<PCクエストノベル(2人)>


人は見かけに寄らず……

【冒険者一覧】
3831/エスメラルダ・ポローニオ/冒険商人
3827/ロザーリア・アレッサンドリ/異界職


 白山羊亭は今日も賑わい、多くの人々が立ち寄っている。大勢の人間が酒を飲み、食べ物を食べ、陽気に歌いいつも楽しそうだ。
 そんな賑わう人々の中、部屋の四隅にあった一人がけの椅子に腰を下ろして小難しい顔を浮かべている一人の女性がいる。
 目の前に広げられた地図を前に腕を組み、トントンと腕を指で叩いている。
 その女性――冒険商人のエスメラルダ・ポローニオは戦乙女の旅団に向かうまでの道のりを地図を広げて見つめ、悩んでいるようだ。
 手元に揃えられたメモ書きや、計算するための道具を置いている辺り、どうやら旅団に対して商談を持ちかけるつもりのようである。
 商談の難しさ云々よりも、今彼女が悩むべき状況はそこへ行くまでの道中をどう凌ぐかが問題だ。

エスメラルダ:「護衛を雇うって言ったって変なのに引っかかるのは嫌だしなぁ……かと言って旅団まで一人で行くには危険だし……」

 一人、ぶつくさと呟きながらカリカリと頭を掻いて眉根を寄せている。
 護衛と一口に言っても、その質はピンからキリまである。運が悪ければ悪どい人間に当たる事もないわけではない。
 手持ちの金と護衛料の事も含め、うんうんと唸っているエスメラルダは何の気なしに窓の外に視線を向ける。
 街は賑わい、所狭しと人々が歩いている姿が見える。ふとその中に、『禁書封印に行くので、封印の塔方面に行く人求む』なる簡易看板を掲げた人物を見つける。

エスメラルダ:「封印の塔……。そう言えば、戦乙女の旅団に行く途中よね」

 地図に目を落とし、何となく惹かれる物があったエスメラルダは手元の荷物を片付け、その人物の元に駆けつける。
 簡易看板には小さく、用件の後に『ロザーリア・アレッサンドリ』と言う名前が書いてある。

エスメラルダ:「あのぅ。あたし、戦乙女の旅団に用事があって、護衛を雇いたいんだけど……」

 おずおずと声をかけると、地べたに座り込んでいたその人物は目線だけを上げてこちらを見上げてくる。
 その眼差しは、自分に対して声をかけてきたエスメラルダを品定めでもするかのようだ。

ロザーリア:「戦乙女の旅団? じゃ、封印の塔を経由してくれたら護衛料大幅値引きするよ」
エスメラルダ:「ほんと?! 助かるわ!」

 あっさりと了承を得たエスメラルダは歓喜の声を上げる。
 護衛料は相場で見てもかなり手痛い出費になる。それを割引いてくれるとなれば逃さない手はない。

ロザーリア:「あたし、ロザーリア・アレッサンドリ。ロザリーでいいよ」
エスメラルダ:「あたしはエスメラルダ。ヨロシクね……って、言いたいところだけど、護衛料の元値はいくらなの?」
ロザーリア:「ん。このくらい」
エスメラルダ:「……」

 掲示された金額に、エスメラルダは無意識に財布を握った。
 そこには驚くほど高額な金額が書かれていたようだ。
 エスメラルダは俄かに怖気づいている。

ロザーリア:「この金額から大幅に値引いて、このくらい」

 再び掲示された金額に思わず冷や汗が流れてしまいそうだ。が、支払わない訳にもいかないだろう。
 何にしろ、封印の塔は経由地だ。自分にとっても都合がいい。

エスメラルダ:「わ、分かったわ」

 商人と言う職業柄、思わず出し渋りしたくなったがぐっと堪える。
 交渉成立という事で、二人は一路目的地を目指す事になった。


                ******


 広大な大地を目的地を目指して歩く。天気にも恵まれ、旅をするには申し分ない。
 草原の中を縫うように伸びる道を進みながら、前を行くロザリーを見つめていたエスメラルダには、何か釈然としない物が胸にこみ上げる。

エスメラルダ:(経由地だから雇ったけど、こいつ、ほんとに大丈夫かしら……)

 エスメラルダには疑心暗鬼な気持ちが払拭しきれないようだ。
 ロザリーの風体はどう考えても護衛をできるようには見えない。むしろ、軟弱そうにしか見えないのだ。
 身長は高く細身ながら豊満な体系をし、着ている服もいざという時に戦えるような衣服ではないように見える。

