<N.Y.E煌きのドリームノベル>


脱走トナカイ救出作戦

「毎度済まんが、トナカイを──」
 連れ戻してくれ、と言いかけ、『PMHC(ペットメンタルヘルスクリニック)けもののきもち』に足を踏み入れたマッチョおやじ・ブラックサンタは院内の惨状に目を丸くした。ここが毛色の変わった動物病院というより、診察室の扉が異世界にリンクしまくっている節操のないパワースポットなのは承知している。たった今、その一つから出てきたのだから。しかし、これは──
「怪獣でも暴れたか?」
 思わず呟くと、受付であったあたりを覆っていた椅子やテーブルやマガジンラックの残骸ががらがらと崩れ、中からブラックサンタに劣らぬ筋骨隆々の大男と、その太い腕にかばわれた目つきの悪い中年女──どちらも壊滅的に白衣が似合わない──が現れた。
「いよう、遅いご登場だねぇブラックじじい?」
 人呼んで霊道の魔女こと怪人白衣ババア、PMHC院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)の機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ねえ、言ってなかったっけ? うちは躾のなってないペットはお断りしてんだ」
「おいおい、『これ』をうちの枝角野郎がやらかしたってのか!? あいつは毎年仕事前のプレッシャーに負けて逃げ出すくらいのヘタレで、こんな暴力沙汰を起こす度胸なんざ──」
「ないのはわかってるさ」
「ブラックさんのトナカイ君は、泣きながら逃げ回ってただけなのです」
 ブラックサンタの抗議をあっさり肯定する院長に、助手の大男・只乃久朗(ただの・くろう)がつけ加える。
「いったい、何がどうなって……」
 状況の掴めない彼が聞かされた話は、こうだ。
 とある診察室の扉から悲鳴を上げて飛び出してきた人語を喋るトナカイと、彼を追い回すぼんやりとした影──目撃した久朗によれば、象ほどもあるトナカイに見えたという──がクリニック内で傍若無人な鬼ごっこを繰り広げた末、別の扉に飛び込んでいった、と。
「……済まん」
「済まんで済んだら警察いらないから。ともかく、そっちのトラブルはそっちで解決しとくれ……と、言いたいところだが。どうせアレだろ、速攻解決しないとクリスマスにサンタクロースに変身できなくて俺様と世界の良い子達困っちゃう、ってんだろ?」
 棘のある口調ではあるが、白衣ババアは協力してくれるらしい。
「どの扉に入ったかは判ってるし、あんただけじゃ手が足りないだろうから、バイト招集してやんよ」

 そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、大募集!■
 ヘタレなトナカイを正体不明の巨大トナカイから救助していただくお仕事です☆
 勤務地;『けもののきもち』第八診療室。どこぞの街にリンク。
 どこぞの街;中世ヨーロッパ風の小規模な市街。住民は基本的に温厚。郊外に礼拝堂と共同墓地と温泉あり。
 トナカイ;プレッシャーに弱いヘタレ。♂。上記街中を逃げ回っているが、いずれ郊外に追い出される見込み。
 巨大トナカイ:上記トナカイをなぜか追い回している。一般人にはぼんやりとした影としか認識できない。


「……あんなふわっとした内容で大丈夫なのか?」
 ふるまわれたジャンジャーティーをすすりつつ、もっともな疑問を投げるブラックサンタに、
「こんなうさんくさいネタに応募してくるのは異能の持ち主くらいだよ。ちなみに」
 白衣ババアは悪相を更に歪めて、もとい、悪戯っぽくつけ加えた。
「街の住民、二足歩行の犬だってさ」

 

