに、合わせて、姿を、生き方、を、変える……」
「ふむ?」
「じゃあ……人間、は……? 植物、ほども、獣、ほども、強くない……けれど、どの、生き物、より、知恵……という、力、の、ある、人間は……どう、生きる、生き物、なの……?」 
 一言ひとことを唇から押し出すように語る千獣に、ギリアンの片眉がぐい、と上がった。
「そうだな。君の言う通り、人間には知恵という力がある。他の生き物ほど劇的に生態を変化させることができないかわりに、その力を振り絞り、良くも悪くも他者と関り合いながら、自分達に適した環境を創ってゆく──といったところか」
「それは、共生と、いう、意味……? でも、だったら、悪くは、ならない……よね?」
「むろん、互いの利益になるような関係も持つ。だが、片方の、あるいは両方の不利益になろうとも関ってしまう。事の善悪、対象への好悪によらず、人間という生き物は、誰かと関らずには生きられない。独力で立っている者などいやしない」
 ……僕が言うかね、それを。
 ちらりと浮かんだ皮肉を内に封じ、ギリアンは言葉を継ぐ。
「まあ、あくまで個人的見解だ。君の質問──人とは何か──は、尋ねる相手によって回答が異なる性質のものだよ。僕の……知人が知ったら腹を抱えて笑うかもしれない、その程度の意見だ」
 軽く首をかしげて沈思する千獣を、不思議な力をもつ人間の娘を、ギリアンは見やった。
 彼女がなにを考えて問うたのか、けぶる紅い瞳の奥にいかような想いがあるのか、それは彼の与り知らぬことだった。
 だから、なんでも屋は生来の仏頂面に可能な限り、努めて明るく、つけ加えてみた。
「さて、お茶のおかわりはどうかね?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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3087 / 千獣(せんじゅ) / 女性 / 17歳(実年齢999歳)/ 獣使い

NPC / ギリアン / なんでも屋


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■         ライター通信          ■
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千獣さま

お久しぶりです、三芭ロウです。お待たせ致しました。
謎の植物の長期観察、お疲れさまです!
おかげさまで種子的に約束の地に辿り着けました。ありがとうございます。
せっかく話を振っていただいたのに、なんでも屋が愛想なしで相済みません。
それでは、またご縁がありましたら宜しくお願い致します。