<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


〜差しのべられた手を取るとき〜


 聖都は、数日後に控えるハロウィンの飾り付けで、とても華々しく、美しい装いで、人々の目を楽しませていた。
 主な色合いはやはり、橙色と黒だが、気の早い人たちの仮装がそこに様々な彩りを添えている。
 松浪心語(まつなみ・しんご)は、仮装まではしていないものの、心の中ではそれらを楽しんでいるのだが、それをおくびにも出さず、相変わらずの仏頂面のまま、大通りを歩いている。
 今、心語には悩み事が――それも、とてもとても大きくて深い悩み事があった。
 それは言わずもがな、ふたりの義兄のことだった。
 彼にとってはどちらも宝石のように大切で、なくしたくない人たちだ。
 だが、そのふたりの間には、お互いの感情だけでは割り切れない、宿命的とも言える溝が横たわったままだった。
 事情を知った現在、ふたりの立場それぞれに理解はできるようになった。
 けれども、それはそれとして、ふたりを昔のような屈託のない間柄に何とか戻せないかと、結局そこに行き着いてしまうのだった。
 いつの間にか、足は義兄のひとり、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)が働いている白山羊亭の入り口へと入り込もうとしていた。
「今日は……食料の……買い出しだけの……つもりだったんだが……」
 途方に暮れたように、つい右腕にかかえた茶色の紙袋を見下ろす。
 自分で自分の行動に首を傾げながらも、中から流れてくる特製クリームシチューの素晴らしい香りには抗えず、心語はため息をこぼしながらも、店の中へと足を踏み入れ、
「いらっしゃい」
 ちょうどホールに出ていた、シチューと同じくらい心が温まる笑みを浮かべた静四郎に、やさしく出迎えられたのだった。
 

「あともうちょっとってトコだったんだけどなぁ〜」
 洞窟を出てから数十回目のぼやきを地面に落としながら、フガク(ふがく)は疲れた体を引きずるように聖都の城門をくぐり抜けた。
 横で心語がやれやれと言いたげな顔をしているのを視界の端に見とめると、半ば本気の声音で未練たらたらにこう言った。
「お前さ、あんな目の前で敵に逃げられて悔しくない?! 俺はもう、悔しいなんてモンじゃないんだけど?!」
「敵に……地の利が……あった……それだけだ……」
「何それー?!」
「次回は……同じ失敗を……しなければいい……」
「割り切り早いねぇ、いさなは」
 どこか達観している心語に、あきれたような台詞を返してから、フガクは通りに面した店にゆっくりと視線をめぐらせた。
「それにしても、腹減った! なぁ、いさな、今すぐ何か食うだろ? 食うよな?!」
 脅しとも取れそうな物言いに、心語は軽くうなずいた。
「よっしゃー! じゃ、やっぱり季節柄、あったかいモンがいいよなぁ! 海通り沿いの海豹亭にでも行くか! あそこの豚肉のトマト煮込みがさーこれまた美味くてさー!」
「そう言えば……」
「ん? なになに? 何か美味い店でもあるって?」
 喜び勇んで問い返すフガクに、ちらっとだけ横目をやってから、心語は訥々と言った。
「白山羊亭で……盛大に……ハロウィンを祝うそうだ……」
「白山羊亭」という言葉を耳にして、フガクは露骨に嫌な顔をした。
 だがあえて意に介さないふうを装い、心語はこう付け足した。
「今日は……いないらしい……」
 主語はなかったが、フガクはそれでわかったようだ。
 しばらく黙って通りを歩いていたが、やがてふてくされたような顔をして言った。
「そういうことなら、行ってもいっか。すげー久々だよな、いつ以来だよ?」
 白山羊亭の食事はどれも美味しく、以前のフガクはあの店に足繁く通っていたのだ。
 その味を唐突に思い出したのか、唯一の障害である「あの男」がいないのなら好都合だとばかりに道を曲がった。
 心語は半歩後ろを歩き、ややうれしそうなフガクの背中を何食わぬ顔で眺めていた。


