<PCクエストノベル(1人)>


吹雪と雷鳴の塔


【冒険者一覧】
 3850/A01(アオイ)/冒険者
【助力探求者】
 エィージャ・ペリドリアス




 生きてゆくには、金が要る。
 金を得るための手段は色々ある。最も手っ取り早いのは、盗み奪う事だ。
 だからと言って、泥棒や強盗に身を落とすつもりはない。喧嘩別れも同然に村を飛び出して来たとは言え、スノーリアス族の誇りまで捨ててしまったわけではないのだ。
 だからエィージャ・ペリドリアスは、ウィンショーの双塔に来ていた。
 少なくとも法的には所有者の決まっていない財宝類が、ここには大量に眠っている。塔内に住み着く魔物たちを実力で退けさえすれば、それらを持ち去ったところで誰も文句は言わない。
 聖獣界ソーンには、このような場所がいくつかある。

エィージャ:「ありがたい、お話……ですわね。私のような風来坊にとっては」

 寒冷地に住まう種族とは思えぬ、小麦色の瑞々しい肌を、可能な限り露わにした豊麗なる肢体。
 その全身に、刺青の如く紋章が浮かび上がり、白く輝く。
 塔内が、一気に冷え込んだ。冷気の嵐が、通路を駆け抜けた。
 襲いかかって来たガーゴイルの群れが、一瞬にして白く凍り付き、砕け散った。氷の破片が、キラキラと冷風に舞う。
 拍手が、聞こえた。
 少年が、1人。通路脇に立つ巨大な石像の頭に腰掛け、興味深げにこちらを見下ろしながら手を叩いている。

少年:「すごい! すごいよ、お姉さん。冷たいのがキラキラしてて、とっても綺麗だねえ」

 緑色の瞳が、無邪気な輝きを湛えている。
 黒髪の一部から、黒さが抜け落ちているのは、精神的な何かの影響によるものであろうか。
 それ以外には、外見的には特にどうという事もない、十代後半と思われる少年である。顔はそこそこ可愛らしいが、エィージャの趣味にはいささか合わない。
 が、そんな事はどうでも良かった。

エィージャ:「貴方……いつから、そこに?」
少年:「ん? さっきからいたんだけど……お姉さん、気付かなかった?」
エィージャ:「……不覚にも、ね」

 吹雪の日に雪豹の足音をも聞き分けるエィージャが、全く何の気配も感じなかったのだ。
 初対面の少年である。が、彼の身につけているマントには、エィージャも見覚えがあった。
 魔術集団【エインへリャル】の、支給装備品である。

エィージャ:「魔術師、ですの? 貴方」
少年:「んー、よくわかんない。みんなにはアオイって呼ばれてる」

 少年が、ふわりと通路に降り立った。

アオイ:「それよりさ、お姉さんも宝探しに来たんでしょ? ボクと競争しようよ。お宝たくさんゲット出来た方が勝ち、負けた方が白山羊亭でスイーツセットおごりって事で! それじゃ、よーいドン!」
エィージャ:「あ、こら! お待ちなさい!」

 仔犬の如く駆け出した少年を、エィージャが思わず追いかけようとした、その時。
 不快な気配が多数、生じた。コウモリの群れを思わせる、羽音と共にだ。
 コウモリではなく、ガーゴイルの大群だった。たった今、凍死して砕け散った者たちを、遥かに上回る数である。
 無数の牙が、爪が、エィージャとアオイを一斉に襲った。

アオイ:「もーっ、邪魔すんなあっ」

 エインへリャルの支給マントが、ふわりと翻った。
 銃声と雷鳴が、同時に響き渡った。
 10匹近いガーゴイルが、稲妻に打ち砕かれて灰に変わった。
 2丁の回転式拳銃が、アオイの両手に握られている。
 電光が弾丸となり、2つの銃口から間断なく迸った。
 塔内の通路上で、少年の細身がふわふわと舞い踊り回転しながら、マントをはためかせる。はためきに合わせて左右の拳銃が雷鳴を発し、ガーゴイルたちをことごとく粉砕してゆく。

アオイ:「お姉さんお姉さん! こいつら、どっちが多くやっつけられるか競争しようよ。負けた方がフルーツパイおごりって事で、よーいドン! あ、ボクもう30匹くらいやっつけちゃったからねー!」

 エィージャの姿は、しかしすでに消え失せていた。




 初対面の少年にガーゴイルの大群を押し付ける事に成功したエィージャは、今、塔内で特に財宝の臭いが濃い一室にいる。

エィージャ:「お子様の相手など、していられませんわ」

 壁一面に、奇怪な魔物の姿が彫り込まれている。
 この彫像をどうにかすれば、何かしら仕掛けが発動するのではないかと思われる。それが財宝への道となるか、死の罠となるかは、まだわからないのだが。

エィージャ:「でも……スイーツセットは、おごっていただこうかしら。ふふっ」

 彫像にとりあえず触れてみようとした手を、エィージャは止めた。
 室内が、急激に寒くなったからだ。
 冷たい気配が、エィージャを囲むように降り立っていた。

エィージャ:「こんな所まで追いかけて来られるとは……お暇ですのね」

 黒装束に身を包んだ、5人の男。全員、スノーリアス族である。
 エィージャに比べて肌の露出が少ないのは、男であるから、ではない。
 紋章魔術において、エィージャの足元にも及ばぬ者たちであるからだ。
 だから5人とも、剣を抜き構えている。紋章魔術ではなく、刃物に頼ろうとしている。

