<東京怪談ノベル(シングル)>
楽しみを分け合う事は出来ても…
1.思いを形に
結婚をすると、苦しい事は二人で分け合うから半分になる。逆に、楽しい事は二人で喜び合うから、二倍になる。
そんな事を、詩人が言っているのをエルファリアは聞いた事がある。
…でも、それって精神論の域を出ていないのです。
精神論も大事だけど、やっぱり形になる物が欲しいなと思う、エルファリアである。
大好きなレピアにかけられた呪いを、出来る事なら半分でも代わってあげたいと彼女は思うが、それが結局、精神論の域を出ていないのだ。
今日、エルファリアはエルザードのアルマ通りを歩いている。
視察に訪れたのだが、上品なエルザードの中心部は見た目通りに平穏で、特に何事も無い。
一通り、視察を終えた後に、エルファリアはアルマ通りの古美術商に立ち寄る。
…何か面白い物があると良いのですけど。
それ程の期待はせずに、エルファリアは古美術を見て回る。
古いネックレスや、ブレスレット。今時は、あまり流行らないアンクレット等の装飾品に、まずは目が行く。
買うだけ買って、一度も付けない装飾品も多いのだが、それでも目が行ってしまう。
…美術品なのだから、飾って置く事にも価値があるのです。
エルファリアは、そんな風に考え、今日も付けないかもしれない装飾品を見漁っていた。
「店主さん。
何か面白い装飾品はありませんか?
お金ならありますので」
軽く見て回ったところで、エルファリアはカウンターに居る中年の女性に声をかける。
「おや、エルファリア様かい。
そうだねぇ、おばちゃんの、今日のお勧めは…」
店主らしき中年女性は、高価な魔法の装飾品をいくつか並べた。
「エルファリア様は、どんな高い物でも買ってくれるから、助かるねぇ」
「いえいえ、いつもお世話になってます」
ここぞとばかりに高額商品を売りつけようとする店主とのやり取りも、エルファリアは慣れたものである。
しばらく話をした後、エルファリアは一つの指輪を買う事にした。
エンゲージリング。
結婚指輪の名を冠した、古い魔法の指輪を。
…結婚の盟約を形に出来る指輪。その魔力を試させてもらうのです。
2.最近のエルファリア
…最近のエルファリア、何かおかしいわね。
レピア・浮桜は、いつものエルファリアの別荘、浴室で石のように硬直している。
随分と長生きしている彼女でも、硬直したくなる時もある。
目の前には、笑顔が美しい娘の石像が置いてある。
石のように硬直したレピアよりも、さらに硬直した本物の石像。それは先ほどまで、一緒に浴室に居たエルファリアだ。
その姿は優雅に浴室に腰を降ろし、手にした桶のお湯を背中から身体にかけようとした姿で、何故か石像と化していた。
…浴室のオブジェで売っていそうな石像ね。
売っていたら、少なくとも自分なら買うとレピアは思った。
仕方ないので解呪の効用もある浴室の湯をかけていると、しばらくしてエルファリアは元の姿に戻った。
翌日…
レピアはエルファリアの別荘、食堂に居る。
今日もレピアは硬直している。
彼女の隣に居るのは、手にしたスプーンを口元に運んでいる美しい娘の石像。
ただし、そのスプーンには、まだ温かい、テーブルの上のスープが乗っている。
…こんな急に、石像になられても困るわね。
急に石になると、周りからはこういう風に見えるのね。と、ある意味レピアは勉強になった。
それにしても、笑顔でディナーを楽しんでいる、正に真っ最中の石像というのは珍しいわね。
などと思いながら、レピアは、エルファリアを再び浴室で洗い清めた。
「レ、レピアの呪いが移ってしまったのかもしれないですね?」
エルファリアは言うが、明らかに何かを隠している様子だった。
さらに翌日…
今度はエルファリアが目覚めない。
いつものエルファリアの別荘。
夜、レピアが目を覚ますと、ベッドで幸せそうに眠っている美少女の石像があった。
…このまま、ずっと石像ってわけじゃないわよね?
さすがにあわてたレピアは、再びエルファリアを浴場へと運んで、その身体を清めた。
幸いというべきか、何と言うべきか、今回も浴場で洗い清めると、エルファリアは元の姿へと戻った。
「…で、そろそろ理由を話してもらえるわよね?」
にっこり微笑むレピアの凄みに、とうとうエルファリアは断れなくなった。
3.エンゲージリング
三日前、エルファリアは古美術商で古い盟約の指輪を買った。
「エンゲージリング…婚約指輪、なのですね?」
エルファリアは店主に尋ねた。
「何でも、結婚の盟約を実現する為の指輪なんだってねぇ。
苦しみや病気、呪いなんかを、指輪をはめた者同士で半分、分け合うみたいなのよ」
あんまり人気が無くて、残ってるのよねぇ。と、店主の中年女性は不満そうにしている。
「楽しい事を喜び合っても、苦しい事を分け合うのって夫婦でも難しいのかしらねぇ…」
確かに、それはそうかもしれないですね。とエルファリアは思った。
だが、それでもエルファリアはレピアの呪いを半分でも分け合えるならと、指輪を買ったのだ。
…というのが、三日前の古美術商での話。
三日続けて石化したエルファリアは、三日目にはレピアに事情を話す事を迫られ、断りきれなかった。
「…というわけなのです」
元に戻ったエルファリアは、事情をレピアに話す。
「なるほど…ね。
でも、私の呪いに干渉するには、その指輪じゃ力不足だったみたいね」
レピアはため息をついた。エルファリアの気持ちは嬉しかった。
「…なのです」
エルファリアも残念そうに頷く。
結果的に、不規則に石化の呪いがエルファリアにもかかるようになってしまったようだ。これでは、定期的に石化する方が、まだマシである。
「ま、気持ちだけ貰っておくわね」
レピアは、にっこり微笑んでエルファリアの薬指の指輪を外した。
何かの形で役に立つかもしれないので、一応、エンゲージリングは保存しておく事にした。
こうして、この指輪も、ひとまず古美術としてエルファリアの部屋に飾られる事になった…
(完)
-----------あとがき-----------
毎度ありがとうございます。ご無沙汰しています。
いつもながら、エルファリアはレピアの為に色々考えてくれますね。
また、機会があったら、よろしくお願いします。
|
|