<東京怪談ノベル(シングル)>


異界の凶器


 何かが弾けるような音がした。
「ぐっ……」
 ガイは呻いた。鋭い激痛が、背中に突き刺さって来たのだ。
 まるで甲冑のような広背筋に、小さな穴が3つ、穿たれている。そこから鮮血が噴き出して来る。
 恐らくは、何らかの飛び道具であろう。それを使って、不意打ちを仕掛けて来た者がいる。
「……なりふり構わず、殺しに来てくれるじゃねえか」
 激痛を噛み殺すように、ガイは微笑んだ。
 敵の姿は見えない。この山林の、どこかにいる。木陰あるいは岩陰で、飛び道具を構えている。
 その気配を把握しながら、ガイは気力を右手に集中させていった。
 分厚い掌に、白い光が生じた。
 太い五指で、その光を握り込む。白い、光の球になった。
「おうりゃっ!」
 背中の痛みに耐えながら、ガイは踏み込み、剛腕を振るい、光球を手放した。
 気功追尾弾。
 投擲された白い光球が、ガイの周囲を薙ぎ払うように弧を描き、山林の一角に吸い込まれて行く。
 短い悲鳴が上がった。何かが潰れたような音が聞こえた。
 そちらに向かって、ガイは歩いた。身体を動かすと、背中の内部で痛みが疼く。
 小石のような飛び道具が3つ、背中に埋め込まれたままなのだ。
 その背中に、ガイは力を入れた。
 力強い広背筋が隆起し、めり込んだ異物を押し出した。
 3つの、小石よりもさらに小さな、金属の物体。
 そんなものをガイに命中させた飛び道具使いが、木陰で倒れていた。と言うより、潰れていた。
 気功追尾弾を喰らった肉体が、半ば原形を失いかけている。男である、という事だけが辛うじてわかる状態だ。どうせ賞金稼ぎの類であろう。
 確か、悲鳴も聞こえた。だが、こんな状態で悲鳴など上げられるはずがない。声帯も何もかも潰れているのだから。
 仲間がいた、という事だ。その仲間が、悲鳴を上げながら逃げて行った。後日、復讐に現れるかどうか。
 賞金稼ぎの潰れかけた屍を、ガイは見下ろし、観察した。
 それは、すぐに見つかった。屍の右手に握られた、黒い鉤型の物体。
 これが、小石のような金属塊をガイの背中にめり込ませた飛び道具、なのであろうか。
「こんな小さなもんで、俺の筋肉をブチ抜くとはな……」
 魔法のかかった武器なのかも知れない、とガイは思った。


 自分がその場しのぎで作っている料理とは、まるで格が違う、とガイは思った。
 肉にも、野菜にも、深みのある味がしっかりと染み込んでいる。
「美味え……何だこりゃ、こいつがチャンコ鍋ってもんか」
「鳥の骨をな、時間かけてじっくり煮込むのよ」
 ガイに劣らぬ体格をした男が、自慢げに説明している。
 この洞窟で、共に修行をしている男である。かつてソーンとは別の世界で、見せ物の戦いをして生計を立てていたらしい。闘技場で『死神の戦士』を演じ、人気を博していたようだ。
 見せ物の戦いなら、ガイもした事がないわけではない。賞金の出る試合には何度か出場しているし、それを見て楽しんで金を払ってくれる客がいるというのは、悪いものではなかった。
「ゴマ油がありゃあ、なお良かったんだがな……っておいおい、のんびりチャンコなんか食ってる場合じゃねえぞ」
 死神の戦士ともあろう男が、ガイの持って来たものを見て、慌て始めている。
 黒い鉤型の物体と、小石よりも小さな3つの金属塊。
「こっちの世界に、こいつを持ち込みやがった野郎がいるって事か……」
「一体何なんだい、そりゃあ」
「これはな、銃ってもんだ。この小っちぇえ穴から、このちっぽけな弾を撃ち出す武器……どれほどのもんかは、おめえ自分で体感したと思うけどよ」
「俺の筋肉をぶち抜いたんだ。そこいらの兵隊くらいなら、子供でも殺せるだろうな。それがありゃあ」
「そう……子供でも、簡単に人殺しが出来るんだよ。こいつがありゃあ」
 死神の戦士が、沈痛な声を発した。
「いけねえよ。こいつだけは、あっちゃいけねえ……他の世界に、持ち込んじゃならねえのによ……」


 どれほど危険な武器でも、人間が使う事に変わりはない。ガイは、そう思った。
 だから今、木の上にいる。
 気功軽技術。これを使用している間は、体重を己の意思通りに軽くする事が出来る。
「そんなもの使わなくても、このくれえの木……ほいほい上れるように、ならねえとな」
 苦笑しつつガイは樹上から、今の住処である洞窟の入口を見張っていた。
 思った通り、である。男が3人、足音を殺して山林を進み、洞窟へと向かっていた。樹上のガイには気付いていない。
 3人とも、あの銃とかいう武器を手にしている。
 背中や胸板ならばともかく、あれを頭や首筋に撃ち込まれてはたまらない。
 ガイは、枝の上から跳躍した。巨体が、ふわりと宙を舞う。
 空中で、ガイは気功軽技術を解除した。
 本来の重量を取り戻した巨体が、銃を持つ男たちに向かって、隕石の如く落下する。
 気付いた3人が、ぎょっと見上げてきた。
 その3つの顔面に、ガイは空中から、左足を叩き込んでいた。
「必殺……巨人の蹴りだ、おぅらッ!」
 山全体が、揺らいだ。
 ガイの巨大な足跡を中心に地面が凹み、クレーターが出現している。
 その中で男たちは3人とも、跡形もなく砕け散っていた。
 どれほど危険な武器であろうと、使う暇さえ与えなければ、それまでなのだ。
「子供でも、簡単に人を殺せる武器……」
 男たちの遺品である銃が1つ、足元に転がっている。
 それをガイは拾い上げ、グシャリと握り潰した。
「けどな……俺を殺す事は、出来ねえぜ」