<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ドレスアップ! メイクアップ!
●ドレスを仕立てよう
「あのね、実はこんな物を受け取って――」
「ああ、それなら私も――」
 会って早々にエスメラルダ・ポローニオが取り出した代物と、ほぼ同じ代物を取り出して見せたサクラ。エスメラルダがその代物とサクラの顔を交互に見ながら目をぱちくりとさせる。それはいずこかの名士やらが、それぞれに宛てたパーティへの招待状であった。当然、宛名以外違いなどない。
「あちらのお屋敷の方でしょう?」
 ふふっと笑みを浮かべたサクラが、名士の屋敷がある方角を手でおおまかに示しながら尋ねると、エスメラルダがこくこくと頷いた。
「そうなの! そこそこ長いお得意様で――って、サクラはどうして?」
「私? それはもちろん……」
 エスメラルダに尋ね返されると、サクラはハープを爪弾く仕草をしてみせた。つまり、演奏者として呼ばれているということだ。
「へー、こんな偶然あるのねー」
 などと感心してから、エスメラルダはにこにこと嬉しそうな表情を見せた。
「でも、こんな招待状なんてもらうの初めて! しっかり商売しててよかったー!」
 手振りを交え、若干はしゃぎ気味に語るエスメラルダ。いやいや、こうしてエスメラルダがはしゃぐのも無理はない。貴族階級に属するような名士がわざわざパーティの招待状を送ってくるということは、取引相手の商人として一定以上の評価をされているという証であろうからして。
「……あ。そうだ、はしゃいで忘れる所だったわ」
 と、急にエスメラルダのトーンが落ちたかと思うと、サクラの方へ真面目な表情で向き直った。
「……どうすればいいの?」
「どうすれば、とは?」
 エスメラルダの今の質問の意図が、サクラにはいまいち読み切れなかった。出席するかしないかの相談であろうか、とサクラが思いかけた時、エスメラルダが少し困り顔になって補足の言葉を続けた。
「ほら、あのー……あたし、さっきも言ったじゃない? こんな招待状もらうの初めてって」
「ああー……はいはい、なるほど」
 その補足でサクラも合点がいった。エスメラルダが何を言いたいのかと。
「つまり、どのような装いで訪れればよいのか、と。でしょう、エスメラルダちゃん?」
「そう! そうなの!」
 サクラの指摘にエスメラルダが1度大きく頷いてから、すぐにがっくりと肩を落とした。
「こういう経験ないから、そもそも貴族のパーティに着ていけるドレスなんてなくって……。ささやかなパーティだ、とは招待状に書かれているけれど、それでも……ね」
 エスメラルダは商人は商人でも、冒険商人と呼ばれる部類である。東西南北四方八方、時には道なき道をも行かねばならぬ場合だってある。綺麗なドレスを買い揃えるよりも先に、旅装と冒険に必要な物を揃える必要がある訳で。なので、この状況はある意味仕方のないことではあった。
「……だからサクラにお願いに来たのよ! サクラなら、衣装としてドレスも着慣れているでしょ? それに、そういったお店もよく知ってるだろうから……」
 サクラの顔を覗き込むようにしてエスメラルダが言った。その考えは確かに正しい。自分が知らないのなら、よく知っているであろう者に尋ねればいい訳だ。
「それならいいタイミングかしら」
 くすっと笑ってサクラが言った。
「注文していたドレスが出来上がったと、ちょうど連絡を受けたばかりだったのよ」
 だから一緒に行こう――そう言っている訳だ。

