<東京怪談ノベル(シングル)>
エルファリアの結婚
1.違和感のある結婚
常識的に考えて、それ程におかしい話ではない。
だが、レピアには違和感があった。
「というわけで、私もいい年ですし、結婚する事にしたのです」
そう言って、微笑むエルファリアの笑顔も、何だかいつもと違うような気もした。
自分と違い、特にレピアは男性が性的にダメというわけではないのだし、聖獣王の娘と言えば、娘であるから、やがては結婚するのは、当然である。
「私は、あんまり来れなくなっちゃいますけど、レピアは、今まで通り、ここに住んでいて下さいね」
そう言って、微笑むエルファリアの顔は、いつも通りにも思えた。
…寂しくて、少し動揺してるだけかしらね。
長く生かされてきたので、色んな別れも経験してきたレピアである。
今までも、似たような気持ちになった事は何度もある。
…死ねない呪いというのは、こうした苦しみを味わい続ける事なのかもしれないわね。
と、レピアはエルファリアの結婚を納得する事にした。
今日は、エルファリアの結婚相手、どこぞの辺境伯が、結婚のあいさつという事で、レピアが住む、エルファリアの別荘を訪れていた。
レピアとエルファリア、結婚相手の辺境伯の三人が、レピアが昼を過ごす寝室に居る。
…そういえば、ここに他人が来るのも珍しいわね。
ここは、自分とエルファリアの秘め事の場でもあるのだ。
また一つ、レピアは違和感を覚え、それを打ち消そうとした。
結婚前に、一度レピアに挨拶をしておきたいという辺境伯の願いだったのだが、レピアはエルファリアの相手に、特に興味は無かった。
レピアが礼儀としての祝福の舞を披露した後は、辺境伯は彼女の生い立ちを聞きたがったので、おおまかな話をしてやった。
…人の思い出したくない話を聞きたがるなんて、嫌な男ね。
少し、レピアは辺境伯が嫌いになった。
笑顔を浮かべてレピアの話を聞く辺境伯だったが、その眼が明らかに笑っていなかった。
「なるほど、そうして貴方は無限の時を生きておられるのですね。
いやはや羨ましい限りです。私も永遠の命が欲しいものです」
レピアの話を聞き終えた辺境伯は、にこやかに言った。
…わざと言っているのかしら? それとも頭が悪いのかしら?
永遠に生かされている自分の呪いを羨ましいと、辺境伯は言った。
褒めているにしては、お角違いもはなはだしい。
少なくとも、この男は、人の気持ちを理解出来ない人間なんだとレピアは思った。
慇懃無礼な辺境伯の様子は、男嫌いなレピアにも、さらに嫌悪を抱かせた。
『何で、こんな男を選んだの?』
喉まで出かかる言葉を、レピアは抑えた。
この違和感は隠しきれない。いくら何でもエルファリアが、こんな嫌な男を愛するとは思えない。
そうすると、考えられる事は…
表向き、笑顔で辺境伯やエルファリアと談笑しながら、レピアは最早、自分の違和感を打ち消そうとはしていなかった。
それから数日後、エルファリアは辺境伯と結婚して彼の屋敷へと移り住んだ。
それが、レピアの一つの冒険の始まりでもあった。
2.半年後
結婚してからというもの、エルファリアがレピアの所を訪れる事は極端に少なくなっていた。
エルファリアが辺境伯と結婚してから半年が過ぎたが、その間、エルファリアがレピアの元を訪れたのは三度だけだった。
…違う。何か違うわ。
目の前にいるエルファリアが、何か別の物という違和感を覚えつつも、確証が無い日々をレピアは過ごしていた。
そもそも、違和感が正しいとして、今のエルファリアが『別の物』だとしたら、本当のエルファリアは何処に行ってしまったのだろう?
