<東京怪談ノベル(シングル)>


討伐!

 乾いた風が吹き抜ける寂れた町。表に人の気配はなく、静まり返っていた。
 店も開いておらず、個人の家々も固く扉を閉ざしたままだ。
 スラムのようなこの町の一角に、他の家よりも二周りほど大きな家があった。そこは、この村の町長の家だ。その家では年老いた町長と、ガイが向かい合って話している。
「以前冒険者の方々に同じ内容の依頼をさせて頂きましたが、全く歯が立たず完全に失敗に終わったと云う訳です……」
 やせ細り、小さな体の町長はその体をますます小さくさせながらそう言った。
 ガイはそんな町長の話を目を閉じて腕を組み、黙って聞いている。
「この町には食べ物も底を尽き始め、飲み水さえも危うい。他へ移住したくとも奴らの存在がある以上、力の無い我々は町から出ることすら出来ぬ状態です。それに、奴らがいつこの町に攻め込んでくるかも分からない。もうこれ以上どうすることも出来ず、ただわしらはここで死ぬ以外道はないのかと……」
 それまで黙って話を聞いていたガイは、目を見開くとパンッ! と自分の両膝を両手で打ちつけて椅子から立ち上がった。
「そう言う事なら俺に任せてくれ。その冒険者のような失敗はしねぇ。必ず良い結果をあんたたちに届けてやるよ」
 ガイはニカッと笑いながらそう言うと、踵を返して早速現場に向かおうとする。そこを町長は慌てて呼び止めた。
「お待ち下さい。前金としてこちらをどうぞお持ち下さい」
 町長が差し出してきたのは、小さな指輪だった。
 ガイはそれを指でつまみあげ、町長を見る。
「そちらの指輪は、一度だけ精神力を全回復することの出来る指輪です。きっとあなたのお役に立つはずですから、お持ち下さい」
「おう。ありがとよ!」
 ありがたくその指輪を頂戴し、ガイは現場へと直行した。


                  *****


 町を出てほどなく、ガイは森の中を進んでいた。
 鬱蒼と茂る森の木々に、枝に無数に絡みつく異様な蔓。ギャアギャアと泣き喚く鳥達は、時折覗く空の上を旋回していた。
 通常なら入ることすら臆するこの深い森に、ガイは何の迷いも恐怖も感じず突き進んだ。
「町を襲うモンスターとやらは、確か二体一組とか言っていたな。そいつはこの森の奥から来るはずなんだよな」
 ザクザクと落ち葉を踏み締めて歩くガイが、森の中心辺りまで来た頃ふいに足を止めた。そして鋭い目を光らせ、忙しなくその視界をさ迷わせる。
――何か居る。
 そう感じたガイは、その気配が一つや二つで無くもっと沢山だと言う事にも感付いた。
 ガイの目の前にザワザワと何事かざわめきながらゴブリンたちが現れる。
 手には各々棍棒や弓などを持ち、大きな口からは涎と鋭い牙が見え、長い舌で何度も舌なめずりを繰り返す。ギョロついた瞳は忙しなく動きながらガイを見詰めていた。
「悪いがお前達雑魚を相手にしている余裕はないんでね。手っ取り早く道案内でもしてもらうぜ」
 ガイはそう言うとぐっと腰を落とし、顔の前で腕をクロスさせ力を溜め始める。
「うおぉぉおおぉぉっ!!」
 大きな叫びと共にクロスした腕を振り解き胸を張ると、辺りの空気がざわめき始める。
 ビリビリと張り詰めた空気は、まるで電気のようにゴブリンたちを圧力をかけた。
 ゴブリンたちはそれまで余裕の動きを見せていたと言うのに、その体を小さくさせ、時折こちらを振り返りながらも一目散にその場から逃げ出していく。
 巨人の威圧。逃げ出したゴブリンたちには、ガイが一瞬にしてとても大きな巨人に見えたのだろう。慌てて逃げる姿はまるで小動物のようだった。
「よ〜し、案内頼んだぜ」
 ガイは素早い動きで逃げていくゴブリンたちを見失わないようその後を追いかけた。