●ドレスとメイクと原石と
 それから数日後、エスメラルダの姿はサクラとともに仕立ての店の前にあった。日を改めたのは、エスメラルダがドレスの資金を用意するためであった。曰く、運よく儲けたあぶく銭があったとのこと。なら、こうして一気に使ってしまうのも悪くはないだろう。
「……ちゃ、ちゃんと身体に合うのあるかなあ?」
 初めてのことゆえか、エスメラルダが軽く緊張しているのがサクラにも伝わってくる。
「大丈夫、合わなかったら合うように仕立ててくれるから。さ、ずっとお店の前に居ても邪魔でしょう? 入りましょう、エスメラルダちゃん」
 緊張をほぐすように後ろからぽむぽむとエスメラルダの両肩を叩いた後、背中を軽く押し出すサクラ。
「そ、そうなの? じゃ……じゃあ、入ろっかな」
 やや照れた様子でつぶやくエスメラルダ。どきどきしているのを抑えるためか、ドアの前で軽く2、3度呼吸を整えてから、そっとドアを押して中を覗き見ようとしたのだが――。
「はいっ、どーんっ☆」
「わわっ、わぁっ!?」
 サクラがぐいと背中を押したため、エスメラルダの身体はそのまま一気に店の中へ入ってしまった。
「いらっしゃいませ!」
「「「いらっしゃいませー!」」」
 数人の女性店員たちが、相次いで挨拶をしてくる。その中の1人がエスメラルダの後ろに居たサクラに気付くと、さっそく声をかけてきた。
「サクラ様、お待ちしていました。ご注文のドレスはあちらに――」
 しかしサクラはその店員の言葉を手振りで軽く制止し、にこっと微笑み言った。
「その前に。この……エスメラルダちゃんに似合いそうなドレスがあれば、見繕っていただけますか?」
「かしこまりました。お客様、失礼ですがサイズはお分かりでしょうか。お分かりでなければ、採寸いたしますが――」
「え、ええと、サイズは……」
 店員にサイズを問われエスメラルダが答えると、すぐに店員たちが手分けしてドレスを見繕い始めた。サクラもそこに混じり、エスメラルダに似合いそうなドレスの物色を始める。途中好みの色なども聞かれ、あっという間に数着の候補のドレスが集まってきた。
「はい、こっちよ♪」
 サクラにくいと手を引っ張られ、エスメラルダが連れてこられたのは大きな鏡の前。ここで入れ替わり立ち替わり候補のドレスを身体に当て、実際に着て似合いそうかどうかをまずチェック。そこでよさそうなドレスを3着まで絞り込めた所で、いよいよ試着である。
「着替え終わったわよ……って、サクラも着替えたの?」
 1着目に着替え終わったエスメラルダが出てきたら、そこには自分の注文していたドレスに着替えていたサクラがすでに立っていた。この短時間の間に、髪やメイクまで整え直して。
 演奏の際に何度となく着慣れているだけあってドレス映えし、さすがの美貌を見せているサクラ。エスメラルダはその隣に行くが、鏡に映った自分の姿とサクラの姿を見比べ、化粧っ気がない自分に気付き軽く苦笑いを浮かべてしまった。
「はーい、そのまま……ね」
 そんなエスメラルダにサクラはささやくように言ったかと思うと、そっ……とエスメラルダの髪を指で梳いた。するとどうだろう、鏡に映っているエスメラルダの髪が、一瞬にして綺麗にセットされたではないか!
「えっ!?」
 思わぬことに我が目を疑ったエスメラルダ。今度は唇にサクラの指先が触れ、すっ……と横に滑らせると、そこはルージュが引かれた唇へと変わっていた。どうやらこれらは、サクラの魔法による効果のようである。
「……これ……あたし……?」
 見事なまでにメイクアップされた自らのドレスアップ姿を目の当たりにし、エスメラルダは思わず鏡に近付いて溜息を吐いてしまう。普段の旅装などとはまるで違う、原石から磨かれて光った綺麗な女の子の姿がそこにはあった。
「どうかしら?」
 サクラがエスメラルダの肩に手を回し、ぴたっとくっつきそうになるくらい顔を寄せて笑顔で尋ねる。今のエスメラルダの姿は、サクラにも決して見劣りしないものであった。
「…………!!」
 エスメラルダは言葉を発するのも忘れ、嬉しそうに何度もこくこく頷いた。

●それは、経験による心境の変化
 結局、予算内であったこともあって、エスメラルダは3着のドレスを全部購入していた。記念に、そのそれぞれでサクラと記念写真を撮っていたのは余談である。
 で、肝心のパーティにはその中の1着で臨み、壁の花になることなく楽しく過ごしたのだった。サクラに頼み、ドレスを仕立てた甲斐があったというものだろう。
 さてその後のことだが、エスメラルダはたまにサクラにドレスを着せてもらうようになったという。先の経験で、エスメラルダも何かしら思うことがあったのかもしれない。
 そしてメイクについても気にするようになったらしい。サクラがエスメラルダに会うと、格好は普段の旅装であっても、時折唇に紅をさしてあることもあったとか――。

【了】