<東京怪談ノベル(シングル)>
●Ferien Puppe
──その日は、レギーナ(3856)にとって久しぶりの休日だった。
以前、町で知り合った子供たちと遊ぶ約束した日である。
朝からいそいそとトランクに人形を詰めていくレギーナに、
宿屋の主人が「もっとゆっくりしていればいいのに」と笑う。
「ん……でも約束だし」
それに自分が遅れるのは謝らない癖に、人が遅れると何時までも五月蝿いと言うレギーナ。
──レギーナが子供達と知り合ったのは、偶然であった。
お金が払えず人形劇を近くから見る事ができず、
遠くから手回しオルガンの音にダンスをする人形を眺める子供達に、
人形劇を見せてあげると約束したのであった。
「だったら約束しなきゃいいのにね」
「ほんと。子供ってつまらないことで泣くし笑うし、五月蝿いけど……私は、約束を守る主義なの」
照れ隠しにピンクの頬をぷぅっと膨らませるレギーナ。
表情が出にくいレギーナにしては、珍しい事だった。
名工の手により人形として生を受けたレギーナは、
子供の腕に抱かれる事なく投機目的で陽の当たらない倉庫や金庫、棚の奥で過ごしている時間が長かった。
なのでレギーナにとって子供達と遊ぶ約束は、とても大事な事であった。
「これで、よし。じゃあ行ってきます♪」
荷物を背負い、楽しそうに出かけるレギーナだった。
●Puppenspiel
街角に集まっていた子供達が、レギーナの姿を見つけて駆け寄ってきた。
「遅いよ。お姉ちゃん」
「そんな事はないよ。まだ15分あるじゃない」
「遅いよ。30分前に来たんだから」
「私、1時間〜」
「勝った。俺、1時間5分〜♪」
どれだけ早く来たか自慢しあう子供達を楽しそうに見つめるレギーナ。
「あ、はい、それ嘘〜っ♪」
「嘘じゃないよ?!」
「皆が、どれだけ私を待っていてくれたか良く判ったから。
それでも喧嘩するなら帰るよ、私」
レギーナに怒られ、しょんぼりする子供達。
「ん、ではよろしい。人形劇を始めるよ。
いい子の皆には、飴をあげるから最後までちゃんと大人しく見るんだよ」
子供達に飴を配り、持って来た大きなトランクを開く。
「さて今日のお話は、魔法使いの弟子のボブのお話」
蓋の影から男の子の人形が、飛び出してきた。
「この子、魔法使いのローブ着ていないよ」
「うん。ボブは、まだ見習いだから魔法使いローブがないんだよ。
これからボブがどうやって一人前の魔法使いになったか、話をするね」
レギーナのトランクから綺麗なお姫様や悪いドラゴン、傲慢な王様。
次々と人形達が、飛び出して話をつむぎ出す。
「
『えいやぁ!』
エルフの弓使いが矢を放った一瞬を突き、勇者が剣をドワーフの王が槌をドラゴンに振るう。
──キン!(宿から借りたフォーク同士を打ち合わせるレギーナ)
『駄目だ。硬くて剣が通らないよ。このまま斬りつけ続けたら剣が折れるよ』
呪いの咆哮が、ビリビリと大気を揺るがしていく。
『くそ、動かない!』
『このままじゃ全滅しちゃうよ』
大魔法使いだと嘘をついてついてきたボブは、岩陰でブルブルと震えながら皆が戦う姿を見ている。
『怖いよ〜。こんな筈じゃなかったのに。なんで僕が戦わなきゃいけないんだよ〜』
」
色々な声色を使い分け、人形達を操るレギーナ。
それを真剣な表情で見ている子供達を楽しそうに見つめるレギーナだった。
●Beginnen wir mit Kindern spielen
「──という訳でボブは、最後まで諦めずに頑張ったご褒美に、
お師匠様から一人前の魔法使いの証、ローブを貰えましたとさ。
おしまい」
話を聞き終わった子供達から拍手があがる。
それに応える様にスカートの裾をつまみ優雅に一礼をするレギーナだった。
「皆、面白かった?」
「はーい!!」
レギーナの問いに子供達が手を上げる。
中には人形劇が終わったばかりだというのに次の催促する子もいる。
「人形が出来たらね」
「約束だよ!」
「約束ね♪」
レギーナと嬉しそうに約束をする子供達を見て、レギーナも自然と笑顔になる。
「じゃあ、次は何をしようか?」
「石蹴り!」
「あやとりが、いい!」
「かくれんぼだよ」
「私の体は、1つだけなんだから”順番”ね」
●Puppen, geliebt zu werden
鬼のレギーナに追いかけられてきゃあきゃあと楽しそうな子供の声が、街角に響く。
ウサギのぬいぐるみを抱えた少女の足がもつれて、派手に転んだ。
痛さと驚きで泣きそうになったのを少女がぐっと堪えたのを見て、
「泣かないんだ。偉いね。頑張ったね」
とレギーナが頭を撫でてやる。
涙を溜めた目でぐっと我慢をしながら少女が頷く。
「でも、うささんが……」
見れば腕がもげ掛けている。
「レギーナお姉ちゃん、直せない?」
「任せておいて」
リュックから裁縫道具を取り出し、子供達の目の前であっという間にぬいぐるみを直すレギーナ。
「ありがとう。レギーナお姉ちゃん」
「すっごーい」
「魔法みたい!」
「私に掛かれば簡単よ」
「じゃあ、私のお人形も直せる?」
一緒に遊んでいた商家の娘が、レギーナに相談する。
なんでも母から誕生日祝いに貰った人形だと言う。
「お母様もお母様のお母様、そのまたお母様から貰ったの」
代々受け継いだとても大事な人形だと言う。
「古い人形だと見ないと判らないよ」
少女の家に連れられてきたレギーナが応接室で待っていると、
母親に連れられた少女が、大事そうに古い人形を抱え戻ってきた。
服を脱がせ、丁寧に人形の状態を調べていくレギーナ。
「どうですか?」
問いに首を振るレギーナ。
「ごめんなさい。この子は、直せないわ」
レギーナの言葉にがっかりする母娘。
普通であればもっと早い時期に廃棄されていてもおかしくない状態だったと告げるレギーナ。
「そうですよね。新しい人形を買ってあげると言ったんですが、娘が『どうしても』と言うのであげたんですが」
「そうね。でも貴女達はこの子を捨てずに愛してくれた。
だからこの子も『もう十分。ずっと長い間大切に遊んでくれてありがとう』。そう思っているわ」
レギーナが、人形の傷が目立たぬよう髪を整え、新しいドレスに着替えさせる。
少女が、人形を綺麗な棺(箱)に『人形のお気に入り』を──思い出と一緒に納めていく。
「これは、この子が大好きなキャンディとティカップなの。このお花も大好きなの」
庭の一番大きな樹の下にスカートが汚れるのも構わず、スコップで穴を掘っていく少女とレギーナ。
小さな棺を埋め、人形の墓に花を飾っていく。
「天国のお婆様と遊んで待っていてね」
「貴女は、素敵な一生を送ったわ。向こうでも幸せにね」
──目を瞑り、少女とレギーナはお別れの言葉を口にした。
夕暮れ──少女の家を後にして宿に帰るレギーナ。
「レギーナ、また遊びに来てね」
声に振り返ると、少女が手を振っていた。
(あの子(人形)ずっと大切に愛されて使われて……羨ましかったな)
そう思いながら少女に手を振り返すレギーナだった。
<了>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3856 / レギーナ / 女 / 13歳 / 冒険者】
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