○全員集合

 『けもののきもち』にやって来たジェイドック・ハーヴェイは、知った顔がいるかと見回してみた。
「ん、あれは……」
 千獣(せんじゅ)に抱き上げられているのは、魔わんこ・バロッコではないか。
「どうした、また迷子──ああ、わかったわかった、『散歩』だったな。では、後でな」
 禁句にいきりたつお喋りチワワを千獣に任せ、ジェイドックは募集主たるブラックサンタのもとに向かった。
「手間をかける」
「なに、仕事だ」
 お互い苦労人なせいか、なんとなく通じ合う両名である。
 それにしても、とジェイドックは記憶をたぐる。
「トナカイに追われるトナカイ、か。あいつ、以前はトロルに気に入られていたんだっけ。妙なやつに好かれるみたいだし、今回もその類じゃないのか?」
 ブラックサンタが答えようとしたそのとき、
「それ、女じゃね?」
 ひょこん、と現れたゴスロリドレスの少女はウラ・フレンツヒェンだ。
「あたしの推測はこうよ。巨大トナカイはメスで、へたれトナカイに告白したくて追い回してるんじゃないかしら?」
「そういえば……トロルもメスだったな」
 あの時の顛末を思い出し、もやっとした心持ちになるジェイドックである。
 今回は双方聞く耳を持たない状態の追いかけっこか……象ほどの大きさもあるトナカイを止めるのは容易ではないし、といって実力行使で殺してしまうのも聖夜には相応しくない。診療所の有様からして、逃げ込んだ街も無傷とはいかないだろう。さて、どうしたものか……
 そうこうするうちにアルバイト最後の一人、東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)が到着し、白衣ババアと助手に見送られた一同は第八診療室の扉をくぐった。


○役割分担

 扉の向こうは、大混乱だった。
「怪物が出たぁ!」
「鹿のお化けと靄のお化けよ!」
「おかーさん、どこー!?」
 彩色された板石を敷き詰めた広場を右往左往しているのは、二足歩行の犬、犬、犬──
 服装からして殆どが一般市民のようだが、ところどころに制服姿も見受けられる。その中のグレートデーンとマスティフの強面コンビが一行に気づき、手を振った。
「よう、待ってたぜ」
「こっちだ!」
 話は既に通っているらしい。挨拶そっちのけで地図を広げ、街の概要を説明してくれた。
「──と、まあ、こんなとこだ。郊外に追い出してくれるなら、この道を行ってくれ」
 それは俺が、とブラックサンタが唸る。
「うちの阿呆の不始末は、俺の不始末だからな」
「私と、バロッコ、も、やる……」
 千獣も名乗りを上げた。
「狩りは……チームワークが、大事」
「ああ、うん、念の為言っとくと、うちの奴は捕まえるだけな?」
 言わいでもの心配をするブラックサンタに、大丈夫、と千獣は頷いた。
「謎トナカイさんは僕にお任せください」
 すい、と手を挙げたのは魔法使い緑田だ。ひとまわり小さく見えるのは気のせいだろうか。
「今回予算不足ですので、緑田体を張りました。連絡、通訳、アナライズと果たしてみせます」
 前半はよくわからないが、後半はありがたい申し出だ。皆、否やはない。
 と、広場から放射状に伸びる道の一つから、制服シェパードが駆け込んできた。
「避難誘導の手が足りないの! 誰か──」
「では、俺がやろう」
 応えたジェイドックを見上げ、シェパードはにこりと笑った。
「あなたの声、響きそうね。お願いするわ」
「よし、それじゃあ後は──」
 見下ろすマスティフの視線に動じることなく、ウラは可愛らしく小首をかしげ、しかし尊大に言い放つ。
「あたし? あたしは出番まで好きにさせてもらうわ。自分の身は自分で守れるし」
「それもいいさ。たぶん、お仲間もできるだろう」


○作戦開始
 
 千獣、バロッコ、ブラックサンタのトナカイ対応班と我関せずのウラが去り、残るはジェイドック一人となった。
「この広場の民間人も誘導してくれ。もしあの化け物が戻って来たら、大惨事だ」
 どれだけ警笛を吹こうが一向にまとまらない人々に音を上げたグレートデーンの要請に、ジェイドックは頷く。 
「で、避難に適した場所はあるのか?」
 シェパードが地図を指し示した。
「南西に自然公園があるわ──ほら、ここ。化け物の巨体では通れない路地を行くの」
 じゃあお願い、と促され、ジェイドックはすう、と息を吸った。

