<流星の夏ノベル>
モスキート・ハードボイルド
■opening
今年の夏ァ、暑さが染みる。
まぁ、ただ「暑い」ってだけなら悪ィ事でもねぇんだがな。暑くなりゃあ露出が増える。露出が増えりゃ女共が腹満たすにゃ都合がいいってモンでな。
つっても、あんまり暑過ぎても良くねぇ。俺らみてぇなモンは暑過ぎちゃあ色々感覚狂わされて――行動範囲も狭くなっちまったり、すぐに命に関わっても来ちまうんでね。
ま、それも宿命ってモンだが、一寸の虫にも五分の魂たァ言うだろ? 砕けて花と散る前に、せめて己の生きた証を、ってな。
…っと。
名乗るのを忘れてたな。っつってもわざわざ聞きたかァないか。俺ァクラウドの狭間を渡り歩いて幾星霜、切った張ったの勝負が渡世、何処に行っても追われる宿命なただの害虫――ただの蚊さ。
そんな俺が今この時ここに来たって縁なんだが…まぁ、時々は酔狂もしたくなるってなモンでよ。
つまりな? 切った張ったも何も無く、ただ見聞広げてみるのも悪くねぇ。
だからこうやって、呑気に語ってみてるっつぅところだ。
…俺から見たあんたらの世界を、な。
■と、思っちゃみたんだが…。
どうにも妙な奴が居るな、と結構すぐに気が付いた。
人型はしてるが、どうも人間でもねぇ気もする奴。なぁんかガタイの割にゃ熱量がバケモノ染みてデカい気がしてな? 人間の女ならその辺もっと小せぇモンだと思うんだが…人間の女どころじゃなくガタイが小せぇ俺が言うのも何だがよ。ただなんつぅか、こいつはまるで個体一匹じゃねぇみてぇなデカさでなぁ…ああ、この世界は元々種族とかその辺よくわからねぇ奴らが多かったか。ま、俺みてぇなモンにすりゃあ、女共の腹が満たせる相手なら何でも良いんだがな。…おっと、時々血ん中に毒持ってるような奴も居るからそこはちゃーんと見極めて気を遣ってやらねぇと、ってトコでもあるが。俺自身は必要無ぇから血は喰わねぇにしろ、な。
ま、それはともかくな。確か今宵は人間共やそれっぽい種族の連中が決めたこの辺の夏祭りだったか…つまりここらの人出は多いだろう何かをやってるタイミングになる。俺と同じ種族の女共に取っちゃ絶好の食事日和ってとこだが…それはさて置いてな。
今、俺の見る限りどうにもその結構な人出の中に紛れ込めてねぇ人型のヤツが居たのさ。いや、紛れ込めてねぇ、って受け身の話じゃねぇな、そいつは自分から、敢えてその付かず離れずを保ってるってところか…そんな風に見て取れたな。
どうも、やってる事が俺の酔狂と大差無ぇ気がして、気になった。
おう、俺も充分妙な奴って事さ。自覚はしてらぁな。
だがよ、人型してるにしちゃ、そいつの夏祭りへの参加の仕方がどうにも引っ掛かってな。
思わずそっちにも興味が行っちまう。
ああ…人間基準で言や、イイ女になンのかもしんねぇな。胸もケツもデカいし、スタイルも良いんだろう。あのクソ暑そうな厚着の上から判別付くとなりゃ相当さ。黒い鬣も――じゃねぇ、人間だと髪か。長くて艶がある。ただ、血は喰い難そうな気がしてならねぇな。風体からして露出が少ねぇし、佇まいからして――どうにもぼんやりして見えちゃいるが、一度動いたら相当に俊敏そうだ。女共にすりゃ血の質としちゃ御馳走の類になりそうな気はするが…反面、まず手に届きそうにねぇ気もするな。残念だが。
で、そんな人型の奴が…なんだ、何か物思いに耽ってる…ってとこか?
