<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
〜架橋〜
住居のあるエバクトから聖都に向かう馬車の中で、松浪心語(まつなみ・しんご)は、見た目には無表情のまま、胸中にあふれるさまざまな思いを何とか形にしようと苦心していた。
自分は決して器用な方ではないから、いくつもの問題を同時に片付けることはできない。
昨日のハルフ村の件に続いて今日の件もまた、頭を悩ませている大きな大きな問題だ。
こちらの方が、解決に時間がかかりそうな気はしている。
(種族同士の…問題だからな…)
個人的な感情や思い出でどうこうできるような、簡単なものではないことは確かだ。
だからこそ慎重に、時間をかけていく必要がある。
舗装された道に入ったのだろう。
馬車の揺れが減って来たのを感じ、心語は外に目を向けた。
するとすぐに聖都の活気ある街並みが視界の端に入って来た。
そろそろ降りる頃合いだ。
元々少ない荷物をまとめ、これから訪れる深刻な時に、心語は小さく吐息をついた。
海岸沿いの「海鴨亭」は、フガク(ふがく)の常宿だ。
心語は潮風で少々塗料のはげた看板を見上げ、場所の確認をしてから中に足を踏み入れた。
入ると、泊まり客を出迎えるカウンターがあり、その隣りには小さいながらも清潔な感じのする食堂がドアの向こうに垣間見えた。
カウンターには気風の良さそうな女性―きっとここの女将だろう―が陣取っており、その横の木の椅子に無造作に腰かけながら、心語の目的とする人物、フガクが人懐こい笑顔を浮かべて、楽しそうに話をしていた。
「あら、お客さんかい?」
女将がこちらに言葉を投げたのと同時に、フガクの視線もこちらに向く。
「いさな…?!」
ガタガタと騒がしい音をたて、椅子を後ろ足で蹴り倒したフガクが、あわてた様子で心語の許に走って来た。
「何でここに?! 聖都に用事か?!」
心語はゆっくりと首を横に振る。
「会いに…来た」
「え?! 俺に?! あ、じゃあ、部屋の方がいいよな?! 女将、悪い、義弟なんだ。また後で」
「ああ、いいよ。ごゆっくり」
快く女将が場を譲ってくれて、フガクは心語の前を歩きながら、上の階の自分の部屋へと連れて行った。
心語は無言で、フガクの背中を追う。
部屋に入ると、フガクが心語に椅子を勧め、自分はベッドの端に座った。
椅子に腰かけるや否や、心語は懐からひとつの鍵を取り出し、木のテーブルの上にことりと置いた。
「会えたら…渡そうと…ずっと思っていた」
「鍵?」
フガクは手を伸ばし、その鍵を手に取った。
「これってどこの…」
「『約束の地』への…扉の鍵だ」
「!」
瞬時にフガクの顔色が変わった。
どこか苦虫を噛み潰したような、何とも形容しがたい顔で、唇を真一文字に引き結ぶ。
その表情を見て、説明の手間は省けそうだ、と心語は思った。
鍵と台詞から、フガクは自分が事情を知っていると察しただろう。
重い空気をこじあけるように、心語はひたとその目をフガクに向けた。
「どうして…そんなに…憎むんだ…?」
あえて何を、とは訊かなかった。
それは自分にとってもつらいことだったからだ。
そして、口にしなくても、フガクなら何を指しているかわかるだろうと思ったからでもある。
案の定、フガクは暗い光をその目に宿し、冷たい声で言った。
「お前は知らなくていい」
「…俺は…」
「知らなくていいんだ! これは俺の問題だ!」
たたきつけるようにそう言ったフガクに、心語はつらそうな顔をし、大げさに肩を落としてため息をついた。
「俺は…そんなに…頼りない…か…?」
「な、っ…」
「少しも…力に…なれないのか…?」
心語は自分が計算高い人間だとは思っていない。
ただ、フガクに対してだけはほんの少し、攻略法を持っているだけだ。
フガクは昔から、自分のこんな顔にはとてもとても弱かった。
困ったような、悲しいような、こういう顔をしていると、フガクはそれに耐えられず、何とかしようとしてしまう。
(根は…本当は…やさしい…からな…)
ズキッと心が痛んで、心語はさらにうつむいた。
そう、フガクは――自分が知っているフガクは、本当は心やさしい人間のはずなのだ。
そうでなければ幼い自分はあの村で、野垂れ死んでいたかもしれないのだから。
「ちょ、ちょっと待てよ、いさな、俺は別に…!」
予想通り、フガクはベッドから立ち上がってこちらに駆け寄り、何とか状況を打開しようとあたふたし始めた。
「お前が頼りないなんて、誰がいつ…」
感傷を振り払い、心語はもうひと押し、と言葉をしぼり出した。
「実の兄とも…思う兄さんが…一人で…傷ついて…苦しんで…いるのを…見るのは…辛い」
フガクが、ぐっと言葉を詰まらせる。
視界の隅に映るフガクの両拳が、真っ白になるくらいに握り込まれて行くのを、心語は黙って見つめていた。
フガクは迷っているのだ。
話すべきか、やめるべきか、天秤をどちらに傾けたらいいのかと、今まさに。
「…そろそろ、潮時…か…」
やがて。
何かをあきらめたふうな声が、心語の頭上に降り注いだ。
顔を上げると、フガクはさっと視線を外し、ふてくされたようにベッドへと舞い戻っていく。
「兄さん…?」
「かなわねえよな、お前には…!」
どさりとベッドに腰を下ろし、フガクは膝の上で指を組んで、彼らしくもない小さな声でしぼり出すように言った。
「…魔瞳族が戦飼族にしたことは憎い、それは事実だよ。けどな、個人的にはあいつを憎んでない…俺達を心配してくれているのが判るからな…だから、余計に辛いんだ」
ようやくフガクの本心の入り口にたどり着いた。
心語は自分を落ち着かせるように一度大きく息を吸い、答えた。
「なぜ…本人に…直接…伝えないんだ…?」
「言えるかよ!」
ちっ、と舌打ちして、フガクは吐き捨てた。
「それが言えりゃあ、俺だってこんなに悩んでねえよ!」
「それなら…」
フガクの怒りを静かに受け止めながら、心語は控え目な口調でこう言い足した。
「今回の件…中立的な…視点で…別の…角度から…見れば…兄さんの…助けに…なるものや…解決の…糸口が…見つかる…かも…知れない…ちがうか…?」
フガクは一瞬、その目を大きく見開いた。
それから、その言葉の意図するところを正確に見抜いて、派手な苦笑を唇に浮かべる。
「なるほど、ね…確かに『お前』なら、俺に見えないものも見えるかもな」
心語は、自分の言わんとすることが伝わっているのを理解し、こくりとうなずいた。
フガクはもう一度立ち上がった。
大股で心語のところまで歩いて来ると、くしゃりと心語の頭をなでる。
そのときのフガクの顔は、どこか寂しさをにじませていた。
「わかった…お前に、話すよ…全部…ああ、全部、な…男と男の約束だ」
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
フガクさんも少しずつ前に進み始めましたね…。
これからみなさまがどんな未来を選び取るのか、
固唾を飲んでお待ちしています…!
それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です。
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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