<東京怪談ノベル(シングル)>


バベルの塔と呪いの果ての
塔は天高くそびえ建っていた。
甲冑に身を包んだエルファリアはその内部の石段を一段づつ昇る。
螺旋状に続く階段は苔むし、ひんやりとした冷気を放っている。
回廊にはエルファリアの足音だけが響く。

下が霞み、見えなくなるほど上った頃、広間に出た。広間の奥には閉ざされた重厚な木製の扉があり、先を塞いでいる。
エルファリアは閂を抜き、力を込めて扉を押す。
重い音を立てて扉が開き、外気が流れ込んでくる。
雲の上、空中庭園だったはずの場所は荒れ果て、雑草が多い茂っている。
エルファリアは注意深く歩く。
足を止めた先には石にされたレピア浮桜(れぴあふおう)の石像があった。

エルファリアは両手でレピアの顔に当たる部分の汚れを払う。
「今助けるわ」
レピアは石のエルファリアに口づけをする。
その時、背後から女の声がした。
「何をしている」

エルファリアは腰の剣に手をやりながら声のした方向へゆっくりと向き直る。
その場にいたのはこの塔の主である魔女だ。
「覚悟なさい」
エルファリアはそう言うと同時に剣を抜いて切りかかる。
魔女はその剣を手で受け止める。エルファリアの体が硬直する。
「な……何……? どうして……?」
魔女はその様子を見て邪悪な笑みを浮かべる。
「石化が始まったな。安心しな、お姫さんはおんもで雨ざらしなんてことはしない。中で大事に飾ってやるさ」
エルファリアにはもうその声は聞こえない。
魔女の勝ち誇った笑い声が響く。

塔の最上階。主である魔女は黒いワインを手にエルファリアの一部を眺めながら一人グラスを傾けていた。
「つまらんな」
魔女は溜息をつく。
どうも半世紀ぶりにこの塔に昇る者がいたことに期待しすぎていたようだ。
正直もう少し骨があると思っていた。
魔女は肩透かしを食わされた怒りもあり石化したエルファリアを八つに裂き、監視ゴーレム、蜀台、扉の飾りなどに加工した。
残った一つがこの手元の石だ。心臓に当たるこの石をどうしようかと魔女はワインを舐めながら思案する。
やはりアクセサリーだろうか。
今は鈍い赤だが、削れば紅い色がもっと鮮やかになるだろう。
図案はやはり薔薇か。しかしそれにしても。
「つまらんな」
魔女の独り言に応える声があった。
「面白くしてあげましょうか」
魔女が視線を向けた先にはレピアが立っている。魔女は口の端で笑う。
「ほう。騎士殿はお目覚めか。どうだった、半世紀の雨ざらしは」
「おかげさまで踊りたくて仕方がないってとこ」
魔女はエルファリアの心臓だった石をもて遊びながら言う。
「口だけは達者だね。そこは褒めてやる」
レピアは魔女にじりじりと近づく。
魔女は石を放り上げるのと同時にレピアに襲い掛かった。

が。
一瞬だけレピアが光の玉を放つ方が早かった。
光に包まれた魔女が風化してゆく。
エルファリアの心臓だった石からは人間の形が徐々に現れ、最後にエルファリアになった。
レピアはエルファリアに笑いかける。
「先ほどは呪いを解いていただき、感謝いたします」
レピアはエルファリアに跪く。
「今度はわたくしから姫に口づけを」
エルファリアは微笑み、レピアに右手を差し出した。



本が閉じられる。
エルファリアの自室には半泣きのエルファリアと困り笑顔のレピアがいた。
エルファリアはレピアを見上げる。
「あの、私ね」
レピアはエルファリアの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「あたしはさ、エルファリアを助けたかったんだ! だから今回の話、すごくよかった!」
エルファリアは俯き、小声で言う。
「油断しなければ、勝てていたわ」
レピアはなおもエルファリアを撫でる。
「でもそれじゃ、あたしが騎士の意味がなかったじゃない。よかったんだよ、今回のはこれで」
でも、と否定の言葉を続けようとするエルファリアの顔を自分のほうに向かせたレピアは目を合わせて言う。
「エルファリアはいつかあたしを本当に助けてくれるんでしょう? だったら本の中のエルファリアはあたしが助ける。これでおあいこでしょ?」
笑いかけるレピア。
エルファリアの視界が、涙で霞んだ。
<了>