<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【砂礫工房】朽ちた館へようこそ


------<オープニング>--------------------------------------

「家は人が住まないと朽ちてくってのは本当だよねー」
 冥夜は深い溜息を吐きながら目の前の古びた洋館を見上げた。
 以前、魔物退治をした際に譲り受けた洋館なのだが、忙しいことを理由に放置していたらこの有様だ。
 中は隠し通路や部屋などが多々あるようなのだが、設計図が失われているため謎に満ちている。もしかしたらすでに何者かが住み着いている可能性もあるが、現時点では知りようもない。
 元から荒れ気味だった洋館は魔物が再び住み着いてもおかしくはないくらいの荒みようで、庭は荒れ放題、あちこち窓ガラスは割れ、外壁には蔦が絡み付き館内にも入り込んでいるようだ。二階にあるバルコニーも荒れ放題で、バルコニーに生えた木から鳥が飛び立つのが見られる。鳥の巣があるのかもしれないと冥夜は思う。
 そして今回このような状況になっているのを冥夜の師匠である梓月に知られ、今に至る。
「有効活用しろ、って言うのは簡単だけどさー、こんなお化け屋敷みたいな……んんっ? そうだ、お化け屋敷!」
 冥夜はいい案が浮かんだと口端を上げ笑う。
「お化け屋敷にしたら、このまま荒れ放題でも演出だってことでいいんじゃない? よし、それでいっちゃおー! あとは脅かす人と脅かされる人が必要だよねー。んー、脅かす側は何人か常備配置で、あとは新鮮さを失わないためにその都度投入ってことで。脅かされるほうは絶叫ツアーを組めばいいかなあ」
 冥夜は異空間へと繋がるカバンからパラソルと椅子、机と画材を取り出すと鼻歌を歌いながらポスターを作り始める。
「ひとまずこの館内に危険が無いかをもう一度確認してからだよね。朽ちた館の探索してくれる方求む、ってことでいいかなー」
 よーし冥夜ちゃんってば絶好調、と自画自賛しながら白い紙にカラフルな絵の具を散りばめた。


