<東京怪談ノベル(シングル)>
来訪者は落雷と共に
ドラゴンスレイヤー・ダークネス。
古の時代、竜をも倒す力を秘めた最強の聖剣として、鍛造された武器である。
とある勇者が、これを振るって悪しき竜を討伐した。
その際、竜の怨念を吸収し、持つ者に絶大な力と身の破滅をもたらす魔剣と化したのだ。
魔性の鏡。
高名な魔法工芸家が晩年に発狂し、死の直前に作り上げた鏡である、と言われる。
見た者の、憎悪・恐怖心・悲哀といった負の感情を、おぞましい姿として映し出す。時にはそれが実体化し、怪物となって出現する事もあるという。
バンシーの像。
ある時代の無名彫刻家が、自分を捨てた女性への愛憎を込めて彫り上げた作品である。
掌に乗る大きさの、泣き叫ぶ美女の彫像。
これを所持した女性は、金持ちの男と結ばれるが、最終的には捨てられたり、遺産争いに巻き込まれたり、その金持ちが没落したりで、必ず不幸な最期を迎えるという。
まだまだある。この塔に封印された、呪われた品々。
それら1つ1つを簡潔に紹介してゆくだけで、本が1冊、出来上がってしまうほどだ。
そして今日。それら封印の品々に、魔銃サンダーブリットが加わる事となる。
持ち主の魔力を、電光の弾丸に変換して射出し、あらゆるものを灼き尽くす。
これを使用出来るのは、消耗に耐え得る魔力を持つ者のみ。
だがいずれ、この魔銃を研究解析し、魔力を持たぬ一般人でも乱射出来るような銃を作り上げる者が出て来るだろう。
「銃などというものは……この世界に、在ってはならんのだ」
魔導師は呟いた。
背後には、弟子である大勢の魔法使いたちが控えている。
ソーン某所に、巨大な墓標の如くそびえ立つ、封印の塔。
各階に、様々な呪いの品が封印秘匿されている。
塔の1階中央。床一面に魔法陣が描かれた大広間に、魔法使いたちは集っていた。
魔法陣の中央に、魔銃サンダーブリットを収めた宝箱が置かれている。
今から行われるのは、封印の儀式だ。これが無事に済めば、サンダーブリットは塔の何階かに転送され、様々な罠の内側に秘蔵される。
「始めよう……銃とは、呪われし武具の最たるもの。存在しては、ならぬのだ」
魔導師が杖を掲げ、儀式の開始を告げた、その時。
塔全体が、微かに揺れた。
大広間に一瞬、轟音と閃光が満ちた。
落雷。集う魔法使いの誰もが、そう感じた。
壁に亀裂が走り、天井の一部が崩落して来る。
「な、何事……!」
恐慌に陥る弟子たちを、宥める事も出来ぬまま、魔導師は見据えた。
魔法陣の中に、何者かが倒れている。白い、華奢な細身。
少年、のようである。
閃光と轟音を伴って現れた、1人の少年。
その白く細い肢体が、ゆらりと立ち上がる。
黒い、だが一部だけが白い前髪。その下で、左右の瞳が淡く緑色に輝く。
翡翠色の眼光が、魔法使いたちに向けられる。
一見、単なる細身の少年である。
だが魔導師は思った。直感した。殺される、と。
いくつもの何かが、降って来た。
あちこち崩落し、穴だらけになった天井。それら大穴を通って、階上から降下して来た者たちがいる。
石の鎧を身にまとった甲冑騎士。そんな姿をした、何体もの怪物。
封印された呪いの品々を守る、ゴーレムたちである。塔内いたる所に、衛兵として配備されている。
その一部隊が、大広間の全域に着地していた。重そうな足音が、連続して響く。
少年の、緑色の瞳が、彼らに向けられた。
幼さの残る、愛らしいとも言える顔立ちには、何の表情も浮かんでいない……いや。ゴーレムたちを見つけた瞬間、微かに動いた。
興味の対象となりうるものを認識した、赤ん坊の表情だった。
封印の儀式のため、正式な認可を受けて塔内に入った魔法使いたちとは違う、突然の来訪者である少年。
彼を不法侵入者と認めたゴーレムたちが、一斉に動いた。
石造りとは思えぬ素早い動きで、少年に襲いかかる。殴り掛かる。
いくつもの石の拳が、唸りを立てて風を起こし、空を切った。
少年の白い細身が、その風に煽られるが如くゆらゆらと翻りながら、ゴーレム部隊の真っただ中を歩き抜けて行く。かわしている、と言うよりも、石の拳が来ない位置をあらかじめ選んでいる。
予知の魔法、のようなものが、ごく自然に発動しているようであった。
そんな少年が、しかしゴーレムの拳を1つユラリと回避しながら、転倒していた。
いや違う。床に転がる何かを、拾い上げたのだ。
宝箱が、崩落した天井の破片に押し潰されていた。
その中身……左右2丁の魔銃サンダーブリットが今、少年の両手それぞれに握られている。
雷鳴が轟いた。
少年が、引き金を引いたのだ。
左右2つの銃口から、電光が迸る。それはまるで、横向きの落雷であった。
稲妻の嵐が、ゴーレムたちを薙ぎ払い、打ち砕いてゆく。
石の破片が無数、飛び散った。
「…………ボクが……」
無表情だった少年の顔が、にっこりと歪んでいる。
玩具を見つけた、子供の笑顔だった。
「……ボクが一番、いっぱい……やっつけてる……ボクが1等賞だよぉ……」
ゴーレムたちが片っ端から雷撃に粉砕されてゆく、その様を見つめながら、魔導師は思う。
このゴーレム部隊が現れなかったら、少年の興味は自分たちに向けられていただろう。自分たちが、こんなふうに撃ち砕かれていたはずである。
少年に気付かれぬよう今のうち、ひっそりと立ち去る。出来る事は、それしかない。
「エインへリャルの方々に、お任せするしかあるまい……」
怯え逃げ惑う弟子たちを、大広間の外へと導きながら、魔導師は1度だけ振り向いた。
ゴーレムの群れを楽しそうに粉砕しながら、少年は笑っている。
「誰か……競争しようよ……1等賞、ボクだけになっちゃうよぉ……」
泣いている、ようでもあった。
「じゃあ最初は、封印の塔に住んでたんだ?」
白山羊亭。季節のフルーツタルトを堪能しながら、サクラ・アルオレは言った。
「つまり何と言うか、あれだね……キミってとにかく、競争さえ出来れば他はどうでもいいと。最初っから、そんな感じだったんだねえ」
「1等賞、サクラに獲られちゃったなー。悔しいなあ」
そんな事を言いながら、アオイは嬉しそうだ。
あの蜘蛛を倒したのはサクラであると、彼は言って譲らなかった。
サクラの方が折れて結局、この少年に奢らせる事となってしまった。
「今度は負けないよ、サクラ」
「……ま、ボクだって、わざと負けてあげるつもりはないけどね」
封印の塔に、恐ろしい魔物が棲んでいる。
そんな噂を、サクラも聞いた事はあった。
その魔物が、今は目の前で、無邪気に美味そうにタルトを頬張っている。
野放しには出来ない、とサクラは思った。
(今のところボクが、ひたすら競争相手になってあげるしかない……と。やれやれ、だね)
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