<東京怪談ノベル(シングル)>


闘神の鎮魂歌


 大勢の人間が、空を飛んでいた。
 武装した荒くれ男たち。兵隊、ではなく夜盗の一団である。
 剣を、槍を、戦斧を、荒々しく振り上げながら振り下ろす事も出来ぬまま、宙に舞い上がって行く。
 丸太のような左右の剛腕が、暴風にも似た唸りを発して夜盗たちを殴り飛ばし、あるいは放り投げていた。
「……弱い者いじめに、なっちまってるなあ」
 廃城内を見回しながら、ガイ・ファングはぼやいた。
「ま、こっちも金稼がねえといけねえんでな。賞金首になっちまうような事やってる時点で、ぶっ潰される覚悟は出来てると。そう判断させてもらうぜ」
 とある古戦場に遺された、城塞の廃墟。
 そこに夜盗の群れが住み着き、近隣の村々を脅かし、賞金を懸けられていた。
 やっている事と言えば、農作物や乏しい金目の物を奪ったりといった程度で、まあガイから見れば、問答無用で叩き殺すほどの悪事を働いているわけではない。
 だからガイは、手加減の練習も兼ねて、この廃城に殴り込んだのであった。
 衣類と呼べるものは、腰布だけ。
 筋骨隆々たる半裸の巨体が、荒れ果てた城内をのしのしと歩み進んで行く。
 そこへ夜盗たちが、
「こ、このバケモノ野郎……!」
「こっちだってなあ、好きで賞金首になっちまったわけじゃねええ!」
「食い詰めてなあ、もう他から奪うしかねえとこまで来てんだよおおおおおお!」
 喚きながら、剣で斬り掛かり、戦斧で殴り掛かり、槍で突きかかる。
 ガイは、無造作に腕を振るった。
 分厚く強固な平手が、剣や斧を叩き落とし、槍をへし折りながら、夜盗たちを張り飛ばす。
 張り飛ばされた男たちが、物の如く宙に舞い上がり、落下して床に激突し、動かなくなった。
 ガイは見回し、立っているのが自分1人である事を確認した。
 夜盗の群れは全員、石畳の床を埋め尽くして倒れたまま、苦しげに呻いている。痛そうに、すすり泣いている者もいる。
 皆、せいぜい強めの打ち身程度で済んでいるはずだ。肩の脱臼くらいなら、している者はいるかも知れない。
 全員に、ガイは声をかけた。
「おめえらも真面目に働いて金稼げよ。大の男がこんだけ数いりゃあ、何だって出来るだろ」
 名君の呼び声高い聖獣王の治世も、完璧というわけではない。とは言え、犯罪行為以外に生きる道がないような世の中であるとは、ガイは思わなかった。
 夜盗たちは、このまま官憲に引き渡す。全員、労働刑くらいは課せられるだろう。あまり過酷な刑罰を受けなければならないほどの悪党ではない。
 だが、この者たちの頭目は、若干たちが悪い犯罪者として、賞金が高めに設定されていた。
 ガイは巨体を屈め、夜盗の1人に問いかけた。
「おめえらの親分は、どこだい。子分がひでえ目に遭ってるってのに、何で出て来ねえ?」
「見りゃわかんだろ……俺たちゃ、見捨てられたんだよ……」
 起き上がれないまま、その夜盗は、苦しそうな悔しそうな声を発した。
「畜生、あの野郎……いざとなりゃあ、魔法で助けてやるとか……調子いい事、ぬかしやがって……」
 魔法を使う。
 頭目に関してガイが掴んでいる情報は、今のところ、それだけであった。


