<PCクエストノベル(1人)>


雷の少年と炎の少女 

【冒険者一覧】
 3850/A01(アオイ)/冒険者
【助力探求者】
 サクラ・アルオレ


 ウィンショーの双塔で、いくらか悲しい思いをした。
 気を取り直し、聖都エルザードへと向かう道中。
 クーガ湿地帯に差し掛かった辺りで、アオイは珍妙なものを見た。
 おかしな格好で寝ている少女がいる。
 これは忠告しなければ、とアオイは思った。

アオイ:「ねー知ってる? 逆さでぶら下がってるとねえ、目とか耳とかから血がたくさん出て死んじゃうんだって」
少女:「……そうなる前に……助けてくれると、嬉しいなぁ……」

 白っぽい寝袋のようなものに包まって、真っ逆さまにぶら下がっているその少女は、別に眠っているわけではないようだった。このまま放っておけば永眠する事になるのは、間違いなさそうだが。
 湿地帯に生い茂る、ねじくれた木々。それらの間に、白い縄のようなものが広範囲に渡って張り巡らされている。
 そこから少女は、その白い縄で全身ぐるぐる巻きにされ、真っ逆さまに吊り下げられていた。
 縄ではない。とてつもなく太い、蜘蛛の糸だ。

少女:「ここに棲んでるバケモノ蜘蛛に、捕まっちゃって……あいつ、そこいらじゅうに獲物をこうやって糸に包んで吊るして、まあ保存してるつもりなんだろうけど……このまんまじゃボク、食べられるか頭破裂するかで死んじゃうからさ……ねえ助けて……って何やってんの」
アオイ:「あ、動いちゃ駄目だよー」

 電光の弾丸を放つ2丁拳銃……閃雷銃サンダーブリットを、アオイは少女に向けていた。
 樹木の高さから吊られている、人間大の物体。標的としては、ちょうど良い。

少女:「ち、ちょっと待っ……」

 アオイは引き金を引いた。
 湿地帯に、雷鳴が轟いた。
 攻撃の念が、稲妻の弾丸と化し、左右2つの銃口から迸っていた。
 白色の拘束衣と化して少女を捕える、白い蜘蛛糸。そのあちこちを、電光弾がかすめて奔る。
 白い拘束衣が、灼けてちぎれた。
 解放された少女の身体が、落下して来る。猫を思わせる、小柄な細身。

少女:「……っと……っ」

 くるりと軽やかに一転し、少女は着地した。着地した足が、よろめいた。頭に血が昇ったのだろう。
 そのまま少女は、大木の幹に激突した。

少女:「いったぁ〜……」
アオイ:「ねー酔っ払ってるの? 子供がお酒飲んじゃいけないって、うちの先生たち言ってたよー」
少女:「飲んでないし子供じゃないし! ボク14歳だから! お酒はまだ飲めないけど充分、大人をやれる年齢だから!」

 ウィンショーの双塔で出会った女性と比べて、まだ発達の余地があり過ぎると思われる身体に、勇ましい剣士の装束をまとっている。長剣を佩いてもいる。
 今の着地を見る限り、身体能力はなかなかのものと思えるが、剣の技量まではわからない。
 そんな少女が、咳払いをした。

少女:「……まあ、助けてくれてありがと。だけど凄いね、こいつの糸を切っちゃうなんて。これで新しい防具を作っても、キミと戦う事になったら何の役にも立たないって事だね」
アオイ:「防具? 蜘蛛さんの糸で?」
少女:「蜘蛛の糸ってね、すごく丈夫なんだよ。それを採りに来て、ちょっと不覚取っちゃったってわけ……ほんとに、助けてくれてありがとね。ボクはサクラ・アルオレ。キミは?」
アオイ:「みんなにはアオイって呼ばれてるよ。何かもう1つ名前があったような気がしたけど、忘れちゃった」
サクラ:「……じゃあアオイ君でいいね。見ての通り、ここには恐いお化け蜘蛛がいるから、早くお帰り」

