<ハロウィントリッキーノベル>


かぼちゃに食われたハロウィン〜半月の光

 彼らがその街にやってきたのは、ごくごく単純に言ってしまえば、偶然だった。サンディー・ララが経営するララ海運商会、その従業員の日頃の労苦をねぎらう為に何か良い催しはないかと、サンディーが頭をひねっていた時にたまたま目に付いた旅行会社のチラシが、この街で行われているというハロウィン・イベント参加ツアーだったのだ。
 名前も聞いたことのないような、小さな、小さなその街は、温泉街なのだという。毎年この時期になると、街をあげてあちこちにかぼちゃランタンを飾り、オレンジの眩しいハロウィングッズを並べ、当日になればあちらこちらで『Trick or Treat!』と可愛らしい声が響き渡る。
 もちろん旅行客も一緒になって、お菓子をあげたり、貰ったり。衣装も全部あちらで用意してくれるというし、他にもハロウィンにちなんだ催しが色々あるという旅行会社のお姉さんの話を聞いて、これよ! とサンディーはその場で契約書にサインしたのだ。
 そうしてララ海運商会で大型馬車を何台も貸し切り、遠路はるばるとやってきたその街は、事前に聞いていた通り実に小さな、1時間もあれば街を一周して見て回ることなど造作もないほどに小さな町だった。とはいえ街を行く人は意外に多く、しかもどうやら常連客もちらほらと居るらしい。

「会長。かけ流しの温泉も割とあるみたいですよ。泊り客じゃなくても入って良いそうです」
「あら、そうなの? じゃあ温泉巡りってのも楽しそうね」

 企画したクセに、割とその辺はこだわりがなかったサンディーは、従業員の1人がそういうのを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。それから自らも改めて、その辺の街角に立っている案内板を覗き込む。
 近隣の村から疲れを癒す地元民が来たりもする、地域密着型の宿がこの温泉街の売りらしい。確かに従業員の言ったとおり、温泉利用だけでも問題がないようで、なんとそれぞれの宿で用意しているスタンプを押してもらい、集めると温泉協会からちょっとした景品ももらえるのだとか。
 そんなイベントがあるとなれば、参加しない手はない。サンディーはそう考えながら従業員達を振り返り、浮き立つような顔ぶれの中でただ1人、淡々と地図を見ているコティ・トゥルワーズに気付いて少し、首をかしげた。

「コティ。キミは楽しみじゃないの?」
「はぁ‥‥」
「まったく、相変わらずね」

 その言葉にむしろ、何を楽しみと言われているのか解らない、といった反応を見せたコティを見て、サンディーは思わず苦笑する。もともとコティは普段からあまり、物事に対して大きな反応を見せる方ではないが、さすがにこういった非日常の場所にくれば変わるか、と思ったのだけれども――コティはコティだったようだ。
 とはいえ、サンディーの目的はそれではなく、あくまでメインは海運商会の従業員旅行。予約しておいた宿は美味しい料理も出るというし、久々にのんびりと羽を伸ばせそうではないか。

「会長、会長はどの温泉が良いですか?」
「そうねぇ‥‥」

 だからサンディーは反対側から話しかけてきた社員に、笑顔で振り向いて一緒にパンフレットを覗き込んだ。楽しい旅行に、なりそうな予感がした。





 何かがおかしい、と気付いたのは翌日の事だった。街を歩くとどこからともなく聞こえて来るハロウィンの話、それは良いのだけれども、どうにもその声色に、あまり芳しくないというか、何かを恐れているような響きがあることに、サンディーは気付いたのだ。
 じっくり観察しているうちに、それはどうやら地元の人間を中心に聞こえて来るようだ、というところまでは判った。けれどもじゃあ、一体彼等が何を恐れ、不安げに顔をあわせているのかは、まったくもって判らない。
 判らないものは聞いてみるしかあるまいと、サンディーはさっそく社員達と繰り出した温泉巡りの最中、彼等が宿泊している宿から少し離れた場所に立つ、温泉宿の人間に尋ねてみた。

「何か、心配なことがあるのかしら?」
「え‥‥? い、いえ、心配なことなんてありませんよ。お客様、そんなことより温泉はいかがでした?」
「ええ、とっても気持ち良かったわ」

