<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


色彩の痕は



 女三人寄れば――とはよく言ったものだが、二人でも賑やかさは十二分であった。加えてテーブルに広げられたのはお茶菓子に紅茶に、それから色とりどり、鮮やかな布が幾重にも。卓を囲むのは二人の女性、時折奇妙な色をした猫や、10代半ばくらいの少女、更に幼い子供も顔を出す。だが、中心に居るのは二人である。
「いやぁ、儲けた儲けた。ハニーもこれなら文句ないだろ」
 満面の笑みを浮かべながら、紅茶にブランデーを混ぜているのは、そんな色彩の中でぽっかり色を喪ったように見える白黒の女性。
「そうね、おまけにこんなにイイものまで貰っちゃって。いい仕事だったわぁ!」
 対面に座るのは、紅茶を傾けながら満足げな笑みを浮かべる不思議な金緑色の髪の女性だ。洒落っ気の溢れたワンピース姿で、すっきりしたシルエットに対して、袖などに配されたたっぷりのフリルがアクセントになっている。足元は黒いブーツだが、実用一点張りのものとは違い、ヒールが高く、スカートから覗く足を綺麗に見せていた。
 そんな二人がテーブルに広げているのは、布地と、その上に無造作に幾枚かの銀貨、僅かながら金貨も混ざっている。
「『別荘のモンスター退治』なんていうからどんな相手かと思えば、半分は幽霊、半分は悪戯しに入り込んできたグレムリン。それでこんだけの報酬とは、ほーんと、儲けの大きい仕事でラッキーだったな」
 にんまりと笑いながら銀貨の枚数を数え終えた灰色の女、レシィが、銀貨の一枚を指先で弾いた。それからちらと、対面の女性――レナを見遣る。
「しかしホントにいいのか? 報酬、私が全取りで。…相手が幽霊だったから、私は力仕事しかしてないし、悪い気がする。この布地も、『幽霊のいた倉庫のモノなんか要らない』とか言われたんで引き取ったけど、半分くらい持って行ってもいいんだぞ?」
 対して、レナは明るく笑いながら手を振った。
「それは最初に仕事を請ける時にも言ったじゃない、いいの! お金、娘さんのドレスの為に使っちゃったんでしょ? こんだけ布地があれば、新しい洋服だって仕立てられるじゃない。それに気持ちも分かるもの、あたしもよくやっちゃうのよねぇ…アクセサリとか、新作のドレスとか、ついつい手が出ちゃうの。でも、それって女性にとっては大事なことじゃない!」
 力強い言葉に、レシィは思わずと言った様子で笑みをこぼす。
「…ウチのハニーもそれくらい、娘の女心を分かってくれるといいんだがなぁ」
「男親ってそういうとこ、鈍感でダメよねー」
「おぉ、分かってくれるか! そうなんだよ、ハニーは私が育てたのに、何でか乙女心には鈍感でなー、勉強道具なんかには金出してくれるんだけど、娘の初デートとか、祭りのダンス用のドレスとか、『前使ったのを仕立て直せばいいだろ?』とか言うんだよ!」
「あら、そこはガツンと言うべきよレシィ。可愛い服を買ったりアクセサリつけてお洒落するのは大事よー? 女の子はそれだけで、すごーく幸せになれるし、綺麗なものを身につければ自信にだってなるじゃない?」
「あ、そうそう。それはすごく分かるぞ。初めて『余所行き』の洋服を着せた時の娘はみーんな、その前よりもしっかりした感じになるんだ。大事なことだよなぁ」
「そりゃ大事よ、何でこんな当たり前のことが男の人って分かんないのかしら」
「だよなぁ。言ってみてもきょとんとされるのが関の山だし」
「ほーんと、駄目よねぇ、男親って」
 うんうん、と二人の女性は頷き合いながら同時に紅茶を飲み――その傍で、新しいお茶の用意をしていた人物が、ぼそりと低い声で唸った。

「…あのさ、母さん。レナさんも。僕の悪口言うなら、僕の居ないところでやってくれない?」

 件の「男親」、孤児院の財布を一手に預かり、レシィに「外で稼ぐまで帰って来るな!」と厳命した主犯であるところの人物。見た目は少年だが、中身は100歳近いハーフエルフのヨルである。
 が、彼の至極尤もな主張に対して、女性二人は悪びれもせずにお茶のお代わりを要求しながら、
「何言ってんだハニー、これは悪口じゃないぞ」
「そうよね。駄目だしよ」
 レナにまで笑みで断言され、ヨルは無言で項垂れるにとどめた。――彼は強い女性には、極力逆らわない主義である。




