<東京怪談ノベル(シングル)>


●Jeden Tag von Regina
──チュピチュピ。
 鳥が囀り、穏やかな日が続く今日この頃。
 冒険者の仕事が無いレギーナは、その腕を見込まれて服の仕立て直しの仕事を受けていた。

 最初は宿屋の女将から軽い気持ちで請け負った仕立て直しだったが、
 噂が広がり、今日も丈詰めから袖詰め、流行りのデザインに変えたりと色々な物が持ち込まれていた。

 時間の掛からない丈詰めを数着仕上げた所で、一息付く。
 窓を開けて街を眺めると青い空に陽は高く上がり、階下から肉の焼ける香りが漂ってくる。
 どうやら昼を少し回った頃のようである。


●Tochter des Gasthauses
 トントン──。
 部屋のドアをノックする者がいた。
 どうぞというレギーナの応えにドアが開く。
「レギーナ。お願いがあるんだけど……」
 十代後半に見える淡い金髪の娘が顔を覗かせる。
 宿屋の娘だった。
 急に食堂が忙しくなってしまいレギーナに手伝って欲しいと言う。

 旅から旅へ。
 一つの場所にあまり長く留まらない事が多い冒険者だが、
 レギーナはこの町が気に入り、長く逗留していた。
 宿屋の家族と親しくなったレギーナは、
 兼業している食堂が忙しくなると時々、手伝っていたのだった。

 そろそろ来る頃だと思っていたと言うレギーナは、既にエプロン姿である。
 用意がいいと言う娘に、
「黙っていたけど、実は未来が見えるの」
 目を丸くする娘に、
「嘘。窓から食堂に入ってく団体が見えただけ」
「ひど〜い。信じちゃったじゃない」
 ポカポカとレギーナを殴る娘に笑って謝るレギーナ。
 そんな二人に階下から女将の声が掛かる。
「急がないと私達がお昼を食べられなくなるね」
 二人は顔を見合わせると笑いながら階段を降りていった。


●Cafeteria
 宿の食堂は、宿泊客以外でも気軽に利用が出来る事もあり、
 何時も人で賑わっていたが、
 今日は団体客が重なった為に非常に混んでいた。

 厨房の奥で女将と主人が鍋とフライパンを振るい、
 娘が注文と会計をし、レギーナが出来上がった料理を運んでいく。
「レギーナ、大丈夫?」
「大丈夫よ」
 大ジョッキを7つ両手に持ち、頭には魚のグリルが盛られた大皿を頭に乗せて、レギーナは器用に席の間をすり抜け運んでいく。
「え! 11人ですか?」
 また団体客がやってきたようだ。
 どうやら食堂は、まだまだ忙しいようである。

 一段落し、遅い昼食をモソモソと取っていたレギーナに「もう一仕事頼まれてくれない?」と言う女将。


●Wasch
 レギーナを待っていたのは、洗濯物の山だった。
 積まれているのは、宿のベットシーツや長逗留の客から頼まれた服である。
「まずは、分類からね」
 色物や素材、汚れ具合を見て洗濯物の山をテキパキと分類していくレギーナ。

 浸け置き洗いが必要な洗濯物をタライに入れて浸けている間、脇でシミ抜きをする。
「これで落ちなきゃワッペンか刺繍が必要ね」
 腕まくりすると、ハイスピードで洗い始めるレギーナだった。

 石鹸をタップリと塗りこみ、洗濯板でこすり、汚れを丁寧に揉み出していく。
 軽く絞った後、丁寧に水が濁らなくなるまで濯いでいく。
 デリケートな服は型崩れがしないように気をつけて絞った後、形を整え日陰に干していく。
 大きなシーツはきつく絞った後、パン! と勢いよく振るってシワを伸ばし滴を切ると、
 日の良く当たる風通しの良い場所に張ったロープに手際良く干していく。
 先に洗った小物は、暖かな陽気にもう乾いているようであった。

