<東京怪談ノベル(シングル)>


●Gibt es einen glucklichen Traum Puppe aussehen?
 ドアを開け一歩外に出て階段を降りた酒場は人に溢れているというのに、部屋の中は冷えた空気が漂っていた。
 部屋の主、レギーナ(3856)は男からの依頼内容を目を瞑り、静かに聞いていた。
 男が話し終えるとレギーナは、こう言った。
「報酬の半分は前金で。成功したら残り半分を。
 これとは別に、必要経費は頂きます。
 そして、この条件は絶対外せません。
 それは──」
 レギーナの条件に、男は大きく頷くと金を払って部屋を出て行った。


・Blumenmadchen
「お花は如何ですか。綺麗なお花〜」
 陽が傾きかけた街角で歌うように行き交う人に声を掛ける花売り娘。
 今日は売れ行きが悪いのか、手に持つ籠にはまだ花が一杯残っていた。
 このままでは明日の仕入れどころか、今晩のパン代も怪しい。
 一生懸命声を張り上げる花売り娘だったが、足を止める者は誰もいなかった。

「残ったお花を全部、頂戴」
 後ろから不意にかけられた言葉に慌てて振り向く花売り娘。
 見れば背の低い青い目をした少女が一人、立っていた。
「あなたが全部買うの?」
「いいえ、私じゃないわ。別の人よ」
 お使いだという少女は、代金だと金貨を財布から取り出した。
「それでは多すぎるわ」
 お釣りがないと花売り娘が言った。
「じゃあお花を届けるついでにあなたも家まで取りに来て」

 一瞬、躊躇した花売り娘だったが、このまま夜まで粘っても家路を急ぐ人か、酔っ払いに絡まれるのがオチだろう。
 少女の服は何処か古めかしくも見えたが、良い生地を使っている。
 良い家の子供だろう。
 そうそう危ない目には会わないだろうと考え、花売り娘は一緒についていく事にした。


・Regina
 右の路地を曲がり、次を左──
 くねくねした道をどんどん進んでいく少女に、必死についていく花売り娘。
 地元っ子である花売り娘も知らないような小道を、少女はどんどん進んでいく。
 気がつけば周りに人がいない、知らない道であった。
 急に不安になった花売り娘が少女に、まだ家は遠いのかと尋ねた。
「家? 私の家は、この町にはないですよ。旅の途中で逗留しているだけ」
 その言葉にぎょっとする花売り娘。
「私は、レギーナ。あなたとゆっくり話したかったの。
 知っていた? この一週間、私はあなたを見ていたのよ」
「あ、あなた……」
 嵌められたと知った花売り娘は逃げ出そうとするが、素早く前に回りこむレギーナ。

「怖がる事はないわ。
 ある人が、私に頼んだの。
 あなたとずっと一緒に居たいんだって、良かったですね」
 花売り娘の両手を握り、そう微笑むレギーナ。

 言葉を返そうとしたが、体の力が入らずへたり込む花売り娘。
 ふと見れば己の手足が、人形のそれに変わっていた。
 金切り声を上げる花売り娘。
「その人は、あなたを永遠に変わらぬ『人形』にして家に迎えたいんですって」
 とても素敵なことだとレギーナは、微笑んだ。

 花売り娘の体は、半分の大きさに縮み、精緻に作られた球体関節人形に変わっていた。
 助けを求め、悲鳴を上げ続ける花売り娘の声を、人形になってしまった娘の声は誰にも届かなかった。
 唯一聞く事ができるのは、元人形のレギーナだけであったが、
 罵声と悲鳴を無視して花売り娘の人形を抱きあげると宿に向かってスタスタと歩き出した。


・Ich denke,dass Ubergang
 花売り娘の人形を部屋に連れて帰ったレギーナは、人形の服を脱がし始めた。
『止めて!』
「最初は恥かしいかもしれませんが、すぐに慣れるから大丈夫です♪」
 そういうと靴下から下着まで、身に着けていたものを全て脱がしてしまうレギーナ。
「肌すべすべですね」
 楽しそうにいうとレギーナは、人形の手を取るとその体に触れさせた。
 その、人にはありえない冷たさと硬さに短い悲鳴をあげる人形。
 手足が変わったのだ、体も変わっていると頭で判っていても、自分は人間ではなくなってしまったという恐怖が心を締め付ける。
『いいえ、私は人間よ』
 人形の言葉にクスリと笑うレギーナ。
「あなたの体をメンテナンスする間、あなたも暇でしょうから少し話をしましょう」
 そういうとレギーナは、人形であった時見てきた女達の話を始めた。

「──そういう訳で、私が知る限り人間と言う生き物は、物言わぬ人形には献身的な愛を注いでくれます」
 バラバラに分解された手足に殺されると悲鳴をあげていた人形だったが、
 体を綺麗に清め、細かく出来た傷をレギーナが丁寧に補修し、美しく磨き上げられていく。
 そして継ぎ目がわからぬように最新の注意を払って彩色を施すレギーナ。
 段々と美しく生まれ変わっていく感覚と喜び。
 人形としての快感が、人として僅かに残った心(理性)が、人形の心を激しく揺さぶっていた。
 レギーナの指が、継ぎ目がわからなくなった肌を滑っていく。
「人形はいいですよ。人形でいる限り、老いも飢え、病気の心配もありません。
 壊れても傷が出来てもこうやって修復もできるので、永遠に美しく皆に愛され続けられるんですよ」
 紐を通し、バランスを見ながら素早く組み立てていくレギーナだった。


・Braut Puppe
「かわいいでしょう」
 そういってドレッサーの中からドレスを取り出すレギーナ。
 人形の瞳に映るドレスは、人形が今まで見た事があるどの服よりも上等なものだった。
「お揃いの髪飾りと靴、それにバックもあるんですよ」
 人形の前に次々と小物が並べられていく。
「あなたは真っ白な肌というよりも健康的なピンク色の肌だから、私はこっちが似合うと思うけど、あなたはどれが好きかしら」

 人形の髪を梳き、化粧を施していくレギーナ。
「とても綺麗よ」
 美しく生まれ変わった人形に囁くレギーナ。
 鏡に映る花嫁のような姿に人形が声を上げる。

「さあ、依頼人に会いに行きましょう」
 きっと首を長くして待っているわ。
 そういうレギーナの言葉に人形の喜びが伝わってくる。
「大事にして貰えるといいね」と嬉しそうに言うレギーナだった。


・Glucklich,geliebt zu werden
 ──数年後。
 再び依頼人の家を訪れたレギーナ。
 外は良い天気だというのに厚いカーテンで日差しを閉ざした部屋に通された。
 高級な調度品は、全て標準の半分のサイズ。
 人形のために作られた部屋である。
「ふふ……元気そうですね」
 人形師として手入れの依頼を受けたレギーナを迎えるのは、この部屋の女主人(人形:元花売り娘)であった。

 女主人の髪を梳きながら、
「どう、人形として暮らしてみて?」
 あなたを元の人間に戻す事もできるとレギーナは言った。
『人間に戻るなんてとんでもないわ』
 考えたくもないと訴える女主人。
『時々愚痴を言うけど、私には誰よりも優しい人よ』
 奥さんにも私を触らせないし、専用の召使いもつけて貰って大事にされていると話す。
「ね♪ 私の言ったとおりだったでしょ。人形になって愛される事は素晴らしいって」
 そう微笑むレギーナにその通りだと答える女主人だった。



<了>



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【3856 / レギーナ / 女 / 13歳 / 冒険者】