------<探索開始>--------------------------------------


 冥夜は館の探索に名乗りを上げたリルド・ラーケンを前にし瞳を輝かせた。
「いやー、もう今回は自分で探索に行かないと駄目かなーなんて思ってたんだー。お兄さんが名乗りを上げてくれて本当に良かった。ありがとう!」
 リルドの両手を握り勢いよく振った冥夜は、その手を離すと重厚感のある鍵を渡す。
「窓ガラスが割れちゃってるところもあるからあんまり意味が無いかもしれないけど、一応あの館の鍵を渡しておくね」
「ああ。で、俺は勝手に探索していいんだろ?」
「もちろん! もう隅々まで探索しちゃってオッケー。便利グッズもこの中に」
 成果を期待してるね、という冥夜の声を背後に聞きながら、リルドは冥夜に貰った袋を手に朽ちた館へと歩き出す。
 昼間だというのに鬱蒼と木が生い茂っているそこは薄暗く陰気だ。チラチラと葉の隙間から差し込む光に目を細めながら、リルドはほんの少しずれた右目の眼帯を直し玄関へと向かう。
 足元を覆う草を掻き分けようやくたどり着いた玄関だったが、そのすぐ脇にある見上げるほどの大きさのステンドグラスがリルドの目に入った。色とりどりのガラスが美しい絵を描いているのだが、残念なことに下部に人が一人通れるくらいの穴が開いてしまっている。
「あーあ、勿体ねぇな」
 リルドはその穴に近づきそこを潜り館の中へと入る。
 中は思っていたより荒れてはいなかったが、その代わり埃が酷い。厚く降り積もった埃は掃除に骨が折れることだろう。ところどころ点々と跡が付いているのは小動物の足跡だろうか。
 そのまま足跡を辿るようにリルドは玄関ホールまで歩き、その向かいにある階段を見上げた。埃でよく分からないが、床はビロードが敷き詰められているのだろうか。玄関を入ってすぐにホールにある階段と荘厳なステンドグラスが見えるようになっている。
 その広間からいくつか扉が見えた。
「どれが地下への道だ?」
 明らかに大広間や応接室だと思われる扉は避け、リルドは陰にある扉に手をかけた。その途端、ぐらりと視界が揺れる。
「あぁっ?」
 そして次の瞬間、リルドは草の生い茂る玄関の前に立っていた。
「なんだこりゃ」
 リルドは再びステンドグラスの穴から中に入り、今度は外から見て確認済みの大広間の扉を開ける。しかし眩暈を感じた瞬間、リルドは先ほどと同様に外に居た。
「ふっざけんなよ」
 探索の最初から、家にかけられたなんらかの術に惑わされている。その事実に一気にリルドの頭に血が上った。しかし思考能力は残っている。
「クソッ、不法侵入者は排除するってか。……なら、玄関から入りゃ、文句はねえよな」
 先ほど冥夜から預けられた鍵を使い、重厚な扉から中に入る。特に空間が歪むことも、空気の変化も感じられなかった。
 しかし確かに先ほどとは違う空間にリルドはいた。試しに先ほど開けて外へと飛ばされた大広間の扉を開く。今度はすんなりと中に足を踏み入れることが出来た。
「ハッ、手間取らせやがって」
 リルドは鼻を鳴らし、大広間を出ると足音荒く一番初めに目をつけた扉へ向かう。扉を開けると予想通り、地下へと続く階段が現れた。
「これだよ、これ」
 機嫌よくリルドは冥夜から渡されたランプを使い足元を照らしながら降りていく。様々な仕掛けがあるだろうと予測し降りていくが、特に目立つ仕掛けは無い。しかし玄関に不法侵入者避けを施している人物がこんなに甘いはずがないとリルドは思う。油断させておいて何か爆弾を落とすのではないか。
 そんなことを考えながらリルドは地下通路を行く。長く伸びた通路の左側にいくつか扉があるが、開け放つたびに舞い散るのは埃だけだ。ワインの貯蔵庫や武器庫などで特に問題があるようには思えなかった。
「敵の親玉ってのは最上階か最深部のいるもんだと思ってたが、最深部はハズレかぁ?」
 最後の扉を開けたリルドは小さく愚痴る。最後の部屋は仮眠室のようだった。
「埃のかぶったベッドになんか興味ねぇし。あー、地下は無駄足か」
 がっくりと肩を落としたリルドだったが、廊下の壁に体を預けた瞬間動きを止めた。そして壁に耳を当てにんまりと笑う。
「ふーん、面白そうじゃねぇか」
 リルドの耳に何かが滴り落ちる音が聞こえた。体の軽さと調子の良さを考えると壁の向こうに水脈があると考えるのが妥当だ。そして何より壁の向こうに空間が無ければ、滴り落ちる音が聞こえるはずがないのだ。
 まずは壁を照らし丹念に眺めていく。
 どうやらこの壁は後から作られたものらしい。両脇の壁と比べて少し新しいようだ。しかもそんなに年数が経っていないと思われる。さらに観察すれば、ひんやりとした壁の左下の石が一つだけ違うのが見て取れた。
「ずいぶん分かりやすいな」
 カツン、とブーツの先でその石を蹴れば、今まで石壁だった場所に扉が現れる。リルドは怯むことなくその扉を開け中に入る。一応扉に手をかけた際に中の気配を探るが、生体反応は感じられなかった。
 中に入ったリルドはその部屋の光景を眺め、ご機嫌な様子で口笛を吹きにんまりと微笑む。
「いいね、ガチ物件じゃねぇか」
 これこそリルドが待ち望んでいた展開だった。部屋の中央には椅子に座ったまま白骨化した人物がいて、それを中心に魔方陣が描かれている。
「さすがにこれだけじゃねぇよな。もっと楽しませてくれるんだろ?」
 何すりゃこれ発動すんだ?、とリルドは部屋の中を物色して回る。いかにもな本を触ってみるがまったく変化は無い。先ほどの滴り落ちる音は、天井から漏れてきている水音だった。
 リルドはもう一度部屋の中を見渡す。違和感があるものを探すが特にめぼしいものは無い。だがテーブルの下に落ちている羽ペンを見つけ、出来心でそれを拾えば、部屋の片隅にあったランプに火がついた。
「おっ?」
 一つランプがつけば、あとは一気に周りのランプにも火がつき部屋の中が明るくなった。そして部屋の明るさと共に魔方陣も光を帯び始める。
 あとは一瞬の出来事だった。
 リルドは魔方陣に引き寄せられ光の中に閉じ込められる。強い重力を感じた瞬間、一気に光が弾け暗闇の中にリルドはいた。鼻をつく腐った肉と血の匂い。それだけで今いる場所が先ほどとは違う所だと分かる。
