<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


〜架け橋〜


 その日、白山羊亭は一夜限りのパーティーをおこなうことになり、店は朝からてんてこ舞いだった。
 常連客にはずいぶん前から告知してあったが、念には念を入れて招待状も送ってある。
 聖都の人間ですら、めったに目にしたことがない食べ物や飲み物も、懇意にしている商人から特別に仕入れ、店内も入り口も盛大に飾り付けられていた。
 松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)も、ふたりの人間に招待状を出していた。
 ひとりは義弟の松浪心語(まつなみ・しんご)、もうひとりは、友人のフガク(ふがく)だ。
 フガクとは、先日ようやくわずかに残っていたわだかまりも解け、以前と同じような関係に戻りつつある。
 そして、これからはその関係をもっと近しいものにしていければと、ひそかに思っているのだった。
 三人の距離がさらに縮まる――それは、静四郎にとって、とてもうれしい願いのひとつだった。
 店の前には、各自の願い事を書くコーナーが設けられ、木の台の上に色とりどりの長方形の紙と羽ペン、そのすぐ横に大ぶりの笹が道を覆うように枝をしならせて立てかけられていた。
 見ると、既に何枚かの短冊が中段辺りに飾られている。
 気の早い連中だ。
 静四郎は小さく笑うと、風で翻る短冊に目を向けた。
『商売が成功しますように!』
『次の冒険で大金持ちになりたい!』
 何ともまあ、わかりやすい願い事だ。
「当日は晴れるといいですね…」
 静四郎は笑顔のまま、たった今届いたばかりの食材が入っている木箱を店の奥へと運び始めた。



 資金稼ぎの冒険や依頼がないときには聖都で暮らしているフガクは、常宿にしている『海鴨亭』の窓辺に座りながら、静四郎の招待状を見て、きっと同じものが心語にも届いているだろうと推察した。
「俺もあいつも、行かないっていう選択肢はないよな!」
 いつになく晴れやかな声で言い、フガクは何度もうなずいた。
 それから、階下に降りて行って、宿の女将にまた羊皮紙と羽ペンを借りると、時間をかけて心語あてに手紙をしたためた。
 たいしたことは書けないので、単純に待ち合わせの時間と「いっしょに行こう」とだけ記して、エバクトに立ち寄る知り合いの行商人に預ける。
 心語は生真面目で律儀だから、あっという間に返事を書いてよこすはずだ。
 そうしたらあとは当日、現地で落ち合えばいい。
「タナバタかー珍しい食べ物ってのが気になるねー」
 聖都は他の都市に比べると珍しいものも多いのだが、あえてそう書いてあるということは、大いに期待してもいいはずだ。
 まだ少し先のことだが、ひとり心躍らせつつ、フガクはもう一度、もらった招待状を読み返していた。



