<東京怪談ノベル(シングル)>


黄金の闘神


 3人いた。
 1人は大男で、筋肉の量はガイを上回る。
 1人は小男。猫背気味で貧相に見えるその体躯が、小型肉食獣並みの身体能力を秘めている事を、ガイは見て取った。
 3人目は、他2名の間を取ったかの如く中肉中背。こういう特徴に乏しい男が、特に危険な相手であったりする事は多い。
 もっとも、危険な存在であるのは3人とも同じだ。
 全員、血と屍を見慣れた目をしている。人を殺して生計を立てている者の目だ、とガイは感じた。
 そんな男たちが、こうして山道で自分の行く手を塞いでいる。
 無論、面識などない。が、彼らがいかなる用件でガイを待ち受けていたのかは明らかだ。
「賞金は、3人で山分けかい?」
 ガイは微笑み、声をかけてみた。
「それとも、俺にとどめ刺した奴の総取りか?」
「そいつは、お前さんの死体を見て判断するさ」
 小男が、会話に応じながらジャキッと武器を構えた。両手に装着する形の、鋼の爪。
「傷1つで、金貨1枚……あんたに懸けられた賞金はね、冗談抜きで今そのくらい高騰してるんだよガイ・ファング殿」
「テメエのその図体がなぁ、俺たちにゃあバカでけえ金塊に見えるのさあ」
 中肉中背の男が、特徴に乏しい顔を狂気に歪めながら、剣を抜いた。
 優美に湾曲した、片刃の刀身。侍とか武者とか呼ばれている剣士たちが主に使う得物である。
「……死んで、金になっちまいなぁ」
「…………」
 大男は、何も言わない。牙を剥き、獣のような唸り声を発するだけである。
 その力強い手には、鎖が握られていた。ドラゴンを縛り付けておく事も出来そうな、太く長い鋼の鎖。その先端では、巨大な鉄球が何本もの棘を生やしている。
 3人の、手練の賞金稼ぎ。
 これまで数多くの賞金首を狩ってきた自分が、狩られる側へと回った。いつかは起こる事が起こっただけだ、とガイは思う事にした。
 視界の隅で、まずは大男が動いた。
 とっさに、ガイは巨体を反らせた。眼前を、巨大な鎖鉄球がブンッ! と流星の速度で通過する。
 別方向から、中肉中背の剣士が斬り掛かって来た。
 疾風のような踏み込みに合わせ、片刃の刀身が一閃する。
 その刃を、ガイはかわさず、蹴りで迎え撃った。
 筋骨たくましい半裸身が、竜巻の如く捻転し、巨木のような右足が跳ね上がって弧を描く。
 白色に輝く、光の弧。
 力強い裸足が、白い光を帯びながら、片刃の剣とぶつかり合っていた。
 気の力を宿した、回し蹴りである。
「気功……斬鉄蹴」
 呟きながら、ガイは右足を着地させた。
 中肉中背の剣士は、がくりと両膝をついていた。
 優美に湾曲した剣が、刀身の真ん中辺りで折れている……と言うより、切断されている。
 切り落とされた刃が、地面に突き刺さった。その近くに、剣士の生首が転げ落ちる。
 気功斬鉄蹴。その光の弧が、相手の剣のみならず首筋をも薙ぎ払っていたのだ。
 まずは1人。それを確認しつつ、ガイはとっさに巨体を屈めた。鎖鉄球が、頭上の空間を横殴りに薙ぐ。
 猛獣そのものの咆哮を張り上げながら、大男が鎖を振り回していた。
 流星のような一撃が、立て続けに襲いかかって来る……前に、ガイは低い姿勢のまま踏み込んでいた。
 ズンッ、と地響きを起こす踏み込み。
 それと共に、屈んでいた巨体が起き上がる。岩の如く握り固められた、左拳もろともだ。
 その拳が、大男の鳩尾に叩き込まれた。
 ガイを上回る巨体が、前屈みにへし曲がる。
 へし曲がった敵に向かって、ガイは左足を離陸させた。全身の気を、その足へと集中させながらだ。
 巨大な裸足が、白色の輝きを帯びながら、嵐のように躍動した。横方向に踏み付ける形の、連続蹴り。
「喰らいな……気功乱舞脚!」