実際、人間共が何考えてんだかなんざ元々わかったもんじゃねぇが。ま、それもお互い様だがな――と。
………………いや、ちょっと待て。
今。
…。
………………なんか、見られてんな。
…。
………………オイオイオイ、冗談だろ。
この人型の奴、完全に俺の動きを目で追って来てやがる――!?
…。
………………の割には、何もして来ねぇな?
人型してる奴だと、だいたい俺みてぇなモンのこたァ――直接血を喰いに行かなくとも単に近くに行くだけで羽音に気付いて速攻で潰しに来そうなもんだが。獣だったら――命の危機に直結しねぇからって事だかわからねぇが、案外放っといてくれる事も多いんだがな。気付いても煩わしそうに振り払われるだけでよ。その気で潰しに来るようなこたァまず無ぇ。
さて、どうしたモンか。
取り敢えず、人型の種族にゃ見えるんだがなぁ。
だが、熱量からして――どっちかっつぅと獣の方に近ぇって事なのかねぇ。
………………つぅか、結構派手に飛び回ってんのに、こいつの視線は全然俺から外れねぇ。
何なんだ。
と。
思った時点で。
「……あなた、も、人間、を……観て、いるの……?」
声がした。
位置関係からして――視線の向きや唇の動きからして、この人型の奴しか有り得ねぇ。
…おいおい、この俺に話し掛けてくるかよ。
「うん。……私……獣に、近い……?」
…ん?
いや待てお前。俺の言ってる事わかんのか!?
「獣、だったら、放っとく。人型、だったら、潰しに、来る、って」
ああ確かに俺ァ今そんなような事言ったけどよ。…いや参ったな。まさか聞かれてるたァ思わなかったんだが。
「……聞いてたら……悪かっ、た……?」
いや別にンなこたねぇが。単にちぃっと驚いただけでな。
「なん、で」
や、人型の奴にこっちの声っつーか意思っつーか、とにかく届く事なんてまず無ぇんでね。
なんか変わってんなぁ。お前。
「……うん。だから、人間、観てた」
てぇと、お前は人型だが人間じゃないって事かい?
そんな言いっぷりに聞こえたが。
「わから、ない」
ほぉ。そんな事もあるのかい。
「私……獣の、生き方、わかる。でも……人間の、生き方、わから、ない……」
ん?
ああ、つまりお前は何か悩んでるって事か?
「うん。……何が良いことで、何が悪いことで……何が許されて、何が、許されない……のか」
? つーか、何がだ?
「人間に、とって、のこと」
…っと。そりゃあ随分大きく出やがったなぁ。
「? 大きく、出る?」
…ああ、悪ィ。話の腰折っちまったな。続けてくれや。
「ん……えっと……続き……」
軽く考え込むようにして、この人型の女は黙り込む。
と。
思い出したようにぽつりと呟かれた。
「……千獣」
ん?
「私の、名前。千からの獣、私の中、いる」
…ああ、おう、『人型の女』じゃあんまりか。人間ってなァそうだったな、名前ってのが要るんだったな。
っつうかお前の熱量のデカさはそれでか。
「ねつ……りょう?」
いや、初見、見た場よりどうにも熱量がデカい感じがしたんでね。
そんな種族の人型の奴も居んのかも知れねぇか、って取り敢えず納得しとく事にしてたんだが。
「それ、私……千からの獣とか、魔物とか、中に、いる、から……だから?」
ああ。まぁ、そういうこったろうな。俺としちゃそれなら熱量のデカさに納得行きそうな気がしたんでね。
…にしても『それ』が名前ってんじゃあんまりそのまんまな気もするが――千からの獣が手前の中に居るから、ってんならな。名前っつうより単なる呼称の気がするが。
まぁ、それもそれでお前が手前の名前って思うなら名前なんだろう。
「私の、名前。……あ。……人間、だから、名前、いる、って、今、あなた……?」
おう。そんなもんじゃねぇのかい?