「まだシーツが乾いてないなけど洗濯、終わったよ」
 夜の営業に向け、仕込みをしている主人と娘に声をかけるレギーナ。
「ありがとう」
 アルバイト代を払おうとする女将に、お金はいらないと言うレギーナ。
「前、作ってくれたフルーツケーキが食べたいな」
「あんなのでいいのかい?」
「うん。あれ、美味しいから好き」
「じゃあ腕を振るわなきゃね」
 女将の言葉に頷くレギーナ。
 研ぎに出した短剣が仕上がる頃なので少し外出するとレギーナは、言った。
「シーツを取り込まなきゃいけないから夕方迄には戻るね」
 洗濯物は自分達で取り込んでおくからゆっくりしてこいという主人。
 娘は、昼間来た客が「町に大きな商隊がやって来てる」と言っていたとレギーナに教えた。
「ついでに市場でも覗こうかな? 珍しいボタンや生地とかあるかもしれないし」


●Markt
 研ぎに出した短剣を受け取り、ゆっくりと市場を見て回るレギーナ。
 地方から届けられた珍しい品をみるのも目的の一つだが、人々の噂話に耳を傾ける。

 果物屋台の隣で商隊にいたという男と町人が話している。
「おじさん、桃を頂戴」
 値段を言う主人に値切りをするレギーナ。
 これも市場の楽しみである。
「オレンジを1袋買うから」

 オマケのコケモモを受け取りながらレギーナが聞き耳を立てる。
「○○では、変な事件が続いているんだとさ」
「おっかないねぇ。化け物の仕業かい?」
(ふーん……あの辺りってドラゴンを怖がって他のモンスターが少なかったけどドラゴンが移動したのかしら?)

 何事もなかったかのように桃を一つ取り出し、かぷりと齧るとタップリの果汁が口一杯に広がった。
「ん、美味しい♪」
 素敵なボタンやレース、刺繍糸、変わったビース。それにお土産の果物も手に入った。
 無駄遣いは楽しいが、目標の品は手に入った。
 宿に戻って仕立て直しの続きをしようと思うレギーナだった。


●Spat in der Nacht
──トントン。
「レギーナ、いいかしら?」
 食堂と宿の仕事を終えた娘がケーキと紅茶を持ってレギーナの部屋を訪れた。
 女将が焼いたフルーツケーキにお土産に貰った果物が飾られている。
「桃は皮のところが一番美味しいからピーチティにしてみたわ」
「ん、本当。良い香りがする」
 針を置いて休憩する事にしたレギーナ。
「今日は、ありがとう。助かっちゃった♪」
「ふふっ。私もこんな美味しいケーキが食べられるなら何時でもOKよ」
「レギーナが冒険者を止めてウチでずっと働いてくれたらいいのに」
 妹が出来たようできっと毎日が楽しいだろうと娘がいった。
「素敵な提案だけど冒険者は心に”冒険の虫”が住み着いちゃっているから、
 同じところにずっと住むって難しいよ。
 それに私からどんな冒険をしてきたか聞く事ができなくなるよ」とレギーナが笑う。
「それはちょっと残念かも」
「ではリクエストに答えて北の山に住むお姫様の話でもどう?」

 明日も早いのに何時まで話しているのかと女将の叱られるまでレギーナと娘も雑談は延々と止まる事がなかった。
「しっかり遅くなっちゃったわ」
 真上に上がった月の灯りが、窓から部屋へと差し込む。
 パジャマに着替え、髪を梳かしたレギーナは、外窓を閉めベットへ潜り込む。
 こういう何もない日は、幸せである。
(明日こそ仕上げなきゃね……)
 ドレスの刺繍にビーズをあしらえば夜空に輝く星のように見えるだろう。
 そんな事を考え乍ら眠りにつくレギーナだった。






<了>



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【3856 / レギーナ / 女 / 13歳 / 冒険者】