<東京怪談ノベル(シングル)>
●〜嫉妬の末路〜
「ふぅ……駄目か」
咎人の呪いを解く手がかりを求め、聖都エルハザードを後にしたレピア。
パチリと懐中時計を開き、時刻を確認する。
(「大丈夫、まだ、時間がある」)
暗い森を足早に抜け、比較的大きな街の酒場で喉を潤す。
そこはライブハウスも兼用しているのか、小さなステージが存在しており吟遊詩人達が演奏を続けていた。
軽やかではあるが、物悲しい。
――踊りたい、太陽の下ではなくとも
立ちあがり、歩みを進めそのしなやかな四肢を伸ばす。
吟遊詩人達はいきなりの参入者に、少々驚いたようだが何事もなく演奏を続けている。
品の無い客からの野次も飛ぶが、大体の客は沈黙を守り、様子を伺っていた。
のけぞり、或いは腕を伸ばし髪を揺らし、全身で表現する。
トトト、と軽やかに刻んだ小さなステップから、大きなステップへと変化し、曲の終わりとともにポーズを決める。
一瞬の静寂、そして割れる様な喝采。
「凄いな。お嬢さん」
アンニュイな眼差しの吟遊詩人が、ややこけた頬に笑みを浮かべた。
「ありがとう」
それに笑みを返し、リクエストに応えるべく、もう一度、と歩を進めた時に『其れ』は訪れた。
「レピア・浮桜さんですね」
黒いフードから表情は窺い知ることが出来ないが、その胸元につけられたのは間違いなく、この街の領主の紋章だ。
否定する事も出来ず、曖昧に頷くとそのフードの人物はレピアの前に跪いた。
「貴女の踊りをご所望です、どうか、屋敷へ……」
領主は確か、男だった筈だ――レピアの表情が曇る。
男はレピアを取り合い、束縛し、利用する。
だが、跪く目の前の人物の頼みを断れば、どうなるのか――もしかしたら、首が飛ぶかもしれない。
そう考えると、レピアは断る事が出来なかった。
「……わかり、ました」
紡いだ言葉は、自分でも驚くほどにかすれていた。
●
「ふむ、傾国の踊り子か」
広間に通されたレピアを待っていたのは、領主とその妻。
「では、失礼して」
広間の中央に立つと、レピアはその腕を宙へと遊ばせる。
トン、と踵でリズムを刻むと同時に宙を掻き抱くように踊らせ、ステップを刻む。
楽師の華やかな音色、その音楽は麻薬のようにレピアの心に沁みわたり、更に踊りを情熱的で蠱惑的なものに変化させていった。
白い肌を滑る汗も気にせず、リズムを刻み、切なげな表情で華やかな裏の哀しみすら表現する。
やがて膝を付いたレピアは、空を仰ぐポーズで最後を飾った。
「……素晴らしい。これ程とは、わたしも様々な踊りを見てきたが。最高だ、最高の踊り手だよ!」
美しいものが好きなのだ、と言う領主の言葉は真実なのだろう。
レピアの目から見ても、その広間はとても心地の良い美しさに満ち溢れていた。
「ええ、本当に」
言葉少なな領主の妻の言葉に、気にいって貰えなかったのだろうか――とレピアは眉尻を下げた。
泊まっていけばいい、と言う領主の言葉を辞退し、レピアは帰路につく。
太陽が昇ってしまえば、自分の身体が石化する……。
そのことを理解していたからでもあり、また親友であるエルファリア(NPCS002)に会いたかったのだ。
急ぐレピアの眼前を、鋭い矢が飛来した。
咄嗟に下がった彼女に鋭く向けられる、嫉妬の瞳。
「ふふふ――お前なんぞ、犬になってしまえばいい!」
扇を閃かせ、嫉妬で狂った領主の妻が紡ぐ呪文、やめて……! 懇願する間もなく、意識は侵食される。
精神だけを野生化させられ、守るものも無くレピアは深い森へと放たれたのだった。
――そう、今までの女性達と同じように。
半年たてば、相手を喰らい、貪る野良犬同様になり果てた。
森に響き渡る、哀しい遠ぼえもやがて、何が哀しいのかすら――忘れ果て。
●
王女、エルファリアの別荘、エルファリアの部屋。
部屋の主であるエルファリアは、暗い表情で臣下の報告を聞いていた。
眉根をきつく寄せられ、哀しみを訴えている。
「そう、ありがとうございます――レピア」
夜、静かに部屋を抜け出したエルファリアは走る、こけつまろびつしながらも――親友を助ける為に。
地方領主の街は、直ぐに見つかった。
(「大丈夫――今、助けにいきます」)
暗い森、響き渡る咆哮、それにも臆さずエルファリアは足を踏み入れた。
――瞬間、喉笛を目がけて襲いかかる野良犬の心になり果てた女性達。
間一髪のところで回避したエルファリアは、叫んだ。
「レピア――!」
その声を覚えていたのだろうか……それとも、既に忘れ果てたのだろうか。
「グルルル」
唸り声をあげながら、牙を向く。
伝った唾液がボタリ、と落ちて染みを作った。
「レピア、無事でよかったです」
怖くない訳ではない――足だって震えている。
でも、相手はレピアなのだ、親友の辛さを思うと、自分が折れる訳にはいかない……エルファリアは微笑みながら、彼女に近づいた。
それと同時に襲いかかるレピア、伸び切った爪がエルファリアの喉に赤い傷を付ける。
ふつふつと赤い玉が滲みでると、それは一本の赤い川のように繋がった。
「大丈夫です、レピア。もう、大丈夫ですから」
食い込む爪に眉根を寄せながらも、エルファリアはレピアを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫です」
ふわりと優しい香りがした、レピアの瞳がとろん、と眠そうに瞬き、そしてエルファリアに体重を預ける。
「帰りましょう、レピア」
たたらを踏み、エルファリアはレピアと共に森を後にしようと歩を進め、そして。
「グルルルル」
逃げる事は許さない、とばかりに他の女性達が唸り声をあげた。
「ガッ!」
エルファリアへと向かう鋭い爪、だが、彼女に到達する前に滑り下りたレピアが襲いかかった。
手傷を負わせ、エルファリアの足に頭を擦りつける。
「帰りましょう」
動物のように懐いたレピアを伴い、エルファリアは帰路につくのだった。
●
エルファリアの別荘には、ありとあらゆる状態異常を治す効能のある露天風呂がある。
胸元に顔を擦りつけるレピアを抱きしめ、エルファリアはゆっくりと露天風呂のお湯をかけていく。
「辛かったですね……」
沁み渡るお湯の温かさ、そして優しい声と優しい手。
「――えるふぁりあ」
ぼんやり、紡いだレピアはやがて、エルファリア、と紡ぎ直す。
白い指先が、エルファリアにつけられた傷をなぞった。
「ごめん、なさい」
「いいんです。レピアが無事なら」
レピアの汚れをゆっくりと落としながら、エルファリアは微笑んだ。
レピアの表情が歪む――ぽたり、ぽたりと涙が落ちる。
「何で、あたしが……」
解けない石化の呪い? それとも親友を傷つけた事? それとも利用する男が?
判らない――レピアはただ、親友の胸の中で泣きじゃくるのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1926 / レピア・浮桜 / 女性 / 23(実年齢833最) / 傾国の踊り子】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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レピア・浮桜様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
文章を頂き、二人の対比は勿論。
二人の性格をも、表現したい、そう強く思いました。
物語の大筋のみでなく、踊りや心の移り変わりなど、気に留めて頂ければ幸いです。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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