「……。……わからない。ただ、私は、千獣」
そうかい。じゃあ千獣よ。改めてさっきの話の続きだが――。
「?」
や、人間に取っちゃ何が良い事で悪い事なのか、何が許されて何が許されないのか――だったか? んな事言ってたろ。
「あ……うん……そう。人間に、とって、のこと。
良いこと、悪いこと、一応の、ルールは……それぞれの、集団、にある。
でも、それも、ひとによって、変わる」
あーまぁ人間の場合、理屈付けは色々あるっぽいわな。
見た目同じように見えても、集団毎にその辺極端に違ってたりするしな?
「うん……その、りくつ? とかが、私、わから、ない、のかな……。
ひとは、私のことを、人間と、言う、けれど……私は、そもそも、人間が、わからない」
わからねぇか。
「うん……わからない。
獣に、戻れば、楽だけど……それを、悲しむ人が、いて……それは、何だか、嫌で……だから、人間を、わかりたい」
…俺も聞いててよくわからんが。
別にンなモンわかんねぇままでいいんじゃねぇのかい?
お前はお前の生き方をしてりゃあよ。
「……お前……私……の生き方?」
おうよ。人間だ獣だってクソ面倒臭ぇ区別付けて来られてもよ。
…そもそもなァ、例えばよ。この俺で『蚊の生き方』知ってるかっつーと疑問が残るぜ。正直な。
「?」
つまりな? 蚊の身だからって『蚊の生き方』知ってるかなんて大上段に構えて訊かれても答えに困るもんだと思う、っつってんだ。
「……でも、あなたは」
おう。分類蚊だな。だからって『蚊の生き方』がどうしたなんて言われてもよ? 俺ァ『俺の生き方』しか語れやしねぇもんだぜ?
「……俺の……あなたの、生き方」
そうだ。何だかんだ言っても手前の生き方は手前で決めるもんだろ。お前が人間でも獣でもあるってんなら、そん中で出来る範疇で、手前の考える手前に恥じない『手前の生き方』を生きてみるしかねぇんじゃねぇのかい? ただ、お前自身が手前の侠気や仁義に照らしてよ、やりてぇと思う事をして、嫌だと思う事はしねぇようにしてきゃ胸張って生きてけるモンだと思うがよ?
「胸……張って……。
……でも、やった後で、やっぱり、良くなかったんじゃないかって、思うこと……ある……から。人間が、わからないと、良いか悪いかも、あらかじめ、判断、できない、から、すること、選ぶ、どうしたら」
あー、そりゃまぁ生きてりゃ失敗もあンだろうが…それもそれで手前の糧になるってなもんだろ。
「……かて?」
おう。腹が膨らむ訳じゃねぇにしろ、な。
いちいち失敗して手前なりの答えが出て、その答えが次の選択肢の基準になるってモンじゃねぇのかい?
「失敗が、糧……自分の、答え……」
失敗――つかどうにも判断間違えたりしてな、どうしようもなく嫌ンなる事もあンだろうが…手前で生きてくにゃそれもそれで受け止めてやってくしかねぇだろうしな。
それにそうやって悩んだ末に起こした行動が、成功する事だってあるこたあンじゃねぇのかい?
「……成功、する……こと」
ああ良かった、って思うような結果に落ち着く事だよ。
その辺、どっちか極端の結果がひたすら続いてるってこたァねぇと思うがね。何だかんだで成功してる事が無きゃ、そもそもこれまで生きて来られてねぇだろうしな。
「…」
まぁ、人間でも獣でもあるってんなら選べる選択肢が広ぇ分、余計に迷うのかもしれねぇがな。…そりゃァ、随分と恵まれてるって事にもなるたァ俺は思うがね。
つーかまぁなァ…そもそも俺としちゃ、そういうどうでもよさげな事でくどくど悩むのァ人間の専売特許な気がするんだがな? それで人間がわからない、っつわれてもなァ…ンな事言われっちまったら、人間も人間はわからねぇモンって事にゃならねぇか?
