<東京怪談ノベル(シングル)>


持てる技を使いこなせ!

「なんだぁ……こりゃ……」
 ガイは目を丸くして目の前の状況を見詰めていた。
 仕事を求めて次の街へ移動している道中。山道も途中に差し掛かったところで足止めをくらった。
 足止めされているのはガイだけではない。馬車やガイのように出稼ぎに出ようとしている人々が迷惑そうにしている。
 この道は行商人はしかり、市民たちも普通に利用する道なのだ。
 今ガイの目の前には、巨大な岩がその道の中央を陣取って塞いでいる。市民達はそんな岩を見上げ、どうしたものかと首を捻るばかりだ。
 それを見ていたガイは肩に担いでいた荷物を背負い直し、市民達の間に割って入る。
「こりゃすげぇ岩だな」
 見上げるほどの巨大な岩を見詰めながらガイが口を開くと、市民たちも口々に話し始める。
「これじゃあ街に帰れないよ……娘が待ってるのに……」
「商品の納期が今日だって言うのに、なんだってこんな岩が……」
「他に迂回して行く道はないしなぁ……」
 ほとほと困り果てていると行った面々に、ガイは荷物を地面に下ろした。
「大丈夫。俺に任せときな」
 自信たっぷりのガイに、市民達の目はどこか訝しんでいるようにも見える。
 こんな巨大な岩を、どうにかできると言うのだろうか? しかもたった一人で。
 そんな眼差しで見詰めてくるが、ガイはまるで気にならない。そんな市民達を横目に、ガイは数歩後ろに下がると勢いをつけて岩に飛び掛る。
「どぉりゃあああぁあああぁっ!!」
 彼の持つ『巨人の蹴り』。凄まじい勢いで振り下ろされたその蹴りに、目の前の巨大な岩は巨大な爆音を上げていとも簡単に砕け散った。
「おー……」
 その場にいた観衆たちは彼のその蹴りの威力に目を奪われ、思わず感心したような声を上げてしまう。
 巨大な岩は粉々になったが、細かい岩が邪魔でとてもではないがまだ渡れそうにはない。そこでガイは抱えるほどの岩もそれ以外の細かな岩も軽々とどかし、馬車も通れるよう道を開いた。
「さ、これで通れるぜ」
 ガイはニカッと白い歯を見せて笑いながら市民達を振り返ると、皆一様に拍手と感謝の意を口にしながらゾロゾロと道を通っていく。
 そんな市民達の中に、一人の男性が目を輝かせながらガイの元へと駆け寄ってきた。
「いやー、凄いよ君! あの岩をいとも簡単に砕いて道を作ってくれるだなんて!」
 ガイの逞しい体をバシバシと叩き握手を求めてくる。ガイは彼のペースに乗せられるままに手を握り返した。
「俺は別に大したことしてねぇよ。困ってたらお互い様だろ? 俺もこの先の街に仕事を探しに行くところだったし」
 そう言うガイに、男は目を見開いた。
「仕事!? そう、君、仕事探してるの。丁度いい。良かったらこの先の街でトンネル工事をやっているんだが、どうだい? 給料弾むし、差し引きと言う形で悪いが寝食込みだ」
 思いがけない仕事のスカウトに、今度はガイが目を見開く番だった。しかも求めていた仕事の条件だけにありがたい。
「それは本当か? いや、助かる! 是非お願いするぜっ!」
「君が手伝ってくれれば百人力だ! 仕事も捗るよ」
 男は快諾したガイに気を良くして、心底嬉しそうに微笑んだ。


                *****


 ドォーン! と言う地鳴りのような激しい音を立て、同時に細かな砂塵がトンネルの入り口から吹き出てくる。
 ガラガラと音を立てながら、モウモウと辺りを包んでいる砂塵にまみれてガイは仕事に励んでいた。
 目の前を塞ぐ巨大な岩壁。それらを腕輪の気の力を活かし、誰も真似など出来ない狂人的な力で砕いていく。
 細かく粉砕されたそれらを、他の掘削員たちがせっせと運び出している。
「おっし、そんじゃ次はこっちだな」
 ガイは先ほど砕いた岩壁の隣に立ちはだかる岩の前に立った。
 ぐっと両手に拳を握り、大きく息を吸い込む。
「うおおおおおおっ」
 大きく唸り声を上げながら体中に気を集め、握り締めた拳を更に固く握る。そしてその腕を顔の前でクロスすると、上腕の筋肉がまるで生き物のように盛り上がる。大きく横に広げ地面を踏み締めた両足は、体に重圧がかかったかのように僅かに地面にめり込んだ。
「ふんっ!」
 クロスされた腕を引き、ガイは目にも止まらぬ速さで拳を突き出した。
 ビシビシと音を立てながら亀裂が走り、岩はガイの突き出した拳を軸に激しく飛び散る。
 辺りにバラバラと落ちる破片を浴びながらせっせと働くガイに、彼の後ろで仕事をしていた掘削員がヒューッと口笛を鳴らす。
「お前、すげぇな!」
 感心したようにガイを褒めるのは、彼と同様に大きな体を持った屈強な掘削員たちだ。
 掘削員たちは皆長袖を着て顔中砂と埃まみれになりながら、汗水流してつるはしを振り下ろしている中で、ガイはいつもの通り上半身裸で腰布一枚、素足で作業に取り組んでいた。
「これぐらいまだまだ! もっと働くぜ!」
 ガイも砂埃に全身まみれながらも、眩しい笑みを浮かべて男達に応えた。
「いや〜、でも本当、お前が来てくれたおかげで作業が捗るよ。もし俺らだけだったら、ここまで掘れてねぇもんな」
「あぁ全くだ! よく働いてくれるから助かるぜ」
 掘削員の男達は人一倍働くガイを非常に重宝していた。
 そんな彼らに対してガイは驕ることなく実直に働く為、評判はかなりいい。
「スカウトして貰った恩もあるし、手抜き作業なんかできねぇよ」
 白い歯を見せて笑うガイに、掘削員たちもまた笑顔を返した。
「おーっし、そんじゃあサクッと続きやっちまうか!」
 気合十分のガイは、掻き出した先にそびえる岩壁を見上げながらこの仕事に対する活き活きとした目をしてみせるのだった。