 
 ゴブリンたちを追いかけて行く内に、ガイは森を抜け出していた。
 空を覆うほど生い茂っていた森の木々が無くなり、一瞬目が眩むほど眩しい太陽が突如としてガイの上に降り注ぐ。
 森を出た先は、何もない広大な草原が広がっていた。遠く向こうに連なる山々が小さく見える。所々に木が生えてはいる物の、派手に暴れまわっても何の問題もなさそうなほどの広さは十分にある。
 ふと視界の端に動く物を捉えそちらを振り返った。すると、そこには先ほど尾を巻いて逃げ出したゴブリンたちと本命のモンスターがいる。
 何事か騒いでいるゴブリンたちの後から、ユラリユラリと体を揺らし現れたモンスターは、大きな盾の形をしたものと鎧の形をしており、二体一組と言われている姿に納得できた。そのモンスターを取り囲むように群がるゴブリンたちをザッと一瞥したガイは、フンと鼻を鳴らす。
「さぁて……、まずはお前らには消えてもらおうか」
 ガイは一歩足を踏み出すと腰を低く落とした。そしてぐっと力を込めると、途端に空気は張り詰めガイの体から並々ならぬオーラが発せられる。やがて足元の地面がボコッ! と言う音を上げガイの足が僅かに沈み込み土が隆起した。
「うおらぁあああぁあぁあああぁっ!!」
 声を上げながら、ガイが片足を持ち上げ思い切り地面を踏み締めるとズズンと重い衝撃が走り抜け、大地が激しく揺れ動く。
 ゴブリンたちはギィギィと声をあげながら不安定な足元によろけ、ほとばしるガイの気の波動によって容易に弾き飛ばされてしまいあっという間に一掃されてしまった。
 それを見ていた残されたモンスターたちは一気に殺気立ち、ガイの方を睨み付ける。
「どっちもなかなか強そうだがな、俺の敵じゃねぇ!」
 ガイはその二体のうち盾形のモンスター目掛けて突進した。盾形モンスターは身構えるとガイと同様に突進してくる。
 ドォーンッ! と大きな音を立てて衝撃音が響き渡る。それと同時に地面の草は一部分が千切れ宙に舞いあがった。
 互いに激しい衝突をしたかと思うと、弾きあうように押しのけ次の瞬間には間合いを取っていた。
「しゃらくせぇ。ここは一発勝負で攻めてくぜ!」
 ガイは地面を思い切り蹴り上げ、空中へ飛び上がった。
「うおぉおおおぉおおおっ!!」
 振りかぶった拳は唸りを上げ、大きな拳となり盾形モンスターを抉るように殴りつけた。
 爆音を上げ、盾形モンスターは地面に深々とめり込むように埋もれる。その体は大きく二つに折れ曲がり再起不能を確信させた。
 ガイはすぐさま鎧形モンスターを振り返り、間髪を入れずに地面を蹴り相手に攻め入る。
「だりゃああぁああぁぁぁぁあぁぁっ!!」
 唸りを上げ、ガイの渾身の巨人の蹴りは鎧形モンスターを盾形モンスター同様に蹴散らした。
 遠方に吹き飛んだ鎧形モンスターは激しく地面に叩きつけられ、大きくへこんだ胴体はそのまま元に戻る事無く息絶えた。
 最強の力で相手に抵抗を許す間もなく一掃したガイはニッと笑った。
「ざっとこんなもんよ」
 ガイはくるりと踵を返すと、その場を後にした。


 翌朝。
 町の入り口で大勢の人々に見送られるガイの姿があった。
「本当に、本当にありがとうございました。近くへ来る事がありましたら、是非またお立ち寄り下さい」
 嬉しそうにガイの手を握りる町長に笑いかけた。
「おう、ありがとよ。そんじゃあな!」
 ガイはいつまでも頭を下げる町長を始め、町の人々に手を振りながら次の町へと旅立った。