<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
天使はそこに佇んでいる
聖都エルザード。世界の中心であるその都の天使の広場にて、天井麻里とジュリス・エアライスは穏やかな休息を楽しんでいた。
そろそろ小腹もすいてくる時間だ。甘いものでも食べに行こうか、と、アルマ通りへと向かおうとする二人。けれど、何かの気配に気付いたのか、彼女達の歩みは不意に止まる。
――その瞬間であった。背後から忍び寄った影が、二人へと襲いかかったのは。
刺客達により繰り出された一撃。しかし、それは彼女達の体に傷をつける事は叶わず弾かれる。ジュリスの剣と麻里の蹴り技が、見事に攻撃を防いでみせたのだ。
「全く、随分なご挨拶ね! わたくしを敵に回した事、後悔させてやるわ!」
「麻里、油断は禁物よ。数が少し多すぎるわ」
「わかってる。ただ、わたくしの実力をちょーっと思い知ってもらうだけよ!」
悪戯っぽく笑った麻里の足が、目にも留まらぬ速さで刺客の一人の腹へと叩き込まれる。
美少女格闘家の蹴り技に、女剣士の剣技も続いた。そこにあったのは、普段の臆病なジュリスの姿ではない。容赦なく敵を切り刻む、一人の戦士の姿だった。鋭い一振りが、刺客達の命を断つ。
麻里とジュリス、息の合った二人の応戦に、刺客達は少なからず狼狽したようだった。その勢いのままに、彼女達は刺客を倒していく。
戦局は彼女達有利……というわけでも、なかった。
何せ、刺客の数が、多すぎるのだ。倒しても倒してもキリがない。
着々と体力は削られ、少女達の吐く息に疲労がまじり始める。その隙を逃す程、刺客達も甘い相手ではなかった。
「くっ……!」
刺客の一撃がジュリスと叩き込まれ、彼女の体力を更に削り取る。体勢を立て直す間もなく、続け様に別の刺客の攻撃が彼女へと襲い掛かる。
攻めに転じる機会を失い、ジュリスは防戦を強いられていた。剣を持つ手が震える。否、震えているのは手だけではなかった。体が、震えている。
凛としていた女剣士の表情が、崩れた。その赤色の瞳に宿る感情は――恐怖。
「い、いや……、お願い、助けて……」
唇からは、助けを乞う言葉が零れ落ちる。器から溢れる水のように、一度吐き出された弱音を止める術はなかった。けれどその声は、無情な刺客達には届かない。
再び体へと襲いかかってきた衝撃に、黒色の長い髪が揺れる。次いで辺りに響き渡るは、倒れ伏す、音。
「ジュリス!」
薄れゆく意識の中で、ジュリスは麻里の声を聞いたような気がした。
倒れた友人に駆け寄りたい気持ちを必死に抑え、麻里は刺客達を睨み据える。美少女格闘家の瞳は、怒りに染め上がっていた。
「あんた達、よくもジュリスを! 絶対に許さないんだから!」
先程よりも数段勢いの増した麻里の蹴りが、刺客へと繰り出される。格闘家は怯む事なく、果敢に攻めていく。刺客達の攻撃を身に受けようが、諦めずに立ち向っていく。
けれど、やはり数が多すぎるのだ。歴戦の戦士であるジュリスと、足技を使った武術の使い手である麻里二人でも敵わなかった人数を、一人きりでどうにかしろと言うのはあまりにも酷な話だ。
刺客の攻撃を受け、麻里は善戦空しく地面へと身を委ねる事となる。彼女は最後の力を振り絞り腕を伸ばしたが、結局それはどこにも届く事はなく空を掴んだだけだった。
辺りは、まるで先程までの喧騒が嘘だったかのように静まり返っている。
意識を失い、動かなくなったジュリスと麻里。少女達の負った傷は深く、二人が瞳を開ける気配はない。
彼女達を連れ去ろうと、刺客達は二人を抱えようとする。しかし、その刺客達は、次の瞬間には事切れていた。
別の刺客が驚いて目を丸くする頃には、もう遅い。その刺客も、瞬きの間に物言わぬ肉塊となる。
目にも留まらぬ速さで次々と刺客達をのしていくその影の名は、斑咲。
闇に潜み、風のように駆け、屋根より高く跳躍する女忍者。
「た、助け……」
刺客の命乞いは、言葉になる前に斑咲により切り裂かれる。銃を模した形の剣は、止まる事なく振るわれていく。
そうして、音すらも響かせぬ素早い一閃は、全ての刺客達の命を刈り取った。
◆
「ん……、私は、いったい……?」
長いまつ毛が揺れ、女の瞼が開く。覚醒しきっていない頭で、ジュリスは自分が何故今こうやって倒れているのかを思い出そうとする。
聖都エルザードで、侵入してきた刺客達に襲われ、そして――。
「……そうだ、麻里!」
「きゃっ!」
勢い良く起き上がったジュリスのすぐ傍には、驚いた顔をした麻里が座り込んでいた。
ジュリスは彼女の姿を目で捉えた瞬間ホッとしたように息を吐いたが、すぐに真剣な面持ちになり、問いかける。
「あれからどうなったの? 刺客達は?」
麻里はしばしの間、何かを考えるかのように沈黙した。そして、その小さく愛らしい口唇は、得意気に弧を描き呟く。
「あいつらは……わたくしが倒したわ!」
……無論、ハッタリである。
ジュリスより先に目覚めていた麻里は事態を把握し、自身が刺客達を倒せなかった悔しさに歯噛みしたのだった。
けれど、敵を倒し彼女達の事を介抱したであろう何者かの姿は、もうすでにどこにもなかった。真実を知る者は、もうこの場にはいないのだ。
ならば、と口をついて出た少女のハッタリ。実際、麻里もかなりの数の刺客を倒したのだから、完全なる嘘とも言えないだろう。
「そうだったの……麻里、ありがとう。助かったわ」
素直にその言葉を信じたジュリスは麻里に微笑みかけ、麻里も笑みを返す。細かい部分はどうであれ、彼女達が必死で刺客達と応戦したのは事実として此処にある。手当されたとはいえ未だ癒えきっていない傷が、先の戦闘の過酷さを物語っている。
彼女達は刺客達と戦い、そして生き残った。それは、確かな事だ。
聖都エルザードには再び安息の時が訪れ、エンジェルの像は常と変わらぬ様子でそこに佇んでいる。
彼女達の休息を邪魔する者は、もういないのだ。少しだけ休んだら、気を取り直して甘いものを食べに行こうと二人は笑い合った。
|
|