<東京怪談ノベル(シングル)>


熱き格闘技大会! 名誉をこの手に!

 街は熱気に溢れていた。どこを見ても朝からその話で持ちきりになっており、街の人間達はそわそわとしている。
「今年の格闘技大会は、屈強な男がたくさん出場するんだろ? 見応えありそうだよな!」
 人々は興奮した状態でその時を待ち望んでいる。
 大きな街の中心部。大広場の中心には大きなリングが設けられ、そのすぐ傍には誰が優勝するのかと言う予想屋の露店が立っていた。
 張り出された出場者の名前の刻まれた紙の前には、老若男女問わず、歩く余裕も無いほどの人でごった返していた。
 見れば、家々の窓から下を覗き込んでいる人も少なくない。
 ガイはそんな人々のひしめき合う中で、一人腕を組んでリングを見上げていた。
「格闘技大会か。名誉を手にする絶好のチャンスだぜ」
 にんまりと笑みを浮かべているガイも、当然ながら今回の格闘技大会に出場する事になっている。
 今日の試合にはガイを入れて全部で10人の出場者がいる。チラリとそちらを見やれば、皆腕っ節には相当な自信があるのだろう男達ばかりだ。
『これより、格闘技大会を開催したいと思います。出場者の皆さんは入り口までお集まり下さい』
 アナウンサーの声が響き、ガイも、そして男達もぞろぞろと入り口まで集まった。
 体格も体系も、皆一様に同じように見える。盛り上がった筋肉に、がっしりと割れた腹筋……。
 男らは士気を高めているのか、先ほどから腕を鳴らしたり、首を回したりと余念が無い。
 ガイも当然ながら軽く体を動かしているが、他の男らとは違い目がギラギラとギラ付いている様子は無かった。
『皆様、お待たせしました! これより格闘技大会の始まりです!』
 ワーッと一斉に観衆から声が上がる。
 第一試合は、目の前にいるガイよりも身長のある丸坊主の男とガイとの対戦だった。
 二人がリングに上がると、周りからの声が更に大きくなる。
 ガイは観衆の声などまるで聞こえないかのように、目の前の男を見据えた。そして、始まりの鐘の音を合図に身構える。
 対戦相手である男は両手を振り上げ、ドスンドスンと重々しい足音を立てて、しかし機敏な動きでガイに襲い掛かってくる。
 ガイは振り下ろされた手をしゃがみこんで避けると、地面に手を付き大きく体を回転させ男の腰元目掛けて蹴りこむ。だが、男はそれを察しているのかすぐさま横に飛び退き、ガイの攻撃を簡単にかわしてしまった。
 体勢を立て直すためにガイが立ち上がると同時に、男は間合いを詰めてくると拳を振り下ろしてくる。
 ガイはそれを顔の前でクロスすることで防御した。
 ズーンと言う音を上げ、クロスした腕の中心部分を男の重たい拳がめり込み、ガイは両足を大きく開き体の重心を落とす事でバランスを保っている。
 打ち込まれた拳を払い除け、ガイは素早く男の背後に回りこみ、リングの支柱を蹴って飛び掛り、空中で体を器用に捻りながら男の腹部へ強烈な回し蹴りを喰らわせた。
「うぐぅっ……!?」
 男は初めて低く唸り、一歩ヨロけたように足を踏み出した。だがすぐにこちらを振り返ると、ガイの振り上げた足を掴み上げると力任せにリングの上に叩きつける。
「!」
 大きな体つきのガイだったが男の力もなかなかのものだ。易々と体が宙に浮き大きく視界が回転したかと思うと、強かに体を打ちつけられる。
「くっ……!」
 互いに引けを取らない戦いぶりに、周りの観衆たちは声を荒らげて応援していた。
 ガイはひょいと体を起き上がらせると、スンと鼻を鳴らす。
「ちょっと本気出してやるか」
 相手に聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、ガイは再び身構える。
「うおぉおおおぉぉぉおおおぉおっ!!」
 体中に力を込める。すると、周りにいた観衆も相手の男も、ズズンとガイの体が一回りほど大きくなったような錯覚を覚えた。
 何が起きたのかと一瞬観衆たちは声をつぐみ、目の前の情景に目を見張っている。男もそうだった。目を瞬き、訝しげに眉根を寄せてガイを睨むように見つめている。
「いくぜっ!」
 ガイはニッと笑い、思い切り地面を蹴って上空に飛び上がると、その場にいた全員が同様にガイを追いかけて上空を見上げる。
「巨人の蹴りぃいいいぃいいいぃぃっ!!」
「!?」
 風を切って振り下ろされるガイの足に、一同は一瞬怯んだように身を引く。男もまた巨体に似合わず驚きからかその場から逃げ出そうとしていた。
 ズドーンと強烈な爆風と爆音を立て、ガイの一撃はリングを割るかと思うほど強烈に叩き落される。
 前の方で見ていた観衆の何十人かは飛び退き、男はあまりの威力にその場にひっくり返ってしまっていた。
 もうもうと上がる煙の中ガイが腕を組んで仁王立ちになっていると、その試合を見守っていた審査員が声を上げた。
「少しやり過ぎたかもな……?」
 失神している男を見やり、ガイは自分の頬を掻いた。
「相手男性失神の為、ガイ・ファング一次予選進出です!!」
 そう声を上げると、それまで静まり返っていた観衆が思い出したようにワーッと大きな拍手と歓声を上げる。


 その後、ガイは順調に駒を進め、あっという間に準決勝までこぎつけた。
 最後まで勝ち残っていた相手だったが、ガイと互角に戦うもやはり力及ばず、あれよあれよと言う間にガイの優勝が決まったのだった。
『格闘技大会、本日の優勝は、ガイ・ファングに決定です!!』
 怒涛のような歓声の中、ガイは拳を振り上げその声援に応えた。
 大勢の人々に喜ばれもてはやされながら、ガイは高額ではないものの、賞金を受け取る。
 そして後日、街の石碑にガイの名前が刻まれたのだった。