 白く輝く足跡が無数、大男の全身に刻印された。
 踏み潰されたようになった巨体が、そのまま吹っ飛びながら砕けて散った。
 あと1人。そう思った瞬間、風が吹いた。
 とっさに、ガイは右腕を掲げた。防御の構え。
 岩の如く筋肉の固まった右前腕に、ざっくりと裂傷が刻まれた。
 ガイは歯を食いしばり、激痛を噛み殺した。
「おっと、首を刎ね損ねちまったかい」
 少し離れた所に、小男が着地した。鋼の爪をジャキッと鳴らしながらだ。
「最低でも腕くらいは切り落とせると思ったんだがね……なるほど、賞金が高騰するわけだ」
 その爪が、再び襲いかかって来る。小男の身体が、またしても風の如く疾駆・跳躍していた。
 目視出来る攻撃ではない。
 皮膚にヒリヒリと感じられる、冷たい風のような斬撃の気配だけを頼りに、ガイは巨体を揺らした。
 致命傷だけは避けたものの、鋭い激痛が全身あちこちを走り抜けた。
 たくましく隆起した肩に、甲冑の如く分厚い胸板に、がっしりと固まり割れた腹筋に、裂傷が生じている。
 太く力強い二の腕が、とてつもない密度で筋肉の詰まった太股が、ざくざくと爪痕の形に裂けた。
「ぐっ……!」
 苦痛の呻きを噛み殺しながら、ガイは目を閉じた。自分の動体視力をもってしても、捕捉出来る敵ではない。
 視覚ではないもので、捉えるしかなかった。
「その賞金も……どうやら、あっしの総取りって事になっちまった。あんたのおかげさ」
 ガイの強固な僧帽筋を切り裂きながら、小男が言う。少し位置がずれていたら、頸動脈を切断されていたところである。
「とは言え、それなりに仲良くやってきた連中なんでねえ。賞金が入ったら、少し派手な葬式でも」
 声のする方向へと、ガイは振り向きながら右肘を叩き込んでいた。
 ぐしゃっ……と凄惨な音が響いた。
 鉄槌のような肘打ちが、小男の顔面を凹ませている。
「……喋り過ぎ、だぜ」
「へっ……あっしの、悪い癖……最期まで、直らなかったねえぇ……」
 原形をなくした口で、その言葉だけを発しながら、小男は吹っ飛んで地面に激突し、動かなくなった。
 呼吸を整えながらガイはよろめき、どうにか倒れず踏みとどまった。
 傷の痛みよりも、気力の消耗の方が大きい。
 気功斬鉄蹴に、気功乱舞脚。初めて使った技である。気の絞り込みに、いささか改良の余地がありそうだ。
 そして、これはガイも自覚している長年の課題であるが、とにかく小柄で俊敏な敵に対する有効な戦い方を、早急に会得する必要がある。
 工夫と修練、そして実戦あるのみ、という事だ。
 自分が迎えていたかも知れない死に様を晒す、3人の賞金稼ぎ。その屍に向かって、ガイは片掌を立てた。
「悪いな、派手な葬式は挙げてやれねえ……」
 呟きながら、目を見開く。
 傷だらけの皮膚に、冷たい風が触れてくる。
 まだ終わっていない。ガイは、それを直感した。
「……どうやら、不意打ちの機会を失ってしまったようだ」
 言葉と共に、不穏な気配が、近くに着地した。
 男性である、という事だけが辛うじてわかる、黒装束の人影。首から上も、すっぽりと覆面で包み隠している。が、声はよく通る。
「まるで獣のように勘が鋭い……ただの筋肉自慢では、ないという事だな」
「お仲間の仇討ちなら、相手になってやるぜ」
「冗談、仲間などではないよ。無論、利用するつもりではいたが」
 暗殺者の類であろう、黒装束の男が、覆面の内側で笑ったようだ。
「この連中には、今少し頑張って、貴公の力を消耗させて欲しかったのだがな」
「割と消耗してるんだがな。見ての通り、無傷でもねえし」
 言いつつガイは、拳を握り、身構えた。
「だからって負けるつもりはねえが、な……いいぜ、始めようか」
 自分も少し喋り過ぎか、とガイは思った。