<東京怪談ノベル(シングル)>


闘神の為すべき事


 ガイを体格で上回る禿頭の僧兵が、鋼鉄の杖をブゥンッ! と振り回してトロールを撲殺し、オーク3、4匹をまとめて叩き潰す。
 小柄な体格を筋肉で盛り上げた、まるで猪のような体型をした傭兵が、その身体を鎧に包んだまま槍を構え、怪物の群れに突っ込んで行く。ゴブリンの一部隊が、砕け散ったように吹っ飛んだ。
 ガイ・ファングが駆け付けた時には、戦はすでに始まっていた。
 辺境の地、である。
 とある蛮族系の軍神を本尊とする寺院があり、そこを中心として、1つの町が形成されていた。
 この地には、ゴブリンやオークのみならず、魔獣や巨人といった危険な怪物たちも数多く棲息している。
 寺院に勤める僧兵たちは、町の守備部隊として日々、武の鍛錬に励んでいた。そして度々、辺境の奥地より襲い来る怪物たちと戦い、町を守り続けてきた。
 そんな歴戦の僧兵団の力をもってしても、これほどの大群を退けるのは至難の業だ。
 辺境に住まう怪物たちが大軍団を編成し、町を攻めたのである。
 僧兵だけでは守り手が足りぬと判断した寺院は、傭兵を大量に雇い入れ、この襲撃を迎え撃った。
 ガイもまた傭兵の1人として、この戦に参加したわけであるが、これまで自分が経験してきた戦いとはいささか勝手が違うという事実は、認めざるを得なかった。
 筋骨隆々の巨体を甲冑に包み込んだ傭兵が1人、サイクロプスの棍棒を喰らって宙を舞い、ガイの近くにドシャアッと落下する。
「お、おい! 大丈夫かよ」
 ガイが声をかけても、苦痛の呻きが返って来るだけだ。
 折れた肋骨が、恐らく内臓のどこかに突き刺さっている。たくましい手足も骨折し、おかしな方向に折れ曲がっていた。もはや戦える状態ではない。
 戦場いたる所で、同じような事が起こっていた。
 屈強な僧兵が1人、マンティコアにのしかかられて倒れ、強靭な素手で懸命に牙を防いでいる。
 キマイラにまたがったデーモンの騎士が、炎の鞭を振り回しながら戦場を駆け、僧兵・傭兵を蹴散らし蹂躙している。
 僧兵団とは言え、聖職者である。治療の白魔法を使える者はいる。が、彼らの魔力もすでに尽きているようであった。
 劣勢である。
 僧兵団も傭兵団も、人間相手の戦であれば無双の戦いぶりを発揮するであろう猛者揃いだ。
 ガイの目から見ても一騎当千と思える男たちが、明らかな苦戦を強いられている。
 自分が前線で暴れたくらいでは、この戦況を覆す事は出来ないだろう、とガイは思った。
 劣勢に陥っている味方全体を、立ち直らせなければならない。
「俺も今まで、ずいぶん戦いの場数を踏んできた……つもりだけどよ」
 自身の生き方を振り返りながら、ガイは呼吸を整えた。
 筋骨たくましい半裸の巨体。その全身に、気力が満ちた。
「いわゆる戦争ってやつを経験するのは、もしかしたら初めてかも知れねえな」
 戦である。負ければ、自分が死ぬだけでは済まない。
 僧兵たちが死ぬ。傭兵たちが死ぬ。
 そして、無力な町の人々が皆殺しにされる。
 自分が戦うよりも、まずは味方を支える事。
 それを思いの中心に据えながら1歩、ガイは踏み出した。
 大きな足型が、ズンッと大地に刻印される。
 巨体に満ちていた気力が、放出される。
 足跡を中心に、黄色い光が生じ、戦場全域を波紋状に駆け巡った。そして僧兵たち傭兵たちを包み込む。
 サイクロプスの振るう棍棒が、砕け散った。
 マンティコアが、黄色い光に弾かれて吹っ飛んだ。
 デーモンの騎士によって振り回される炎の鞭が、ちぎれて消えた。
 僧兵たちが、傭兵たちが、黄色の光をまといながら、怪物たちの攻撃を弾き返している。
 守りの波動。
 自身の気力を黄色い光に変えて放出し、味方全体の守りの力とする術である。
 少し前、自分の強さを高める事しか考えていなかった頃のガイであれば、身につけようとも思わなかった力だ。
「あ、あんた……」
 全身骨折で死にかけている傭兵が、痛そうに苦しそうに声を漏らす。
「一体……何者なんだ……?」
「ただの風来坊さ」
 それだけを答えながらガイは、見えない敵を殴り飛ばすかの如く、右拳を突き出した。
 岩塊のような拳が、風を切って唸る。
 それと共に気力が放出され、僧兵たちに撃ち込まれる。
 気力の補充。精神回復術。
 それによって魔力を回復させた僧兵団が、治療の白魔法を味方にかけて回る。
 傷を癒された傭兵・僧兵が、雄叫びを上げて怪物たちに襲いかかる。
 形勢逆転と言っていいだろう。今日のところは、勝ちを拾えそうであった。