 聖都で流行のドレスや小物の類をカタログで見繕い、広げた色とりどりの布を見ながら、さて、とレナは対面を見遣ってにんまりと笑った。大真面目に子供達のドレスを選び終えたレシィは、満足げに少し温くなった紅茶を飲んでいる。が、レナの視線に気付いて怪訝そうに首を傾げた。
「…何だよレナ、ニヤニヤして」
「んー? だってレシィ、これで買う分は終わり?」
「終わりだろ。…あ、息子たちにも晴れ着くらいは要るかな」
「いやそれはそれで必要かもしれないけど、そーじゃなくて」
 言いながらレナは、細い指でとん、とテーブルに広げた布の一つを押さえる。子供の晴れ着には不向きな、しかし上質そうな光沢を持った黒絹は、あとで売って換金しよう、などとレシィが算段していた代物だ。が、レナの考えは違うらしい。
「レシィも一着作ればいいじゃない」
 晴れ着無いでしょ、と告げるとレシィがそっぽを向いたので、当てずっぽうなレナの発言は図星であったようだ。
「勿体ないじゃない? 背も高いし、スレンダーだし、ドレスくらい持っておけばいいのに」
「でもなぁ、私、この通りのザマだからなァ」
 困惑した様子でレシィが自分の身体を指す。その指先、爪の色さえも灰色で、彼女の周りはごそりと色彩が喪失しているように見える。――呪いなのだ、と言うことを、レシィ自身が初対面の人間にもあっけらかんと話すし、レナ自身も――ヨル達とは流儀が異なるが――魔女ではあるから、おおよそ見れば分かることだ。レシィの身体は呪いによって、「色彩」というものを奪われてしまっているのだ、と。
 それが何の代価として奪われたのか、までは、レナとて突っ込んで尋ねたことはないが、今はまぁ、関係の無い話だ。
「だからほら、これ。白もいいかなぁと思ったんだけど、レシィなら黒よね、断然。白だと汚れも目立っちゃうし、白か黒ならその呪い、効果が無いんでしょう? まぁ、効果があったとしてもそれはそれとしてドレスは必要よ、レシィ。と言う訳で、選ぶわよ!」
「ええええ…わ、私の分かー? いいよ、そんな余裕あるならレナが作りなよ」
「あたしの分は別腹よ!」
 力強く断言して、レナは分厚いカタログをどこからともなく引っ張り出した。先程まで眺めていたのは10代から20代向けの少し華やかな衣装デザインだが、こちらはもう少し大人向けの、シックなデザインが多い。
「と言う訳でレシィ、覚悟してね。女親なら分かってると思うけど、――女の子の衣装選びは、体力勝負よ」

 にこりと笑いながら布を手にして近寄ってくるレナに、かつてない迫力を感じた、とは後のレシィの談である。





 半時も過ぎたろうか。まだお茶会をしているのか、といささか呆れつつ、それでも律儀に、丁度おやつ時だったこともあってキュウリのサンドウィッチなど用意して顔を出したヨルは、今度は――疲れ切った様子で机に突っ伏しているレシィと、その横でウキウキとした様子でカタログをめくるレナ、という取り合わせを見て、首を傾げた。何かにつけて彼を振り回す義母がぐったりしている姿は、なかなかに珍しいものではある。
「母さん、どうかしたの?」
「…いや何、大したことじゃない。ちょっと慣れないことをしてな」
「ふぅん」
 さして興味もなさそうに鼻を鳴らして、小柄な少年は客人へと向き直る。レナは彼にウィンクをしながら、差し出されたサンドウィッチを摘まんだ。一口サイズに小さく作られたそれは、確かに午後のおやつ時には丁度良い。
「ヨル、ちょーっとごめんね。これからレシィ借りて、聖都まで行ってくるわ」
「…まぁ、その人はここに居てもあんまり役に立たないから、それは別にいいんだけど。…今度は何の悪だくみ?」
「ふふーん、安心しなさいな! このお仕事の報酬で結構な余裕が出来たじゃない? それで、新しいドレスを買いに行くの。下準備でカタログを見てたのよ」
 その言葉に、いささかバツが悪そうな顔をしたあたり、彼は娘の新しいドレスの購入を咎めた件についてそれなりに思うところがあったらしい。成程、鈍感なだけの男親ではないようだ、とレナは満足げに笑って、付け加えた。レシィには聞こえないように、こっそりと耳打ちで。
「レシィにも、新しいドレスを見繕おうと思うの。いいアイディアでしょ?」
 その言葉に、ヨルは一度だけ目を瞬いて、それから微かな苦笑を零したようだった。
「…それはまた、とんだ悪だくみだ」
「あら、人聞きの悪い」
「男にとって、着飾った女性は大概が猛毒だよ。レナさんはその辺、分かってて着飾ってる気がするけど」
「ふーん、結構クチがうまいのね、ヨル。…その女性への気配り、娘さんには出来ないの?」
「それはそれで、これはこれ。娘が綺麗に着飾るのも、男親にとっちゃ、まぁ毒といえばそうだしね…心配になるから…」
「ま、程々にね。…何かリクエストとか、好みとかある?」
 後半問いかけたのは、勿論、レシィに着せる予定のドレスについてだ。ヨルは肩を竦めて、一言だけ。
「あの人、動きにくい恰好が苦手だから、動きやすい服選んであげてね」
「それだけ?」
「それだけ」
 ふぅん、と、今度はレナの方が鼻を鳴らした。いくらか、詰まらない、とでも言うような。それから彼女は立ち上がり、人差し指をヨルの鼻先に突きつけた。
「それならあたし、張り切って選んでくるわね。ヨル、後で猛毒にやられても知らないから」
「…毒?」
 何の話? と不思議そうに呟いているレシィを余所に、一度だけ目を瞬かせたヨルは、しかしすぐに笑みを見せる。いくらか人の悪そうなニヤニヤとした笑みは、彼が義母と呼ぶ女性にも似ていた。近くに居る時間が長ければ、こういうものは伝染するのだろう、レナはそう思っている。
「――楽しみにしておくよ」






 ちなみに数日後、孤児院方面からレナに向けて「楽しみにしてるとは言ったけどさぁ!」という嘆きが聞こえたのだが、レナは知らないフリをするにとどめた。
「最終的に選んだのはレシィだもの、あたし悪くないわよねーぇ?」
 たまたま顔を出していた使い魔の猫は、レナの問いかけに、にゃぁとも鳴かずにそっぽを向くだけであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3428 / レナ・スウォンプ / 女性】