<東京怪談ノベル(シングル)>


勇者の町にて


 頭部は、目と口をくり抜いたカボチャ。
 首から下は黒一色のローブだかマントだかで、その下に四肢のある身体が存在しているのかどうかはわからない。
 魔物や妖精の類ではない。幽霊である。つまり、生前は人間であったという事だ。
 一体いかなる怨みや妄執を残して死ぬと、このような奇怪な姿の死霊と成り果てるのか。
 ガイ・ファングは、皆目見当もつかなかった。
「まあ詳しい事情は知らねえが、おめえらはもう死んじまってんだ……安らかに、眠ってくれや」
 ゆらりと襲い来る死霊たちに向かって、ガイは片掌を立てた。そして目を閉じ、鎮魂を念じた。
 廃屋内に、『除霊の波動』が波紋の如く行き渡った。
 その波紋の中で、カボチャ頭の幽霊たちが消滅してゆく。
 町外れの、広大な廃屋。元々は大貴族の邸宅であったらしい。
 ここに出現する幽霊の討伐が、ガイの今回の仕事だった。


「やあ、御苦労様。まさか幽霊退治まで引き受けてくれるとは思わなかったよ」
 金貨の入った袋をガイに手渡しながら、依頼主の男は言った。
 にこやかな、中年の商人である。
 これまでガイは、この男の依頼で、数多くの強盗団やら怪物やらを退治してきた。
「これで、あの土地にも買い手が付く。あんたのおかげさ」
「買い手がねえ……土地を売ったり買ったりってのは、どうもよくわかんねえな」
「あんたは基本的に、お金を飲み食いにしか使わないからな。それで生きていける人は、うらやましいよ」
 商人は言った。
「この町は、明後日から収穫祭だ。美味いものも沢山ある。忙しくなければ、楽しんでいってはどうかな」
 確かに、忙しいわけではなかった。


 魔力は一切、使われていない。
 リンゴほどの大きさの水晶玉が、まるで宙に浮いているかのようだった。
 浮遊している水晶玉を、男が両手で撫で回している。そんな感じである。
「ほおお……上手いもんじゃねえか」
 鶏の揚げ肉をかじりながら、ガイは大道芸を見物していた。
 実際には、男が手指の技術で水晶玉を保持し、宙に浮いているように見せているのだ。
 自分が同じ事をやろうとしたら、指圧で水晶玉を割ってしまいかねない。
 そんな事を思いつつ、ガイは鶏肉を軟骨もろともバリバリと咀嚼した。
 薄い揚げ衣が、様々な味と香ばしさを内包している。
 その香ばしい風味が、肉の奥まで、肉汁の1滴1滴に至るまで染み渡っている。
「おっさん……美味えな、これ」
「そうでしょう、そうでしょう」
 屋台の親父が、得意気に語った。
「12種類の香辛料とハーブを、私にしかわからない絶妙の割合で配合して作った衣です。まさに黄金比ですよ」
「黄金の鶏肉ってわけだな。気に入った、もう5本」
 追加注文をしながらガイは、屋台広場を見渡してみた。
 他にも、様々な大道芸が行われている。
 仔犬に、玉乗りや縄跳びをさせている男がいた。いや、よく見ると仔犬ではなくキマイラの幼獣である。幼獣でも、成人男性の1人くらいは容易く殺せる怪物だ。それを見事に手懐けている。
 信じられない方向に身体を折り曲げ、どこへでも入り込んでしまう少女がいた。小柄な美少女とは言え人間1人の身体が、持ち運び出来る小さな箱に収まってしまう。自分の身体もこのくらい柔らかければ、拳や蹴りの威力も格段に増すのだが、とガイは思った。
 何体もの人形を相手に、漫談をしている老人がいた。人形たちがカクカクと口を動かし、流暢な言葉を発している。そのように見える。実に見事な腹話術だった。人形に、歌まで歌わせている。
「いろんな事出来る奴らが、いるもんだ……」
 他の観衆と共に拍手をしながら、ガイは感嘆するしかなかった。
 自分の取り柄は、馬鹿力だけだ。戦って叩きのめす、以外には何の役にも立たない。人様に見せて、金を取れるようなものでもない。


 牛や豚、よりは鶏肉に近い感じがした。
 柔らかい。トロールの筋肉を食いちぎれるガイの歯と顎にも、この柔らかさは心地良かった。
 おかしな臭みもなく、さっぱりとしている。それでいて、味わい深さの余韻がしっとりと感じられる。
 牛や豚や鶏肉より、美味いかも知れない。
「こ、こいつが本当に、バジリスクの肉だってのか……」
 ソテーされた少量の肉片を、惜しむように味わいながら、ガイは絶句していた。
 バジリスクを退治した事ならある。ついでに食ってしまおうかと思わなくもなかったが、毒抜きの方法を知らなかったので、その時は諦めた。
「何年か前にね、通りすがりの勇者様が退治して下さったんですよ」
 店の主人が語った。
「何しろバジリスクって怪物は、放っとくと、どこもかしこも砂漠になっちまいますからね。その勇者様のおかげで、ここら一体の耕地が助かったんです。この収穫祭は、感謝のお祭りでもあるんですよ」
「けど肝心の勇者様は今いねえと」
「そうなんですよ。まだ、ちゃんとお礼もしてないのに……今頃、どこでどうしておられる事やら」
 主人は、遠くを見た。
「とにかく、あの時のバジリスクの肉を、何年もかけて毒抜きして、腐らないように寝かせて……今年ようやく食べられるようになりましたんでね」
「手間かかってんだなあ」
 砂漠化をもたらす凶悪な怪物。その肉の上品な味を堪能しながら、ガイは目を閉じてみた。
 凶悪な怪物と死闘を繰り広げる、雄々しき勇者の姿が、脳裏に浮かんで来る。
 会ってみたい、とガイは思った。
 この世には、自分より強い者など、いくらでもいる。その全員に、会ってみたい。
 思いながらガイは、最後の一切れを平らげた。
「ごっそさん、お勘定! これ、もうちょっと安かったら10皿くれえお代わりするとこなんだけどな」
「そうですねえ、もっと簡単に手に入る肉なら良かったんですが」
 隣にも飯屋がある。収穫祭の夜だから、どの店も賑わっている。
 もう何軒か回ってみよう、とガイは思った。
 ここほど上品な味でなくとも良いから、少し量のあるものを食べておきたい。
(戦って……出来れば強い奴と戦って、金稼いで美味いもん食う。俺は、それでいいんだよな)