「うぎゃあああああ! 痛え痛え痛え! いてーよォオオオオ!」
 筋骨たくましい傭兵が、まるで子供のように泣き叫んでいる。
 あちこち骨折しているその巨体を、ガイは手際よく揉みほぐし、修理にかかった。
「おら大人しくしねえか。骨が変なふうにくっついて、一生まともに動けなくなっちまうぞ」
 言葉に合わせ、ガイの力強い両手が、太い五指が、傭兵の全身で容赦なく動き回る。脱臼した関節を強引にはめ込み、内臓に刺さった肋骨を皮膚もろともつまんで引き抜き、折れた骨の断面と断面をゴリゴリと押し付け合わせてゆく。
 無論、麻酔などない。
 町の中央、軍神の寺院である。負傷者は全員、ここに収容されていた。
 怪物の大群は、とりあえず撃退した。が、2度と攻めて来られないほどの痛手を与えたわけではない。
 明日以降の戦に備えて、負傷者の治療は今夜じゅうに済ませておかなければならないのだ。
「これで良し、と。いいか動くなよー」
 気絶寸前で痙攣している傭兵の巨体に向かって、ガイは片手を掲げた。そして念じた。
 気の力が、分厚い掌から、負傷した巨体へと降り注ぐ。
 癒しの力。
 傭兵の体内で、断面同士の合わさった骨が融合してゆく。臓物に空いた穴が、塞がってゆく。
 負傷を、逆回しで再現しているような治療である。その激痛は、下手をすると負傷そのものを上回る。
 表記不可能な悲鳴を上げながら、傭兵は泡を吹いて白目を剥き、気を失った。
「女だったら、もうちっと痛みなく治してやれるんだがな……」
 ガイは頭を掻いた。
「頑丈な男の身体ってのは、1度ぶっ壊れちまうと簡単には治せねえ。ま、無理矢理になら治せねえ事もねえんだが」
 無理矢理に治療された傭兵の巨体が、僧兵たちによって運ばれて行く。目が覚めれば、また今日のように勇敢に戦ってくれるだろう。
「助かりましたよ、ガイ・ファング殿」
 寺院の大僧正が、声をかけてきた。
 僧兵の頭として戦場にも出る人物で、ガイほど上背はないが、その筋肉の厚みはまるで鎧である。
「ご武勇、かなりのものとお見受けします。それを戦場で誇示する事もなく、後方支援に徹して下さった。戦というものを、よく心得ておられる」
「いやあ、誇示するほどの力もありませんでね」
 馬鹿力に、いくらかの自信はある。だが戦場においては、それも一兵卒の力でしかない。
 怪物の大群を相手にするには、集団の力をこそ重んじなければならないのだ。
「これから先、後方支援だけでなく前線で戦っていただく事にもなるかも知れません……明日も、頼みますよ」
「前線に出られますか? そいつぁ望むところですな」
 後方支援も悪くはない、とは思う。戦とは、集団の力をこそ活かすもの。
 それは、理解している。
 だが、やはり前線で戦いたいものではあった。
 たかが一兵卒の力とは言え、それを存分に振るいたいものであった。
 今は、しかしその時ではない。負傷者の治療を、今夜じゅうに終わらせなければならない。
「よし、次」
 ガイが言うと、僧兵たちが、1人の若い傭兵を連行して来た。
 頭には包帯を巻いて片腕を吊り、よく見ると足も引きずっている。
 実に治療しがいがありそうだ、とガイは思った。
 そんな状態でありながら、その少年とも言える傭兵は、じたばたと元気良く暴れている。
「だっ大丈夫、俺は全然大丈夫だから! やめて、やめてくれぇー!」
「はっはっは。本当に大丈夫かどうか今、確かめてやるからなあ」
「痛いのはやだー!」
 怯え泣き叫ぶ傭兵の若者を、ガイは両拳をポキポキと鳴らしながら、にこやかに寝台の上へと迎え入れた。