<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
日々のスキマを楽しみましょう
「フン、そんなこともわからないのですか?しょうがないですね。ここの数値を下げるとバランスが取れるんです。もうちょっと魔法力学を勉強したほうがいいですよ」
いつもすまないねと、同僚の研究職員達は去って行った。
「まったく、あれで同じ職員、しかも大人なんだから」
鼻で嘆息してゆっくりと椅子に座った。
ちょうど木陰になったカフェテラスのテーブルで、銀髪の少年は手元の本を広げた。
魔導工学を研究するレプリスの天才少年、レイン・フレックマイヤー。
わずか10歳で大学を出て13歳で博士になった逸話を持ち、このカフェテラスがある大学の研究所に常勤で勤めている。
15歳という若さでありながら、豊富な知識と独創的な着眼点でこと仕事に対しては他の大人達に引けを取らなかった。
今は昼食を終えてのんびりとくつろいでいるところである。
「フム……。魔法金属との相性はやっぱり。ボクの論理は間違ってなかった」
ふと、人の気配がして本から顔を離す。
目が奪われる、という言葉が本当にあるとは思わなかった。
思いもよらない人物から声を掛けられ、思考が停止する。
「ご一緒しても、いいかしら?」
ふわっとウェーブのかかった銀色の髪が風に流れる。
日の光を反射してキラキラと光っている。
白と青を基調とした上品な洋装に、青い瞳は聡明さを感じさせる。
微笑みはまるで天使のようだと。
レインを覗き込むようにして右手で耳元をかきあげる。その仕草にドクン、と脈打つと同時に心も持って行かれそうになった。
「研究所職員のレインさん、でいらっしゃいますよね?」
女性の隣にいた浅黒い肌のメイドが恭しく尋ねる。
ぱっと見で分かる、ダークエルフの女性だ。
彼女の方もなかなかの美女で、にこりと微笑んだ顔にどきりとした。
はっとして我にかえり、レインは慌てて返事を返した。
「も、ももちろんです!ブランネージュ……オーランシュ先生」
「ふふふ、先生はよして下さいな。わたくしは非常勤ですし、同じ研究員同士、ブランネージュとお呼び下さい」
にこりと微笑むブランネージュ。
ブランネージュと目が合い、さっと視線を逸らすレイン。
(あら?)
と、レインの様子に気付き、緩んだ口元を添え手で隠した。
お嬢様は少々悪戯をしたくなってしまったのだ。
「ね?レインさん」
机の上のレインの手に、自分の手を軽く添えるブランネージュ。
顔もぐっと至近距離まで寄せて、囁くように呟く。
「ひゃっ!ブ……ブランネージュ、さんっ!」
レインは蚊の鳴くほどに細く言葉を絞り出した。
ブランネージュ・オーランシュ。
同研究職所員で、顔だけは知っていた。
銀の髪をなびかせ颯爽と歩く姿。
他の職員との談笑の時はその上品な仕草。
柔らかく、包み込むような笑顔。
まさに高嶺の花のような人だった。
彼女と廊下ですれ違うだけで一人、心は昂ぶってしまうほどに。
そんな彼女と同席して、言葉を交わし、手まで触れてしまうなんて。
「め、珍しい、ですね。ブランネージュさんがこんな場所に」
顔では平静を装っているが、年上の好みの女性と話をするだけで内心バクバクだった。
「そうかしら?」
レインの正面の席に座り、小首を傾げてみせる。
ふっと口元を緩めて言葉を続けた。
「いえ、そうかもしれませんわね。お恥ずかしい話、少々研究に煮詰まっていまして。気分転換、といったところでしょうか」
そう言うと、視線をどこか空の方へ向けて耳元を指でかき上げる。
憂いを帯びた目が印象的で、ブランネージュの方から風に流れてふわりと甘い――花とは別の、優しい匂いがした。
不覚にもすごく、綺麗だとレインは思った。
「ここはちょうど木陰になっていて、心地良いですわね」
再びにこりと笑いかけられ、どうしても彼女と視線を合わせることが出来ずに逸らしてしまう。
いや、合わせられないのではない。
一瞬だけ目が合うのだ。
胸の内側と、指先に電気が走ったように痺れる。
そこからものの瞬間で目線をずらし、顔をそらして俯いてしまう。
自分では分からないが、耳まで真っ赤になっていた。
「そう、ですね」
俯いたまま呟くレイン。
「マリー、紅茶をいただけるかしら?」
「かしこまりました、お嬢さま」
マリーと呼ばれたダークエルフのメイドは、どこからともなく紅茶セットを取り出して手際よく準備を始めた。
名前はローズマリー。元は暗殺者としてオーランシュ家に忍び込んでいたこともあったが、数奇な縁あって今ではボディガード兼お世話係となっている。
レインは取り出された器具の数々を呆然と眺める。
お店で頼むか、ティーパックを使うか、紅茶なんてそんな簡単なものだと思っていた。
ポットと茶葉までは理解できたが、複数の種類のお椀型のものにスプーンも大から小まで数え切れない。
果物ナイフや明らかに料理に使わないようなサバイバルナイフも見えるようだが、あえて見ないふりをした。