 ごまかすような響きに、サンディーはますます不審なものを感じたものの、それ以上は突っ込んでも出てきそうにはない。それに自分の考えすぎかもしれないのだしと、サンディーは彼女の言葉ににっこり笑って、その場は引くことにした。
 実際、温泉そのものはたいそう気持ち良く、日頃の疲れもすぅっと消えて行くような気がしたのも、事実である。ほんの少し入ったサンディーですらそう思うのだから、近隣の村からわざわざ訪れるものがいる、というのも頷ける話だ。
 とは言え、やはりいまいち有名になれないのは、立地の悪さゆえか。それとも他に、何か理由があるのか――つらりと考えながらサンディーは、ありがとう、と微笑んで宿を後にした。
 そうして、ぶらぶらと観光と暇潰しを兼ねて、ほとんどないに等しい観光客向けの店を一軒一軒、丁寧に覗いていく。元々温泉と、ハロウィンの企画に惹かれてインスピレーションで決めた旅行だから、観光プランなんてものはまったくない。
 従業員達にもそれぞれに、好き勝手に過ごすようにと伝えてあった。そんなサンディーに、彼等は苦笑して、了解しましたと笑っていたけれども。

「‥‥あら? コティ、珍しいわね。それ、買うの?」
「――サンディー」

 ふいと入った土産物屋で、いつものような感情のあまり見えない表情で、じっとお土産の漬物を見つめるコティを見つけ、サンディーは思わずそう声をかけた。なにしろサンディーの知る限り、彼女はこういった場所でお土産ものを物色する、という行為から、もっとも掛け離れた場所に居る人物だったから。
 その声にコティは、感情の見えない眼差しを淡々と向けた。それから溜息ともつかない息をもらし、ゆるゆると首を振る。

「良いのがなかったの?」
「‥‥普通に街で買えば、もっと安く手に入ります」

 そうして返された言葉に、そりゃそうだろうけど、とサンディーは思わず苦笑した。旅先での土産物なんて、多少割高は承知で、言うなれば思い出を買うのだ。そこに、他で買えば安いと現実を持ち込まれても、土産物屋も困るだろう。
 この調子だと、その辺にある置物なんかはますます理解できないシロモノなのかもしれない。実は正しくその通りのことをコティが考えていたとは知らなかったが、サンディーはそう考えてまた、愉快になって笑みを零す。

「せっかくだから、僕と一緒に回らない? ちょっとは面白いものが見つかるかもしれないわよ」
「‥‥はぁ」

 その言葉に、コティは特に感慨を見せた様子もなく、淡々と頷いてサンディーに従った。どうせ彼女のことだから、他に特にやることもないから、程度の理由なのだろうと思い、また愉快な気分になる。
 サンディーはコティを引き連れて、そこからまたのんびりと、丁寧に土産物屋を覗いていった。まさに何に使うのかも判らないような置物や、温泉街の地図が描かれた手ぬぐい、特産とラベルはつけてあるものの中身はさして他と変わらなさそうな飲み物などを冷やかして、時々、コティから呆れた眼差しを向けられる。
 街の中心らしき小さな小さな泉の広場には、一際目立つジャック・オー・ランタンの石像が飾られていた。なんとも力の入っていることだ、とさすがに目を見張った二人に、通り掛かった老婦人が「この街の象徴なんですよ」と誇らしげに微笑んで、石像に頭を下げて去っていく。
 そんなものを冷やかしながら、適当に時間を潰して宿に帰り、しばらくのんびりすると、夕食の時間になった。食事は部屋ごとに運ばれるのではなく、宿泊客が食堂まで出向くタイプのものだ。
 近隣の山や川で捕れた獣や魚、山菜などが田舎らしく素朴な味付けで出てくるのが、サンディーは割と気に入っていた。旅先で食べる料理というのは、日頃口にしているものよりも遥かに美味しく感じられるものだ。
 今度は何が出てくるのだろう。楽しみにしながら食堂に向かったサンディーは、そこに集まった従業員の顔触れを見て、おや? と首を傾げた。

「足りないわね?」
「まだ、帰ってきてないみたいです」

 明らかに数の少ない従業員に、そう言ったサンディーに誰かがそう、困ったような口調で言う。とはいえ夕食の時間は事前に知らされているのだから、やって来ないのは案外、何か面白いものを見つけたとか、温泉でのんびりしすぎて時間を忘れてしまったのかもしれない。
 仕方ないわね、とサンディーは集まっている従業員達と、テーブルの上に並べられた、ほかほかと美味しそうな湯気を立てている料理を見比べ、肩を竦めた。

