<東京怪談ノベル(シングル)>
●Goblin Jagd
「ゴブリン?」
町の酒場で商隊が到着するのをミルクカップを片手に待っていたレギーナ(3856)は、声を掛けてき老人の言葉を繰り返した。
「今のところ大きな被害が出ていないのですが……」
老人の言うには、町から程近い村の近所にゴブリンが住み着いて悪さをしていると言う。
牛に悪戯をして乳が出なくなったり、物がなくなったり、
昨日は突然羊の群れが一斉に走り出し、羊飼いが踏まれて大怪我をしたと言う。
老人は、段々エスカレートする被害に見て見ぬフリも出来なくなり、
村を代表して冒険者を雇いに町までやってきたのだ言った。
「いいわよ。雇われてあげる」
●Bruder und Schwester
「結構、時間が掛かったわね」
村に着いたレギーナは、馬車を降りて辺りを見回した。
夕方のまだ早い時間だというのに、村の広場には兄妹らしい子供がいるだけで、他には誰もいない。
少年は老人の姿を見ると駆け寄ってきた。
「お帰り、じいちゃん! 冒険者は、見つかった?」
「じー、お帰りなの」
「ああ。こちらが冒険者のレギーナさんだよ」
老人の言葉に信じられないと言う少年に、
近くにあった樽を片手で掴み、空高く放り投げて見せるレギーナ。
目で確認できないほど高く上がった樽に驚きを隠せず揃って口をぽかんと開けてしまった老人と兄妹。
そして、
「これであなたも他の皆も納得してくれた?」
広場の様子を隠れて見ていた村人がわらわらと広場に出てきた。
にっこり笑うレギーナの後ろで上に投げた樽が落ちてバラバラに割れた。
レギーナの前に村中からかき集めただろう食材で作られた食事が、山盛りに積まれていた。
この村の規模からすればかなりの贅沢な食事だろう。
食事が不要のレギーナだが、断るわけにいかない雰囲気だった。
「こんな時期に苺を食べられるなんて思わなかったわ」
一つ摘まんでパクリと食べると甘酸っぱい味が、口一杯に広がった。
食事を楽しむレギーナの目に村の子供達の姿が目に止まった。
「一緒に食べる? どうせ一人じゃ食べきれないし、皆も一緒にどう?」
レギーナの言葉に村を上げての大宴会が始まった。
●Geheimwaffe
「お月様が顔を隠したし、そろそろゴブリンも活動し始めるかな?」
レギーナが、天使の力で人間の肉体を得ていた時間は過ぎた。
(あの子達も私が人間じゃないって知ったらビックリするだろうな)
レギーナは、明け方迄に片を付けるつもりだった。
村人から教えて貰ったゴブリンの巣穴へと大きな袋を担いで向かうレギーナ。
小さな足音に気がついて振り返る。
老人の孫達だった。
「子供は、寝ている時間よ」
「そういうレギーナだって子供じゃないか」
「冒険者は良いの。それに妹まで連れてくるなんて信じられない」
「だって、連れて行かなきゃ騒ぐって言うから……」
「私は、ゴブリンの住処に行くのよ。ピクニックじゃないんだから」
だから一緒に行くのだと言う兄妹に説得は時間の無駄だと見切りをつけたレギーナは、「じゃあ仕事をあげる」と担いでいた荷を少年に渡した。
「お、おもっ……」
「秘密兵器だから落としたら承知しないわよ」
妹には「この子は、ベアード卿。ゴブリン退治のリーダーよ。お世話を頼むわ」と言ってクマの縫いぐるみを渡した。
「じゃあ、さっさとゴブリンを倒して朝ご飯迄には帰るわよ」
「「おー!!」」
兄妹は、元気に拳を上げた。
ゴブリンの住む洞窟に辿り着いたレギーナは、少年に担いでいた荷を下ろさせる。
そして袋の中から人形を1つ取り出した。
「急ごしらえだから『ちょいブサ』だけど偵察には十分よね」
レギーナがフッと息を吹きかけると人形がモゾモゾと動き出した。
「中の様子を見てきて頂戴」
レギーナが命じると、人形は窟の奥へと走っていった。
「ひょっとして……袋の中身って全部人形?」
「そうよ。村に着くまでの間、馬車で縫ったの」
にっこりと笑うレギーナだった。
●Goblin
見つけたゴブリンは、一匹。
人形の案内で寝床にたどり着いたレギーナは、兄妹を手前の分岐にある窪に身を隠して置くように言った。
「いい、音を立てちゃ駄目よ」
レギーナの言葉に頷く兄妹。
眠っているゴブリンの虚を突き、あっさりと短剣で倒したレギーナは、
巣穴の奥に散らかるゴブリンが食べた動物の死体を調べて表情を曇らせた。
「……おかしいわ。この数ならもう1、2匹いてもいいはずよ」
「きゃあああ!」
妹の悲鳴だ。
急いで分岐まで戻ると人形達にまとわりつかれた2匹のゴブリンがいた。
兄は妹を守ろうと戦ったのか、洞窟の壁に叩きつけられて気を失っていた。
壁を蹴り、手前のゴブリンに切りつけようとしたが、後ろのゴブリンの斧がレギーナを襲う。
躱すレギーナの脇をすり抜け、手前のゴブリンが妹へと向かっていった。
わらわらと身を寄せ合い人形達は妹を守ろうと壁を作ったが、凶悪なゴブリンはものともせず突進してきた。
振り下ろされるゴブリンの斧と、
「きゃあああああっ!」
妹の悲鳴が重なった。
──キン!
少女の抱きかかえる熊のぬいぐるみが握る短剣が、ゴブリンの斧を弾いた。
「よくやったわ。ベアード卿!」
レギーナの鋼糸が、ゴブリンに絡みつく。
「もう少しで夜明けよ。闇のものは闇に。
ゴブリンはゴブリンらしく闇に帰りなさい」
レギーナが鋼糸を軽く弾くと2匹目のゴブリンが細切れ切断された。
3匹目のゴブリンは、大きかった。
人間の大人サイズである。
「ホブゴブリン? それとも変異体? どっちでもいいわ」
大きければその分、動きが遅い。
鋼糸が、ゴブリンの体に絡みつく。
それに併せて人形達がゴブリンの体に飛びつくと──一斉に火を噴いた。
炎に包まれる3匹目のゴブリンを見ながらパクパクと口を開閉する兄に、火薬が仕込んであったとばらすレギーナ。
「こう、着火しやすい様に綿花で包んであるの。
油の入った皮袋を仕込んだ子や両手に火打石がついている火種担当の子もいて……」
「そんな危険なの背負わせたのかよ!」
「いいじゃない発火しなかったんだし」
「それより……大きいと丈夫ね。死なないなんて」
全身やけどを負いながらも生きている3匹目に呆れたように言うレギーナ。
「まあ、いいけど」
ゴブリンと一緒に炎に包まれながらも壊れることなく絡み付いていた無表情に鋼糸を引くレギーナ。
「これで任務完了。どうやら朝ご飯までに帰れそうね」
夜中、家を抜け出した事がばれた兄妹は散々両親に怒られたが、レギーナのとりなしでご飯抜きの刑は免れた。
村中で引き止められたが、今日こそ待っていた荷が届くかもしれないからと朝食を断り村を早々に後にしたレギーナ。
馬車で揺られて帰っていくレギーナの後ろ姿を何時までも見送る村人達の中に兄妹の姿もあった。
妹の手には魔法を解かれたベアード卿がしっかりと握られていたのであった──。
<了>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3856 / レギーナ / 女 / 13歳 / 冒険者】
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