<東京怪談ノベル(シングル)>


決死の戦い

 目の前に砂塵が舞う。もうもうと舞うその砂塵に視界は遮られザラザラとした音を立てながら風が吹きすさぶ。
 その中に一人、ガイ=ファングと呼ばれる男が、腕で顔を庇い目を閉じて砂塵の治まるのを待っている。
「っちぃ! 鬱陶しい…!」
 吐き捨てるように零した言葉も、誰にも届く事無く砂塵に浚われた。
 その砂塵を避けるために必要な物は何もない。辺りはまっさらな草原。岩一つありはしない。
 視界を奪うほどのこの砂塵の向こう。ドシンドシンと足を踏み鳴らしているのか、音がする度に地面が揺れ、地鳴りのような腹の底に響くほどの大きな咆哮が響き渡った。
「そこにいるのは分かってるんだぜ! こんなんが目眩ましになると思うなよっ!!」
 とんでもなく大きな咆哮を上げて暴れまわっている賞金首の魔物を前に、ガイは歯を噛み鳴らす。
 足を一歩踏み出し、しっかりと踏み締める。そして体を低く力を溜めるかのように身を固くした。
「うぉらぁああぁぁぁぁああぁっ!!」
 目を潰されないよう、固く閉じたままガイは思い切り体の遠心力を使って拳を振り翳し殴りかかる。
 風を切るような唸り声を上げながら、殴りかかる拳は砂塵を掻き分け、バキィッ! と殴ったと言う確かな手ごたえを感じる。
 形振り構わず暴れまわっていた魔物は、ガイの拳に体が吹き飛んで少しは慣れた場所に叩きつけられた。
 暴れ回る者が動きを止め、ほどなくして砂塵は治まり相手の姿も陽の下に明らかになった。
 鰐のような大きな口と、ギョロギョロとした血眼の瞳。筋肉質の体に固い甲冑を身に纏い、長い緒は忙しなく動き回る。太く、木の幹ほどもありそうな大きな足と手には鋭い爪が光っていた。
 リザードマン、と名を呼ぶのが相応しいその風貌を明らかにした魔物の正体に、ガイはフンと鼻でせせら笑った。
「暴れまわるだけで大したことなさそうだな」
 その言葉が聞こえたのか、魔物はギョロリとガイを睨みつけ意外にも身軽に飛び起きる。そしてけたたましい咆哮を上げ、弾かれるように地面を蹴るとガイに殴りかかってきた。
 ガイは魔物の攻撃を手をクロスする事で防御し、隙が出来たところをすかさず蹴りを喰らわせた。
 あっけなく攻撃を喰らった魔物は再び弾き飛ばされ、数メートル離れた場所に転がりながら地面に叩きつけられる。
 魔物はよろめきながら地面に手を着いて何とか立ち上がろうとするその姿に、ガイはニッと笑った。
「すぐ楽にしてやるぜ」
 ゆらりと体を揺らして立ち上がった魔物に、ガイは止めを刺そうと身構える。が、次の瞬間その表情は驚愕に変わった。
「な、なんだと?!」
 立つのもやっとと思われた魔物が、一度ガイを睨むとムクムクと体が大きくなり始めた。腕も元の大きさの2倍。体も2倍。
 血眼だった瞳は鋭さを増し、呼吸を繰り返して半開きになっていた口からはボタボタと涎が落ち地面を濡らす。
 あっと言う間の出来事だった。魔物が巨大化をしガイの前に立ちはだかったのは。
 ガイは自分よりも大きくなった魔物を驚愕の眼差しで見上げ、愕然とする。
「でかくなりやがった…」
 そう呟くも、すぐに現実に引き戻される。
 ブゥン! と重い唸りを上げながら振り翳してきた魔物の攻撃に、ガイは再び身を低くして顔の前で手をクロスにし防御する。が、驚いた事に先ほどとはまるで桁違いのパワーを持った魔物の力の前に、ガイの腕は弾き飛ばされガイの体が吹き飛んだ。