「待ってたらお料理が覚めちゃって、申し訳ないわ。先に食べちゃいましょう。そのうち、やってくるでしょう」
「はい‥‥」

 みんなを促す意味も込めて、率先して席につきながら言ったサンディーに、従業員はほんの少し不安そうに顔を曇らせたものの、素直に頷いてサンディーに従い席につく。それに合わせて、成り行きを見ていたコティや他の者も、用意された各自の席に腰を下ろした。
 さて、そうなると目の前の美味しそうな料理の数々は、実に彼等の胃袋を刺激する。おまけに素材の良さが最高に活かされていて、ここの宿の料理は実に美味しいのだ。
最初はまだ顔を見せない仲間に遠慮がちに手を付けていた者達も、やがて、その美味しさに心もほぐれ、笑顔が見られるようになった。そうしてこの香草焼きが美味しいとか、こっちのマリネは商品になるかもとか、ワインはやっぱりどこそこのじゃないととか、賑やかな声がテーブル中から聞こえ始める。
 サンディーも、そのうちの一人だった。時折はちらりと空席と、手付かずの料理を見つめながら、従業員達を盛り上げようと率先して、明るい声で賑やかに料理を褒めたたえたり、今日の温泉巡りの感想を殊更面白く語り出す。
 やがて美味しい料理はすっかりお腹に収まって、各自の前には空っぽのお皿が並ぶばかりとなった。その頃になって再び、この時間になってもまだ姿を見せない仲間を思い出して、再び従業員の顔に不安が浮かぶ。
 すっかり冷めてしまった料理を、サンディーは宿の女将に詫びて、まだ来ていない従業員が帰ってきたら温め直して出してやってくれと頼んだ。それに「畏まりました」と頷いた女将が、視線をきょろきょろさせているのを見て、忙しいのに申し訳ないわね、ともう一度謝る。
 それにしても一体、彼等はどこをほっつき歩いているのだろう。一応言っておかなくちゃ、と考えてサンディーは、帰ってきたら自分の部屋に来るよう伝えてくれと、同室の者に頼み。
 ――そうしてついにその日、夕食に欠席した従業員は、誰も帰ってこなかった。





 これはいよいよ、異常な事態と言えた。いくらなんでも、誰にも何も言わず、連絡すらなく無断外泊。子供ではないのだからいちいち心配しなくても、とも思うかもしれないが、地元ならばともかく旅先、しかも従業員旅行でとなれば、心配するなと言う方が無理である。
 自然、朝食の席に集まった面々も、こうなっては不安を拭えるはずもない。ぼそぼそと話し合っていたら、追加で料理を持って来た宿の人間が、小さな悲鳴を上げるのが聞こえた。
 おや、と見てみればコティが、彼女の手首を握っている。どうやら今の悲鳴は、それから逃れようとあらがった結果のようだ。
コティ、と眉を潜めた。

「何をしてるの?」
「この方が、何かご存知のようだったものですから」

 彼等の話を聞いて、息を飲んでいたのだと淡々と告げる。
 あら、とサンディーは改めて、コティの手を振りほどこうとしてる女性をまっすぐ、にこやかに見つめた。――ただし、目はちっとも笑っていなかったが。

「コティが失礼してごめんなさいね。ところで、今の話は本当かしら」
「そ、の‥‥」
「どうか正直に教えてくれない? 従業員が心配なのよ」

 口調と表情はあくまで穏やかだが、眼差しは鋭く、ごまかしや偽りは許さない、という気迫が篭っている。それに彼女は怯えた様子を見せ、ますます激しくあらがおうとした。
 そこに、宿の女将がやってくる。恐らく話を聞いて居たのだろう、些か強張った表情で「どうかその子を放してやって下さい」と訴えた。

「他のお客様の事もありますので、こちらでお話するわけには参りません。どうぞ奥までいらしてくださいまし」
「女将さん‥‥」
「仕方ないでしょう。この方達も、もう、無関係とは言えないわ」