 灼けちぎれた蜘蛛糸を、サクラは拾い集めて袋に詰めた。

サクラ:「これで良し、と……あとは蜘蛛を退治するだけ」
アオイ:「えー、蜘蛛さん殺しちゃうの? かわいそうだよー」
サクラ:「そうかも知れないけど、あの化け蜘蛛は人をたくさん食い殺してるの。この近くには村だってあるし、放っといたらこれからも大勢の人が襲われるし。ボクは人間だからね、やっぱり蜘蛛よりは人間を守る方向で動いちゃうよ」
アオイ:「じゃあボクも行くよ! お化け蜘蛛さんと戦ってみたーい」
サクラ:「……かわいそう、じゃなかったの?」
アオイ:「んー、もしキミが蜘蛛さんに食べられちゃったら、キミの方がかわいそうだし」
サクラ:「……まあ実際食べられそうになってたボクに、偉そうな事言えないんだけどさ」

 うなだれたサクラが、即座に顔を上げた。

サクラ:「……伏せて!」

 叫びつつアオイの腕を引き、自らも伏せる。
 2人の頭上を、何かが凄まじい速度で通り過ぎた。
 巨大な水滴、であろうか。
 白い縄のような蜘蛛糸。その先端で、粘液が分銅のような塊を成している。大きさは、人の頭ほど。
 それが、ヒュンヒュンと高速で振り回されていた。

サクラ:「あいつだ……!」

 木々の間に張り巡らされた蜘蛛の巣から、その怪物はぶら下がっていた。
 巨大な蜘蛛。大きく膨らんだ尻と言うか腹部に、いくつもの髑髏のような模様が浮かんでいる。
 長く鋭利な8本足のうち1本が、粘液分銅の付いた糸を振り回しているのだ。

サクラ:「あれに当たったら最後! くっついて引きずり寄せられて、一瞬でぐるぐる巻きにされて、さっきのボクみたいになっちゃうから!」
アオイ:「へえ、面白い技使う蜘蛛さんだね」

 分銅のような粘液の塊を、軽く後方に跳んでかわしながら、アオイは左右それぞれの手で引き金を引いた。
 2丁のサンダーブリットが、雷鳴にも似た銃声を立て続けに轟かせる。
 いくつもの稲妻の銃弾が、大蜘蛛に向かって宙を裂き、そして砕け散った。
 糸が、粘液の分銅が、ちぎれて飛び散った。
 大蜘蛛は、8本足の2本を使って巣からぶら下がり、2本を使って腹部から無数の糸を繰り出し選り分けている。残る4本の足が、それら糸を縦横無尽に振り回し、操っていた。
 4本の糸が、4つの粘液分銅が、大蜘蛛を防護する形に渦巻いて宙を泳ぎ、稲妻の銃弾とぶつかり合って相殺され、ちぎれて砕け散る。
 糸は、しかし大蜘蛛の腹部からいくらでも紡ぎ出されて来る。無尽蔵の、防具であり武器でもあった。
 砕けた電光が、糸の切れ端が、粘液の飛沫が、大蜘蛛の周囲で際限なく飛び散り続けた。

アオイ:「あは……凄い凄い、蜘蛛さんすごーい!」

 軽やかにマントをはためかせながら、アオイは粘液の塊をかわし続けた。
 その回避の舞いに合わせて、左右2丁のサンダーブリットが雷鳴を発し、無数の稲妻を迸らせる。
 迸った電撃の銃弾は、しかし蜘蛛糸と粘液による縦横無尽の防御によって、ことごとく弾け砕けた。

アオイ:「ねえねえサクラ、どっちが先にこの蜘蛛さんをやっつけられるか競争しようよ! 負けた方が白山羊亭で野苺タルトおごりって事で」
サクラ:「あのさ、いきなり呼び捨てなわけ? お子ちゃまのお遊びには付き合ってらんないっての……と言いたいとこだけど」

