<東京怪談ノベル(シングル)>


〜潮風に乗せて〜
 無数の人々が行き交う港町。
 市場は活気に包まれ、港からは、次々と積み荷が運び出され、人々がせわしなく動いていた。
「ここなら、いいバイト先が見つかりそうだ」
 周囲の状況を見ながら独りごち、ガイ=ファングは腕を鳴らした。
 体力、腕力には自信があり、荷物運びの仕事など、うってつけだ。
 問題は、どこでそのバイト先を見つけるか、だが。
「おっ、兄ちゃん、いい体つきしてんねぇ。もしかして、この街には着いたばかりかい?」
「そうだが」
「なら、話は早い!」
 ガイが答えるが早いか、急に話しかけてきた男は、勢いよく頷いた。
「あんたに頼みてぇ仕事があるんだ。ついてきてくんな!」
 ガイの了承を得ぬまま、男は先に歩き出してしまう。
 一瞬躊躇したガイだったが、どうやら仕事を紹介してくれるらしい様子だったので、ひとまずその後についていくことにした。
 そうして、連れてこられたのは、案の定、荷物が山と積まれた倉庫だった。
「兄ちゃん程の奴なら、二人分の仕事はしてくれそうだからな。報酬は弾むぜ? 日払いで。どうだい?」
 ガイの背中を叩きながら、男は豪快に笑う。だが、荷運びの状況は芳しくないようだった。
 何人か、分担して作業しているようだが、大きな荷物は男数人がかりで持ちあげ、何とか運んでいる状況だった。
「ふん、この程度の仕事……」
 鼻を鳴らし、ガイは、手近にあった、木箱の前に立つ。先程、男が数人で運んでいたのと同じ大きさのものだ。
――このくらいなら、簡単すぎる仕事だぜ。
 胸中で笑い、左手の腕輪に触れる。刹那、体中に力が満ち溢れてくるのがわかった。
「うぉぉぉぉっ!!!」
 威勢のいい気合の声を上げ、ガイは、木箱を一人で担ぎあげてみせる。それには、さすがに、ここに案内して来た男も腰を抜かしたようだった。そして、同じように荷運びしていた連中も。
「何だ、だらしねぇな。おい、この荷をどこに運べばいいんだ? それがわからねぇと、運びようもねぇだろ!」
「あ、あぁ……」
 ようやく、驚きから立ち直ったらしい男が、船の場所を指示する。
 そして、
「いやぁ、兄ちゃんみたいな人がいてくれて助かったよ! この調子でどんどん頼むぜ」
「おぅ、任しときな!」
 言いながら、手近にあった小さめの小箱も小脇に抱えて、ガイは、示された船に、次々と荷物を運んでいく。
「あんた、すげぇな! よぉし、俺も負けてられないな!」
 一人で大荷物を掲げるガイの姿に、恐らく同僚と思われる男達が、すれ違っては勢い良く持ち場に戻っていく。
――全く、現金なものだな。
 先程までは、大きな荷物に苦戦し、へばる寸前だったと言うのに、先の言葉通り、ガイの姿に奮起させられたらしい。
――だが、こういうのも悪くねェな。
 自分の一番の取り得は、この力と戦闘能力。それを活かした仕事となると、重労働になりがちで、その度に、同僚からは重宝されてきた。
 人付き合いを避けているわけでも、人と関わることを苦手としているわけでもないが、一人旅をしていると、誰かと触れ合う機会はそう多くはない。そういう時、こうして、食いぶちを稼ぐためにバイトをしていると、しばしば、ああやって声をかけてくれる人々に出会う。それもまた、町それぞれによって違い、楽しめる要素の一つになっていた。
「よぉし、今日の仕事は終いだな! あんたのおかげで助かったぜ!」
 言いながら、ガイをここまで勧誘して来た男も、同僚の男達も、一様に笑ってみせる。そして、男から報酬を受け取り、その日は、一緒に働いた者達に誘われ、夕食を共にすることとなったのだが、
「何ぃ!? 昨日の報酬を全て、食費に使いこんじまった、だと!?」
「あぁ」
 翌日。
 恐らく、男も昨日一日の日雇いのつもりでガイを誘ったらしく、倉庫前に現れたガイを見て、驚愕した。
「おいおい、兄ちゃん、昨日の報酬だけでも、何日かは食べていける金額だったんだぜ?」
「俺を、あいつらと同じように考えてもらっては困るな。しかも、この町に着くまで、まともな飯にありつけなかったんだ。悪りぃが、あれっぽっちじゃ、一日ともたねぇ」
「……つまり、兄ちゃんが金を貯められるようになるまで、一日や二日じゃ済まない、と?」
「そういうことだ」
 きっぱり言い放ったガイの言葉に、男はただただ驚くばかりだった。だが、大きく息を吐くと、持ち前の豪快さで笑ってみせる。
「俺も海の男だ! あんたの働きっぷりは、正直ありがてぇからな!」
「そいつぁ俺の方もありがてぇぜ! まぁ、一つ、よろしく頼む!」
 言いながら、お互い、固い握手を交わしたところで、ガイは、再び、荷運びの仕事に就いた。
 同僚にも、昨日で終わりと思われていたのか、驚かれたが、ガイの働きを知っていたため、暫く一緒に働けることを喜んでくれた。
 そして、数日後。
「兄ちゃん、気をつけてな〜!」
 ようやく資金が集まったガイは、打ち解けた仲間達と別れ、町の出口に向かう。
「次の町まで、また数日か……」
 来た時と同じ、町の入口に立ってみれば、ちょうど、旅人だろうか、馬車から下りてくる人の姿が見えた。
「お、兄ちゃん、この町から出るのかい? 良かったら乗っていかないか、安くしとくよ」
「いや、遠慮しておくぜ。移動中も重要な修行の一環だからな」
 それに、急ぐのなら、腕輪の力を使えば容易い。それに、普通に歩いても数日の距離にある町に行くのには、徒歩で十分だ。
「さぁ、行くか」
 独りごち、ガイは、真っ直ぐに地図で示された道を目指して走り出した。