<東京怪談ノベル(シングル)>
あなたを想えば
「やああああ!」
上空上段から振りかぶった剣が敵を切り裂く。
真っ二つに別れたソードトカゲは、血をまき散らすこともなく瞬時に分解されて消えた。
ポーンという音が響き、先ほどまでソードトカゲがいた空間に数字が表示される。
「剣の扱いも様になって来たわね」
にっこりと微笑み僧侶――レピアは、エルファリアの腕の傷を癒す。
手をかざした箇所がじんわりと温かく、みるみる傷が塞がっていく。
エルファリアが屋敷に戻って数週間。
時々野生化するものの、日常生活に支障のない程度に回復していた。
エルファリアは自分を鍛えるため、城の宝物庫にあった魔法のドールハウスを別荘に持ってきていた。
パーツを変えることで建物やダンジョン、モンスターの形をした魔法の人形を置くことでモンスターの設定もでき、中に入って設定したシチュエーションで冒険を行うことができる代物だった。
ライフがゼロになっても本当に死亡することはない安全なアイテムなのだが、魔法のドールハウス一つで城が建つほど高価なものだった。
王侯貴族向けに作られた訓練用のドールハウスだが、その難易度はかなり本格的なものだ。
エルファリアは同行者として、もちろんレピアを選んでいる。
石化の解けたレピアを誘い、今夜もまたダンジョン攻略に挑んでいた。
「ねぇレピア、私強くなったと思うの。……どう、かな?」
エルファリアは俯き加減に尋ねる。
ダンジョンに潜るたびにエルファリアの剣は上達していた。上級者向けのソードトカゲも、一人で倒してのけたのだ。
青のビキニアーマーを付けた彼女は勇ましい女剣士のようだが、両手に剣を抱えて自信なさげに呟く様子は、まだまだ可愛いエルファリアのままだった。
コワモテのモンスターと対峙するだけでぴーぴー泣いてた最初の頃の記憶が蘇るが、そっと片隅に追いやった。
レピアは頭を撫でて答える。
「そうね、だいぶ腕も上がったんじゃないかしら?」
上目でレピアの顔を見て、えへへと破顔する。頬にほんのり朱が差していた。
ガチャっと音がしてエルファリアの体が右に1段沈む。
「え?」
「危ないッ!」
エルファリアを抱えてレピアは前方へ跳んだ。
一瞬遅れてズドオオンと音が響き、先程まで二人がいた場所に天井から地面までの石柱が伸びていた。
「……あ、あぶな、かった、ね」
鎧より青い顔で呟いたエルファリアをそっと抱き寄せた。
そんな状況にも関わらず、レピアの口元はわずかに緩んでいる。
(私を守ってくれるのはもうちょっと先かしら?ふふ)
数々のトラップを掻い潜り、ようやくボスの部屋までたどり着いた二人。
大きな広間となっており、視界には4つの大きな石柱が伸びる。
中央に奇妙な魔法陣の描かれた赤い絨毯が広がり、奥は灯りが届かないため先は見えなかった。
正面には7段ほどの階段の上に、黄金色の玉座が鎮座している。
そして玉座を背に立つ巨大な竜。
「モルタバイトドラゴン……?なんか縁起の良さそう」
エルファリアはパワーストーンのモルダバイトのことを思い浮かべた。
ドラゴンの体の色も黒緑色で透明なガラスのよう。
エルファリアの呟きに反応したかのように、モルダバイトドラゴンはけたたましい咆哮を発した。
「プロテクション!」
後ろからレピアの鋭い声が聞こえた。エルファリアの体を柔らかい光が包み込む。
レピアに頷き、剣を構えて飛びかかった。
「やぁあああ!」
ガキン、と耳をつんざくような音がして、首筋を狙った剣は大きく弾かれた。
「〜〜〜ッ!」
おもいっきり攻撃したため、反動で剣を持つ手が痺れる。
わずかに傷がついているようにも見えるが、まるで効いた様子はない。
剣を持ち直して再び攻撃態勢を取ろうとしたエルファリアの目に、大きく口を開けたドラゴンの姿が映る。