「転移したのか?」
 リルドは冥夜から渡された袋の中から、淡く光る光玉を取り出し空中に浮かべる。ぼんやりと映し出された部屋はあちこちに血が飛び散っており、骨や肉片が転がっている。
「エグいなぁ」
 口ではそんなことを言いつつも、リルドの表情は期待に満ちている。そんなリルドの耳元で声がした。
「まったくだ」
 リルドは気配をまったく感じなかった。リルドは瞬時に身構え背後の人物に剣を突きつけるが、それは軽くかわされその手を逆に取られた。
「危ねぇなあ。俺じゃなかったら一突きだ。だが悪くない」
 くつくつと耳元で笑われたリルドは掴まれた腕を振り払う。
「あんた、一体なんなんだよ」
 殺気もなく飄々と存在している中年の男にリルドは吼える。しかし男は悪びれた様子も無く言った。
「オマエさんを雇った黒幕ってとこか」
 リルドは首を捻る。リルドの雇い主は冥夜だ。しかしその冥夜が師匠が云々と言っていたのを聞いたような気がする。
「あー、行方不明の師匠ってあんたのことか」
「その通り」
 指を鳴らす音が聞こえると部屋に明かりが灯った。
「俺は梓月。オマエさんはリルドだったな」
 よろしく、と言いながら梓月は辺りを見渡している。リルドもそれにつられるように部屋を眺めるがその思った以上に凄惨な様に、うっわー、と声を上げた。
「これ、最近もなんかやってた感じじゃねえか」
「そのようだな。血もまだ新しいが……でもどちらかというとそこらに転がってる死体の腐臭が強いな」
「ってことは、死霊術師か」
 リルドは転がっている魔道書をめくり眺める。専門的なことまでは分からないが、死者再生などの文字が見えた。それに部屋の隅には死体が山となっている。この館を荒らしていたのは死霊術師で間違いないようだ。
「二階は動物の巣になってたくらいだから問題ないが、さすがに死霊術師を野放しにしておくわけにはいかないな」
「でも本人いねぇし」
「いや、そうでもないぞ。ほれ、そこ」
「は? って、マジかよ」
 梓月が指差した方角からずるずると床を這う音が聞こえた。先ほどまでただ転がっていた死体が動き出しているではないか。
「今の今で霊魂入れられるもん?」
「まさか。これは初めからだろ」
 目の前に現れた二つの死体を二人は一体ずつ地に沈める。鋭い刃が炎に揺らめき輝いた。
「初めからねぇ……じゃあこいつらも?」
 リルドが皮肉を込めた笑顔で梓月の背後に現れた死体たちを指差しながら言う。
「さぁてな。ところで腕には自信があるんだろ。老体を助けようって気はないのか」
 やれやれ、と大げさなため息を吐いた梓月は振り向きざま、一気に背後に居た五体を切り裂いた。くるり、と回転する様子はまるで踊っているようにも見える。
「嘘つくんじゃねぇよ! 今のでどこが老体だよ。それにあんた便利な業使えるみてぇだし、どーにかなんねぇのかよ」
 床に広がる地下水脈から染み出た水を集めたリルドは、それを剣先に集めると刃全体に纏わせる。それを面白そうに梓月は眺めた。
「オマエさんの方がよっぽど役立ちそうだがな」
「話してる余裕あんのかよ。ああ、もう面倒くせぇ」
 倒しても倒しても蘇る死体に向けて、リルドは大きく振りかぶった。水を纏った刃から雫が飛び、それは鋭い針となって死体に突き刺さる。一つの死体を貫いた水の針は、その後ろの死体をも貫く。両手両足を動かしもがく死体だったが、地面に縫い付けられていてはそれ以上どうすることも出来なかった。
 リルドはそれを鼻で笑い、まだ姿を現さない死霊術師に叫ぶ。
「これでこいつらは動けねぇ。さっさと本体出てこいよっ!」
 その声に反応したのか、部屋の中央に揺らめく骸骨が現れた。その姿は転移する前に見た白骨化死体と酷似している。
「さっきの部屋の骨はあんたか。死んでまで研究とはずいぶん熱心だな」
「むしろ肉体が邪魔になって捨てたクチじゃねぇか?」
「そんなん知るかよ。どっちにしろこの館で殺戮パーティーされたまんまじゃ困るんだろ」
 頷く梓月にリルドは告げる。
「だったら、手を貸せ」
 リルドが伸ばした手に、ぽん、と自分の手を載せる梓月。呆気に取られるリルドだったがバカにされたのだと気付き怒りに肩を震わせた。
「あんた、この期に及んでそれかよっ!」
 揶揄う梓月に怒鳴るリルドだったが、死霊術師が待っていてくれるはずが無い。衝撃波がリルドを襲う寸前、梓月が空間を歪めリルドと共に死霊術師の背後に移動した。
「ほら、背後を取ったぞ」
 今だ、と梓月がリルドを促す。
「やれば出来るじゃねぇか!」
 リルドは先ほどと同様に刃に水を纏わせ死霊術師を一閃する。先ほどよりも大きな水の針が死霊術師を貫いた。
「魂も感電ってすんの?」
 やったことねぇけど、とリルドは続けて雷撃を放った。突き刺さったままの水針に雷は落ち、死霊術師の白骨は黒く焦げる。
「ほぅ。ここまでやれば復活もしないだろうが、念のため」
 梓月が口笛を吹くと黒く焦げた骨が崩れて粉になる。魂が粉々に砕け散ったと思えばよいのだろうか。その粉はリルドが持たされていた袋の中に吸い込まれていった。
「おい、なんだこの袋」
「異次元への通路だ」
 まあ気にすんな、と梓月はリルドの肩を叩き、活躍を褒め称えた。
「オマエさん、なかなかいいな。うちの弟子より見込みがあるぞ」
「ああ、そうかよ」
 リルドは梓月の言葉にたいして興味が無いのか、自分が気になっていることを尋ねる。
「この館の探索ってこれでいいのか? 俺、地下しか見てないけど」
「ああ、問題ない。上はチラッと俺が見てきたからな。こっちを見つけたオマエさんのおかげでこの館も使えるようになるだろ」
 助かった、と梓月が笑いかけると、リルドもようやく安堵の表情を浮かべたのだった。


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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●3544/リルド・ラーケン/男性/19歳/冒険者