 白山羊亭の中はカボチャのランタンや色とりどりのろうそく、仮装する人々で、普段以上に混雑し、騒々しくごった返していた。
 見渡す限り、奇妙奇天烈な集団ばかりだ。
 エールのしぶきがここぞとばかりに飛び交い、みな、ここ数日のハロウィン限定のカボチャ料理に舌鼓を打っている。
 だが、心語の前にホールに入ったフガクは、その喧騒の向こう側に鋭い視線を投げ、ピタリと足を止めた。
 その先には場違いなエプロン姿のミイラ男がいた。
 ミイラ男は入って来た客に気がつき、数歩こちらに歩み寄って来てから、少しだけ戸惑ったようにふたりに声をかけた。
「い、いらっしゃいませ…」
 緊張と驚愕にやや震えた声――それだけで、フガクはミイラ男の正体を一発で見抜いてしまっていた。
 くるりと心語を振り返ると、明らかにいらだちを隠せない顔で怒鳴った。
「おい、どういうことだよ?! お前、いないって言ったよな?!」
 しかし当の心語は、それを見越して、涼しい顔でこう言ってのけた。
「あれは……『ミイラ男』だ……」
 それ以上は、何も言わない。
 フガクはさらに何か言い募ろうとしたが、心語のやたらと落ち着いた表情から、その真意を悟ったようだった。
 憮然としたまま、かろうじて空いていた木のテーブルを見つけると、ドカドカとことさらに足音をたててそこに陣取る。
 心語が席に着くや否や、まだ状況を把握しきれていないミイラ男に、メニューも壁に下げられたおすすめの看板も見ないで、ぶっきらぼうにフガクが言った。
「じゃ、鶏と季節のシチューと、チーズと燻製ソーセージ」
 心語は目をぱちぱちさせて、フガクに問いただした。
「それは……メニューに……ないようだが……」
 するとフガクは腕を組んで、少々怒ったような顔を崩さず、答えた。
「ここの裏メニューだ。むかーし、友達が教えてくれてさ。それ以来ずっと、ここに来るときはそればっかり、ま、言ってみりゃ、俺の好物ってことだな。…その友達ってのがさ、人を疑う事を知らない底抜けのお人好しで、何度も俺を助けてくれた。なのに俺は、そいつの心も信頼も、何もかも踏みにじって…」
 それを聞いた瞬間、ミイラ男は肩を震わせ、かすかに目頭を押さえながら厨房の方へ小走りに消えて行った。
 料理が運ばれて来るまでの間、フガクは一言も発さなかった。
 その表情も変わらず、心語は事を急ぎすぎたかと、内心少しあせりを感じていた。
 しばらくして、ほかほかと湯気をたてたシチューと、チーズとソーセージが乗った皿、そして注文した覚えのない、芳香をふりまく茶が入ったポットが運ばれて来た。
 そのポットを見て、心語は目を丸くしたが、すべてがテーブルの上に並べられたとたん、フガクが無言で茶が注がれたカップを取り上げ、無造作に一口飲んだ。
 心語が何かを言う前に、フガクはぽつりとつぶやいた。
「いつかさ…、『3人』で、この茶を飲みたいもんだよなぁ…」
 心語の傍らに立つミイラ男が、消え入りそうな細い声を震わせて、こう答えた。
「お待ち…しています…」
 くるりと身を翻し、ミイラ男は厨房に走り去って行く。
 その後ろ姿を半分呆然としながら見送っていた心語の頭に、コツンと何かがぶつかった。
「ったく、お前ってヤツは…」
 フガクの握りこぶしがテーブルの上に戻される。
「わかってるよな? 今日はお前のおごりだぜ、いさな」
 片手を頭にやりながら、心語は、フガクの表情がどことなく晴れやかなものに変わっていることに気付き、かすかな笑みを口元に浮かべて、
「わかった……」
と、うなずいた。


〜END〜


〜ライターより〜

 いつもご依頼、本当にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

「怪談」の折りは、大変失礼いたしました。
 あの後、体調を崩してしまい、しばらくPCから離れていたため、結局お返事が出せずじまいになってしまいました。
 この場を借りて、重ねてお詫び申し上げます。


 ようやくここまで来た、という感じですね…!
 なんだかこちらまでうれしくなってしまいました。
 いつかこの3人でお茶だけでなく、冒険にも出られたらいいですね。
 騒々しくも楽しい道行きになりそうな気がします!
 
 
 それではまた未来のお話をつづる機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!