 女将はそう首を振ると、サンディーを「こちらへ」と手招きする。それに軽く目を細めて、サンディーはコティに目配せすると、他の者には先に朝食を済ませるよう告げて、その後に続き。
 ――通されたのは、女将の私室らしきこじんまりとした部屋だった。二人にテーブルの椅子をすすめた女将は、そうして薫りの良い香草茶をいれながら、この温泉街で今起こっている、不可思議な事件のことをぽつり、ぽつりと語り出す。
 曰く、少し前からこの街では、人が忽然と行方不明になる、という事件が相次いでいるのだと、いう。それは決まって大人で、けれども大人であれば男女の区別も、老いも若きも関係ないのだとか。

「でも今まではお客様が居なくなるなんて、ありませんでしたし――もう少しでハロウィンも近いことですから、余所の方には知らせないようにしようと、温泉教会の方で決まったんです」
「然るべき場所には知らせて、捜査はしてもらってるんですか?」

 聞いたのはコティだ。つ、と眉を潜めた彼女が、温泉協会とやらの決定に疑問を感じているのは明白だった。
 とはいえ客商売であれば、仕方のないことかもしれない、ともサンディーは思う。温泉宿にせよ、土産物屋にせよ、観光客がやってきて初めて成り立つ生業である。客足が遠のくのを恐れるのは、無理もないことだろう。
 だが、コティの台詞にも首を振ったのにはさすがのサンディーも、呆れずには居られなかった。この温泉街は驚いた事に、行方不明者のことをどこにも知らせていないらしい。

「なぜ? 人が居なくなる、というのは立派な事件よ」
「はい、解っています。でも――もうすぐハロウィンだから良いのだと」
「ハロウィンだから? イベントの為の催しの一環で、うちの従業員を攫ったって事かしら」
「私もこれ以上、詳しくは――」

 困ったように首を振った女将は、確かにこれ以上のことは知らないように思われた。サンディーとコティは目を見合わせて、とまれ温泉協会とやらを問い詰めなければなるまい、と頷きあう。
 食堂に戻ると、従業員達が不安そうに身を寄せ合っていた。サンディーの言いつけどおり、朝食のお皿は全部、空になっていたけれども。
 戻ってきたサンディー達に、気付いた彼らはガタガタと立ち上がって、口々にどうだったのかと尋ねてくる。それを、両手を上げて制したサンディーは、にこりと朗らかな笑顔を作った。

「大丈夫よ。明後日がハロウィンでしょ? 街に協力してるんですって」
「‥‥サンディー?」
「でも、会長‥‥」
「大丈夫よ。ね? それからみんな、しばらくは、1人で行動しない方が良いわ。ハロウィンのオバケに惑わされちゃうかもしれないでしょ?」

 じっとまっすぐ見てくるコティの肩をぽんと叩きながら、サンディーは揺らがない笑顔でもう一度念を押す。それに従業員は、これ以上聞いてはいけないと察したのだろう、解りましたと大人しく引き下がった。
 悪戯に彼らを、騒がせてはいけない。無闇に動いたり、怯えたりして行方不明者を増やしてはいけない。
 だから、もちろん大丈夫な確信なんてこれっぽっちもなかったけれども、サンディーは大丈夫と言い続けたのだった。





「それにしても。温泉、グルメとくればあとは殺人事件――というわけね。なかなか、手順を踏んでると思わない?」
「殺人事件‥‥まだそう決まったわけではないでしょう?」

 良く晴れた温泉街。もちろん居なくなった従業員は心配だけれども、それとは別の部分で何だか楽しくすらなって来たサンディーに、コティが大きなため息を吐いた。
 とはいえ、ここまで条件が揃ってくると、次は何が起こるのかと想像を巡らせてしまうのは、仕方がないと思う。
 だがそれをコティに言っても解るとは思わなかったので、サンディーはくすくすと笑ってひらり、街を歩き始める。ふぅ、とまた大きなため息が背中で聞こえて、足音がついてくるのが解った。
 それにしても、事情が解ってみれば、昨日、街の人々の様子に違和感を感じたのも、無理のないことだと言える。そういう前提でじっくりと街を眺めてみれば、殊更に、街を覆う不安げな様子を感じ取る事が出来た。

「噂が、あるんだよ」

 昨日も訪れた土産物屋に、再び訪れて従業員が行方不明になったことを切り出し、何か知らないかと尋ねたサンディーに、そう教えてくれたのは店主だ。噂、と繰り返したコティに、ああ、と頷く。
 それは行方不明者が出始めた、街中がカラフルなオレンジ色に彩られ始めた頃のこと。一体誰が言い出したのか、気付けばその噂は子供達を中心に広がって、瞬く間に知らない者がなくなった。

