<東京怪談ノベル(シングル)>
はぐれサキュバス
1.誘う踊り子
べルファ通りは、夜の暗さに逆らうようにして明かりが灯されている。
酒場を始めとした、子供が入ってはいけない店が、大人たちで賑わっていた。
レピアは、そんな酒場の一つで踊っていた。
今日は得意の踊り…シャーマンの神降ろしの儀礼的な踊りで、酒場の視線を集めている。
もちろん、ワンパターンにならないように、いくつかのバリエーションも研究してはいるが、最も得意な踊りである。
今日は、そうして踊りたい気分だった。
レピアには気分を高めたい理由が、あった。
彼女に限らず、夜は、踊り子の時間。
薄い衣装を身にした彼女達が、客を求めて夜な夜な酒場で踊る光景は一般的だが、夜に客を求めるのは踊り子達ばかりではないのだ。
客…いや、獲物を求めて、夜に紛れる者が居るのも事実である。
さらに言うと、仕事柄、男の目を引く美しさをしているのが当たり前の踊り子は、そうした良からぬ者達の標的となりやすいのだ。
今、べルファ通りの踊り子の間では、そうした夜間の襲撃者の事が話題となっていた。
狙われるのは、美しくて評判の良い踊り子ばかり。レピアも、他人事ではない…と自分で思っている。
…あたしが狙われないなんて事、無いわよね?
神が降りて乗り移る情熱的な踊りを客達に披露しながら、いずれ自分が襲われるであろう事に、レピアは疑いを持っていなかった。
いや、むしろ、レピアは『襲われよう』と思っていた。
そして、自分の為、他の踊り子達の為に、返り討ちにしてやろうと思っている。
その気持ちの高揚が、今夜のレピアを激しい踊りに誘っていた。
2.襲われる踊り子
さらに夜が更けたベルファ通りでは、夜が明けるまで通しで騒ぐ店もあるが、さすがに大半の店は静かになっていた。
酒場の二階が宿屋になっている店も多く、そのまま二階に消える客も多い。同時に、娼婦を兼ねている踊り子も少なくないので、客と一緒に二階へと消える踊り子も多かった。
だが、それでも深夜のベルファ通りで家路につく踊り子も多い。
レピアは、そんな踊り子達に紛れてベルファ通りを歩いていたのだが…
…別に、あたしが襲われなくても良いんだけどね。
苦笑しながら、ため息をついた。
最初は、単なる酔っ払いかとも思った。
それは、レピアも何度か顔を合わせた事がある踊り子だった。
白いキャミソール風の衣装を好む踊り子で、ステージの帰りも、そのまま帰る娘だから、夜の街では目立った。
彼女は夜の街で抱かれていた。
腰の辺りに手を回されて、成すがままという様子で唇を奪われていた。
少し変わっていたのは、彼女の唇を奪っている方も女だった事だ。
暗くてよくわからないが、金髪にボンテージ姿の身体は、しなやかな女の身体に見えた。
一見すると、女同士で激しくキスをしているようにも見えるが、よく見ると二人の周囲が薄明かりに包まれていた。
はっきりとはわからないが、魔法的な何かをしているのだろう。
レピアは無言で、二人に向かって走る。
と、踊り子の方が、ゆっくりと地面に膝をつきながら倒れた。
ボンテージの女が踊り子を振り払ったようだ。
…気付かれたわね
情熱的にキスをしているのかと思ったら、割と落ち着いていたみたいね。と、レピアは思った。
ともかく、不意をついて一気に取り押さえてしまおうとレピアはさらに近づくが…
「お前も遊んで欲しいの?