 手下たちを見捨てて、頭目は逃げた。
 ガイはそう思っていたが、逃げたはずの頭目が、廃城を出た所で待ち構えていた。
 顔面に禍々しい刺青を彫り込んだ、長身痩躯の男。先端に頭蓋骨が被さった杖を、携えている。
「噂通りの剛勇無双……お見事でしたよ、ガイ・ファング殿」
 刺青の男が言った。名乗った覚えは、ガイにはない。
「……何でえ、俺を知ってやがんのか」
「貴方はとてつもない有名人ですよ。我々、闇社会に生きる者たちの間ではね」
 これまで、数多くの賞金首を狩り取ってきた。確かにそろそろ、いくらかは名を知られているのかも知れない。
「ご存じないようですねガイ・ファング殿。御自分に、どれほどの賞金が懸けられているのかを」
「……いつの間にか、俺の方が賞金首になっちまってたと。そういうわけかい」
 霧が出て来ている事に、ガイは気付いた。
 古戦場全体が白く染まるほどの、濃霧である。
「闇社会の支配階級にはね、貴方に恨みを持つ方々が少なからずいらっしゃるのですよ」
 霧の中で、禍々しい刺青がニヤリと歪む。
「これまで、少し派手に暴れ過ぎたようですねえ」
「かも知れねえな」
 来るべきものが来た、とガイは思った。
 賞金首を狩って、生きてきた。
 それはつまり、いつかは狩られる側に追いやられるという事でもある。
 髑髏の杖を仰々しく掲げながら、刺青男は言った。
「賞金首になるほどの事を、しておられる……その時点で、狩り殺される覚悟はすでにお持ちと。そう判断させていただきますよ」
 霧の中から、足音が聞こえた。
 軍勢が、近付いて来ている。
 この世の軍勢ではない、とガイは感じた。
「遥か昔、この戦場で命を落とした者たちですよ」
 刺青男の説明に合わせ、濃霧の中から姿を現しつつある者たち。
 それは、武装した骸骨の群れであった。
「死せる兵団……この者たちを打ち砕く事が出来るのは、絶大なる魔力か聖なる力のみ。貴方の剛力も役には立ちませんよ、ガイ・ファング」
「なるほど。こいつらを召喚出来る場所に、俺は誘い込まれちまったと。そういうわけだな」
 武装した死者の群れを、ガイはじっと見渡した。
 返り血で錆びた甲冑に身を包み、死の冷気を帯びた剣や槍を携えた骸骨たち。彼らの攻撃は、生者の肉体から命そのものを削ぎ取ってゆくという。
 ガイの剛力では、生きた怪物を叩き殺す事は出来ても、すでに死んでいる者たちに痛撃を与える事は出来ない。
 じりじりと迫り来る、死せる兵団に囲まれながら、ガイは目を閉じた。
 この者たちは、何のために戦い、死んでいったのか。
 支配者に命ぜられ逆らえぬまま、この地で果てた者が大半であろう。
 戦場での立身出世を求めた者も、いるかも知れない。
 故郷に残した家族を、妻や子供、恋人を、守るために戦った者も多いだろう。
 全ての思いが、渦巻いている。
 ガイに言える事は、ただ1つ。皆、戦って死んだ。それだけだ。
「俺もいつかは、あんた方と同じになる……」
 目を閉じた眼前で、ガイは右の掌を立てた。
「だからどうしたって事じゃねえが……安らかに眠ってくれよ」
 気の力が、ガイの巨大な全身から溢れ出した。そして、古戦場全域に広がってゆく。
 静かな水面に、波紋が行き渡るかのように。
 除霊の波動。
 鎮魂・供養の思いを、気の力に乗せて放出する。これもまた、あの霊山での修行で会得したものだ。
 気の波紋に触れた武装骸骨たちが、静かに砕け散り、崩れ落ち、消滅してゆく。
 本来あるべき、安らかな死という状態に、戻ってゆく。
「なっ……こ、これは何事……!」
 刺青の男が、冷静さを失った。
 うろたえ引きつる、その顔面に、ガイは左の蹴りを叩き込んでいた。
 禍々しい刺青が、巨大な足跡によって押し潰された。
「生きてる奴らも、死んだ奴らも、利用する……なかなか上手いやり方じゃねえかとは思うがよ」
 男の顔面を、そのままグシャリと踏み付けながら、ガイは言った。
「……俺を怒らす事にしか、ならなかったみてえだな」


 山賊や盗賊団など、今までいくつ潰してきたかわからない。
 まあ恨みを受けるのは当然か、とガイは思う。
「……少し派手にやり過ぎたみたいだな、ガイ・ファング。闇社会の大旦那たちから、あんたの手配書が回って来てるよ。とんでもない賞金だ」
 賞金稼ぎ組合の窓口で、受付の男が言った。
「もちろん合法の手配じゃないから、貼り出したりはしないけどな。とにかく、あんたも首を狙われる立場になっちまったって事だ」
「別に、貼り出してくれても構わねえぜ」
 賞金として受け取った銀貨の袋を腰布にくくりつけながら、ガイは笑った。
 命を狙われる。腕の立つ賞金稼ぎが、戦いを挑んでくる。
 ガイにとっては、むしろ望むところと言うべき事態である。
「気をつけなよ。まっとうに戦いを挑んでくるような奴らばっかりじゃないからな」
 その忠告に片手を上げて応えながら、ガイは組合の建物を出た。
 命など、狙われていようがいまいが、賞金が手に入ったのなら、まずやる事は決まっている。
「さて……飯でも食いに行くか」