<東京怪談ノベル(シングル)>


熱気と汗とマッチョマンと

 燦々と照りつける太陽は、容赦なく岩肌を焼いた。
 真夏の鉱山で、いつものように半裸の格闘家ガイ=ファングはバイトに励んでいた。

 ガッガッ。

 鈍い音が連続性を帯びて響き渡る。

 ガッガッ。

 ガイは筋骨隆々の腕を大きく振りかぶり、自分の背丈ほどもある巨大なつるはしとともに振り下ろした。
 キンッと甲高い音が響くと、その周囲を丁寧に掘り始める。
 岩盤の中からは宝石の原石が姿を見せた。
 翡翠色のそれはまだ鈍い輝きながらも、薄暗い鉱山の中で一際の輝きを放っていた。
 鉱山のバイトは給料が良い。
 ひとえに過酷な肉体労働と、鉱山を掘り進むという危険な作業のためである。
 今ガイの就いているバイトは時給制に加えて歩合制も含まれる。
 より質の良い原石を掘り起こした者にはそれなりの報酬が与えられた。
 この翡翠色の原石で肉何皿分だろうか。
 にっと笑って丁寧に運搬用のトロッコへと運んだ。
 普通トロッコは数人がかりで石を集め、運ぶものだが、ガイの場合は数人分の働きをするため、トロッコ一つを占有していた。
 ガイのトロッコには既に回収物が山積みになっている。
 再び巨大なツルハシを片手に、作業へと向かった。

「ようニィちゃん!今日も調子が良さそうじゃねぇか」

 道の途中、ガイより一回り大きなガタイをしたマッチョマンに話しかけられる。
 景気の良い挨拶に、にっと笑い返した。

「おう!帰ってからのメシが楽しみだぜ!」
「がっはっは!ニィちゃんは食うことばっかだな!」

 豪快に笑った男は麻袋を抱え直して通り過ぎた。
 ずっしりとした袋の中は今日の収穫だろう。彼もまた豊作のようだ。
 ガイはツルハシを握り直し、持ち場へと戻った。
 しばらく掘り進めていると、ガイを呼ぶ声がして振り返る。

「おーいニィちゃん、こっち手伝ってくれや!」
「おう!」

 ガイが呼ばれた場所は、一際岩盤の固い場所だった。
 試しに巨大ツルハシを振り下ろしてみる。
 キンッと音を立てて少し窪みが出来るが、なるほどこれでは作業を進めることは出来ない。

「な?全然ビクともしねぇんだよ。どうにかなんねぇかなぁ」

 ボリボリと頭をかくマッチョマン。

「任せときな」

 そういってツルハシを置いた。
 丸腰で固い岩盤の前に立ち、静かに呼吸を整える。
 腹の奥から息を吸い込み、全身に気が巡るのを感じると深くゆっくりと吐き出した。

「……スゥ……ハァァアア」

 気脈が近いためだろうか、ガイはいつもの3分の1ほどの時間で気を充填させることができた。
 足に気を集中させ、力いっぱい岩壁を蹴り上げる。

「ふんっ!」

 ガイは巨人の蹴りを放った。
 どぉん、どぉん、と激しい音と共に鉱山内が揺れ、細かい石が落ちてくる。
 蹴られた岩壁は激しく飛び散り、巨大な穴を開けた。
 そこかしこに光る原石が散らばっている。

「ひょ〜!ニィちゃん、すげぇな!」
「固ぇのは表面だけのようだな。奥はツルハシでも掘れそうだぜ」

 穴の開いた壁面をノックして、ガイはニッと笑った。
 固い壁面があればガイが呼ばれ、その度に巨人の蹴りで破壊してガンガン掘り進んでいった。

 仕事を終え、宿舎へと戻る。
 宿舎の入り口には両手を組み合わせたひげ面のマッチョマンの像があった。
 元々、ここには巨大なツルハシのオブジェがあったのだが、ガイが「丁度良い大きさだ」といって勝手に持ち出して使用している。
 意外にもそれの強度は高く、気を込めたガイの一降りにも耐えうる良品だった。

 人数のわりに広めの宿舎のはずなのだが、揃いも揃って鉱山で働く人間はマッチョマンばかりなので、やや手狭に感じる。
 夕食はパンとシチューだった。豪勢ではないがくたくたになるまで働いた男達には最高の食事だった。
 鉱山でも人の何倍も働くガイだったが、食事も人の何倍も平らげるガイ。
 胃袋に自信のある男達が幾度となく挑んでいったものの、ガイの足下にも及ばなかった。

「へへっ、今日のところはこれくらいにしといてやるぜ……」

 莫迦騒ぎにも賑やかに、彼等の夏は過ぎていった。

 真夏の熱帯夜で宿舎内はムンムンと蒸していた。
 蒸し暑く鉱員達の汗と男の匂いが立ち込めるが不思議と宿舎内ではよく眠ることが出来る。翌朝には気持ちがすっきりして、疲れもよく取れていた。
 これには何やら宿舎の秘密があるようなのだが、鉱員達は気にも留めなかった。
 手狭(に感じる)な寝室は雑魚寝が基本で、皆すし詰め状態だった。
 ほぼ真ん中にいるガイは一際大きないびきをかいていたが、誰も起きることなく皆安らかな顔で眠りについていた。


 朝日が木枠の窓から差し込み、鉱員達の横面を照らす。
 彼等は鶏が鳴くより早く起き、それぞれが清々しい表情で仕事場へと向かった。

 ガイも相棒の巨大ツルハシを片手に、お天道様を仰ぎ見る。

「さて、今日もやるか!」