 後方へ思い切り吹き飛ばされたガイは地面に叩きつけられ、体は地面を滑るようにして転がっていく。
 すぐに起き上がり、襲い掛かってくる魔物に応戦するがまるで効かない。
「おいおいおいおいっ! 何だよ?! こんな話し聞いてねぇぞっ!?」
 いつしか身を固くして防御する事が精一杯になっていたガイは、賞金首の情報をくれたここにはいない相手に愚痴を零す。
「さっきまで効いてた攻撃が全く効かねぇなんてそんなんアリか?! くそっ! このままじゃ俺が危ねぇ…っ!」
 そうぼやいている事でつい隙を見せてしまったその瞬間、魔物も目ざとくそれを見つけ、巨大な尻尾を鞭のようにしならせて横から殴りかかってきた。
 ガイはその攻撃に気付くも間に合わず、まともに脇腹に攻撃を喰らい大きく体が弾き飛ばされた。
「ぐおっ!!」
 凄まじい勢いで弾き飛ばされ、ガイは強かに体を地面に打ち付けて倒れた。そして痛む脇腹をそのままに地面に手を着いて起き上がる時にふと気付く。気が付けば体中酷い傷や痣だらけだ。
「っち…。長期戦になったら俺が不利になるのは明らかじゃねぇか。くそっ…こうなったら…」
 ガイは何とかその場に立ち上がると、走りよってくる魔物を見据えて腰を低く落とし身構える。
 魔物が目の前に来ると、ガイはすかさず飛び上がり得意技である必殺キックを喰らわせた。
 重みのある唸りを上げ、目にも止まらぬ鋭いキック。ズン、と響くような感覚がその足に伝わり、ガイは手応えはあったと確信した。が、次の瞬間目を見開いた。
 確かに魔物の体に抉り込むように決まった必殺キックだったが、魔物はあまりダメージを食らっていないようだった。
 魔物は咆哮を上げ、自分の体にめり込むガイの足を掴むと逆の手を大きく振りかぶる。
「!?」
 ガイは腹部に強いダメージを喰らい、体が高く飛び上がるのと同時に目の前が一瞬白くなった。
 ズズン…と音を立て地面に叩き落されたガイは、額に脂汗を滲ませる。
 手痛い反撃…。相手にもそこそこダメージを与えたものの、それ以上のダメージを自分が食らってしまった。
「くっ…そぉ…。っざけんなよ…」
 ガイは口元を拭い、腹部を押さえながらフラフラと立ち上がった。
 少しでも動けば電気が体中を走るかのような激痛が襲い、今のガイには立っていることが精一杯だった。ふと見ると相手も多少のダメージに頭を振っている。
「…し、仕方ねぇな…。必殺キックが効かねぇなら、あれしかねぇだろ…」
 ガイは気を集中し、気功によって体中に負った傷を治療し始める。その間に、魔物もその場で足を踏み鳴らし、喉を鳴らしながら襲い掛かってきた。
「覚悟しやがれっ!」
 傷を治療しながら、ガイは足を力強く踏み締めぐぐぐっと体中に力を溜め込む。体中の血管が浮き上がり、筋肉も膨れ上がる。
 魔物が攻撃を喰らわせようと両腕を振りかぶるよりも早く、ガイは地面を蹴って飛び上がった。
「うぉりゃぁああああぁぁぁぁああっ!!」
 豪速の全力キック。魔物の振りかぶった腕は虚しく空を切り、がら空きになった背後にガイの攻撃が食らわされる。
 ドォン! と言う衝撃に、地面の砂が俄かに上がり、鈍い音を立てながら魔物の背中に落ちたガイのキックがめり込んでいる。
 魔物は白目を剥き、俄かに体を打ち震わせながらしばしその場に立ち尽くしていたが、やがてズズズン…と音を立て地面に倒れ込んだ。
 ガイは息絶えた魔物を前に肩で大きく息を吐く。
「…っよぉっし、ちっと苦戦したが何とか勝ったぜ…」
 ガイは額の汗を拭い去った。