ローズマリーは4種類ほどの茶葉の筒の中からアッサムと書かれたラベルを選んだ。
蓋つきのポットに、先に湯を入れる。
「え、茶葉は入れないんです?」
驚いたレインは尋ねる。
ローズマリーは優しく微笑み理由を教えてくれた。
「はい、最初にこうやってポットを暖めておくと、より美味しく紅茶を入れることができるんです」
「へぇ〜……興味深いですね」
飛び級で博士号を修めたからといっても、世界には知らない知識で溢れている。
そういうことに気付かされるたびに、感心させられるものだった。
茶葉をティースプーンで3杯ほど掬い、ポットを沸かしたての湯に入れ替えて茶葉を放り込む。
湯気と一緒にアッサムの濃い香りが広がり、ポットの蓋を閉じた。
透明な茶器は徐々に濃い赤褐色になっていき、下に沈む茶葉、水面まで上がりまた沈んでを繰り返す茶葉と2種類あることに気付いた。
「紅茶はお好きですか?」
耳元でブランネージュの甘い声が囁かれた。
身体がビクリと跳ね、全身が一気に沸騰したかのように熱を帯びていた。
思わずグッと身体を引っ込めて椅子に座り直す。
気付かないうちにテーブルの半分まで身を乗り出していたようだった。
ローズマリーは「お嬢さま」と一言たしなめて茶器の説明をした。
「これはジャンピングといって、理想的な温度の熱湯の中で茶葉の半分以上は浮かび、残りは沈む不思議な光景です。しばらくご覧になられると、あ、ほら、底の葉っぱも浮き上がってきて上がっていた葉っぱは逆に沈んでいくのですよ。およそ3分間のショーの後、茶葉が全て沈んでしまいますので、ちょうど美味しく紅茶がいただける目安となります」
金縁の細工が施された繊細なカップの中に、濃い赤褐色の液体が注がれる。
コクのある芳醇な香りアッサムティーのようだった。
カップに銀の水差しを傾けると、ミルクが注がれた。
「レインさんもどうぞ」
微笑むメイドはやはり美しい。
柔和な物腰がブランネージュとは違った大人の女性だ。
美女二人に囲まれて内心穏やかではないレインだが、どもりながらも返答する。
「ありがとう、ございます」
差し出されたカップにティースプーン添えられ、混ざりきってないミルクティーは何とも形容しがたい混沌を見せた。
おそらくブランネージュの好みなのだろう。
「……ん、良い香りねマリー」
「ありがとうございます、お嬢さま」
ブランネージュはひとしきり紅茶の香りを楽しんでから一口だけ口へ含む。
口の中に広がる香りを堪能し、再びカップに口を付けた。
レインはシュガーポットから角砂糖を2つ入れてかき混ぜる。
カップの縁にブランネージュの唇がつく瞬間を見て、また心臓が跳ね上がりそうになる。
なんてことはない、ただ紅茶を飲むだけの仕草なのに、上品で色っぽく、レインの感情を揺さぶっていく。
「レインさんは何の本を読んでらしたの?」
「魔法力学と金属工学の融合についての書籍で…」
「まぁ!難しい本を読まれるのね」
驚いた仕草の彼女からは、他の大人達が見る「生意気なやつ」という視線や空気は感じられない。
純粋に自分に興味を持ってくれていることが、何より嬉しかった。
「ブランネージュさんは、本はお好きですか?」
「わたくしは恋愛ものとか好きですわ。最近読んだものですと、仕事一筋だった女性研究員が、学園中等部の男の子とイケナイ恋に落ちる話とか」
一瞬ドキッとした。
レインは自分の心が読まれているのではないか、と錯覚してしまう。
女性研究員――ブランネージュと中等部の男の子――レイン自身を重ねてイケナイ恋をしてしまいたい、と妄想する。
すぐにその本の内容は偶然だと、妄想を振り払った。
(顔を真っ赤にしてカワイイのね、ふふっ)
ブランネージュは耳まで真っ赤になったレインが頭を振っている様子をじっと観察していた。
実際にそんな本は読んでいないし、実在するのかもわからない。
レインをからかうためだけに即興で作り上げた内容だ。
悪戯をするときのお嬢様は実に楽しそうなのだ。
「お嬢さま、そろそろ授業が始まります」
「あら、もうそんな時間? ふふふ、またお話しましょうね、レインさん♪」
わざとレインの耳元で囁きかけ、上機嫌で去って行くブランネージュ。
「もう、お嬢様ったら……。申し訳ございません、レインさん。またゆっくりお話をお聞かせ下さい」
ごきげんよう、と折り目正しくお辞儀をするローズマリー。
「……ッはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
二人がいなくなるとカフェの椅子に力なくもたれかかるレイン。
まさに緊張の糸がぷっつり切れた、という様子だった。
背もたれに首を預けて空を仰ぐ。
顔が火照ってるのを感じる。
まだ心臓がドキドキと大きく脈打っていた。胸に手を当てると、少しだけ奥の方がキュッと痛んだ。
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