 ハロウィンの夜、カボチャのオバケが現れる。
 カボチャのオバケは大人が嫌い。
 だから、街の大人を食べてしまったんだ――

 奇しくもサンディーが海運商会の従業員達に語って聞かせたのと、同じような他愛のない噂。けれども現に、行方不明になっているのは大人ばかりで、子供は一人も姿を消していない。
 最初は馬鹿なと笑っていた大人達も、だんだん本当にそうなんじゃないか、と思い始めた。ハロウィンのイベントを中止した方が良いんじゃないか、と温泉協会に掛け合う者も当然出たが、協会側は「ハロウィンが過ぎれば大丈夫だ」と取り合わない。

「変ね」
「協会とやらは、何かを隠してるように思います」

 土産物屋を出て、呟いたサンディーに、コティがこくりと頷いた。彼女もそう思うのなら、やっぱり気のせいじゃないのだろう。
 念のため、土産物屋に教えてもらった、行方不明者が消えたと思しき場所を巡ってみたが、もはや痕跡は殆ど残されては居なかった。だがコティが、馬車の轍などとは違う、何かの力でつけられたらしい石畳の傷を発見する。
 事態を、整理しなければならない。サンディーは昨日、コティと一緒に巡った街の様子を、じっくりと思い出した。
 ハロウィンイベントに力を入れている街らしく、街頭にはあちこちにカボチャの飾りやオバケのぬいぐるみ、お菓子を模ったオモチャなどが飾られていて。中でも一際目をひいたのが、街の中心の泉の広場に飾られた、大きなジャック・オー・ランタンの石像――

「――そうよ、石像よ」
「サンディー?」
「コティ、あの時、僕達にジャック・オー・ランタンの石像がこの街の象徴だって教えてくれた、お婆さんを覚えているわよね? 彼女を探して、なぜアレがこの街の象徴なのか、聞いてきてくれないかしら」
「なぜあの石像が、この街の象徴なのか、ですか?」
「ええ。彼女は石像に敬意を払っていたみたいだったわ。何か、温泉協会がハロウィンが過ぎれば大丈夫だと主張している事と、関係があるのかもしれないでしょ」
「わかりました」

 サンディーの言葉に、コティは頷いて素早く、目的を持って動き出した。1時間もあれば回れてしまうような街だ、コティならばさほどかからず、あの老婦人を見つけだすだろう。
 コティの背中を見送って、さて、とサンディーは辺りを見回した。彼女に調べてもらっている間に、サンディーも、さらにこの不可解な事件の推理をするべく、情報を集めなければ。





 サンディーはあちこちの土産物屋や温泉旅館、街行く人々にまで注意を払って、どんなささいな情報も見逃さないよう、気をつけながら街中を歩き回った。囁き合う人々の言葉も、今となっては意味がわかる。
 ハロウィンの。食べられた。過ぎれば。大人が。子供に。――現れた。

「‥‥何が?」

 唐突に耳に飛び込んできた言葉に、サンディーは思わず呟き、振り返ろうとして危うく思い留まった。ちら、と眼差しだけで振り返ると、どうやら、サンディーが聞き耳を立てていたことには気付かれなかったようだ。
 ほっと息を吐き、さりげなく適度な距離を取りながら、小声で話し合っている住人へと意識を向ける。まだ若い女性が二人。
 不安のにじむ声が、本当に大丈夫なのかしら、と言葉を紡いだ。

「うちのお姑さんは、ハロウィンが過ぎれば帰るから、って言ってるけれども‥‥」
「私のお婆さんもよ。寂しがってるだけだから、って‥‥でも、ねぇ‥‥?」
「そもそも、何が現れたっていうのかも、全然教えてくれないのよ。怖いわ」
「それに、子供達が変な歌を歌ってるのも、不気味よね。ハロウィンのオバケに食べられた、なんて」
「本当に大丈夫なのかしら」
「――ごめんなさい。僕にもその話、聞かせてくれないかしら?」