『 話 を 聞 い て く れ な い か! 』

 腹にずしんと響く猛獣の声に、誰もが全身の毛を逆立て、ぴたりと動きを止めた。
 この瞬間、ジェイドック・ハーヴェイは犬の群れのアルファーになった。
「今からマタギ自然公園に避難する。希望者と合流しながらだから、数はもっと増える。各々声を掛けあって、慌てず騒がずついて来てくれ。万が一化け物と鉢合わせしたときは、俺が対処するから安心してほしい!」
 いっせいに集まってきた住民を、制服組が手際よく隊列を組ませてゆく。
「では、出発!」
 小綺麗かつほんのり犬くさい街を、住民を従えたジェイドックは警戒怠りなく進んだ。蹄の形に抉れた敷石や、強い衝撃に崩れかけた建物は巨大トナカイのしわざだろう。事が終わったら、片付けを手伝わねばなるまい。
 けれど、まずは誘導だ。
 事前情報通り温厚なのは助かるな、とジェイドックは密かに胸を撫で下ろした。
 これがどこぞの荒ぶる毛玉だった日には、明後日の方向に事を大きくしかねん……
 だがしかし、温厚さと好奇心旺盛さはイコールではないと痛感するのに、さほど時間はかからなかった。
「ちょっと奥様、虎の殿方ですわよ」
「んまぁワイルド!」
「におい超嗅ぎてぇ」
 といった囁きが控えめに、しかし着実に増えていくのだ。更には陽気さとも相反しないので、犬の性(さが)に逆らえずだんだん楽しくなってしまう者が頻出し、ジェイドックや制服組のシェパード、コリーらにたしなめられ反省はしても、尻尾の揺れが止まらない有様だ。
 なんだか避難誘導しているというより──
「──散歩か、遠足みたいよね」
 傍らのシェパードも笑いをこらえている。手が足りないとはつまり、こういう意味だったのか?
「でもね、あなたがリーダーになってくれて、安心しているからこそなの。悪く思わないでね」
「いや、パニックに陥るよりはいい……って、おい、そこのビーグル、垣根の隙間は気にするな。隣のダックス、どこに潜る気だ!」
 無事公園に到着してからが、また大変だった。
 お役御免と思いきや、安全地帯でリラックスしきった着衣二足歩行の犬集団に握手を求められたり、質問攻めにされたり、においを嗅がれたり、ボール遊びや駆けっこに誘われたり──
 後にジェイドックは語った。
 あのとき、唐突に出現した半透明親指サイズなぜか二頭身の緑田に、トナカイ保護及び巨大トナカイ捕縛を告げられたときほどほっとしたことはなかった、と。


