<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


入院から始まりし出会い
●真夜中の訪問者
 真夜中――小さな教会。そのそばにある、やはり小さき素朴な造りの小屋。その扉を激しく叩く男性の姿があった。その後ろには、ぐったりとした茶髪の男性を担いで立っている別の男性の姿も見える。
 真夜中の訪問者というものは、たいていの場合よき知らせは運んでこないものである。その訪問者が、扉を壊れんばかりに叩いていたのであればなおさらのことだ。それでよき知らせであるのならば、死んだと思われていた者が生きて帰ってきただとか、赤ちゃんが無事に産まれただとかいった類だろう。
 だがしかし、この夜の訪問者が運んできたのはもちろんそのような事柄ではなく――。
「はい……どうされましたか?」
 中から女性の声が聞こえてくると同時に扉が少し開かれ、隙間から女性が顔を覗かせる。
「先生、怪我人なんだよ!」
 扉を叩いていた男性がそう女性に言うと、後ろの男性も慌ててこう付け加える。
「向こうの道で傷を負って倒れてたんだ!」
 ……なるほど、担がれている男性がぐったりとしているのはどうやら傷を負っているからであるらしい。傷の程度は分からぬが、先程からぴくりとも動いてはいない。
「えっ!?」
 女性は男性たちの言葉を聞くや否や、扉を大きく開け放って外へと飛び出してきた――。

●見知らぬ場所、見知らぬ女性
 夜が明け、朝の光が窓から部屋の中へと入ってくる。その部屋には簡素なベッドが1つあり、左右の腕や左太もも、そして腹部の辺りなどに粗末な包帯を巻かれた小麦色の肌の青年が半裸状態で眠っていた。静かな呼吸の音とともに、ゆっくり規則正しく上下する青年の胸元。治療も無事に済み生命に別状ないことは、誰の目に見ても明らかであろう。
 と――急に青年の両目がぱっちりと開かれる。もちろん最初に飛び込んでくる光景は、まるで見知らぬ天井だ。
「え……?」
 青年はがばっと上体をベッドの上に起こす。誰しもよくやるごく普通の仕草である。けれども、今の青年の身体は普通の状態ではない訳で……。
「痛っ!」
 右の脇腹を手で押さえ、両目をぎゅっ……と瞑り、青年は奥歯を噛み締める。その痛みは、眠りから覚めたばかりでぼんやりとしていた青年を、瞬く間に現実へと連れ戻してくれた。
(……ああそうだ、確か夜道で急に前に人相の悪い連中が……)
 青年が昨夜の出来事を振り返ろうとしたちょうどその時だ、部屋の扉がノックされ開かれたのは。
「あの、もう目覚められ――」
 そう言いながら入ってくるのは黒髪長髪の女性。昨夜青年を運んできた者たちがこの場に居れば、この女性が昨夜応対してくれた女性であると分かるのだが、残念ながらその時意識のなかった青年には分からない。
「いけません!!」
 ベッドに上体を起こしていた青年の姿を目にした女性は、驚き目を大きく見開いて、つかつかとベッドのそばへとやってくる。そして青年の両肩をがしっとつかんだかと思うと、ゆっくりと体重をかけて青年を再びベッドに寝かせようとしたのだった。
「浅いとはいえ、怪我をされているんですよ? すぐ起き上がったりすると、すぐ治るものも治らなくなるんですよ?」
 女性は黒い瞳で青年をきっと睨み、しっかりと注意を行った。
「はっ……はい……」
 そう言われてしまっては、青年としても素直に再び横になるしかなく。青年はそのまま、目の前のシスター姿の女性をまじまじと見つめた。
(ハーフエルフ?)
 落ち着いてじっくりと見てみればそれは分かった。ということは、自分はこのシスターらしきハーフエルフの女性に助けられたのだろうか……と考え、確かめるべく青年は女性に話しかけようとした。
「ええと、あの……」
 と、青年はそこではたと気付く。彼女の名前を知らないことに。
「アリサです。アリサ・シルヴァンティエと申します」
 そのことを察したらしき女性――アリサ・シルヴァンティエはにこっと微笑み、自らの名を青年へ名乗ってくれた。
「あっ……! 僕はアレクセイといいます……」
 アリサが名乗ったのを聞いて、慌てて自らも名乗る青年――アレクセイ・シュヴェルニク。そしてアレクセイは軽く咳払いをすると、改めて質問をアリサへ投げかけた。
「……ところで、こちらはどちらでしょうか? アリサさんが僕を助けてくださったのですか?」
「こちらは、教会に併設されている診療所です。昨夜、通りがかった方々があなたを運んできてくださいました」
 アレクセイの質問に静かに答えるアリサ。そのまま話はアレクセイの怪我の様子の説明へと続く。
「運ばれてきた時、身体の複数の箇所に切り傷が見られました。いずれも浅手の傷のようでしたが、意識もなく顔色も真っ青でしたから、一時は大変だったんですよ?」
 小さく溜息を吐き、アリサは注意するように言った。
「恐らく武器に毒が使われていたのではないでしょうか。幸い、魔法薬が残っていましたから素早い措置が出来ましたけれど……」
「……毒……」
 アリサの説明を受け、アレクセイがぽつりとつぶやいた。その心当たりは十分すぎるほどにあった。
 昨日、夜道で急にアレクセイの前に2人の人相の悪い男たちが立ち塞がった。男たちは短剣を抜いて襲いかかってきたので、アレクセイも魔法を駆使して応戦していた。その最中、背後に別の気配を感じたアレクセイは、咄嗟に護身用として持っていた聖獣装具――スライシングエアを投げ付けた。その結果、連中の仲間による背後からの攻撃が逸れて、アレクセイの身体をかするだけとなったのだが……。
(……その次の瞬間、全身に痺れが走ったんだよね)
 短剣が身体をかするだけで全身に痺れが走ったのだ。もしまともに刺さっていたのであれば、果たしてどうなっていたか分かったものではない。ともあれ、そんな状態ながらも襲ってきた連中を固い土のベッドへと眠らせ、自らの身の安全を図るべく距離を取ろうとしていた最中にアレクセイの意識が暗転したのであった。
「アレクセイさんを襲った犯人は捕まりましたけど……何て無謀なことをしたのですか? 今回は何とか撃退されたようですけれど、次回もまた同じように出来るとは限らないんですよ? 普通の方よりは少々腕が立たれるようですが、だからといって素人がそんな無謀なことをしてはいけませんよ?」
 心配そうな瞳を向け、アリサがアレクセイに注意をする。お小言と言った方がしっくりくるだろうか。
 だがしかし、アリサは1つ勘違いしているようだ。恐らく運ばれた時の姿――普通の服に聖獣装具の護身用短剣のみという出で立ち――からアレクセイが一般人だと思っているようだが、実の所一般人ではない。アレクセイは武術と魔術を操る魔法騎士なのである。武装らしい武装をしてなくとも、魔法で戦えるから十分なのである。それゆえ、今回襲ってきた連中2、3人程度なら普通に撃退出来る実力をアレクセイは有している。まあ、今回は毒が塗られた短剣で傷を負い、その影響でさらに複数の傷を負うことになってしまった訳だが……。
「分かりましたか、アレクセイさん?」
 念を押してくるアリサ。彼女がアレクセイのことを心配してくれているということは、十二分に伝わってくる。
「……はい、分かりました」
 だからこそ、アレクセイも苦笑いでそのように答える他なかったのであった。