 サクラの瞳が、燃え上がった。

サクラ:「白山羊亭のタルトと聞いて黙ってられるほど……悲しいけどボク、大人じゃないわけでえええッ!」

 燃え上がったのは、少女の瞳だけではない。
 サクラを取り巻くように、炎が生じていた。まるで何匹もの真紅の蛇の如く、うねりながら燃え盛っている。

サクラ:「サラマンダー! 野苺タルトのため、じゃなかった人々を脅かす怪物を討ち倒すため! ボクに力を!」

 サクラは右手を掲げた。
 その愛らしい五指に、掌に、炎の蛇たちが集束してゆく。
 そして、巨大な剣と化した。轟音を立てて燃え猛る、炎の大剣。
 それが、

サクラ:「必殺、炎精剣! いっけぇええええええええええ!」

 少女の気合いと共に、激しく一閃した。
 紅蓮の刃が、さらに巨大に燃え上がりながら、大蜘蛛を薙ぎ払った。
 いくつもの髑髏模様に彩られた8本足の異形が、一瞬にして焦げ砕け、灰に変わってサラサラと降った。

アオイ:「へえぇー……凄い! 凄いじゃんサクラ! まあ、あのお姉さんの吹雪みたいにキラキラ綺麗じゃないけど」
サクラ:「熱っ! 熱い、熱いあつい! あちちちちちちち!」

 少年の失礼な賛辞など、聞いている場合ではない様子だった。
 巨大な炎の斬撃は、大蜘蛛のみならず、サクラ自身をも焼いていた。火だるまになりながら、少女はのたうち回っている。
 湿地帯の濡れた地面が、ジュージューと炎を消してゆく。
 大量に立ちのぼる白煙の中で、焼け焦げた衣服がぼろぼろと、少女の身体から剥がれ落ちていった。
 熱に対する、何らかの魔法的な耐性でもあるのか、露わになりつつある肌は全くの無傷だ。
 つるりと健康的な少女の柔肌に、しかしアオイは何の興味も持てなかった。
 今の、とてつもない炎の斬撃。それ以外の何もかもが、今のアオイにとっては、どうでも良かった。

アオイ:「綺麗じゃないけど、凄かったよ今の!」
サクラ:「きっ、綺麗じゃなくて悪かったなああああ!」

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、サクラは泥の塊を投げつけた。
 それが、アオイの顔面をビチャッと直撃した。

サクラ:「まだ14歳で、成長が充分じゃないだけだからな! あと1年も経てばボクだって、ボクだって!」
アオイ:「もー、何怒ってんのさ。14歳は大人だって、さっき言ってたじゃん」

 泥を拭いながら、アオイは言った。

アオイ:「まあ確かに、あのお姉さんの方が大っきかったなあ。あそこまで大っきくなるのは、サクラじゃ無理かなあ」
サクラ:「お前も消し炭にしてやるぅうっ!」
アオイ:「ははは、怒らない怒らなーい。ほら、マント貸してあげるよ」

 魔術集団の支給品であるマントを、アオイは少女の身体に被せてやった。

アオイ:「確か、この近くに村あったよね?」
サクラ:「……ハルフ村?」
アオイ:「そう。そこで服をゲットしたら、一緒にエルザードへ行こう。約束通り、野苺タルトおごるよ」

 金で食べ物を購う、という事を覚えたのは、つい最近である。
 魔術集団の先生たちが、辛抱強く教えてくれた。教わるまでは、甘い物でも何でも手当り次第に持ち去っていたものだ。
 それは、どうやら、してはいけない事らしい。

サクラ:「……ボクがおごるよ。あいつを倒せたの、キミのおかげだし」

 サクラは蜘蛛の巣を見上げた。大蜘蛛自体は跡形も残っていないが、巣は無傷で残っている。
 この蜘蛛糸ならば、炎精剣を使っても燃えない服が作れるかも知れない。

サクラ:「キミ、本当に強いね……一体どこから来たの?」
アオイ:「んー、よくわかんない」
サクラ:「……もしかして、記憶喪失?」
アオイ:「先生たちは、そんな事言ってた。でもまあ、どうでもいいよ」

 考えて、記憶が戻るわけではない。何かしら過去があるとして、それを変えられるわけでもない。

アオイ:「今とこれからが楽しければ、ボクはいいのさ……あのお姉さんとも、サクラとも、友達になれたしね」