<東京怪談ノベル(シングル)>


 魔王に攫われた踊り子姫と旅の騎士
 今日も今日とてエルファリアはレピアの呪いを解くため、別荘の図書室で本を探していた。
「あら?」
 手に取ったのは一冊の魔本。魔本と言うのは普段冒険に出られない王侯貴族やその子供、向けの娯楽として作られた魔法の本で、中に入って書かれている物語を体験できる本のことだ。
「この本、楽しそうだわ」
 くすくすっと笑ってエルファリアはその本を胸に夜を待つことにした。

 太陽が沈みレピアの呪いが解ける時間になった。レピアの石像の前で、夜になるのをいまや遅しと待っていたエルファリアは、動けるようになったレピアに、すぐに魔本を見せ、冒険に出かけないかと誘った。
「面白そうね」
 瞳を輝かせるエルファリアにレピアはそう微笑み、二人はさっそく本の中に入ることにした。夜は短い。こうやってレピアが動いていられる時間もまた短いのだ。


 レピアはその物語の中では姫だった。その国は発展した大きな国だった。しかし、レピアの眼下に広がるのは焼ける家々と魔物に追われ逃げ惑う人々たちの光景だった。王や王妃は魔物に殺され、魔王城に攫われた。目の前には魔王たちを率い、この国を滅ぼした魔王がいる。
「ほう、姫。噂よりずっと美しいな」
 魔王は音もなくレピアに近づくと嫌がる彼女の唇を奪う。すると、レピアの目が濁り、それまでの抵抗が嘘のように動かなくなった。魔王が彼女の後方にある魔方陣に指をさすと、レピアはそこへ歩いていく。操られているのだ。魔方陣の真ん中に立つと魔王が何ごとか呪文を唱える。すると、彼女の姿はたちまち石版にレリーフのように封印されてしまった。
 魔王は近くにいた魔物に支配の象徴として国の広場に飾るよう指示した。
 その夜、魔王の寝室。
 そこには封印されたはずのレピアの姿があった。
 レピアは無言で魔王の前に跪き、足の甲にキスを落とした。魔王が満足げに笑う。
「魔王様…」
 艶かしい声でねだるように魔王の頬にキスをするレピアの頭をなでて、ベッドに二人が倒れていく。
 部屋を照らすろうそくだけが二人を見ていた。
 そして、次の日、朝日が部屋を照らす。レピアは窓の外を見ると、一礼して、魔王から離れた。次の瞬間、レピアの姿が魔王の部屋から消えた。一方そのころ、国の広場にはレピアのレリーフが出現した。石版へと転移され再び封印されたのだ。

 それから120年間、その間レピアは毎日、昼間は広場に封印され、夜は魔王の寝室に転移され続けた。
 最初こそ何人もの猛者が魔王へと立ち向かって行ったが、歯が立たないばかりか、その報復としていくつもの街や村が廃墟に変わった。人々は姫を、国を不憫に思ったが、誰も立ち上がるものはいなくなった。
 そんな時、魔王の噂を聞きつけて、旅の騎士エルファリアがこの国に立ち寄った。
 エルファリアはレピアのレリーフを見ると、魔王城に向かった。レピアを助けようと思ったのだ。道中、魔物たちの攻勢は凄まじいものがあったが、騎士エルファリアの敵ではなかった。
 魔王の玉座にたどり着いたのは夜だった。そこには封印の解けたレピアの姿もあった。魔王はニヤリと笑う。そして近くにあったナイフをレピアに持たせると戦うように命じた。レピアは
「はい」
 と返事をすると、エルファリアに向かって襲ってきた。
 エルファリアはなんとかその攻撃をかわし、彼女の腕を掴むとナイフを落とし、そのまま、抱きしめるとその唇に口づけをした。その刹那、レピアの瞳に光が戻った。
「あっ、貴方は…?」
「催眠術が溶けたようですね。私のことは後です。朝までに魔王を倒してしまわないと、またあなたが封印されてしまう」
 レピアは頷くとナイフを拾い、二人は魔王へと向かっていった。

「おい、その材木そっち持ってきてくれ」
「あぁ、わかった」
 数年後、国中でそんな声が聞こえていた。廃墟に変わってしまった街や村にも人々が戻り、魔物の影は消え国は再生しようとしていた。
 その光景をレピアはエルファリアに肩を抱かれながら見ていた。
 魔王を倒した後、レピアはエルファリアを王として、自分の夫としてむかえ国の再建に尽力していた。
 そんなレピアにはずっと疑問があった。
「どうしてあたしを助けてくれたの?魔王を倒すついで?」
「いいえ。広場であなたのレリーフを見たとき、胸が締め付けられるような思いがしたんです。運命の出会いだと思いました」
 照れながら、エルファリアはそう言った。そしてこう続けた。
「私はこの国のためにだけでなく、あなたと一緒にいたくてここにいます。愛しています」
 レピアはそれに応えることなくそっとエルファリアにキスをした。


 夜明け前、本の中から帰ってきた二人は満足そうに笑った。
「楽しかったわね」
「えぇ、そうでしたね」
 夜が明ける。レピアの体が石になり始めた。
「じゃあまた夜にね」
「ええ」
 そう言った時、太陽は完全に上りレピアは再び石になってしまった。
「さあ、今日も頑張りましょう」
 エルファリアはそう言って図書室へと向かっていった。