毎晩、色々と手を尽くして居るのだが、半年たった今でもよくわからない。
わかった事と言えば、結婚相手の辺境伯は、やはり評判が悪いという事位だった。
ある夜…
日が沈み、呪いから解き放たれたレピアは目を覚ました。
「おはようございます、レピアさん」
目の前には、馴染みのメイドの姿がある。
レピアが来る以前からエルファリアの屋敷で長い事働いている、レピアも良く知っているメイドだ。
エルファリアが去った今では、彼女が色々とレピアの面倒を見てくれている。
「おはよう…って言っても、今日も夜だけどね」
レピアは言いながら、いつも通りの暗い空を眺めた。
そんなレピアの体のほこりを払うようにしながら、メイドは彼女の耳元に唇を近付けた。
「レピアさん…ちょっと気になる事がありまして…」
笑顔のまま、ささやくメイド。
「…何かわかったの?」
レピアも小声で呟くように答えた。
エルファリアが去ってからというもの、この別荘では何人かのメイドが入れ替わっている。それも、新しく来たメイドは、どうも辺境伯の息のかかったメイド達である事は調べがついている。
住み慣れたエルファリアの別荘でも、今では人の耳を気にしなくてはならない。
「地下の…下水道の方で、人狼か何かの魔物みたいな声がするんです、最近」
「ふーん…ワーラットか何か、住みついたのかしらね?」
この別荘の下に、あんまり変な魔物が住みつかれるのも困るわね。とレピアは思ったが、
「はい…ですが、その唸り声が、何となくエルファリア様に似ている気が…」
というメイドの話を聞いて、彼女が言いたい事を理解した。
「なるほど…ね」
確証は無いが、無視出来る話ではない。
何よりも、話をしているのがエルファリアをよく知るメイドなのだ。
「行ってくるわ。
念の為…お風呂の用意、お願い出来る?」
レピアはメイドに頼むと、ランプを手に取り屋敷の地下へと降りて行った。
3.下水道の聖女
レピアは薄めのランプで照らしながら、屋敷の地下を通る下水道の様子を見た。
汚水と、そこに住む不快な害虫やネズミ達は明るい光が苦手なので、薄い明りでも照らされると、すぐに逃げていく。レピアが探しているのは、そんな者達ではない。
しばらく、下水の脇を走る側道をレピアは歩く。
ピチャ。
下水の中で、何かが水をかきわける音が響いた。
レピアが音がした方を振り向くと、下水の中から水しぶきをあげて獣が飛びかかってきた。
獣…にしては、ずいぶん大きい。人間サイズの獣が四つん這いになっているようだ。
レピアはランプを持ったまま、とっさに避ける。
ランプの薄い明りな上に、獣の動きが早くて、よく見えない。
だが…
「うぅぅ…」
低く唸る獣の声には聞き覚えがあった。
「エルファリア…!」
思わず口に出しながら、レピアの方から獣に飛び掛かった。
なるほど、メイドの言う通り。エルファリアの声に聞こえる。
カシャン。
レピアの手から落ちたランプが、割れた。
そこに、エルファリアが居た。
下水で肌も見えない位に汚れきっているが、四つん這いのエルファリアの姿が、割れたランプの明かりに照らされた。
その眼には、人としての理性は感じられなかった。
レピアは汚水で滑る床を器用に走り抜け、四つん這いのエルファリアの胸の辺りを蹴り上げた。
なるべく怪我をさせないよう、取り押さえなくてはならない。
蹴り飛ばされたエルファリアは、少しひるんだが、なおも飛び掛かってくる。
その様子は、汚れた野生の獣だった。
それから、揉み合いながら彼女を取り押さえるまで、レピアは一苦労する事になった。
4.真相
エルファリアの別荘の温泉は、色々と浄化する効能がある事が幸運だった。
レピアの呪いのような強い呪いはともかく、少し野生化する程度の呪いだったら、十分に解いてくれる。
「メイドさんに、お風呂の準備を頼んでおいたのは、正解でしたねー」
すっかりいつもの様子に戻り、温泉で泡まみれになっているエルファリアが言った。
迷惑をかけてごめんなさいと、逆にレピアの身体を洗っているエルファリアである。
「ええ…でも、よく生きてたわね、半年も」
胸の辺りを泡で撫でられ、心地よさそうにレピアは答えた。
汚水の汚れも、大分きれいになった。
エルファリアの話を聞いた所によると、やはりレピアが見ていたエルファリアは別物…いつぞやエルファリアに憑依したサキュバスだったようだ。
それがエルファリアと結婚するという実績が欲しかった辺境伯にすり寄って、エルファリアと入れ替わったのだ。
「でも、偽物だってわからないものなんですねー」
「ええ…会って話した感じだと、あたしでもわからなかったわね」
「そうなのですか…」
ずいぶんよく出来た偽物だった。
本物のエルファリアが見つかるまでは、レピアでも確信を持てなかった程、身体も心もエルファリアだったのだ。
その後、本物のエルファリアが証言したので、当然、辺境伯の悪事は明るみに出たが、エルファリアに化けていたサキュバスの方は、姿を消してしまった…
(完)
(あとがき)
毎度お待たせしてすみません。お待たせしました。
レピアでもわからない偽者って、すごいですね。
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