 頃合いを見計らってそう声をかけると、彼女達はぎくりと顔を強張らせ、何でもないと首を振った。けれども海運商会の従業員も居なくなったこと、サンディーは彼等を探していること、既にある程度の事情は把握していることなどを説明すると、互いに顔を見合わせる。
 ――そうして彼女達が語ったのは、街の老人はこぞって今回の行方不明騒動を、『何者か』が寂しがって現れて、『誰か』を探しているだけだから大丈夫なのだと、主張しているという事実。だが『何』が現れて、『誰』を探しているのかは、一向に教えようとしないらしい。

「それは気になるし、心配よね」
「そうなんです。なのに誰も、何も教えてくれなくて」
「あの歌だって‥‥ぁ、街の噂って最初は子供達の遊び歌から始まったんですけれど、あれだっていつ、誰が教えてくれたのか、子供達に聞いても誰も覚えてないって言うんですよ‥‥」

 口々に不安を語る女性達に、愛想よく頷き、真剣なそぶりで頷きながら、サンディーは必要な情報だけを頭に叩き込む。『何』が現れて、『誰』を探しているのか――その答えは、首尾よく老婦人を見つけ出したコティが持って帰ってきた。
 女性達の語ったとおり、子供達が本当に遊び歌を覚えていないと、目についた子供に「素敵な歌ね。誰が教えてくれたの?」と尋ねて確かめていた時の事である。旅行客は珍しくないとは言え、華やかな容姿が目をひいたのだろう、わらわらと集まってきた子供達に、見世物よろしく得意の半月刀を操って見せていたサンディーを見て、コティは何をやっているのか理解に苦しむ、といったような眼差しを向けた後、話を聞けましたよ、と報告した。

「あの石像は昔、この辺りに住んでいた精霊獣の姿を模ったものだそうです。精霊獣には主の子供が居たそうですが、この地に移住してきた人々がその子供を哀れみお菓子をやったのを感謝して、温泉のありかを教え、今日の温泉街の基礎となったのだとか。その逸話と、ハロウィンの行事が非常に良く似ていたので、この街ではいつの頃からか、ハロウィンに力を入れるようになったのだそうです」
「カボチャなのに獣なの? まぁ、良いけど――でもそれなら、精霊獣が大人を嫌うのは、おかしいわ」
「はい。私も疑問を覚えて確かめましたら、一説に寄れば精霊獣の主の子供は、元は街の子供だったのだけれども、大人に無体な仕打ちを受けて傷付いていた所を助けられたのだとか、昔はよく街に遊びに来ていた精霊獣がとても仲の良くなった子供と別れたくなくて山にさらって、取り返そうとする大人を喰らったので怒りを鎮めるためにあの石像を作ったのだとか、色々と言われているようです」
「ふぅん。でもそうすると今度は、街の象徴、っていうのがおかしくなるわね」

 コティの言葉に、サンディーは唸り声を上げる。昔話なのだからそもそも、そんなに真面目に取り合わなくても良いのかも知れないが――何かが気になると、サンディーの中で声がするのだ。
 明後日のハロウィン当日、一体何が起こるのか。街の老人達が言うとおり、無事に行方不明者が帰ってくるのか、それとも。

「何かが、起こりそうよね」
「はい」

 なぜかあまり楽観視できないサンディーに、コティがこっくり頷いた。





 2日後。ハロウィン当日を迎えた街では、あちこちで子供達の賑やかな声が響いていた。

「Trick or Treat!」
「もちろんTreatよ。はい、お菓子をあげるわ」
「ありがとう〜〜!」
「‥‥サンディー、何をやっているんです?」

 今も目の前で可愛らしいオバケの仮装をした子供が、どこか愛嬌のある仕種でオバケの真似をしながらお菓子をねだるのに、旅館でお客様全員にと手渡された焼き菓子をあげたサンディーを見て、コティが冷たさの漂う眼差しを向ける。ひょい、とそれに肩を竦めて、サンディーは手についたお菓子の屑をパンパンと叩いて払った。
 あれ以降、芳しい情報は得られていない。だがハロウィン当日に何かが起こりそうだ、という見解で一致した彼等は、変わらず情報収集と調査は欠かさないまま、こうして当日を迎えたのだ。

