<東京怪談ノベル(シングル)>
めげずに頑張りますっ!
「最近、食料庫を魔獣が荒らしに来るんだよ……。こちらも対処のしようがなくて困ってるんだよねぇ……」
湯気の上がる紅茶の入ったカップの目の前で、村の女性が肩を落とし、嘆息をもらしている。
女性は、偶然村を訪れていたセリスに魔獣を追い払ってもらう為に宿までやってきたのだ。
「どうにか、追っ払ってはもらえないかい? あたしたちじゃ手が出せないんだよ。現に、食料庫の持ち主である少女がやられちまってね」
「……はぁ……」
藁にもすがる思いで訪ねて来たのであろう女性を前に、セリスは間の抜けたような返事を返した。
「でも私、あまりその……、戦いは得意ではないんですが……」
「いやいや、戦ってもらうとかそう言うんじゃないんだ。ただ追っ払ってくれたらそれだけでいいんだよ」
女性は心底困っているようで、ずいっと身を乗り出しながらセリスの腕を握り締める。
「お願いだよ。あんたしか頼める人がいないんだ」
「は、はぁ……」
迫る女性に気圧されながら、セリスは考えた。
確かに、今魔獣を相手に出来そうな人物といえば、自分以外だれもいそうにない。もう少し遠くまで足を延ばせば大きな街もありギルドもあるが、金もかかれば手間も時間もかかってしまう。
それに今、目の前の女性はまるでセリスを神様かのように拝み倒すような勢いで、掴んだ手を離してくれそうもなかった。
「……わ、分かりました。何とか頑張ってみます」
正直あまり気乗りはしないが、ここまで困っている人を目の前に突っ撥ねる事は出来ない。
承諾したセリスを、女性はパッと表情を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう! 恩に着るよ。お礼はきちんとさせてもらうからね!」
女性の案内で、セリスは問題の食料庫へとやってきた。
見上げるほどの大きな一軒家一つ分。丸々と食料庫になっている。その食料庫の扉は壊されて開け放たれ、なにやら大きな魔獣が頭を突っ込んで中の物を漁っていた。
その魔獣の大きさは象ほどはある。そしてふさふさとした毛並みに大きな尻尾があり、一目見ると巨大なスカンクのようだ。
「あいつだよ。中の食料全部食っちまうんだ。じゃ、頼んだよ」
なぜか女性と話を聞きつけてやってきた村人達は、食料庫から随分離れた場所の茂みに隠れていた。
女性にポンと背を押され、村人達の見守る中セリスは僅かによろめきながら一歩前に踏み出し、逡巡しながらも何とか魔獣の傍に近づいていった。
ガリガリと大きな音を立て、一心不乱に食料を貪っている魔獣はセリスの様子に気付いていない。
「こ、こ、この、魔獣さん! ひ、人の食料庫を勝手に荒らすなんて、駄目ですよ!」
村人達の期待の眼差しを背に受けてセリスが魔獣に声をかけると、魔獣はくるりとこちらを振り返りギラついた目を細めた。そして次の瞬間、魔獣は四つん這いになって尻尾をピンと立てるとボフゥ〜! と、強烈な風と共に黄色いオナラをかましてきた。
「ふえぇええぇ〜!?」
一瞬にして目に染みるわ息が出来ないわ、あげく、吐きそうなほどの濃厚な悪臭に包まれてセリスは眩暈を覚える。
ふらふらになりながらその場にへたり込んだセリスを横目に、魔獣は再び食料を漁り出した。
これはかなり強烈な悪臭だ。撤退したい……。
涙目になりながら後ろを振り返ったセリスは、茂みに隠れた村人たちの姿が見える。
村人達はその場から動く事もせず、無情にも「早く追っ払って!」と言わんばかりに手をヒラヒラと振っていた。
ひ、酷い……!
そう思いはするものの確かにこのままにしておくわけにもいかず、よろめきながら何とか立ち上がったセリスは再び魔獣に挑む。
「は、早くここから離れなさ〜い!」
むんずと尻尾を掴み、ぐいっと後方へ引っ張ると魔獣は思いがけずすんなりと食料庫から頭を出した。が、自分の食事を妨害されて怒りを露にした魔獣は、ギッとセリスを睨み降ろす。
「ひぁっ……!?」
その表情に躊躇い思わず尻尾から手を離すと、フサフサの尻尾が勢いよく横薙ぎに振り払われる。その尻尾はセリスを直撃するも、毛足が長いせいでダメージには至らずにただ勢いで横倒しになってしまった。
フカフカな毛足の尻尾、いいな……。
などと思わず思うするものの、そんな事を思ってる場合ではない。
セリスは地面を転がりつつも体勢を立て直すと、もう一度ブンブンと振り回されている尻尾に掴みかかった。
「だから、駄目ですってばっ!」
振り落とされないよう必死にしがみついていると、魔獣はムッとしたような顔を浮かべてセリスを睨み見た。そして再び強烈なオナラ攻撃をバフゥーッ! とかましてきたのだ。
「ひえええぇぇええぇ〜……っ!」
周りが霞んで見えなくなるほど、辺り一面が真っ黄色。一度ならず二度までも、オナラを直撃してしまったセリスはくらくらと目を回し、掴んでいた手を離してしまった。
ボトリと地面に落とされたセリスは、そのまま地面に延びてしまった。
「きゅうぅぅ……」
バタリと倒れてしまったセリスを一瞥すると、魔獣は地面を踏み鳴らしながら食料庫から退散して行ったのであった。
「いや〜、良かった。助かったよ。本当にありがとう!」
セリスが目を覚ますと、目の前には満面の笑みを浮かべて感謝する女性たちの姿があった。
よろよろと体を起こすと、女性たちの笑顔が俄かに引きつったように思える。
「?」
僅かに怪訝な顔を浮かべると、女性たちは慌てふためいて笑顔を元の取り戻した。
「あんたがいてくれなきゃ、食料庫の中身は空っぽになっちまうところだったよ」
感謝されているのに、なぜだか村人達と自分の間に微妙な距離感がある気がするのは気のせいだろうか……。
「あ……えっと……いえ」
曖昧な笑みを浮かべるセリスだが、どんなに感謝されても素直に喜べそうにない。
魔獣に負けるわ、あの悪臭で頭の先からつま先まで全部に臭いが移っているような気がするわ……いや、村人達との微妙な距離感を見れば臭いは付いてしまってるんだろう。
「……いいんです」
セリスは泣きたい気持ちで何とかそう言うと肩を落とし、頭を垂れるのであった……。
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