●入院生活
 さて、傷自体はいずれも浅手とはいえ、体内に毒が入ってしまっていたのだ。アレクセイはそのまま、この診療所で2、3日入院をすることとなってしまった。とはいえ小さな診療所、治療も簡単なもので、複数の薬草をよくすり潰しどろどろになったペースト状の物を毎日傷口に塗って、清潔に保つといったものだ。
「怪我の状態や症状に応じて、配分などを日々変えているんですよ」
 アリサはアレクセイへそんな説明をしていた。聞くと、この診療所を切り盛りするのはアリサ1人だという。つまり1人で患者の治療をして、看護をして、薬を用意して……などといったことを日々行っているのである。
 第一、アリサもアレクセイだけをずっと看ている訳にはいかない。普通に怪我や病気をした患者もやってくるのだから、そちらも診てかつ看なければならない訳で。
(……頑張っている人だなあ)
 そんなアリサの姿を見ていると、アレクセイでなくとも何かしら感じる物はあるだろう。……例え時折部屋の外から、自らの無謀や不注意により怪我を負ってしまった者を、容赦なく叱っているアリサの声が聞こえてきても。
(自分を大切にしない人には厳しい……んだろうね、きっと)
 そう考えが至ったのは、アレクセイが身分を問われて「休みの日に冒険に出ている」ということで通した時に、冒険の時は無謀なことを避けよくよく注意するよう、アリサからしっかりと言われた時であった。
 そして3日後――。
「お世話になりました」
 退院の許可が出たアレクセイが、アリサへと頭を下げていた。
「いえ……悪化することもなくよかったです。あっ、あと何日かはお渡ししたお薬を傷口に塗ってください。治りが違ってきますから」
 と言って、アリサはにこっと微笑んだ。それは回復したアレクセイを前にして、ほっとした安心の微笑みであった。
「分かりました。ではまた、何かありましたら――」
「無謀なことをして来られては、いけませんよ?」
 アレクセイの言葉に、アリサの微笑みが一転、厳しげな眼差しへと変わる。いやはや、退院の時であっても厳しいことだ。
「……十分気を付けます」
 苦笑するアレクセイ。アリサはふふっと笑った。
(何にせよ、また顔を見に来たいですね……)
 そんなほんわかとした想いを持ち、アレクセイはアリサの診療所を後にした――。

【了】