石の踊り子さん?」
ボンテージの女が軽く笑うのが見えた。
暗くて顔が見えない。だが、その眼が光っているような気がした。
それから、レピアの歩みが変わった。
獣のように走っていたのが、ふらふらと、頼りない足でボンテージの女へと歩み始めた。
「さ、いらっしゃい。
お前にもキスをしてあげる…吸いつくしてあげるわ」
軽く笑うボンテージの女の言葉に、レピアは逆らえなかった。
…魅了…かしらね。
何かの魅了の魔法をかけられたという感触だけを感じた。
暗示や催眠術をかけられた時と同じで、心が消えていくような感触だ。
ボンテージの女の唇が自分の唇に触れた所までは、はっきり覚えている。
その先のキスの記憶は夢のように曖昧で、ともかく甘美だった事しかわからない。
やがて、レピアの体は静かに冷たい石と化した。
3.逆襲する踊り子
レピアが次に目を覚ましたのは、次の夜の黒山羊亭だった。
路上で石像と化したレピアを見かけた顔馴染みの者が運び込んだそうだ。
目を覚ましたレピアは大体の事情を理解した。
どうやら、自分はキスと一緒に精気を吸い取られていたようだ。
典型的な夢魔…吸魔とも呼ばれる、サキュバスの手口である。
女の夢魔であるサキュバスが狙うのは、普通は男なのだが、それについてもレピアは心当たりがあった。
一息ついたレピアは、夜が明ける前にエルファリアの別荘…つまりは、自分の寝床へと向かう。
だが、それは単に住処へ帰ろうとしたのではない。
「あら、どうしたのですか?
昨日は帰って来ないから、心配してたのですよ」
別荘に着いたレピアは驚いたように言うエルファリアに迎えられるが、レピアは構わずエルファリアのキャビネットを開いて、荒っぽく物色し始めた。
「ど、どうしたんです??」
呆気に取られるエルファリアを無視して、彼女の服を調べるレピアだったが、やがて目標の衣装を見つけた。
「いつから、こんなボンテージを着るようになったの? エルファリア?」
レピアがエルファリアに示したのは黒いボンテージ。昨日、べルファ通りで見かけた金髪の女が着ている服だった。
レピアの言葉を聞くと、急にエルファリアの体が気でも失ったかのように崩れ落ちた。
崩れ落ちて、しかし、倒れる前に立ち直った。別人のように不敵に笑いながら。
「よく気がついたわね、動く石像の割には頭が良いのね」
その目線とレピアは見覚えがあった。
昨日見かけたサキュバスが、レピアの前でエルファリアの姿をしていた。
「女の子を襲うサキュバスってあんまり居ないのと、キスの味に覚えがあったのよね。
まさかエルファリアが、下級の悪魔なんかに乗り移られるとは思わなかったから、ちょっと半信半疑だったけどね」
レピアはサキュバスを見つめ返して言った。
「ふーん…この子、欲求不満なのか隙だらけだったわよ?
もうしばらく、この子の体で遊ばせてもらうわね」
「そうかしら?
吸う事しか能が無いサキュバスより欲求不満な人間なんて、居ると思えないわね」
そんな調子で女二人は皮肉を言いあって、しばらくそのままにらみ合った。
「…で、どうするつもり?
あなた、催眠術とか暗示みたいなのに弱いんでしょ?
あたし、そういう、心をいじるのって得意なんだけど」
エルファリア…の体を乗っ取ったサキュバスは、小馬鹿にするように言った。
確かに、彼女の言う通り、昨日は魅了されてしまったレピアだ。
「そうなんだけどね。最近、ちょっと出来るようになった事があるのよ…」
サキュバスに負けじと、小馬鹿にするようにレピアは言い返す。
それから、言葉を続けた。
「心を持たない獣の心も、あなたはいじれるの?」
その言葉を聞いて、サキュバスが顔をこわばらせた。
レピアが最近得たというか、得てしまった野生化の呪いだ。
たちまち、レピアの雰囲気が野生の獣と変わらなくなっていく。
「め、メス犬は専門外!」
それが、野良犬のように襲いかかるレピアに対するサキュバスの最後の言葉となった。
心が無くては、サキュバスも心を操りようが無かった。
その後、野生化を解除するまで一手間あったが、どうにかエルファリアの体から夢魔は消え去った…
(完)
あとがき
毎度ありがとうございます。遅くなってすみません。
18禁は取り扱う団体によって考え方が色々ですので難しいですね…
年末までコミケの関係で忙しくなりそうですが、
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
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