エスメラルダ:(いくら割引したからって、相場からすればかなり値が張る護衛料だったけど、ただのぼったくりとかじゃないわよね……)

 目的地に向かい歩きながら訝しい気持ちを抱いたまま向かっていると、途中強盗と思しき不審者に出くわした。
 エスメラルダは身構え、ロザリーは特に身構える様子もなくさりげなくそちらを見つめている。
 だが、不思議な事に強盗の方もこちらに気付いたものの近づいてくる気配がまるでみられない。それどころかジリジリと後ずさりさえしている。
 やがて、強盗はまるで尾を巻いて逃げる犬のようにさっさとその場を駆けて行ってしまった。その表情を見る限り、まるで何かに怯えているような様子だ。
 
エスメラルダ:(……どういう事?)

 怪訝な表情を浮かべるエスメラルダは眉根を寄せた。
 しばらく歩くと、今度は魔物のような野犬に遭遇するがやはり先ほどと同じように、ロザリーを見るや尾を巻いて一目散に去っていく。
 エスメラルダは寄せていた眉根を更に深め、ますます不可解に思ったようだ。

エスメラルダ:(あれ……? ひょっとしてホントに強いとか?)

 そう思わせるだけの要素は十分だ。その後も遭遇した魔物たちはやはり一匹足りとこちらに近づいてこようともしないのだ。それも、ロザリーの目を見るそれだけで。
 結局、ただの一度も危ない目に遭う事もなく二人は封印の塔まで辿りついた。
 物々しい雰囲気でそびえ立つ巨大な塔を仰ぎ見る。天空高く、数羽の鳥がギャアギャアと奇妙な泣き声を上げて飛び交っている様が見える。
 塔の壁には無数の蔦が這い上り、ところどころ塔の一部が朽ちて崩れ落ちかけている様子が見て取れる。
 重々しい空気に包まれた封印の塔は見るだけでおぞましく、一瞬に中に入るのさえ躊躇われるような感じだ。

エスメラルダ:「ここ、よね……?」
ロザーリア:「そう。ここ。中に入ろう」
エスメラルダ:「ええ? ほ、ほんとに入るの?」
ロザーリア:「当然。そのために来たんだから」

 怖気づく様子もなく、ロザリーは錆び付いた扉に手を突く。
 耳障りな軋む音を上げながら、重々しい扉が開き、カビのような埃っぽい湿った冷たい空気が吹いた。
 中に入ると薄暗く、カビ臭さが一層増した。
 二人は一歩一歩塔の中に足を踏み入れると、ふいにロザリーが足を止めてこちらを振り返る。
 先ほどとは違い、少し硬い表情をしているロザリーは、何かに感付いたようだ。

ロザーリア:「エスメラルダ。少し離れてた方がいいよ」
エスメラルダ:「え? あ、う、うん」

 エスメラルダは言われるままにその場を離れる。
 ゾッとするような気配がすぐ傍まで迫っている。
 黒ぶちの片眼鏡を装着したロザリーは気配の後を追っているのか、注意深く視線を暗闇に送っている。
 ザワザワとした物音が、暗がりから聞こえる。かと思うと凄い速さで黒い何かがロザリー目掛けて飛び掛った。

エスメラルダ:「ロザリー?!」
ロザーリア:「心配ないよ。すぐ終わるから」

 激しく襲い掛かる影に対し、ロザリーは怖気づく様子などないようだ。表情一つ変えないのは、自信からくるものなのだろうか。
 驚くのは、物凄い速さで動き回る影をロザリーは肉眼で追いかけている。やがて、スラリと引き抜いた白銀煌くレイピアを片手に、迫り来る影を一刀両断する。
 影は身の毛のよだつような咆哮を上げながらうねり狂い、苦しんでいるようだ。だが、影は再びロザリーを襲う。
 ロザリーは別の箇所から銃を取り出すと、微動だにすることもなくそれを構え狙いを定め、一発打ち込む。すると影は奇妙な音をたてながら暗闇の中に吸い込まれていく。
 どうやらこれ以上の危害はなさそうだ。
 静まり返った塔で、エスメラルダは呆然としたままロザリーを見つめている。
 圧倒的な強さを持ったロザリーに、固まってしまっていた。そしてフルフルと震える腕を持ち上げてロザリーを指差した。
 何か確信を得たかのように、エスメラルダの目は見開かれている。

エスメラルダ:「も、もしかしてアンタ……あの小説の……」
ロザーリア:「……」

 ロザリーの正体に思い当たった様子のエスメラルダに、彼女は振り返る。

ロザーリア:「正解。やっと気付いたんだね」

 満足そうに微笑んだのだった。