 パーティー当日、フガクと心語は白山羊亭の入り口で待ち合わせ、ふたりそろって中へと入って行った。
「すげえ人だな、こりゃ」
 すっとんきょうな声で、中を見回したフガクは言った。
 いつも混んでいる店ではあるが、今日はいつもの比ではなかった。
 どこからか持って来られた大量の椅子が、歩く隙間もないほど並べられ、笑い声や話し声がひっきりなしに飛び交っている。
 その間を料理を持った店員がせわしなく歩き回り、注文を取ったり皿を下げたりしながら、また奥へと引っ込んでいた。
「座るところ、あるのかなー」
 フガクが心配そうに眉をしかめたそのとき、ちょうど厨房から出て来た静四郎と目が合った。
 とたんに破顔し、彼は足早にふたりに近付いた。
「いらっしゃいませ、早かったのですね」
「その…つもり…だったのだが…」
 心語も困ったようにほんの少し声の調子を落とす。
 だが静四郎はにこにこと笑ったまま、ふたりに奥の方を指し示した。
「あちらに招待客用の席が設けてあります。すぐに飲み物も持ってまいりますから」
 人垣の向こうに、確かにふたり分の空席が目に入った。
 フガクと心語は同時にうなずくと、そちらの席に向かった。
 途中、他の人のテーブルをのぞくと、確かに見たこともない料理がいろいろと並んでいる。
 ふたりは内心、子どものようにワクワクしながら、席に着いた。
 すぐに静四郎がいくつかの皿を手に、戻って来た。
「お待たせいたしました」
 木のテーブルの上に、そうめんや冷奴、ちらし寿司、寒天を使ったデザートが並べられた。
 そのどれにも、星形にくりぬかれた野菜や果物がちりばめられている。
「なぁ、静四郎」
 フガクは首を傾げながら、それらの星を指差す。
「なんでどれもこれも、星なんだ?」
「あぁ、それはですね…」
 静四郎は満面の笑みで、七夕の由来について説明した。
 まったく聞いたことがない異国の話に、フガクはいちいち感心し、驚いてみせた。
「へえ、じゃ、その織姫ってのと彦星ってのは、一年に一回しか会えないのか…そりゃつらいな」
「それだけではありません。晴れていないと駄目なのですよ」
「今夜は…晴れそうだ…よかったな…」
「ええ、そうですね」
 静四郎はさらに、七夕の祝い方にもいろいろあるのだと付け加えた。
「大きな飾りを作って町中に吊るす地方もありますし、この店の入り口にも大きな笹があったでしょう? あの笹に願い事を書いた短冊を下げると、願い事がかなうと言われています」
「ウソ?! 俺、願い事なんていっぱいあるぜ?!」
 そう言って、指を折りながら自分の願い事を数え始めたフガクを見て、静四郎と心語はそっと視線をかわした。
 ひととおり願い事を洗い出したフガクは、今度は料理の説明を始めた静四郎を見て、「へえええ」とか「すげー!」とか感嘆の言葉しか発さなくなった。
 しかし、静四郎の穏やかな笑顔と、その口から語られるいろいろな知識を見聞しているうちに、うれしい気持ちだけではない、何かもやもやとしたものが心の中にあることに気がついた。
 それは言うなれば、魔瞳族と戦飼族の文化レベルの差への思いとでも言うべきものだった。
 実際、フガクは戦闘に関する知識については他人に引けを取らないが、文化的な事柄になると、さっぱりわからない。
 それは、生きるために絶対に必要だとは言えない知識だ。
 だから当然、身につけては来なかった。
 とはいえ、それを恥じるかと言えばそういう訳でもない。
 自分はそういう境遇で生きてきたのだから、それでいいと思っている。
 それなのに、このもやもやした気持ちは何だろう。
「それではいったん厨房に戻ります。何かありましたら、お声をかけてくださいね」
 ごゆっくり、と言い置いて、静四郎は店の向こうへと消えて行った。
 ひとり葛藤するフガクの横で、今まであまり積極的に会話に入って来なかった心語がぽつりと言った。
「俺も…兄上と会うまでは…何も知らなかった」
「え?」
 フガクが声のした方を向く。
 心語は硝子の器に入ったそうめんをすすりながら、続ける。
「…気持ちはわかる…俺もずっと…同じことを…思っていた…だが…自分に…良い影響を与える相手には…心から素直に…なった方がいい」
「いさな…」
「それが…いずれ…両種族の未来にも…良い影響を…与えるかもしれないからな…」
 無表情な心語の横顔に、心底驚いたような視線をフガクは注いだ。
「お前、いつの間にそんなこと…」
「たっ、ただ単に…!」
 心語は真っ赤になった顔を隠すかのように、頬に飛んだつゆを手でぬぐった。
「両種族の中で…暮らしたからだ…!」
 最初は驚きしかなかったフガクの視線に、徐々に感慨深い色が添えられた。
 誰もがいつまでも同じではいないのだ。
 心語は心語なりに苦労に苦労を重ねて、ここまで来たのだろう。
 その結果、いろいろなものを乗り越えて、得た答えがそれなのかもしれない。
「…そうだな、いさな」
 手に持った硝子の器に浮かぶ、にんじんで出来た小さな星を見つめながら、フガクは笑った。
 今なら、この星が単なる飾りではなく、意味のあるものなのだと理解できる。
 それは、静四郎がていねいに教えてくれたからだ。
「…架け橋、か…」
 そのつぶやきはかすかで、店の中に満ちあふれる喧騒に紛れ、誰の耳にも届かなかったように思えた。
 だが隣りにいた心語にだけは、正しく届いていた。
 その証拠に――少し離れたところで、接客しながらふたりの様子を見ていた静四郎は、心語の唇にも笑みが浮かんでいるのを見つけたのだった。
 
 
 
「さーて、どれにするかなー」
 はりきって羽ペンを持つフガクに、短冊を一枚渡しながら、静四郎は笹を見上げた。
「空いているところなら、どこに吊るしてもかまいません。どんな願い事でも、どこに飾ってあっても天に届きますから」
「太っ腹だねえ、織姫と彦星ってのはさ」
 静四郎の勧めで帰り際に願い事を書くことにしたふたりは、他の人が書いた短冊をながめつつ、自分のものも書き始めた。
 心語は少し悩んだあと、たった一言「和」とだけ書いて、すぐに空いているところに吊り下げた。
 フガクもどうやら書き終わったようで、羽ペンを置いて、短冊を取り上げる。
「結局…どれを書いたんだ…?」
 さっきフガクが数え上げていたたくさんの願い事を思い出しながら、心語がフガクに尋ねた。
「ナイショ」
 片目をぱちんと閉じ、心語の手の届かない場所に短冊を吊るす。
 そこはたくさんの短冊が飾られていて、書いた願い事がなかなか見えない場所になっていた。
「じゃ、俺たち、帰るわ。ごちそーさん」
「今日は…ありがとう…」
「こちらこそ、ありがとうございました。また近いうちにぜひ」
 にっこり笑って、静四郎が手を振った。
 心語とフガクのふたりは、じゃれ合いながら、大通りの方へと歩いて行った。
 
 
 
 閉店後、大変なことになっている店の中を片付けていた静四郎は、ごみを出しに店の外に出た。
 ふう、と一息ついて腰を伸ばす。
 そのとき、少し上の方に、懐かしい中つ国の文字で書かれた短冊を見つけた。
 少し右肩上がりの癖のある、子どものようなつたない文字から、心語のものではないと気付く。
 それは、つまり――静四郎は、そこに書かれた言葉を見て、やわらかい笑みを浮かべ、また店の中へと入って行ったのだった。
 
 
 〜END〜
 
 
 〜ライターより〜

 いつもご依頼ありがとうございます。
 ライターの藤沢麗です。
 遅れてしまって申し訳ございませんでした。

 このお三方が仲よく談笑しているのは、
 何だかとても心温まりますね。
 まだもう少し時間が必要かもしれませんが、
 フガクさんが大きく変わるきっかけも垣間見え、
 これからの展開がとても気になります。
 
 
 それでは近い将来、
 またこのお三方のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!