「エルファリア!!」
突き飛ばされて一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに状況を理解した。
庇ったレピアにドラゴンのブレスが浴びせられ、徐々にその体を水晶化させていく。
「レピア!」
レピアに駆け寄ろうとするエルファリアだったが、コォォと空気がしなる音が聞こえて振り向く。
「しまっ……!」
ドラゴンの吐いたブレスの直撃を受けたエルファリアも、水晶像になった。
『GAME OVER』
ドールハウスから追い出されたエルファリアは、体を大きく伸ばした。
「んー、残念、あんなの反則……レピア?」
レピアはゲームの中と同じく、水晶像のままだった。
夜が明けるにはまだ十分な時間がある。それも石化ではなく先ほどと同じ水晶化。
「レピ……ア……どうして、レピアぁぁあ!」
城の神官に解呪の方法を尋ねたが、どうやら咎人の呪いが副作用を起こしているようだとのこと。
水晶化はドールハウスで受けた呪いなので、同じドラゴンを倒さなければならず、エルファリア一人でクリアしなければならないということ。
「待っててね。必ず、必ず助けるから……」
水晶の異様に滑らかな唇に軽く口付けをし、ドールハウスへの道を開いた。
1日経ち、2日経ち、なんとかドラゴンの部屋へ辿り着けるようになったものの、どうしてもボスが倒せないでいた。
昼は公務の仕事、合間にレピアの呪いの解呪法を探り、夜は一人でドールハウスのダンジョン攻略。
そんなハードスケジュールが1ヶ月以上も続き、顔には疲労の色も濃くなっていった。
「今日、こそは……倒して、レピアを助ける!!……やああああああ!!」
ドラゴンの翼に渾身の一撃を込める。
剣はガィン、と音を響かせてその刃を弾き返した。
今まで何度も経験したこの手応え、どうしても突破口が見えなかった。
「どうして、勝て、ない……の」
目に涙が溢れ、傷だらけの体から力が抜けていく。
剣を握る握力も感じなくなり、意識は深く、深く沈んでいった。
カラン、と乾いた音を立てて愛用の剣が落ちる。
そこへドラゴンの水晶化ブレスが容赦なくエルファリアを襲う。が、水晶化されたのは剣だけだった。
「グルルルル...」
ドラゴンの羽の上から唸り声が響く。
焦点の合わなくなった目に、牙を剥き出し、四つん這いで威嚇するエルファリア。
魔女から受けた野生化の呪いが、再びエルファリアを変貌させていた。
「ガァァアウ゛」
エルファリアは水晶の翼の付け根に牙を突き立て、豪快に千切り取る。
バリンと四方に水晶の破片が飛び散り、ドラゴンは咆哮をあげた。
素早く動きまわるエルファリアを捕まえる事ができず、水晶の体は肉を噛み切るように砕かれていく。
エルファリアは一際大きく吠え、鋭く硬化した爪でドラゴンを切り裂いた。
モルダバイトドラゴンの体がパッと四散して消える。
『GAME CLEAR』
「戻った……のね」
レピアは自分の両手を見て目を細めた。
石化してたらその時の記憶は無いが、不思議と水晶化していた時の記憶が朧気に残っている。
「エルファリア!エルファリア、どこ!」
何かに押され、そのまま尻餅をついて地面に倒れこんだ。抱きつかれ、それがエルファリアだとすぐに察した。
上目遣いに自分を見るエルファリアがとても愛おしい。髪をなで、自然と目元が緩む。
「ありがとう」とそう言おうとした時、レピアの頬をぺろり、と舐めた。
一瞬のことに頭が真っ白になったが、クスっと笑みを零すとぎゅぅっと力強くそのか細い体を抱いた。
「また野生化しちゃったのね」
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