○巨大トナカイの正体

 住宅がまばらになり、舗装された道が終わり、アーチ型の門をくぐると、いきなり視界が開けた。広々とした冬枯れの原が、なだらかな傾斜を描いて低い丘に続いている。
 任務完了の報を受けたジェイドック、ウラが合流したときには、巨大トナカイは千獣の聖獣装具に絡め取られ、地に横たわっていた。もはや力も尽きたか、さんざん追い回していたトナカイがすぐ近くにいるというのに、じっと動かない。
「それにつけても、こやつは何者だ?」
 千獣の肩にしがみついたバロッコが、鼻を鳴らす。
「お待たせしました、アナライズ完了です」
 いつのまにか緑田もいた。いっそうやつれた感じだが、体格は元に戻っている。
「ざっくり言いますと、謎トナカイさんは、へたれトナカイさんになれなかったトナカイさん達が原料です」
「なれなかった、って……?」
 千獣の問いに、緑田は頷き、言葉を継いだ。
「サンタさんの橇を引くのは、愛と平和と勇気と希望に満ちた、たいへん名誉なお仕事だそうです」
「ああ。なんとなく、読めたぞ」
 呟いたのは、ジェイドックである。
「そんな狭き門なら、こう毎年毎年逃げ出して騒ぎを起こしていれば、なりたくてもなれなかった奴らは面白くないだろう」
「ちっ、そういうことかよ……けどまあ可哀想だが、いまのとこ、この阿呆を上回る素質の主は出てねえからなあ」
 ブラックサンタさえも憮然となった。
 当の『阿呆』にとっても思わぬ理由であったようだ。ただまばたきしているだけの、自分になりたかった同朋におずおずと近づいていった。
「あの、ごめん……ごめんなさい……俺、仕事が嫌なんじゃないんだ。ほんとだよ。ただ、俺……怖くてさ。今年もちゃんとこなせるかなって、考えるとほんと、怖くなっちゃって、いてもたってもいられなくなって……だから、その、君を、君達を傷つけるつもりはなかったんだ。ほんと、ごめん……」
 トナカイがぽたぽたと涙を落として謝るにつれ、千獣は鎖に手応えがなくなるのを感じていた。
「──縮んでおるな」
 誰に言うともなくバロッコが述べる。 
 泣いて詫びるトナカイに、四肢を投げ出し倒れたまま小さくなってゆくトナカイ──
 どうにも湿っぽくなってきた折りも折り、パチン! と鼻先で小さな雷が鳴り、二頭は飛び上がった。弾みで互いの鼻づらが触れる。
 ヒヒッという独特の笑い声に、場の視線はウラに集まった。
「まあ落ち着きなさいよ。誰も死んでないのにお通夜みたいじゃ、変よ?」
「あとですね、補足させていただきますと」
 今度は緑田だ。
「謎トナカイの形をとって、牡であるへたれさんを追い回しているうちに、愛憎渦巻いちゃって牝っぽい雰囲気になった模様です」
「ほぅら、やっぱり女じゃない?」
 あたしの言うことに間違いはないのよ、とウラが胸を張る。照れて前足で地面を掘るへたれトナカイに、ちょうどいいサイズにおさまった牝トナカイがそっと寄り添う様に、
「おや、こうしてはいられませんね」
 緑田はどこからか屋台を引っ張り出した。可視領域を越えた早業で提供するは、上空にヤドリギが浮いた動物カップル用ラーメンだ。
「おう、麺であるな!」
 好物の登場に鼻をひくつかせ、魔わんこがはしゃぐ。
 ジェイドックは、次第にがっしりと逞しくなるトナカイを、彼に歩み寄るサンタクロース──もはやブラックサンタの面影はない──を、形を解き光り輝く靄となって彼らのまわりを漂うトナカイ達の想いを眺めていた。贈り物を満載した橇がふわりと宙に浮く。
 もしかしたら、あのトナカイはもう逃げないかもしれないな。
 ふと、そんな気がした。


 ──で。
「ああ……いい湯だ」
 露天風呂にゆったりと浸かり、ジェイドックは長々と手足を伸ばした。
 あれから彼は街に取って返し、予定通り後片付けを手伝った。
 住民達は当初遠慮していたものの、
「うちの世界の住人が迷惑をかけたんだから、後始末くらいはしたいんだ」
 との申し出を、ありがたく受け入れたのである。実際、彼と力自慢の制服組の連携は非常に効率がよかった。
「……労働の後の酒は美味いな」
 もう一杯、と徳利を手にした、その時だった。
「失礼します!」
 ぞろぞろとやってきたのは、ロットワイラー、ボクサー、グレートピレニーズ等々、片付けチームの面々である。
「ジェイドックさん、本日は誠にお疲れさまでした!」
「お背中流しやす!」
 おい、冗談だろ……
「いや、いいんだ。気を使わんでくれ」
 断られたチーム強面の悄気っぷりといったらなかった。耳ぺたりの尻尾だらり、悲しそうな上目づかいでじっと見つめられ、
 俺か。俺が悪いのか……!?
 しばし葛藤の後、ジェイドックは大きなため息を吐いた。
「わかった。では、頼もう」
 ぐったりと振り仰いだ星空のどこかで、澄んだ鈴の音が聞こえた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25歳/賞金稼ぎ】
【3087/千獣(せんじゅ)/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手】
【6591/東雲緑田(しののめ・ぐりんだ/男性/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】

NPC
バロッコ/魔わんこ
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)/PMHC院長
只乃久朗(ただの・くろう)/PMHC助手


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ジェイドック・ハーヴェイ様
この度はたいへんお待たせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした。
ご参加、ありがとうございます。
ジェイドック様には例によってネイティブ対応をお願いしまして、
例のごとくモテモテです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い申し上げます。