「コティも、次の子供が来たらあげなさいよ。イベントなのに、参加もしないで突っ立ってたら、怪しいだけじゃない」
「‥‥む」

 彼女が懐に納めたままの焼き菓子を言外に指摘し、そう告げると、もっともだと思ったのかコティが短く唸った。ちなみに旅行客には、イベントのために全員1つずつ焼き菓子が渡されていて、半ば強制参加だったりする。
 コティは素直に懐から焼き菓子を取り出すと、次にやってきた子供に「お菓子をどうぞ」と手渡した。棒読みも良いところだったが、渡しただけでも上出来だ。
 サンディーは自腹で用意したお菓子を渡して歩きながら、コティとともに、賑やかな街中を練り歩いた。こうして、自分も群集に紛れてしまうと、場合によってはとっさに身動きができなくなる、という欠点はあるが――コティが心配したのは、それだろう――同時に、群集の中に紛れた違和感を見つけだすことも、できる。
 可愛らしいオバケの衣装を身につけた、地元の子供達と、それから衣装を貸してもらって参加している旅行客の子供達。あちこちに並ぶ、ハロウィン・カラーに溢れた露店。カボチャの甘い匂い。きらびやかな衣装。泉の広場の石像は、今日はたくさんのカボチャやお菓子のお供えものに埋もれて、ユーモラスな表情で集まった人々を見つめている――

「――サンディー」
「ええ」

 そこに確かな違和感を感じたのと、コティが押し殺した声で彼を呼んだのは、同時。ミルクの中にぽつりと一滴のインクを零したように、ささやかで、隠しようもない異質な雰囲気が、ある。
 ぐるり、眼差しを巡らせた先にいたのは、ジャック・オー・ランタンの被り物をした子供。子供――なのだろう、大きさと、ランタンの下から覗く細い2本の足から見れば。
 けれどもそうして自分に確かめなければならない程度には、その『子供』は異質だった。それは一つには、多くの場合はマスクのように頭部だけを覆うジャック・オー・ランタンが、腰の下、太ももの半ばまでを覆っていたから、というのも上げられる。
 サンディー達が気づいたことに、ソレもまた気づいた。ぐるり、振り返ってこちらを見たランタンに、刻まれた顔は石像のソレと同じ。
 ぎらり、空洞のはずの瞳に、光が宿った気が、して。

「サンディー!」

 同時にソレから、ランタンの下にあるであろう足の出ている穴から、何かが飛び出しまっすぐに向かって来たのを、コティは危ういところで泉の水を操り、弾き落とした。ありがと、と微笑みながら飛んできたものを見ると、緑色の蔓である。
 こんな時にも関わらず、サンディーはつい、感動してしまった。

「あら、カボチャのオバケだから、カボチャの蔓なのね。もしかしたらカボチャの種も飛んできたりするのかしら」
「そんなことを言っている場合ですか!」

 コティの叱責が飛んできて、ロマンがないわね、と肩を竦める。とは言え、その間にもランタンは蔓を鞭のようにしならせ、攻撃をしかけて来ているのだから、コティの言うのも正しい。
 その頃になって、ようやく事態を理解した周りの人々が、口々に悲鳴を上げて逃げ始めた。その中にはあの、ジャック・オー・ランタンの石像は象徴なのだと誇らしげに語っていた、あの老婦人も居る。
 それを視界の端に留めながら、サンディーは腰に下げた半月刀をすらりと抜いて、緑の鞭へと挑みかかった。巻き取られないよう気をつけて、弾き、切り飛ばし、距離をジリジリと詰める。
 コティの操る水が、縄のようにランタンに向かって伸びた。蔦はソレを防ごうと檻のように絡み合い、盾を形成する。それを、サンディーは難無く切り飛ばした。

「コティ!」
「はい」

 防ぐものがなくなった隙に、コティはさらに水の縄を伸ばし、ランタンへと絡み付かせる。同時に急速に温度を下げて、氷の戒めと化した。
 バキン、と氷の一部が、逃れようとしたランタンの力で内側から弾け飛ぶ。だがその間にもコティは、泉の水を次々と絡み付かせては氷を増やし、頑強で分厚い戒めを作り上げていく。
 抵抗しようと、ランタンがしきりに蔦をうごめかす。だがそれに、先程までの勢いはない。
 やがてすっかり氷に包まれて、動かなくなったランタンに、サンディーはそれでも警戒を解かないまま、半月刀を構えて近付いた。そうして――実の所、いったいどこに向ければこのランタンにとって脅威となるのか、少し悩んだのだが――ぽっかりと空いた目へと切っ先を突きつける。