エィージャ:「何もする事がない、あの村の人たちらしいですわ」
男A:「最後の警告だ……村へ戻れ、エィージャ・ペリドリアス」
男B:「紋章の力は門外不出、外界で振るう事はまかりならん」
エィージャ:「小さな村に閉じこもって、ただひたすら磨き上げてきた力を……使うな、とおっしゃる?」
男C:「みだりに使わぬための力。長老は、そうおっしゃった。忘れたのか貴様」
エィージャ:「忘れてはおりませんわ。よく覚えておりますとも……小さな村の中だけを世界になさっている、愚かな御老人の戯れ言葉としてね」
男D:「最後の警告だと言ったはずだ!」

 男たちが、一斉に斬り掛かって来る。
 いささか雑な連携である。1人が、突出したような形になってしまう。
 その、最もエィージャに位置近く迫った1人が、いきなり後方へと吹っ飛んだ。
 銃声と雷鳴が、同時に響いていた。

アオイ:「ボクとお姉さんの競争……おまえら邪魔するんだ? ふーん」

 アオイが、いつの間にかそこにいた。彫像の傍らに佇みながら、男たちに銃口を向けている。

アオイ:「言っとくけど、おまえらなんか混ぜてやんないよ。だって、おまえらと遊んだって面白くなさそーだし……だから、死んでいいよ」

 緑色の双眸が、男たちに向かって禍々しく輝く。まるで、邪悪な力を秘めた翡翠のように。
 いかなる寒冷にも半裸で耐えられるエィージャの全身が、ぞっ……と悪寒に震えた。
 撃たれた1人は、半ば灰に変わりながら、石畳の上にぶちまけられている。
 恐らくは、念の力を稲妻の銃弾に変化させて発射する拳銃なのだろう。
 だが、とエィージャは思う。そんな強力な武器も、このアオイという少年の真の力を隠す、ベールのようなものでしかないのではないか。

男E:「な、何だ貴様……」
エィージャ:「おやめなさい!」

 愚かにもアオイに刃を向けようとした男を、エィージャは叱りつけた。
 ただ村の掟に忠実なだけの同族を、これ以上、死なせるわけにはいかない。

エィージャ:「……さ、競争の続きをしましょう。アオイさん」

 スノーリアスの男4人を背後に庇う格好で、エィージャは少年と対峙した。

エィージャ:「こんな方々は放っておいて。私、負けませんわよ?」
アオイ:「……そうはいかない! お宝もスイーツセットも、ボクがもらうよー!」

 凶暴さを露わにしていた少年の表情が、ぱっと無邪気に輝いた。
 遊び相手を見つけた子供の笑顔だ、とエィージャは思った。
 その笑顔が、しかし即座に再び、険しく引き締まって禍々しく歪む。
 緑の瞳に映っているものを見て、エィージャは息を呑んだ。
 男の1人が、背後から自分に斬り掛かって来ている。

男A:「スノーリアスの掟に背く者、生かしてはおかぬ!」
アオイ:「おまえ……何やってんだああああああああ!」

 少年が叫んだ。
 叫んだだけで、男の全身は砕け散った。
 アオイが引き金を引いたわけではない。
 銃口からではなく、猛々しく禍々しく輝く翡翠色の両眼から、何か目に見えぬ力が放たれた。エィージャはそう感じた。

男B:「ひぃ……っ……」

 残り3名となった男の1人が、へなへなと崩れ落ちながら壁にすがりつく。
 その手が、壁の石組みの一部をガコンと押した。
 巨大な彫像が、縦真っ二つになった。壁もろとも、左右に開いていた。
 金銀財宝。そう表現するしかないものが大量に現れたが、それらに注意を払う余裕のある者が、この場には1人もいない。

アオイ:「おまえら、ほんとに面白くない……つまんない! つまんないよ、おまえらはぁああッッ!」

 少年の両眼が、翡翠色の輝きを強めた。
 スノーリアスの男が2人、破裂し飛び散った。

エィージャ:「……お逃げなさい、早く」

 残り1名となった同族の男を、エィージャは背後に庇った。
 庇われながら男はしかし、尻餅をつき壁にすがりついたまま動けずにいる。
 顔は青ざめ引きつったまま硬直し、石畳には小便が広がっていた。
 庇ったところで無駄だろう。それはエィージャにもわかっている。次の瞬間には2人まとめて、この少年に粉砕され、男女の判別すら不可能な屍を晒す事になるだろう。
 それでもエィージャは、同郷の男を背後で失禁させたまま動かず、アオイと睨み合った。
 翡翠色の双眸が、猛々しく禍々しく輝きながら、エィージャを見据える。
 自分の紋章魔術が、この少年に通用するのか。
 そんな事を考える余裕もないままエィージャもまた、全身の紋様を輝かせていた。豊麗な小麦色の半裸身が、白く冷たい光で彩られる。

エィージャ:「坊やのおイタを、止められそうにありませんわね。大人として情けない限り……だからと言って、退くわけには参りませんのよ」
アオイ:「…………」

 緑色の瞳から、凶暴な輝きがフッ……と失せた。
 代わりに、微かな儚げな煌めきが宿った。

アオイ:「……やめた。お姉さんと戦ったって、面白くないもん。ボク、お姉さんとは戦いたいワケじゃないもん」

 涙だった。

アオイ:「競争……したかったな」

 遊び仲間を失った子供の目が、一瞬だけエィージャに向けられる。

エィージャ:「貴方……」

 声をかけようとした、その時には、アオイの姿は消えていた。
 本来の目的であるはずの金銀財宝類が、傍らで空しい輝きを発している。エィージャは、ちらりと見つめた。

エィージャ:「白山羊亭のスイーツセット……いくらでも、おごって差し上げられますのに……」