となりゃ、たかが蚊のこの俺が語れるようなモンでもねぇ。わかる訳もねぇってモンだぜ。
「……。……人間も……人間が、わからない?」
違うのかい?
「……どう……だろう」
そう言って、千獣はまたちぃっと黙って考え込む。
だからな? そうやって考え込んでる事自体がそもそも人間らしい行動だと思うんだが。俺から見りゃあな。
「私が……人間、らしい……?」
って何か思いもしなかったって感じで不思議そうな顔して小首傾げて来やがるが…。
そんっっっなに意外に思われるような事言ったか? 俺?
「うん……意外」
…そうかい。でもまぁそう思うってこたァ、人間がわからないどころかお前は手前自身の事もろくにわかっちゃいないように感じるんだが。
ま、たかが蚊の宣う戯言さ。気にするこたァないがね。
「気にすること、ない、なんて……そんなこと……ない、と思う……。
……色々、お話、聞かせてくれて、ありがとう」
おう。こっちこそ害虫の酔狂に付き合わせちまって悪かったな。
「……ううん。何も、悪く、ない。
色々、聞かせて、もらえたから。だから、もっと、考えてみたいと、思う」
お前なりに、か。
「……うん。私なりに」
ま、気が済むまで人間らしく悩み倒してみりゃ、そこから何か見えてくるものもあるだろうしな。
「悩むのは、人間らしい、の、かな……?」
俺はそう思うが。お前がどう思うかは知らねぇが。
「ん……それも、考えてみる」
おう。
…っと、おいおい、誰かこっち来たぞ。
「? ……あ」
知り合いかい?
「うん。……前に、依頼、受けた、ひと」
そうかい。ってこたァ、益体も無ぇ話はここらで止めにしとくか。
害虫はこの辺でおさらばさせて貰うとするぜ?
「え……あ、待って……」
そうも行かねぇな。潰されたかァないんでね。
お前が叩かねぇっつっても、そっちの人間に俺の存在が気付かれたらそうも行かねぇだろうからよ。
「……。……わかった。……じゃあ、また、どこかで」
おう。御丁寧にありがとよ。じゃあな。
と。
そう残すだけ残して、俺は千獣から一気に離れるようにして飛ぶ。知り合いらしい人間と殆ど入れ替わりのタイミングで、幾分離れた俯瞰の位置で千獣を見返した。なんかぼちぼち話してやがるっぽいが――なぁんか妙に世話焼かれてるっぽい気もすんな。焼きそばとかりんご飴とか人間らしいエサの一種渡されてっし…。ああやってると千獣も人間にしか見えねぇがなぁ。
にしても。
ホントに叩かれねぇで済むたァな。あんな益体も無ぇ戯言に礼まで言われるたァ、随分とこそばゆいモンだしよ。…千獣っつったか。妙な奴も居るもんだ。全く、世界は広いねぇ。
ま、所詮この世は一期一会――次の機会があるかはわからねぇが。
もしまた何処かで遇ったらな。…あばよ。千獣。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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3087/千獣(せんじゅ)
女/17歳(実年齢999歳)/獣使い
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こちらこそ何だか申し訳無いくらいに御無沙汰しております。
…特に千獣様には『炎舞ノ抄』の窓を長々と開けてなくて済みませんと言う気がしてならないような…(汗)
ともあれ、今回はそこはかとなく謎なお話に発注有難う御座いました。…何方か入って下さるとは思わなかったので余計に有難かったと言うか恐縮だったと言うか(おい)
で。出来たら人間談義をとの事でしたが、こんな形になりました。
如何だったでしょうか。
お気に召して頂ければ幸いです(礼)
…イベントは悉く文字数がきつくなるので(苦笑)ライター通信書いてない事が多いんですが、今回は文字数的に書けそうだったので失礼させて頂く事にしました。
では、もしまたお気が向かれましたらその時は。
深海残月 拝
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