「キミが皆をさらったの? 皆はどこ?」
『‥‥‥』

 それに、ランタンは無言で何かを訴えるように、弱々しく蔦をぺちりと動かした。それを見て、もう一度ランタンの様子を見て、あら、と気付く。
 こくり、首を傾げて「ねぇ」と尋ねた。

「コティ。もしかしてこの子、このままだと、喋れないんじゃないかしら?」
「‥‥は?」

 サンディーの言葉に、コティが不可解に眉を潜めて、説明を求めるように眼差しを向ける。それにサンディーは無言のまま、視線を真っ直ぐ氷に覆われたランタンの口へと注いだ。





 海運商会の従業員を含む行方不明者は、街から程近い山中にある洞穴で発見された。全員が意識を失っている――というよりはぐっすりと眠っているようで、時々、むにゃむにゃと寝言のような声も聞こえる。
 だが、全員がどうやら、無事のようだ。ほぅ、と安堵の息を吐いたサンディーは、安堵のあまり従業員の安らかな寝顔をぐにっと抓り上げ、コティに呆れた眼差しを向けられた。
 そんな様子を、ここまで彼らを案内してくれた、ジャック・オー・ランタンの姿をしたソレは、当たり前だが何を考えているのか解らない顔(?)で、ぽっかり空いた双眸で見つめていて。

「――それで。どうして、この人達をさらったのかしら?」
『この子供の親を、探している。この者達は、それを邪魔しようとした』
「‥‥この子? その‥‥足の?」

 ランタンの言葉に、コティはちら、とランタンの下から伸びる細い2本の足を見た。巨大なランタンに不釣合いな、明らかに子供のものだと思われる足――精霊獣には、主の子供が居たのだと、いう。
 同化したのか。それとも子供の身に何かがあって、足だけをランタンが取り込んだのか。

『この子供は、親とはぐれて山に居た所を我が見つけた。親が恋しいと泣く故に、見つけてやろう、それまでは我が守ってやろうと約した』
「それは、いつの事ですか?」
『さて。5度ほど、眠る前の話だったか』

 そうして精霊獣は目が覚めるたびに、子供の親を探して街を彷徨い、親以外の大人が子供を取り戻そうとすれば、その大人を浚って眠らせる。だがハロウィンの夜が過ぎれば精霊獣はまた眠りに就いて、大人達は目覚めて街に戻る。なぜそれがハロウィンの夜なのか、それは精霊獣にも解らないとのことだった。
 だが、確かな事が、ある。――恐らく、精霊獣が『守っている』子供は生きては居ないし、まして子供の親はとっくにこの世には居ないだろう。彼のやっている事は、もはや、ただ悪戯に人々を惑わせ、怯えさせているだけに過ぎない。
 そう告げると、精霊獣は巨大なランタンの顔を大きく揺らし、困ったようだった。だがやがて、そうか、と寂しそうに呟いて、ふ、と姿を消す。

「‥‥アレは、どこに行ったのでしょう?」
「さあ、どこかしら。今ので、納得してくれたんだと良いわね」

 コティの言葉に、サンディーは肩を竦めた。当の本人(?)が消えてしまったのだから、答など解るはずもない。
 精霊獣が消えて力が及ばなくなったのだろう、眠っていた者達が、1人、2人と起き上がり始めた。そうして、一体どうしてこんな所に居るのだろう? と不思議そうに辺りを見回す彼らに、ハロウィンが始まってるわよ、と告げる。
 そうしてコティを促してサンディーは、ゆっくりと街へ戻る道を歩き始めたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名    / 性別 / 年齢 /  職業 】
  3752  / コティ・トゥルワーズ / 女  / 18  / 水操師
  3760  /  サンディー・ララ  / 男  / 28  / 冒険商人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、お届けが遅くなってしまいまして、本当に申し訳ございません(土下座

息子さんの、ハロウィンに沸く温泉街での不思議なの物語、如何でしたでしょうか。
温泉の話題が非常に少なくなってしまいました&こんなオチでお届けしてみましたが、とりあえずこの文字数の多さに蓮華自身が驚愕しております(
ソーンだとこんな感じでもありなのかな、とか思った途端、サスペンスとは違う何かになってしまった気がしないでもありません‥‥
何か、イメージしていたものと違う、というようなところが在られましたら、いつでもお気軽にリテイク頂ければ幸いです(ぁぁ

息子さんのイメージ通りのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と